04 三章 十格 エピソード23 忍び寄る魔の手3
「…………眠りたくありませんね。」
食事も湯あみも済ませた夜。俺は寝間着にナイトキャップ姿でベッドに座り、嫌な予感に項垂れていた。
理由は単純。今日寝たら、悪夢を見る気がしてならないのだ。
かと言って、鬼畜クソ女のために徹夜であろうと何だろうと、行動を阻害される事も腹が立つ。奴の事を考え思い悩んでいる今の状況が既に、俺の神経を逆撫でる。
だけど…………、
「…………和平交渉の際に邪魔される方がまずい。そうなるくらいなら、今蘇ってもらい、殺した方が時間が取れるか。とは言え…………憂鬱です。もう、最悪だ。何故俺がこんな目に…………」
奴が直接俺を殺しに来ることはまずない。嫌がらせや怪我は負わせてきても、命までは取ろうとしない。
ずっとなぜかと思っていたが、ウィズ・キャネルの言う、『契約』でようやく理由が分かった。彼女の言葉を信じるならば、俺が死ねば奴もそれ相応の代償、もしくは、弱体化をするのだろう。
「ふざけるなよ。だからと言って死んでたまるか。あんな鬼畜クソ女のために、なぜ俺が命を捨てねばならない。」
奴がいる以上、一般人の方々に迷惑が掛かるのは分かっているが、それでも俺は自分の命が惜しい。なにせ俺は悪人なのでね。
結局観念した俺は、ベッドへと潜り込んだ。
まぁもっとも、つい先ほどまでイライラしていたせいで、今の俺は血の巡りが良くなっており、寝付くまでに、それなりの時間を有したのは言うまでもない。
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旦那様と別れ、幹部の人たちの居る部屋へと押し込まれた私は、肩身が狭く、気まずく、緊張で気が気ではなかった。
こんな事なら病院に居た方がマシよ…………旦那様には悪いけど、もう帰りたい。マジで。
「へー、じゃあんた、ジェーン・ホーンの時の奴なんすか」
リッカ様は私の事をジロジロと、品定めするように見てくるし、
「うぇ~い、女子会じゃぁ~」
なんて、ミネルバ様はおどけてるけど、その瞳の奥からは『アルマ様狙ったらわかってんだろうな』的な、牽制をすっごく感じる。
今、二人は可愛らしいショートパンツの寝間着で、それが似合うくらいに、私より外見年齢も下だけど、そんな事、意にも返さない迫力を纏ってるんだもん…………。
ヒ~~ん治ったはずの傷が開きそうだよぉ…………これは、あれかな。前に旦那様をおちょくった罰が当たっているのかな…………。
私が、そんな風にベッドの端っこで縮こまっていると、リッカ様は片眉を上げて嘆息を吐いた。
「なんか、静かな女っすねあんた。エイダと見た目同じくらいっすけど、幾つ?」
「ぅ、ぇ?…………ぁ、26です。」
「私は21っす。でも、年下だからって舐めないように。ちなみにミネルバはここでの最高齢。51っす」
「ぉおい!!勝手言うな!まだ32――――」
「お、そうだったんすか。いやぁ知らなかったなァ。プクク…………なんか生々しい年齢っすね」
「――――ぁ、この…………リッカ!お前ぇ」
そりゃあ、こんな空間にいきなり放りこまれたら、口も噤むでしょう、逆に嬉々として混ざってたらドン引きよ。
でも、そんなこと言える身分じゃない私は、「まだお若いですぅ」って、口ごもるのが精々。愛想笑いで乗り切れないかなぁ…………って思ってたんだけど、リッカ様は退屈そうに鼻で笑った。
「んー声ちっさいっすね、あんた。」
「…………ま~あれっしょ。リッカの顔が怖いから」
「は?んなわけないっすよ。アルマ様からは、『仲良くしなさい。』って言われてるんすから」
「あ~そうじゃなくってさぁ。リッカって元々こわもてジャン」
「はぁ?ミネルバ、まじで言ってんすか、どこが?」
「え~だって吊り目だしぃ、髪もブロンドじゃん。キツそぉ~、あぁだからモテないんだぁ」
