04 三章 十格 エピソード22 忍び寄る魔の手2
「こ、ここが…………旦那様の」
俺の屋敷へと招かれたレイは、玄関口へと続く整地された石畳みの上で、手入れの行き届いた庭木をキョロキョロと見渡し、感嘆をこぼしながらうなずいていた。
まぁ、初見ならばそのような感想になるだろう。その事に関して、俺は何も言わない。だってそうなるように作り上げたのだから。
今更ながら、俺の屋敷内部は簡素なものの、外見は凝った造りだ。貴族連中顔負けの白を基調としたコンクリート造りは三階建てで、いたる箇所に金のかかった装飾と意匠が施されている。
造り上げた当時はまだ、リンドウを立ち上げて間もなくであったため、軽めの襲撃も日常茶飯事だった。
しかし、それでも作ったのは、意を示すため。見ようによっては、王族の別荘と間違えられても相違ないその瀟洒な外見も全て面子のため――――だったのだが、今となっては無用の長物となり掛けている。ともすればハリボテと謗られても言い返せない。
だって、今ではうちを恐れはしても、報復に来る者などそうはいくなっていたからだ。
「おかげで、無駄に広くて少々差支えも出てきていますが…………あなた一人居ようと居まいと、些事ですよ」
俺が率先し玄関口を開けると、レイは恐縮するように頭を垂れてその厚意に甘えた。
そして帰った途端、待ってましたとばかりに、「お帰りなさいませ」と男女数名の召使いがレイ以上に恭しく首を垂れた後、そのうちの男が一人、俺へと近寄り衣服を甲斐甲斐しくも脱がし、受け取った。
「もう、お食事になさいますか?」
「おや、もうできたのですか」。少し面喰ってしまった。
時計を見ると、俺が屋敷を出てから一時間半程しか経っていないが、召使いは「既に。」と笑みを寄越す。
「ミシェルさん、張り切っておいででしたので。そのせいで、本来の料理番は今、しごかれて涙目です。休暇が欲しいそうですよ」
「そ、そうですか。いえ構いませんよ」。きっと本来の料理番は、鬼の如きミシェルの対応にあくせくした事だろう。
可哀そうに。俺は同情を禁じ得なかった。
「ですが…………彼女の手首に負担を掛けるつもりは毛頭なかったのですがね。」
それについては、「私どもでは、手の及ばぬところです」と召使いに肩をすくめられた。
「ふむ、まあ、いいでしょう」
その時、俺の横では、「あの、旦那様…………お食事?」と、レイが呆気に取られていたが、
「まぁ、見れば、いえ、食べれば分かります。」
困惑気味のレイを伴い、俺は料理の並べられているであろう、部屋へと足を運んだ。そこは二階だ。
他の召使い達は住み込みで働いているため、彼らの生活スペースは基本的には一階。炊事も、洗濯も、食事も彼らはそこで行うが、俺はあえて二階で食べる。
だって、上に持ってこさせる方が、優越感に浸れるだろう。ただそれだけの理由。
でも、普段から俺がそんな風に我儘を言うとは言え、召使共をこき使っている訳では断じてない事は、先に言っておこうか。何しろ、彼らはほとんど表の人間。俺の生業をそれとなく感づいてはいれど、黙認しているグレーな者達。
だから、彼らに対し、手荒なことをするつもりはないし、したこともこれまで無い。
実際、部屋までの道中、連れ添っている召使いの男からこんな話題が上がったのだ。
「旦那様、実は私も、お願いがあるのですが。」
「え?辞めるとか言い出さないでしょうね」
「はは、まさか。ただ、休暇を頂きたいのです。」
「ああ、それなら構いせんが。何を?」
「クォールの街へ、旅行にでも行こうかと。もう、安全なんですよね?」
「かつてのダリオファミリーの拠点周囲であるならば、ですがね。護衛は?」
「いえいえ、お手を煩わすつもりはございません。ただ、エクシアちゃんと離れてしまうのは、一時気掛かりですが」
「彼女は遊び相手であれば、誰であろうと笑っていますよ。では、支度金を少し融通しましょう。」
「いいのですかっ、ありがたい…………」
「勿論、帰ってきたらまた、シャカリキにも働いていただきます」
「ええ、手を抜いた事などございません」
「よろしい。あぁ後、ドッコを土産に買ってきて頂きたい」
「ドッコ?」
「クォールの街へ行く道中、シュバルの街にも立ち寄る筈です。そこの特産品といったところでしょうか」
「はい、忘れていなければ」
「頼みましたよ」
レイはその気軽なやりとりに対しギョッとしていたが、俺は無視した。逐一説明するのも億劫だから。どうせ、今後も俺達のやりとりを見ていれば、自然と馴染むはずだと思った。
「どうぞ、旦那様」
