04 三章 十格 エピソード30 嵐2
縁側で吸っていた煙草を魔術で消し炭にし、ゆっくりと振り返った。すると、見計らったようにふすまが開く。
顔をのぞかせたのは俺の忠臣。
「コーツ、首尾はどうだ?」
訊ねると、ふすまを閉めながら膝を折り正座になり、俺の方に気まずそうな顔を向けた。
「殺害したアルマの幹部は二名です。」
なるほど、表情の渋さはそれが原因か。それにしても思ったよりも少ない。確かあいつの手駒は十人だったはず。
「で、殺せたのは誰?」
「エイダと言うエルフ。それと、ウェインと言うハーピーです。」
ウェイン…………は知らんな。どこの馬の骨だ。
「馬ではなく、鳥ですよガーベラス様。」
「んぁ、よくわかったな」
「長い付き合いですから。」
一本取られたな。ただまぁ、エイダは知っている。ロシノと共にバーニス号に乗船した奴。
しかし…………それでも二人だけか…………、
「…………ボーナスステージだったんだが、勿体ないことしたな」
「すみません。手練れを向かわせたんですが、思いのほか手強く。」
「謝るな。どうせ皆殺しだ。早いか遅いかの違いしかねぇ。」
俺の慰めを聞いても、コーツは渋面を浮かべたままだった。なら、もう一押し声を掛けてやらんと。
「そういや、ニヤはどうした。怪我でもしたか」
コーツの姉であり、コーツ同様俺の馴染み。彼女の事を訊ねると、コーツは「まさか」と苦笑した。
「いえ、アイツはまだ帰ってきてないだけで…………」
「そうか、ならいいさ。」
「次はどうするんです?」
「そうだな…………これで警戒されちまっただろうし…………」
「もう、いっそのこと総力戦でいいんじゃないですか?」
それも悪くない。数で攻めれば間違いなくうちに軍配が上がる。
ただ、それだとうす味だ。面白みに欠ける。
「たかが奴隷商一人に対し、十格が総力を上げる…………面子が持たねぇだろ」
「たった一人に固執してる時点で、今更では?」
「フッ、言うじゃねぇか。」
「それに、長引かせるとエーランドが出てきかねませんよ」
確かに。その問題はなきにしもあらず。だが、可能性は低い。
「言ったろう、あの手紙の内容はブラフだ。エーランドがそう易々と人質とられるかよ。」
「しかし…………」コーツが渋い表情を浮かべた時だった。廊下の奥の方から大きな足音が近寄ってくるのが聞こえた。
「なんだ、騒々しい」。そう思った。だが、その音は近づくにつれ、荒い息遣いも加わり、切迫した様子なのが伝わってくる。
ただ事ではなさそうだ。
コーツは俺の傍により、警護するように身を固めた。俺もその背後にどっしりと構え、音の主がこの部屋へと来るのを堂々と待ったのだ。
そして、ふすまが大きく開かれ構成員の男が一人、敷居をまたぐ。頬の汗をぬぐい、膝に手を着いて呼吸を整えた後、肺の空気をすべて出し切る勢いで声を張り上げた。
「ボス!き、来ました!」
とくれば言わすもがな、「アルマ」か。しかし、俺が零した名前に対し、男は首を振って否定した。
「ぎ、ギルドです!ギルドが俺達を、ふんじばろうとしてて!!一人門の前にっ!」
「なんだと」いや、そんな馬鹿な。ギルドに手など出していない。そんな危ない橋を渡った記憶はない。
いや、しかし…………たとえ相手がギルドだったとしても、相手が一人ならば、しらばっくれるなり、追い返すなり、最悪海に沈めるなり…………回避手段はいくらでもある筈だ。
なのになぜ、そんな些事を大事のように持ち込んできた?
まさか、
「来たのは…………漆黒ランクか」
男は首を横に振った。その顔は強張り目が泳いでる。
つまり、それ以上。
「まさか…………黄金ランクとでも言うんじゃねぇだろうな」
男は、餌を待つ魚のように、二、三回口を開いた後、絞り出すように「は、はい」とやけくそな笑みを浮かべた。
…………まずいなそれは。
「誰だ。名は?」
「拳帝のエンバー…………ライトです。」
舌打ちが出た。思わず額を手で覆う。
「なぜだ。」どこで足が付いた。ロシノが使ったノーフェイスか?それとも、それ以前に一般人に手を上げたからか…………。
いや、それだけで黄金ランクが動くはずがない。確かに奴らは英雄だ。人知を超えた力を持つ噂も間違いではないだろうさ。しかし、英雄王バアル・キャズムを除けば、時と場合によっちゃぁ、一万人を切り捨て十万人を救う。大を救い小を切り捨てる非情を併せ持つギルドの犬。そんな奴らだったはず。
そうだ、俺の考えは間違っちゃいない。そんな奴らが闊歩する世界からすれば、こんな小さな所へなぜ…………なぜだ?
