間幕 エピソード05 バーバラの決断と行動1
「バラ姉…………ちょっといい」
もじもじと気まずそうなご子息様から肩をつつかれたのは、ホーン様から留守番を頼まれ、庭の手入れをしている時でした。だから、わたくしの手は土いじりや雑草を抜いていたせいで汚れている。ご子息様の綺麗なお召し物に触るわけには参りません。
だからしゃがみ込んでいた状態から、膝を着いて向き直る事で視線を合わせる。そして、彼を自然と一歩下がらせることにした。
そのたった一歩の距離感は、わたくしの視野を広げました。離れたところから見たご子息様は、少し瞳が潤んでいたのです。
「クルシュ君、どうされましたか」
「実は」と。彼はつっかえながら言っていい事かどうか吟味しながらも訳を話し始めます。それは数日前、わたくしがホーン様から聞いた話でした。要は、友達を元気付けるにはどうすればいいか。何か現状打破の策はないかと、そのような意味合いが汲み取れた。
でも彼が語ったのはそこまでです。ご友人様宅の詳しい事情は伏せられている。
そうなると、この段階では慰めの言葉しか浮かんでこない。なので、些か不躾だとは思いつつ、もう少し踏み込んで聞いてみました。
すると、
「なんか…………お父さん?が、女の人からお金を貰ってたんだって。それを、お母さんが見てたみたいで、それで、家に帰ってからそのお金の事で、喧嘩になったって」
「お金と、女の人」
少し既視感が過ぎります。そう言えばわたくしも、薄桃色の髪の女性から大金を頂いておりました。もっとも、そのお金はホーン様一家への積み立てとして、きちんと管理しておりますが。今はその事よりも、自身の既視感を重要視した方がよさそうだと思いました。
なのでその女の人の特徴を知ってる限り聞き出したのですが、その度、わたくしが思い描いていた人物像のイメージと、するべきことが鮮明となって行ったのです。
何しろその人物はやはり、
「ピンク色の髪だったのですか?」
「うん、『じゃあ、あの頭ピンクはなんなのよぉ!!』って、言ってたって。大声だったから聞こえたって」
「あの、その事はホーン様にはお伝えしましたか?」
「…………おれもホーンだよ?」
「あらいけない。そうでしたわ。では改めて、ジューン様は?」
「かーちゃんは知らない。言ったら、おれについてきて怒りそうな気がしたから…………だから、バラ姉に聞こうと思って。おれたちのこと、助けてくれるんでしょ…………?」
「はい。」
あらまぁ。嬉しい事を言ってくれますわ。わたくし今、頬が緩んでいないかしら。
ここまで考えて意を決してくれたのであれば、ご期待には是非とも応えたいところ。だって、わたくしの考えが正しければ、もらったお金は謝礼金で、そのご友人のお父様は冤罪の筈ですわ。
本音を言えば、あの女性とはもう関わりたくはなかったけれども、ホーン様一家の言葉は何よりも優先される。
「では、こちらの方でその女性を探してみましょう。見つかれば、即座にお伝えいたしますわ」
「ほんとっ!」
「ええ。勿論ですわ。」
ついでに、女性が見つかった時には一言注意せねばなりません。ギルドメンバーでありながら、その影響力も鑑みず、あのような大金をポンと渡す危険性を、口を酸っぱくして言って差し上げましょう。
「それで、その他にも困りごとはございませんか?」
「ううん、ない。」と、ご子息様は軽快に首を振り、今度は元気よく振り返った。
「あら、どちらに?」
「遊び行ってくる。ありがとバラ姉」
「行ってらっしゃいませ。あ、でも夕飯までには帰ってくださいね」
「わかってるー」と、またも元気のいい返事が遠ざかって行く。
庭に一人になってから、わたくしはまた土いじりを始め、口を開いた。
「チェイン。」
数秒後、庭の木陰からヌゥッと一人の男が顔を出す。
「はい。バーバラ様」
「話は聞いていましたわね」
「はい。」
「あなたは、裏から回り情報を集めなさい。速やかにね」
「ここの守りが手薄になりますが」
「他の者を呼びなさい。わたくしもホーン様が帰ってきたら離れます」
「そんな、バーバラ様が出向かなくとも、私共が動きますゆえ」
「そんな言葉は望んでおりません。わたくしがご子息様から直々に頼まれたのですよ。なら、一人ふんぞり返るなどあってはなりません。」
「し、しかし」
「そこに只突っ立っているあなたは、もしかして案山子ですか?それとも術の練習台たるサンドバックかしら?」
わたくしが魔術の風を作り、チェインの頬をなぜると彼は「ここまでか。」と表情をゆがめた。そして恭しくも一礼し、逃げるようにその場を後にした。
「まったく、口答えせず行動すればいいものを。なぜ毎回毎回異を唱えるのですか」
本当に彼らは大人しく言う事をきかない。荒くれ者の集まりなのだから、少しは許容しているつもりですが、それでも我が強いものが多すぎる。
「はぁ、もう少し厳しく躾けた方がいいでしょうか」
