間幕 エピソード02 ミー君を探しています。
最近、クォールの街に吹く風は、肌寒いものへと変わってきていました。秋が近づいてきていたのです。まだ、葉の色合いも緑のままで、残暑がある筈なのだけれど、海が近いせいか、水分を多分に含んだ風は半袖では少し堪えるくらいです。
ただ、気温を除けば今日はとっても天気がいい。風で冷えた分は日光が補ってくれるおかげで、絶好のお洗濯日和ですわ。
上機嫌にも鼻歌を奏で、わたくしは木製のバケツに収められていた、びちょびちょの衣服を干そうと物干しざおへと持ち上げた。
その時、わたくしの鼓膜を風以外の振動が揺らす。
「バーバラさん、ちょっといい」
わたくしを振り返らせたのは、今ではもう聞き馴染んだ声でした。ジューン・ホーン様。我らリンドウの不祥事を一身に引き受けてしまった方。けれど、彼女はその事をおくびにも出さず、かと言って出汁に使う事もなく、常にフラットな笑顔を向けて下さる。その事実は正直心苦しくはあったけど、その件を口に出す権利は、わたくしにはございませんから。
むしろ、その心苦しさ。罪悪感こそが罰であると最近は思うのです。
実際、今回もそうでした。
「どうしました?」とわたくしが彼女の下へ駆け寄ると、「そんなに慌てなくてもいいのに」なんて目尻に皺を寄せ、わたくしへ一枚の手紙を渡してきたのです。
表を見て、次に裏の差出人を確認すると、
「あら、旦那様からですわ。でも、なんでホーン様が?」
「バーバラさん、ほとんど毎日うちに入り浸ってるでしょ。だから、あなたのお仲間さんが、こっちに回してきたのよ」
「あらまぁ…………一般人の家まで足を運ぶなんて、申し訳ございません。厳しく言って聞かせておきますわ。」
「いや、バーバラさんが入り浸ってる時点で今更な気もするけどね」
「あら…………まぁ。それもそうですわね」
苦笑し、手紙を懐へと仕舞おうとしました。まだ、お洗濯の最中だったから。
けど、
「あぁ、いいわよ。元々私らの仕事だし。休憩がてら手紙読んでて」
ホーン様はそう言うや否や、わたくしが断る暇もなく洗濯ものを手に取ると、わたくしを傍の腰掛け石へと下がらせた。
こうなっては、ホーン様は梃子でも動かない。実際、そのせいで彼女は被害を被ったのだから。
わたくしは観念し、スカートを折ると石に座って手紙を広げた。そして、内容に目を通した。
アルマ様からは、『近況を教えなさい』と簡素に記されている。でも、行をまたいで幾たびに、リンドウで起こった訃報を知る度に、わたくしの表情は曇った。
中でもわたくしが何度も読み返したのは最後の一行。『仇は取りました』との文字。そこには何度も書き直した跡があり、アルマ様が言葉を選んだのが手に取るように分かる。
「……………………。」
気付けば潮風が瞳に染みる。視界が霞んでいた。全て読み終えた頃には、手紙はわたくしの涙で滲んで、指先に込めた力でしわくちゃになっておりました。
「バーバラさん、こっち終わったけど…………っちょ、ちょっとどうしたの!?」
ハッとした。こんな無様をホーン様に見せる訳にはいかないと、すぐに涙をぬぐい取り繕った。
だって、ホーン様の方が辛い経験をしてきたのに、わたくしが慰めをいただくなんて…………そんな贅沢は許されないのです。
「手紙、何て書いてあったの?」
「なんでもございませんわ。久方ぶりの旦那様の言葉を見て、つい涙腺が緩んだだけなのです」
「嘘よ」と、ホーン様はしゃがみ込み、わたくしの両手にそっと己が手を重ねる。そして、優しく力を込めてくれた。
洗濯を終えたばかりで濡れているはずなのに、その、手からは彼女のぬくもりが伝わってくる。
「見れば分かるわよ。なにか、辛い事が書いてあったんでしょう?」
「…………どうして、そう思うのですか」
「嬉しい事があったなら、笑うでしょう。そんなに悲しそうな顔しないわよ」
「敵いませんわ」。そう思う。だから手紙の内容を掻い摘んで伝えた。
フォリアファミリーからの襲撃。エーランドファミリーを屈服させた事実。そしてまた、フォリアファミリーからの追撃と反撃。
