間幕 エピソード01 ミーツケタ。
フォリアファミリーとの一件に対し、かろうじて終止符を打った数日後。俺は屋敷へと帰り、エイダとウェインの葬儀を組織内だけで済ませた。それと言うのも二人に親族は居ないからだ。
それに、俺達は悪人。天国へ送り出すようなことは出来ない。ゆえに、俺が彼らの死体を燃やし、その灰は屋敷の庭へまいた。それで葬儀は終わり。
遺品に関しては組織内で声を挙げた者に譲ることに決まり、俺はエイダの耳飾りを身に着け、ウェインの羽は羽ペンへと加工し、使用していくことにしたのだ。
そして、フォリアファミリーの件から一か月が経とうとしている今日。季節は秋へ移り変わり始めているが、残暑が厳しく続いていた。
俺は屋敷の自室にて席に座り、羽ペンで手遊びしながら書類と睨めっこの最中である。それと言うのも外部への問題は気にせずともよくなったが、組織内での問題は多々残っているためだ。
たとえば、エイダが担っていた酒場と人間牧場の経営だ。しかし、百歩譲り酒場は適当な者を見繕うとしてまだいい。
問題は人間牧場の管理。あそこでは産めや増やせやと日夜交配を行わせているのだが、細心の注意を測り産まれてくる人間性を精査していかなければ、商品として売り払った後や、我らが徴用した時に支障が出る。
しかも、エイダが最も長く牧場の経営に従事していた弊害か、彼女が突如として死んだため、引継ぎが滞ってしまっている。
一応、手順書はエイダに書き留めさせていたため、新たな従事者が、牧場に捕えている物達の趣向や扱い方をなぞることは出来るだろう。
もっとも、なぞるだけだ。支配とまではいかない。そうなると、物達から罵詈雑言が飛び出し、それに激昂した従事者が八つ当たり気味にも壊してしまう可能性も否定しきれない。
損害額を妄想し、指を折って数える。
「…………んー…………これは難題ですねぇ…………」
思い悩んでいるうちに、いつのまにやら天井を扇いでいた。
そんな時だ、残暑から逃れるため、開け放っていたドアがノックされる。
「…………あの、アルマ様」
ミシェルがおずおずと顔を出した。いや、苦渋の表情と言った方がいいかもしれない。何しろ、彼女は眉間にしわを寄せ、嫌いな食べ物でも見る様な細めた瞳だったから。
まぁ、大方俺が仕事から逃げていないだろうか、との確認にでも来たのだろう。まったくけしからん。そんなにも俺は信用ならないだろうか。
当てつけに、しかめっ面で「何用か」と聞いた。
「その…………休憩にとアイスコーヒーを持ってきたのです…………が…………その」
言葉通り。ミシェルはお盆にコーヒーが入ったグラスを持ってきている。しかし、「何をそんなにも言いよどんでいるのです」。俺はその意図を分かりかねていた。
すると、「だって…………」と、ミシェルの視線が俺から離れ、ベッド近くに置かれたソファーへと移る。
「あちらにも…………そのコーヒーを持ってきた方が良かったでしょうか?」
「キヒヒ。とぉうぜんでしょう☆」
イラつく声。思わず羽ペンをへし折りそうになった。が、しかし我慢だ。仕返しは別の形で返す。
そう例えば口撃だ。
「いりません。奴に人間様の飲み物など、上等が過ぎる。床でも舐めさせておけばいい」
「ひどいなぁ~~ド外道君はぁ。でも、もう貰っちゃったよぉん♡」
見やれば、ミシェルのお盆からいつのまにかアイスコーヒーが消え、鬼畜クソ女の手元へと移っている。いや、奪われている。
途端にも喉の渇きが苛立ちに混じり、頭に血が上りそうになる。
くそ。コイツと帰って来て早一か月。もうずっとこんな調子だ。腹立たしいことこの上ない。俺に溜まって行くのは、フラストレーションと、コイツの生態情報だけ。
