間幕 エピソード07 バーバラの決断と行動3
「もし。どなたかいらっしゃいませんか」
わたくしが先陣を切り、ご友人宅のドアをノックすると、
「…………あの。誰ですか」
そう言っておずおずとドアを開けてくれたのは、うつむき気味の女の子でした。
だから一瞬呆気にとられました。けれど、ご子息様の様子を伺っても彼女で間違いないと首肯する。と言う事は、彼女の元気を取り戻したいと言う事で間違いはなさそうです。
いやですわ。わたくしてっきり、ご子息様のご友人は男の子だと思い込んでおりました。でも、思い返せばご友人の名前も聞いていなかった。
気持ちが早ったゆえのあぁ勘違いと言うものですわ。今後は気を付けねばなりませんね。
さて、それでは気を取り戻しまして。わたくしはスカートを畳むようにしゃがみ込み、彼女と視線を合わせました。
「お嬢さん、ご両親のどちらかいらっしゃいます?」
「あ、え。うん。お母さんが、います」
「呼んでくださるかしら?」
「あ、はい」
家の中に去って行った彼女は、子供であることを差し引いても、背中が小さく見えた。やはり元気が無かったのですわ。
奥から聞こえる母親と会話しているであろう声も、ぼそぼそと独りごちるような陰気さで、聞いてるこちらの方が哀しくなるくらい。
「け…………結構大事みたいね」
「ええ。誰かさんのせいですわ」
わたくしが毒を吐くと、彼女は「うぅ…………」と後悔に唸りました。ただ、その唸りは家の奥から不機嫌そうに踏み鳴らしてくる、お母さま足音で直ぐにかき消されたのです。
「娘から呼ばれたけど、どちら様?宅配便とか?」
ドアに持たれる姿勢でそう言ったお母さまの声は棘がありますわ。
だから出来るだけ刺激しないよう、わたくしは声のトーンを少し上げます。
「僭越ながら、こちらのご家庭の不和について、弁解に参りましたの」
「はぁ?なんなんですか急に。失礼じゃない?うちの事情に首を突っ込まないでくれる」
と、ぶっきらぼうにわたくしから視線を切ったお母さまは直後、薄桃色の髪の女性を見て、顔を引きつらせました。
ですので、先に事情をお伝えせねば。
「あ、いえ。こちらの女性は、お父さまの潔白を証明にきたのです。」
「…………どういうこと」
その言葉に対しわたくしが口を開くより先に、
「私がお金をそちらの旦那さんに差し上げたのは事実なの。でもね、決して不倫とか貢ぎとかそういうのじゃないのよ。」
と、わたくしを背後に下がらせ、彼女は誠意を見せます。
「私の人探しに対する受け答えの謝礼金だったの。深い意味はない。困らせてしまい悪かったわ。ここに謝罪させて。」
「何を、証拠はっ?うちの旦那に貢いでないって証拠はないの?」
「これを」と、女性はギルドカードを提示しました。その瞬間、お母さまの顔色が変わります。それは血気盛んであった怒りが、いつも通りの顔色に沈静していく様子の早送りでした。
彼女のギルドカードにはそれだけの信用がある。社会的地位がそうさせたのです。
「で、でも。え、本当に?ですか。ギルドカード本物?」
もっとも、お母さまが現状を理解するには数分を要しました。何度もギルドカードの似顔絵と彼女を見比べたのです。
でも、一般常識があればどのような事態に着地するかは時間の問題。ギルドカードの偽造は大罪ですから、信じざるを得なくなる。
「本物よ。」
「そう、ですよね。も、申し訳ございません」
今やお母さまの言葉使いは、貴族や王族に連なる者に対するものと同等に謙りを見せた。
「わ、わたし、てっきり、浮気かと。でも、それを見て大金を渡せる理由も腑に落ちました。」
「いえ、謝らないで。私が悪いのよ。」
「そんな」
「それで、旦那さんとの関係元に戻せそうかしら。まだ難しいなら、旦那さんにも直に謝るけれど」
「あ、その。それについては…………もう、話がついていますので」
嫌な予感がいたしました。背筋がざわざわします。
果たして、それは当たります。
「もう、離婚することに」
手遅れ。何と言えばいいか分からなかったですわ。思わずご子息様を傍らに抱きしめてしまいました。
けど、彼女はくい下がりました。
「なんで?さっきも言ったけど、私がちゃんと説明するわよ。その際には二人の仲をきちんと取り持つ。」
「ですが、」
「私が言うのも間違ってるとは思うけど、もう、愛が冷えたって言うの?」
「い、いえ。という訳ではなく。」
「じゃあ、どうして」
「家庭の事情ですので」
「その家庭の事情を持ち込んだのは私。何か他にも理由があるなら話して。口外はしないと約束するわ。」
お母さまは言いよどんだ。それから何度か家の中の娘の様子を伺った後、ようやく意を決したように声をお落し話し始める。