最初のうちは、ホーン様もピンと来ていないようだったけれど、エイダとウェインの死を聞くと、沈痛な面持ちで、吐息を漏らした。きっと、わたくしの哀しみがそこに由来すると気付いたのでしょうね。
でも、ホーン様が悲しむ必要なんてどこにもない。
「我々の落ち度ですわ。ホーン様は気にする必要はございませんわ」
だからわたくしが望んだのは「ざまぁないわ」と、笑い飛ばされること。
ホーン様にはその資格がある。善人は悪人をいくら蔑んでもいいのです。それだけの事をされたのですから。
でも、善人であるからこそ、彼女は決してそのような事をしないのも、理解している。
「…………私は、その人たちを知らないけど、あなたの事はこの数か月で関わりを持ってるのよ。そんな顔されたら、気にもするわよ」
ほら。貴女様はそう言うと思いました。
だから、アルマ様もその生を保証するため、わたくしを付けたのですものね。
「お優しいですわ。でも、本当にお気遣いなく。旦那様の言う様に、貴女様方は自身の生活だけを考えて下されば…………それがわたくしの幸せです。」
「そう…………友達がそう言うなら、話はこれでやめとくわ」
「へ、」
「私はあなたの事、もうお友達だと思ってるのよ。うちの息子もバーバラさんに懐いちゃってるしね。言う事無し。これからも末永く話し相手になってよね。」
「あの…………それは」
「何かあったら、遠慮なく言ってねってこと。」
そう言って、ホーン様は笑う。歯をみせて屈託なく。
アルマ様の言う内面とはきっとこの事。だから、わたくしは守らなければならない。このご家族の一生を。安寧を整備する。それがわたくしの使命。生涯をとして守護する。
「仔細、承りましたわ。」
「ん。よろしい。」
ホーン様の瞳に映るわたくしは、何時しか表情が明るくなっていた。ただ、そのことに気づくと、些かの気恥ずかしさが頬を熱くさせた。
咳ばらいをして立ち上がると、先に話題に上げたご子息様が、ホーン様を呼んでいた。
「かーちゃーん―」
「あら、なにー?」
「なんか、人が来てるー。ペット捜してるんだってーー」
「何でしょうか?」わたくしの疑問に対し、ホーン様も「さぁ、何かしらね」と首を傾げた。
ただ、万が一がある。わたくしはホーン様と共に、ご子息様が手招きしている家へと戻り、お客人の対応をすることにしたのです。
ホーン様の家は、以前ダリオファミリーがしっちゃかめっちゃかに荒らしていたのですが、今ではわたくし達の再興により、その影はありません。
誰が見ても一般家庭としか思えない素朴な外見の木造建築。
庭から移動し、裏口のドアを開けた内装は、皆の団らんスペースたるキッチン。
ご子息様は家に入ったわたくし達を見て、「そこにいるよ」と、玄関の方を指さしました。
「ねぇ、かーちゃん。おれこれから遊びにいくとこだったんだけど…………いた方がいい?」
「そうなの?…………いいけど。夕飯までには帰ってきなさいよ」
ご子息様は軽返事をすると、小走りに裏口から抜けて出て行ってしまう。
「…………よかったかしら?」
「はい。お客人の対応はわたくし達で行えますわ。ご子息様も、部下が目を光らせておりますので、ご心配なく。」
だから、わたくしが率先し、玄関ドアの前に立って聞いた。
「どちら様でしょうか」
「大人の声…………じゃあ、あなたがお母さま?」
いいえ召使いですわ…………と言ってしまうと、この素朴な家庭からは逸脱した感想を持つかもしれません。
なのでここは、先ほどホーン様から頂いた言葉をお借り致しましょう。
「友人ですわ。もちろん、ホーン様もいらっしゃいますが」
「そう。実は私探しものをしててね。ちょっと話を聞きたいのだけど。いいかしら?」
ホーン様へ振り返り、ドアを開けてもいいか表情で聞きました。すると、彼女は肩をすくめつつも頷く。
なら、「構いませんわ。どうぞ」と、ドアを開けた。
「ありがと」
そう言って会釈をしたのは、薄桃色の髪の女性でした。意思の強さを感じさせる双眸は水色で、柳眉もキッと逆八の字。化粧っけは皆無ですが、素材がいいと同性であるわたくしですら思うのですから、もったいなく思います。服装も適当で、ブラウスと丈の長いスカートを組み合わせているのみ。