アルマ様であればその魔力の枷を外すだけで、皆が畏怖すると言うのに…………わたくしは実際に魔術を見せなければ反抗心を折る事も出来ない。しかも、その魔術はいつも脅し止まり。
実はわたくし、まだ彼らを傷付けたことがない。そしてだからでしょうね。あのように軽々しく意見をしてくるのは…………。
「舐められているのですわ…………わたくし。」
思わず嘆息がでます。まだまだ未熟ですわ。
仕方ありません。この不満と不安は、草むしりにぶつける事にしましょう。
それからしばらくして。わたくしが草むしりを終えた頃。家の中から声がした。
「ただいまー…………あれ、バーバラさん。クルシュは?」
振り返ると、窓からホーン様が顔を出している。
「ご子息様でしたら、遊びに行かれましたわ」
「…………あの子めぇ…………」
「あら、どうされたのですか。そのように目くじらを立てて」
「クルシュに家の掃除任せてたの。」
「でも、ほら見てよ!!」とホーン様は自身の人差し指に着いたほこりを掲げた。
「掃除なんてこれっぽちもしてないわ!箒も使った形跡が無いし、あの子さぼったのよ!!」
「あらまぁ…………」とは言いましたけども、わたくしはサボったのではないと思いますわ。
きっとわたくしへ話す内容をまとめていたが故、時間が押してしまったのでしょう。
とすれば、わたくしにも非がある。
「では、わたくしが代わりに――――」
と、腰を浮かせたのですが、その瞬間、ホーン様の雷が落ちました。
「――――ダメよ!これはあの子のやるべきことなんだから。」
「で、ですが。子供は遊ぶことが仕事ですし…………」
「甘やかしちゃダメ!こういう約束事は厳しくしないと。それに、バーバラさんは疲れてるでしょう。今日はもう休んでてよ。」
「いえ、これが役目ですから」
「じゃあ、休みなさい。これでそうするしかないわよね?」
一本とられましわ。こうなったら、わたくしがいくら言ってもホーン様は取り下げないでしょう。
「…………分かりましわ。」
その時、木陰から代えの者が到着した気配を感じ取った。それなら、丁度いい頃合いでしょうか。
「あのホーン様、申し訳ございませんが、少し席を外しても?」
「別に確認なんていらないけど…………あ、私に隠れてまた仕事でもしようとしてるなら、ここに居てもらうわよ?」
「あ、いえいえ。そんな。少し用事がございまして」
「それならそうと言ってくれればいいのに。こっちは大丈夫よ。自分の生活を優先して」
お言葉に甘えて。わたくしはひとまず、街の方へと足を運ぶことにしました。
もちろん、ご子息様の期待に沿うためですわ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
ホーン様の家から離れクォールの街の中心地へと赴いたわたくしが、「もし。」と声をかけたのは、駐屯所の正面にて、欠伸を噛み殺している衛兵でした。
「ん。道に迷われかな、ご婦人」
ご、ご婦人…………って、わたくしそんなに老けて見えるでしょうか。
いえ、分かっておりますよ。別に深い意味はないと。でも、出来ればお姉さんとか、レディとか、もしくは敬称を付けずに普通に聞いてほしかったですわ。
その時の動揺がわたくしの顔を引きつらせていたのかもしれません。
衛兵の方は「お、と。失敬でしたかな」と苦笑して「改めて、何か御用ですか」と聞いてきた。
その対応は非常に丁寧だった。
きっと、最近はなぜか悪党が減少傾向にあるせいで、暇なのでしょうね。
「コホン。その、衛兵長のイーブ様は現在どこに居るのでしょうか」
「イーブでしたら…………」と、彼は思い出すように首を捻った後、口を開いた。
「…………今日は確か、事務のために本署にいるかと思いますが…………失礼ですが、どのようなご関係で?」
そのように聞かれたのは、イーブ様が既婚者であったため。
ですから、「そのような関係ではございませんわ」と前置きをして、
「ただの友人ですわ。今日は人捜しのため彼に会いに。ただ、着いた後、今日は居ませんと空振りでは、骨折り損なので。」
「そう、ですか。これはまた失礼な詮索をしました。」
「いえ、それではごきげんよう」
わたくしが去ったあと、衛兵の方々がわたくしについてコショコショと噂を立てておりましたけど、不問と致しました。
だって、その話題は「綺麗だったな」とか、「どこの人だ?」とか。正直言われて嬉しい言葉であったからですわ。なので、ご婦人と言われたことも水に流します。
おかげで、それからわたくしが本署へたどり着くまでの道中は、すこし浮かれ調子でした。
でも、それもここまで。
本署に着いたわたくしは、気を引き締めます。ご子息様のためですから当然ですわ。
正面玄関から堂々と入り、フロントの受付越しに座る女性に、足を運んだ訳をつげると、彼女はすぐさまイーブ様を呼びにいった。