鬼畜クソ女は栄養補給という概念がほとんどないらしい。食べず、飲まない。もっとも、今回のような嫌がらせの時を除いてだが。その理由として、『魔力体である事が理由の大部分を占めている』らしい…………とはゾンダーの言である。少し前、彼に鬼畜クソ女の情報をほのめかして聞いたところ、そのような返答があったのだ。
ちなみに言うと、ゾンダーの仮説は中々いい線をいっているのではないかと俺は思っている。鬼畜クソ女が俺の魔力にだけ反応するのも、俺の魔力を食らって蘇生するから。要は俺の魔力によって鬼畜クソ女は体を構成しているわけだから、俺の魔術は無意識に奴の弱点を突いているのだと思う。
と言う事はだ、俺には権利がある。当然だよな。魔力だけでなく、コーヒーまでも奪われているのだから、
「…………殺してやろうか。それは、俺のだぞ」
「じゃあ私が口移しであげるぅ」
「辞めろ。ばい菌が移るだろうが。」
俺の口調の変化を察したのか、ミシェルも表情を歪めはするものの、口出しはしてこない。
ただ、今は口直しが欲しかった俺は、咳払いで取り繕うと、ミシェルへと話題を振った。
「そう言えば…………ウィズ・キャネルは、まだ訪ねてきませんか?」
「え、あ。ああ、はい。依然として。一応、金品が置かれた場所はよく確認しておりますが、無くなってはおりません。」
と言う事は、まだ時期が来ていないという事か。
いや、いっそのことこちらから探した方が話は早いだろうか…………しかし、そうすると、
「…………んん?どしたのド外道君、私の事見つめちゃってェ…………見惚れたん?」
このゴミの思い通りに動いているようで癪だ。だからそれは最終手段として取っておくとして、俺はまた、書類へと視線を落とした。
「ミシェル。牧場の件ですが、誰か適任はおりますか?」
俺がミシェルへ顔を向けると、鬼畜クソ女が自身へ注意を引こうと何事か宣った。もちろん俺はそれを無視をし、じっとミシェルの言葉を待った。
「そうですね…………前提として、幹部の方でないといけませんか?」
「この際贅沢は言いません。適性があればどなたでも」
「んー…………でしたら、ダズモンド・ファーバーなどはいかがかと」
「知らぬ名ですが、うちの者なのですか?」
「はい。アルマ様がうろうろしている間、私が幾人か雇用いたしました一人です」
「…………なにやら棘がある言い方ではありませんでしたか?」
「気のせいでしょう――――」
「いえ、そんなはずは」と苦言を呈そうとしたところ、ミシェルは食い気味にもダズモンドについて語りだした。
「――――彼は指示待ち人間の典型例のような男です。言われた事だけをこなす。それ以外は興味関心を見せません。一先ずの繋ぎとしてはとてもプレーンに仕事をこなすでしょう」
「繋ぎですか?」
「はい。彼は自主性が死んでいるんです。現状維持にはうってつけですが、改善も改悪もしません。今後の経営構想など、彼に思い描けるはずも無し。となれば、繋ぎとしか使えません。」
「ふむ…………まあ、繋ぎが出来るだけ良しと致しましょうか。では彼を向かわせてください。」
「かしこまりました。」とお辞儀をしたミシェルは、「それと」懐から手紙を取り出し俺に手渡した。
「バーバラ様からお手紙が届いております」
「おや、そうでしたか。」
バーバラへはエイダの死を伝えてある。おそらくは、弔辞の意味合いも多分に含まれている事だろう。
俺が手紙を開き目を通し始めた時、召使いの一人が「お客人です」と、ミシェルを呼びに来た。
「ウィズ・キャネルですか?」とのミシェルの言葉に対しては、「いえ、髪色は薄桃色ですので、おそらくは違うかと」。そういう他愛ないやりとりが、廊下から聞こえた。
声が遠ざかって行ったのを機に、手紙に目を通すことにした。