ただ、わたくしはそんな彼女に対し、警戒を敷きました。彼女は、腰に剣を携帯していたからです。
「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。これ、護身用だから」
わたくしの視線に気づいたのか、女性は苦笑しながら剣を抜きわたくしへと渡します。刃は付いておりませんでした。ただの鉄。彼女の言い分に間違いはなさそうです。
でも、念のために会話の最中はわたくしが預かっている旨を伝え、失礼ながらも玄関口での対応に留める事にします。
「…………それで、探しているペットとはなんでしょうか?」
「私が探してるのは人なんだけど」
「あら、ご子息様からはペットと」
「じゃあ伝え方が悪かったかもね。混乱させて悪かったわね」
「はぁ…………左様でございますか、それで…………?」
「少し前、白髪頭の人間をこの辺りで見かけたって…………その情報を追いかけて来たのよね。何か知らない?」
白髪頭と聞かれ、わたくしが真っ先に思い浮かべるとしたらアルマ様。けれど、その情報をサラリと渡すわけにはいかない。
「さぁ…………わたくしには心当たりがありませんが――――」
いくつか、カマを掛ける事に致しましょう。
「――――その方の特徴は?」
「白髪頭で、魔力お化け。あと、ひねくれてて、性根がねじ曲がった男」
え。それは…………アルマ様では?
い、いえ。そんなはずはないです。アルマ様は別に性根がねじ曲がっている訳ではなく。その、素直でないだけで、むしろ分かりやすい方ですから。
はい…………そのはずです。
「して、お名前は?」
「ミゲル。ミゲル・ベネット」
ああやはり。では、アルマ様ではありませんね。
「どういった関係なのですか?」
「…………身内よ。もう、十年以上探してるんだけど、手掛かりが無くて。」
「まぁっ。それは…………」
「同情はいいわ。どっかで野垂れ死んでるなら、その骨を拾ってあげたいだけだから」
エイダとウェインの死を知ったばかりのわたくしとしては、出来れば力になって上げたいところです。
でも、優先順位としてはホーン様が一番。申し訳ないですが、ここはお引き取り願いましょう。
「わたくしがお手伝いできることは、ないかもしれません」
「そうみたいね。お邪魔したわ。」
去り際に「あ、これお礼ね」と、小包を渡されわたくしが手に取ると、ズシリと重い。手の平が重力に負けた事実に対し、顔が引き攣った。
開いてみると札束でした。それも、一見すると百万に届きそうな程の大金。
「こ、これは??」
「だからお礼だってば。私、お金がかかる趣味ないのよね。溜まる一方だから、上げるわ」
「あ、あのつかの事伺いますが、ご職業は一体?」
「ただのギルドメンバーよ。」
いえ、それだけでこのような大金をポンと渡せるはずがありません。絶対何か隠しておりますわ。
「そう訝し気な顔しないで。人助けで儲けたものよ。ほんとに綺麗なお金だから。」
「…………」
「信用してないわね…………はぁ。分かった分かった。」
「はいこれ」と、女性はギルドカードを提示いたしました。そして、わたくしの顔がまたも引き攣ります。直ぐにおかえり願わなければまずい。と防衛本能が働いたのです。
「ははは、何その顔。やましいことでもあるの?」
その笑い方はアルマ様そっくりで、心臓が早鐘を打ちました。
それでもなんとか、「い、いえ。別に」と曖昧に笑いその場をやり過ごします。
「心配しないで。変な詮索はしないわよ。今は私用で出回ってるだけだし。ギルドの依頼でも無ければ面倒事は御免だわ。じゃあね。」
女性はギルドカードと剣を手に取り、踵を返して行きました。
その後姿は隙だらけ。わたくしにはそう見えたのですが、それは、わたくしのレベルが彼女の足元にも及んでいないからでしょう。
要は次元が違う。
ならばこれからしばらくは、せめて彼女がこの町から去るまでは、大人しく過ごす方針を固めなければなりません。




