04 三章 十格 エピソード33 フォリアファミリー
ガーベラス・フォリアがエンバー・ライトに連れ去られ一週間弱。
フォリアファミリー内はバトーの読み通り、内部で派閥争いが活発になりつつあるらしい。ガーベラスの掲げた方針転換に対し抵抗感を持っていた者と、そうでない者。大まかに分けるとその両派閥だろう。
しかも、今回のガーベラス・フォリアの連行は突然の事であったためか、狼狽え、隙を見せているのはガーベラス派閥。
逆に昔への回帰を求める派閥は、これを機に実権を握ろうと動き出している。
「だから、今うちは忙しいんだが――――」
俺がフォリアファミリーの門の前へ呼び出したのは、かつての同僚、『シン』。彼は門に居っかかり、眉間に皺を寄せている。以前再会した時より苛立ちを見せていた。
「――――話しってなんだ。アルマ」
シンは昔への回帰を求める派閥。ゆえに時期が悪いのは重々承知。その態度も今は甘んじて受け入れる。だからこそ、俺も話を簡潔で手短に終わらせるため、単刀直入に紙を渡した。
「これは?」
ガーベラスフォリアが署名した、『アルマ・サンが指名した者へとフォリアファミリーの後継を譲る』。その一文には、念のためクサナギ・エーランドの一筆も加えてあり、裏の世界であればそれなりの効力を持つ。
その事実に対し、シンは唖然と目を泳がせ、俺と文面を交互に見ていた。
「ええ、文字通りの意味。で、俺は今回、シン・ジレッド。あなたをフォリアファミリーのボスに任命に来ました。」
その途端、シンはまたも瞳を白黒とさせ、固まってしまった。
まぁ、実権を握るため励もうとしていたところに、玉座をドンと用意されたのだ。突然の目標の消失に際し、反応が遅れるのは仕方ないかもしれない。
ただ、これで俺の仕事は終わり。
「では、俺はこれで」
「ちょ、ちょちょちょまて。待て。意味が分からんどういう事」
「ですから、記してある通り。次のフォリアファミリーのボスはあなた。」
「いや、は。ガーベラス様は、エンバー・ライトに連れ去られたんだぞ」
「あれは俺達のたくらみです。」
「は!?マジでか…………」
「もっとも、彼女は仲間ではありませんよ。利用したにすぎない。ですので、公にはせぬよう。」
「つまり、お前がガーベラス様消したってことだろう、できるかよ」と、その言葉の時だけ、シンは声を落とした。
「よろしい。では、俺はこれで」
「は、おい言い訳はどうすりゃいんだよ」
「はい、言い訳?」
「ここにはアルマ・サンって書いてあんだぞ。俺達が狙ってたお前の名が。それに対し、ガーベラス様が遺言を残すなんざおかしいだろうが」
「なら、たとえば、『フォリアファミリーに狙われていた俺が、ガーベラス・フォリア連行を機に、またクサナギ・エーランドに泣きついた…………』とでも口にすればいいでしょう。ご自分で考えなさい。」
「あ、おい行くな。まだ話は山積みなんだが!!」
そんな事を言われても、これ以上世話を焼く義理はない。それを示すように、俺は踵を返した。
まぁしかし、これでフォリアファミリーは存続する。少なくとも、ロシノさんとエイダの思いを無下にする事にはならないはず。
命を狙われた身からすれば、文字通りの出血大サービス。十分な対応だろう。
要は、一段落着いた。フォリアファミリーから随分離れた所で俺まで来た俺は、安堵の息を吐く。
屋敷に帰るため、馬車に乗り込もうとステップに片足を乗せた時、悪寒が俺を御者の方へと振り向かせる。
「キヒヒ。そんなぁ焦った顔しなくてもいいよぉ。私もぉ…………今着たとこん☆」
俺をここまで運んできたはずの、愛嬌ある中年御者は消え、鬼畜クソ女に入れ替わっていた。
「お前、契約はどうなったんだ」
「ふぇ?なんのことぉ」
腹の立つ猫撫で声には、睨みで返答した。
「キヒヒ、だってぇだってぇさぁ…………ド外道君たら、契約する気ゼロだったじゃぁん、なら私もそうするよねぇん…………」
まさか、殺す気だったのを見透かされてたのか。いや、だったら、形だけでも契約しようとは考えない筈。分からない。俺に契約する気が無かったとは…………どういう意味だ。
「じゃあ、なんで、本名言わなかったのぉ」
本名。偽名ではだめなのか。いや、そんな些細な事で俺は絶好の機会を逃したと言うのか。
「悔やまれる…………」。思わずため息が出た。すると、鬼畜クソ女は俺以上に深いため息を零していた。
「…………入れ知恵、されたのでしょう。互いの名を呼び、主従の義を結ぶのだと。困った子。」
また、誰かと入れ替わったかと思った。鬼畜クソ女とは思えない声音だった。その声からは、人を小馬鹿にする軽薄さと人生を誑かす悪意を微塵も感じない。
表情すら嘲笑を引っ込めた苦笑気味で…………それは例えるなら、走って転んだ幼児を見守る母のよう。
他者を尊び、正しい意味での博愛を感じとった。
だからこそ、
「気味が悪い。なんだ。なぜそんな風に言う」
苦言を呈した途端、「キヒヒ」といつもの調子に戻る。
遺憾だが、今回ばかりはその調子の回復に対し安心した。
「だってぇ、ね。これでようやく彼方様への手掛かりがつかめると思ったのにぃ…………空振りだったんだしぃ…………昔を思い出して、気持ちもナイーブになるわよん」
ナイーブ?馬鹿を言うな。いや、だが…………こいつが自虐的な言葉を使うなんて、これまでなら考えられない事だ。
何か、進展しているのだろうか。
「ま、いいや。でぇ、ド外道君~アイツはどこいるのぉ?」
「結局そこに落ち着くのか。」
「当ぉ然~でぇでぇでぇどこぉ、どこなのぉ…………」
「知らない。バーニス号で出会って以来、俺は会っていない…………」
…………いや、待て。そう言えば…………借金を取り立てに来るんだったか…………、
「…………そのうち、俺の屋敷へと彼女が足を運ぶ機会があるかもしれないが」
「え。ほんとに」
しまった口が滑った。だが、もう遅い。
「ねぇ、ねぇド外道君~」と、乞食のように鬼畜クソ女は俺にすり寄ってきた。
「取引しなぁい?」
気色悪すぎて、「何を。」と仰け反った。
「もし、もし、もしもぉ!!アイツに会えたら、私はあなたのお願いを一つ聞いてあげるわぁん」
「じゃあ、死ね」
「いいよん。」
「はぁ?」
「ほんと。私はぁアイツから座を取りもどす。そうしたらぁ、もう君に付きまとう必要もなくなるのよぉ~素敵でしょう?」
「…………今まで一番の口説き文句だな」
「じゃあ、取引するぅ?」
「担保は何だ」
「何にもないよぉ。」
「悪魔との取引だろうが」
「私神様だしぃ…………だぁから、人から取り立てるなんてェダメ。与えて上げるの♡」
「だめだ。ウィズ・キャネルと出会うまでの間、お前が人を傷付けないのなら、考えてやってもいいが」
「いいよ」
「即答か。逆に信じられん」
「本当。彼方様に誓うわ」
コイツにとって、彼方様とやらは、もっとも比重が重い筈。
なら、その言葉を試してみるか。
「わかった。」
「キヒヒ、契約成立ぅ~」
その日生まれて初めて。俺はこの鬼畜クソ女と共に、帰路についた。