…………いや、今考えても答えは分からん。
ならばと、腰を上げる。
「ガーベラス様、どこへ」
「俺が話を付ける」
「そんな、無茶な!」。コーツは吠えたが、俺はその制止を振り切り、剣を片手に廊下を進んだ。そして、玄関を開けた時、庭に出ていた構成員の皆が、狼狽えながら俺を弾けるように見る。
「馬鹿どもが、気圧されやがって…………」
反吐を吐き捨てた後、俺は前方の門の正面へいる紫髪の女を捉えた。
女に近づくにつれ、えも言えぬプレッシャーが俺の歩幅を狭くしていく。そして、拳が届く距離まであと一歩といったとこで、女は右手を掲げ、俺をその場に置し留めた。
「こいつが」エンバー・ライトか。見るのは初めてだ。でも当然だ。俺達はこれまで一般人を襲わなかった。ゆえに、ギルドの世話になった事だって数えるほどしかない。
それがまさか、方針を変えた途端、漆黒ランクを飛び越え、黄金ランクの一角がお出ましになるとは。
「分からんもんだ。何しに来た。」
「さぁ…………?」と、エンバーはとぼけた表情で首をかしげた。
「私が聞きたいんだ。急にギルドに呼び付けられたと思ったら、是非も無くここに遠征だ」
「だから、何しに来たって聞いてんだろう。拳帝様よ」
「うん、聞いた内容によると、君はこの国の基盤を脅かすことをした大罪人らしい。それで、私が討伐を命じられた。ほら、君は十格だろ?多勢に無勢となるよりかは、私を放り込んだ方がいい。そう判断されたらしい。」
「ハッ、俺がなにしたってんだ。確かにうちのゴミ共がカタギに迷惑かけたかも知んねぇが、そいつらはもう、ケジメ付けたぞ。因縁吹っ掛けられる筋合いはねぇ」
「私が聞いたのはその話ではないな。」
「あぁ?じゃあなんだ。」
「君はファウスト卿を敵に回した。」
「ファウスト…………そりゃあ」
まさか、宮廷魔術師のか?ありえない。何時の話だ。どこで奴にちょっかいを出した?
「その顔、見覚えが無いと見たぞ。」
「当然だ。百歩譲ってそうだとしてもだ。ギルドと国は不干渉。なんでお前が出しゃばる」
俺の疑問に対しては、奇しくもエンバーも首を横に振って、ため息を吐いた。
「ダグバ・ガイ亡き後のギルドは、腐敗が進んでいるんだ。私も辟易しているの。」
「おう、なら帰れよ」
「そうもいかない。君達のせいで、私は朝食を取り損なったんだぞ。」
エンバーの拳が不穏にもゴキリと鳴った。
「それに君達は悪党だからな。正式な討伐依頼となれば、無下にもできないんだ。ごめんな」
その瞬間、存在感が増した気がした。
奴からすれば臨戦態勢にも至っては居ない姿勢の変更だろうが、それで十分だ。隔絶した実力差が空気を侵食する。
額に冷や汗を浮かばせるには十分な威嚇。
「謝りながら言う事かそれがっ」
「ま、安心しろ。私が仕置きし、衛兵に突き出すのは君含めた上の者だけだ」
「待て、俺達は十格だぞ。ひっとらえて見ろ。裏の均衡が崩れるぞ、お前、この島に嵐でも巻き起こそうってのか」
「ならその嵐ごと、私達が全て鎮めて見せよう。」
言葉の終わりだった。空気の破裂音が鼓膜を弾き、俺が携えていた剣が鞘に収まったまま砕けた。
何が起きたのか呆然と手元に視線を下ろした直後、「殴っただけだが」と簡素に告げられる。
「でも、今の見えなかっただろう?力の差は歴然だ。大人しく降伏してくれれば手荒な真似はしない」
力の差なんて軽い表現じゃない。化物だ。同じ生物か疑問を抱く程の圧倒的性能さ。
これだから、ギルドに、黄金ランクに、目を付けられちゃぁまずかったんだ。
「所詮、君達ははぐれ者だ。表で生きられぬから裏に堕ちた。そうでもなければ、大手を振って闊歩しているだろう?」
お縄につけと暗に告げられていた。面倒くさそうにため息までつきやがる。
さぞ、幸福な人生を歩んできたんだろうさ。俺達の事を見下し、蔑んでるのがその態度から分かる。
だから、そう易々とのめる要件じゃあねぇっ。
「…………やるのか?おすすめは出来ないぞ。」
お前の間合いは俺の間合い。高説垂れてくれた礼だ、せめて一泡吹かせてやるよ。
武器砕いていい気になったその表情、魔術の火で苦渋に染めろや――――
「――――ぁ…………あん?」
手応えが無い。空ぶった、いや消えた?どこに?いつの間に?「馬鹿なっ」俺はずっと目を離しちゃあいなかったはず。
「私は、拳帝の名を賜っている――――」
それは俺の背後から粛々と聞こえた。まるで、判決をつげる槌のように衝撃を受けた。
「――――皆がくれた名に、期待に恥じる行いをする気はない。瞬き程も猶予があれば、後ろに回れる」
「…………嘘だろ」
「うん噓。本当は、君の周囲を三周半回った後だ。位置取りをどうしようかと手間取って。」
振り返るより早く――――破裂音が俺の全身を強かに打ち付け、視界が暗転する。