手紙は俺の予想通り、『エイダの死。未だ実感がわかずにおりますわ…………』と始まっていた。続いて、『ジェーン・ホーン様一家には、よくしてもらっておりますわ。ですが最近…………』と、近況で取り立てる事柄が綴られている。その内容を文字通り受け取ると、中々に波乱万丈だったらしい。
しかし、とある一文に差し掛かったところで、俺は手紙を持つ手に汗が滲んだ。
『――――と言う事がございまして、もしかしたら、彼女がそちらに足を運ぶかもしれませんわ。ご注意を。』
「なっ…………」
言葉を発するより早く。俺は気付けば立ち上がっていた。
それどころか狼狽えた。なぜならば、合点がいってしまったからだ。バーバラが言う彼女と、今しがた訊ねてきたという薄桃色の髪。それが、俺の想像通りの人物であるならば…………非常にまずい。命に関わると言っても過言ではない。
ミシェルを引き留めに行くか。いや、もう遅いだろう。間に合わない。
ならば、窓から逃げる算段を付ける。なりふり構わず、魔術の火を窓辺へと放つ。
その間際だった。
「ミーツケタ。」
既に、怖気が俺の背後にいた。
かくれんぼで鬼が言うセリフが、こんなにも似合う人がいるなんて…………そう思ったのは現実逃避がゆえだろうか。
恐ろしさで振り向けないでいた時、ソレは、何の躊躇もなく俺の肩を掴み、俺を床へと這いつくばらせた。
薄桃色の髪が視界の端で揺れ、携帯している剣がガチャンと鳴る。その全てがまるで威嚇だ。
「っく…………ど、どうしてここに?」
返答はまず、俺の顔面真横に振り落とされた震脚だった。その後ようやく、相手は口を開く。
「先輩から話聞いたのよ。白髪頭の魔力お化けがいるって。」
先輩…………ま、まさか。
「お察しの通り。エンバー・ライトよ。」
「そ、そそそんなの…………俺以外にもいっぱいいるだろ。なんで俺だと」
「だからしらみつぶしに当たったのよ。で、ようやく合ってたわ。アルマ…………って名乗ってるんですってね?」
しかし、その時の女は俺から視線を外し、見当違いの天井を見上げていた。
どこを見て言っているんだ。と思った矢先、
「カミュ。そこに居るんでしょ。分かってるわよ」
は?なぜあいつの名前が…………そう思ったのも束の間。音叉が鳴るような硬質な音と共に、天井へ正方形に切り込みが入り、直後カイニスが降ってきた。
「な、何をしていたのですかあなた!覗きですか!?助兵衛が!」
「ちが…………お前と悪魔のやり取り見てたんだよ…………なんかあったらやべーから。でも、くっそぉ…………まさかこんなことになるなんて…………オイラとしたことが…………」
「こんな事って、どんな事?」
今度は剣が床に突きたてられる。
その時には恥ずかしながら、俺とカイニスは両手を取り合い、慰め合う姿勢となっていた。
「…………ご、ご無沙汰してます…………ご機嫌麗しゅう。へ、えへへ…………」
「挨拶はいいから…………って、カミュ。お前その体どうしたの。女だったはずでしょ」
「へ、へ…………それは…………オイラには何とも…………」
「…………へー私に隠し事?」
俺達の動揺を見て、鬼畜クソ女ですらその時は唖然としていた。
遅れて駆けつけてきたミシェルは室内を見て、口に手を押し当てると息を飲む。
「いいわよ…………私がどれだけ探し回ったか。聞かせて上げる。」
「け、結構です。誰がそんな事を頼んだのかッ」
「何、私に命令でもしようっての。」
気付けば唇が縫い合わされたように開かない。要は…………怖くて委縮してしまったのだ。
昔の恐怖が思い起こされ、身震いすらしたぞ。
「黙ったわね、それでいいの。」
冗談でしょう。俺は既に、バーバラから事の成り行きを聞いているのですが…………。
そんな俺の呆れは意にも返さず、彼女は饒舌にも、バーバラの二番煎じを語りだした。