そしてその間、わたくしは別の係の者に連れられ、とある部屋へと足を運ぶことになる。
そこは様々な勲章がショーケースに入れられた権威ある部屋。豪華とまではいかないけれど、悪党が畏怖を感じるには十分な威圧感を放っている。
わたくしはしかし、我が物顔で部屋に入ると何の躊躇もなく、ソファーへと座り、目的の人が来るのを静かに待った。
わたくしが居座り数分後、扉が開く。
入ってきたのは男性が二名。
「いらっしゃらずとも、事前に言ってくれれば、我らが足を運びますのに…………」
開口一番そう言ったのは衛兵長のイーブ様。恰幅の良いちょび髭ですが、威厳はありません。むしろ親しみやすい雰囲気が漏れ出ている方で、わたくしは結構好いております。話すと中々に面白いのですわ。
その一方、
「バーバラさんがわざわざご足労なさるとは、何か大事ですかな」
そう言ったもう一人はイーブ様よりも堂々としている。
それもそのはず。彼はこの本署の長。署長のバスク様ですからさもありなん。もっとも、やはりわたくしには少々委縮した様子で苦笑気味だった。
「ええ。まずはかけてくださいませ」
と、わたくしがソファーの対面へ手を差し伸べれば、二人は顔を見合わせごくりと喉を鳴らす。
そう。彼らは既にわたくしが懐柔しております。やはり、わたくしの職業柄。彼らを手なずけるのが最も円滑に回る。
彼らが捉えた物を、内々に我らが譲り受ける。ともすれば、彼らに人手を貸すことで、我らも何なく仕入れが出来るのです。
もちろん、見返りとしてこちらも金品や、裏社会の情報を渡すことで、一般人の方々の安寧を事前に守れるようしておりますが。
「それで、今回はどのような者が標的なので?」
バスク様が正面に座り、イーブ様がその後ろに付いたのを機に、わたくしも口を開きました。
「とは言え、今回は仕入れの話ではございませんわ」
「おや、では少し緊張を解いてもよろしいかな」
受け答えは毎回ほとんど、バスク様が行うのが通例。
それと言うのも何かあれば、その責任を自身が背負うと決意の表れです。見上げた心構えですわ。
ですからわたくしも、「勿論、気楽に」と緊張を解す方向から切り込みました。
「でも、別に取っ手食いやしませんのに。なぜ毎回そのように強張るので?まさか、何かやましい事でも?」
「あ、いや。ハハ…………それはもう仕方ないですわな。あのダリオファミリーを鎮めた相手ですからなぁ、こればっかりは…………」
「もうっ…………何度も申し上げますが、パッシオーロ・ダリオ三世を落としたのは、わたくしではございませんわ」
「我らからすれば、同じ事ですよ。あなたでも、出来るのでしょう?」
「そうかもしれませんけど…………手柄を横取りしたようで、わたくしは容認できませんわ」
「まぁまぁ、そう言わず。あぁ、お詫びと言っては何ですが、お食事はもうお済みに?お好きな物を言ってくれれば、取り寄せますが」
「いえ、お気持ちだけ。手早く済ませましょう。」
「ふむ、それで誰をお探しで?」
「薄桃色の髪の女性。上背は百六十に届くくらい。化粧っけは皆無で、服装もてきとうな方。まごう事無き一般人ですわ。」
「おや、我らが手錠をかける相手ではないので?」
「そんな事をすれば、お縄に着くのはあなた方ですわ」
その言葉には、意表を突かれたのでしょうね。二人はまた顔を見合わせ、肩をすくめた。
「…………きな臭い話になってきましたが。誰ですか。貴族とか?」
「いえ。一般人と言いましたわ。ただし、拡大解釈した上での話ですが。」
「…………名前は、分からないので?」
分かる。けれども、わたくしの口から言うには少々躊躇われるし、大げさに声を上げたくもない。
だから、彼らの耳をこちら側に招き、か細く伝えた。
すると、「っ、彼女がこちらに来ているのですか」と、二人は仰け反り目を白黒させる。
「で、でも、なんで彼女を探しているので?」
「ええ。実は彼女も人探しの最中だそうで。その謝礼として大金を渡し歩いているのですわ。その弊害で、わたくしの周囲が被害を被ったのです」
「ま、まさか。報復を?敵対するおつもりかっ。やめた方がいい」
「は?い、いえ。別にその様なつもりはございませんわ。彼女が造り出した弊害を、彼女自身がその潔白を持って証明してほしくあるだけ。」
「ほんとに?」
「本当ですわ。だから、情報提供をしてほしく、足を運んだ次第。」
「ん、んーまあ、それなら。ねぇ、イーブ君?」
「そうですな。この後すぐ、彼女の目撃情報を集め、バーバラさんへ届ける算段をしましょうか」
「頼みましたわ。あ、それと、わたくしの話は出さぬよう。あくまでも自然に願いますわ。」
「そりゃあねぇ。マンハンターと提携してるなんて、口が裂けても言えないよ。むしろ、そちらこそくれぐれも我々の事を口に出さぬよう頼みますよ?」
「勿論。あなた方は、我々の商品足りえない方々ですから。」