気付けば、部屋のドアを召使いが開けている。
俺は文字通り我が物顔で、一方レイはおずおずと部屋に入った。
途端にも香ばしい肉の匂いと湯気が、俺達の視覚と鼻孔を刺激する。テーブルに置いてある皿は一つだけ。ハンバーグ。その上に掛けられているデミグラスソースは、ルビーのように輝いていた。
これは、エクシアと俺の好物である。祝い事や、何かの節目にはミシェルに頼み、毎回楽しみにしている俺のささやかな事柄。
テーブルから離れた位置には、ミシェルがシェフのいで立ちで佇んでいる。
「お帰りさないませ。アルマ様」
「仕事が早い。」
「そう、仰せつかりましたので」
いや、別に早さは命じていないのだが…………この際余所に置いておこうか。
早速席に着くと、首元にナプキンを挟み込み、フォークとナイフを持った。
もっとも、レイはこういう状況に不慣れであったのか、召使いにそれとなく教えてもらいながら、俺の対面へと座り、いざ、実食と相なった。
そして、レイは控えめにも一口齧った。ただ、その節制は二口と持たない。
たった一口でその美味しさに魅了されたかのように、マナーも遠慮も無く、自身の裂けた口すら開けっ広げに、彼女はハンバーグを頬張って行ったのだ。
そのさまを見て、俺も満足した。褒美は済んだと思い、自身の手元へと視線を下げる。
ナイフで丁寧に切り分けた表面へと、ナイフを触れるように押し当てると、煌めくに肉汁が溢れ出す。と、同時に口の中の唾液の総量が増える。
抗えない食欲に突き動かされるように。俺もハンバーグを平らげていった。
その間、俺もレイもほとんど無言。会話ではなく、咀嚼へと意識を割いていた。誰が横からかすめ取る訳でもないというのに。奪われる前に自身の胃袋へ入れようと必死だったのだ。
そして、ほとんど食べ終えた頃、「ミシェルは、以前一料理人でした。」と、まるで料理長を呼びつける様な感じで、俺は口元を拭きながら声を出した。
「ただ、今では腕の自由が利かなくなりましてね。偶の戯れにしか作れない。だから、レイ。あなたは今回運がいい」
「…………はい。これ程の絶品、初めてです」
「おかげで、手首がゴリゴリです」
「ん、んん…………当てつけはお辞めなさい。ミシェル」
「失礼いたしました。しかし、私の業務管轄を超えた出来事ゆえ、つい。」
「分かっています。賞与は出します。」
「その言葉が聞きとうございました。」
「現金な人ですね。」まぁ、それだけの価値はある。というか、金を払えば味わえるのならば、いくらでも出す。
「愛情を込めた甲斐があったというものです。」
「…………あなたからそういった言葉を聞くと、なぜか白々しく感じますね。愛情うんぬんではなく、単にあなたの腕でしょうに。」
「パワーハラメントです」
「え、どこが。」
「モラスハラスメントも複合されております。」
「だからどこがですか。」
「その分も上乗せしていただかなければ、割に合いません」
「…………分かりました。そのような表情で睨まないで下さい。」
困ったな。何やら最近、出費が激しい気がする。少し身振りを振り返った方がいいだろうか。
「あぁ、そうそう。ミシェル」
「なんでしょうか」
「食事の後は、レイを適当な部屋へ案内してください。その際には、護衛も付けて」
「はぁ…………ぃ?何か気掛かりが?」
「…………分かるでしょう。」
俺が指でテーブルを不愉快そうに叩くと、ミシェルは意を汲んだ。そう、鬼畜クソ女の復活が近い事を知ったのだ。
「では、召使いの方々にもそう注意喚起を。レイは、リッカ様とミネルバ様。二人と相部屋にしますか?」
「あぁ…………いえ…………あぁ、ぅんん…………そう、ですね。そうしましょう。ん?というか、二人は今ここに居るのですか?」
「はい。」
え。なんでだろうか…………あ、俺が二人一組との命を出したからですか。
俺が合点がいったと頷いた時、ミシェルは容赦なく「違います」と俺の考えをぶった切った。
「アルマ様の寝こみを襲うつもりだったそうです。」
「…………あぁ、そう、ですか。まぁ…………今回は…………丁度いいタイミングです。不問と致しましょう」
「と、いう訳です」。勝手に話がまとまり、ポカンと置いてけぼりをくらっていたレイは、ようやく意識を取り戻した。
「申し訳ございませんが、しばし、窮屈な思いをしてもらいます」
「…………幹部の方と、同室ですか」
「彼女達には、下手な真似をせぬよう言っておきます。それに、死ぬよりはよいでしょう」
甚だ不本意だが、俺の屋敷は今や、刻一刻とお化け屋敷へ変わり始めている予感が、ひしひしとしていた。