「実は、借金が。それで、家を差し押さえられまして。」
「借金。じゃあその分も私が払う。それでどう」
「い、いけません。何もそこまで」
「いいえ、私のせいなのだから当然よ。いくら」
「一億…………と、とんで三百万ほど」
「それ、普通に生きてるだけじゃ起こりえない額よね。事業が失敗したの?」
「いえ、ですので。家庭の事情で。旦那が…………あの、賭博に手を出してしまいまして」
その時、またも嫌な予感が私の脳裏をよぎりました。だから思わず、口を突いて出てしまったのです。
「まさか、お父さまは謝礼金をベットしたのですか?」
お母さまは深く深呼吸をしたのち頷きました。
そして、経緯を語り始めます。
「お金を受け取ったところを、どうやら私以外の者も多数見ていたようで、あれよあれよと賭博場に連れ込まれ…………しかも、負けが込み。そんな額に」
これはまた運が悪い。そう運ですわ。だって急にそんな大金を手にしたら気持ちも大きくなってしまいますもの。いえ、さらに突き詰めれば、元はと言えば彼女のせいですわ。半目で睨みつけておきましょう。
すると、わたくしの視線が堪えたのか、彼女は「分かった」と大きくうなずいた。
「やっぱり私が全て立て替える。」
「え、」
「拒否はさせないわ。何度も言うけど今回は百パーセント私が悪い。だから気にしないでちょうだい。」
そして、「あと、これも」と彼女は何かしらのメモをお母さまに渡します。
「あの、これは?」
「ここに居る間の私への連絡先。最悪ギルド支部に駆け込んでもいいわ。好きにして」
「…………ありがとうございます。」
「辞めて。私が悪いのよ本当に。」
その後は取り立て日を聞き、ひとまずあのご家庭の不和は事なきを得ました。
実際、お母さまがドアを閉める際には、顔色が良くなっていたし、娘さんを呼ぶ際の声も柔らかかったのだから、期待して良さそうですわ。
ただ、問題が全て片付いたという訳ではございません。厳密には、新たな問題の浮上と言ったところでしょうか。
そしてその事は、広場に帰ってご子息様と別れた後、彼女と二人きりになった時、砂浜を歩いている最中、話題に上がりました。
「一億も負けさせるなんて、そのカジノは普通じゃない気がする」
わたくしも頷きました。「その通りですわ」と。
確かに、カジノ側も払えるギリギリまでお客から金を絞りますが、一度で破産させる額なんて結局お金を払わせられないのだから意味がない。
百歩譲り、相手が大富豪や地主でもあれば、債券や土地目的で破産まで絞っても理解できますけども。今回の被害者は一般の方。
ならばきっと今回の加害者は、
「悪党ですわ。」
それも、わたくしがまだ知らない品々のはず。
「…………なんか、顔が怖いけど。何考えてるの」
「いえ、別に。そちらこそ、ギルドの出番ではありませんか?」
「生憎と。私クラスになると、ギルドの命がないと動けないのよね」
「薄情ですわ」
「ね。」と彼女は振り返ってアンニュイな表情を浮かべました。
そして、
「でも仕方ないわ。何しろ――――」
と、言葉を言い終える前に彼女の姿がフッと消えた。首を回し姿を探したけれど、足跡もないし、返事も帰っては来なかった。今では気配も無い。
今はただただ、波の打ち寄せる音とカモメの鳴き声だけが木霊している。
でも、居なくなったわけが無い。あのような表情を浮かべる方が意味もなく失踪はしないでしょう。
だから、しばらく探し続けた。するとようやく見つけた。彼女は少し離れた景色の良い所で、海を眺めていた。
近づいて、どういうおつもりなのかと肩を叩いた途端、わたくしの手は空を切った。
「――――私達は人間である前に兵器ですから」
言葉を証明するように、声は後ろから響きました。
驚愕に振り返ります。さっきわたくしが触れようとした姿は、空虚な残像だったのです。それも、水魔術の幻影ではなく、身体能力で作り出した離れ業です。
「お前に分かるかな。こういう事を容易く行える者が、おいそれと自我を持って力を振るっちゃダメなのよねぇ。」
「でも、やはり薄情ですわ」
「否定はしないわ。だから、漆黒ランクにでも頼みなさいな。お前達の味方はそこにいる。私達はもっと大きな終末級と戦い救うから。」
「そうですか。分かりましたわ。」
「物わかりいいわね」
「別に、はなから当てにしていないだけですわ。それに、わたくしが当初憂いていた自体は回避できましたし。一件落着ですわ」
「あ、そう。ならいいわ。私帰るけど、一緒にご飯食べる?」
「遠慮いたしますわ」
「奢るけど?」
「お気持ちだけ。身内が待っておりますし、仕事も溜まっておりますので。」