「そういうあんたは、口調も相まって、馬鹿そうっすけどね」
「…………はぁ?年上は敬えやガキィ~」
「先輩は立てるべきっすよぉ後輩ちゃん」
「っち…………あんま変わんねーだろ~」
「図星だと、人はピキるらしいっすよ」
もうやめてよぉ…………なんであなた達が険悪になるのよ、余計肩身が狭くなるじゃない…………。
「レイも、そう思うっすよね?」
もうやめてよぉ…………なんでこっちに振るのよぉ。
「レイちゃんは思ってないってさぁ。ダッサ振られてやんの~」
もうやめてよぉ…………なんで、なんでリッカ様に睨まれなきゃなんないのよぉ…………。
「っとに、静かな奴っすね。どうなんすか」
「…………いえ、私は、なんとも。」
「っすよねぇ?ほぉらみたかミネルバ!」
「うっわ、威圧して従えてるじゃん。アルマ様に言いつけちゃお~」
「んな!?それは反則っすよッ」
「そんなもんねぇで~す」
「…………あ、っそう。今回の和平は私の尽力もあったんすけどぉ…………あんたはなんかしましたっけぇ~??」
「っ。その切り口はズルじゃん…………」
「え?きこえなぁ~い」
「てか、偶々エーランドの血筋だっただけでしょ~…………調子乗んな、捨て子」
「あぁ?捨てられてねぇし。自分で、アルマ様の下にイるんす。し、か、も。『この娘は俺の物です』って、言われてるんでぇ。これ勝ち確っすよねぇ」
「は!?嘘じゃん!」
「マジでぇーす」
え。ナニ。どういう事?エーランドの血筋…………なの?リッカ様が?
「そんな訳…………あれ。レイちゃん、何アホ面してんの~?」
「あ、おい。ミネルバ。話し逸らすな!」
「違うし~仲良くしようと、輪に入れようとしてるんじゃ~ん?で、どしたん?」
これ、聞いていいのかな。いいや、もう聞こえちゃったんだし、聞いちゃお。
でも、一応は申し訳なさそうに。「…………エーランドの血筋というのは?」って感じで、私はか細く訊ねた。
「んお。そっか、知らないかぁ~…………あれ、これ言っていんだっけ?リッカ」
「駄目でももう遅いっすよ。って訳で、言葉通り、私、クサナギ・エーランドの妹なんで。」
えぇ、まぁじぃ??じゃあマジもんのお嬢様じゃない…………うわぁ、これじゃあ顔も相まって尚の事とっつきづらくなったわ。
「レイ…………なんすかその顔?顎でも外れたんすか」
「まぁ、十格の人間て聞いたら、顔引き攣るっしょ~、普通普通。」
私のドン引きに対し、ミネルバ様がまたもからかった時、別の意味で血の気が引いた。
「いつまで騒いでいるのですか。うるさいですよ」
その声でこの場に居るみんなが、ドアの方を向かざるを得なかったから。
だって、その声は旦那様のものだったから。しまったと思った。もちろん、静かにしていたつもりではあったけど、私の良い訳なんて聞いてはくれないだろう。
もっと時間帯に配慮すべきだったと、私は口を押えた。
「どうし、どうしましょうか、お二人共」
正直、私は旦那様が怖い。以前、大口を叩いた頃は、年に一回、顔を見るか見ないか程度だったし、そもそも当時は、まだ店主でも無かったから直接喋る機会すら無かった。雲の上の存在だった。だから、ダークネスプリンス?とか、衛兵長と手を組んでる?とか、真偽分からない噂は聞いてても、今一ピンと来ていなかった。
なんなら、金さえくれれば上なんて誰でもいい。それくらいの心持ちだった。
でも、今は違う。ガッツリと関わってしまった。そうなると話が変わってくるのよ。病院からこの屋敷へと共にした時理解した。いや、させられたわ。ハッキリ言うけどまじ恐い。なんなんだろう…………アレ。
言葉にするのは難しいけど、近くによれば寄る程、猛獣がヨダレを垂らして首元に牙を突き付けてきているみたいな。もしくは、吐息でも吐きかけられてるみたいな、ゾワゾワする温い怖気が背筋を上ってくる。
甘ったるい恐怖。未知の感覚。異質な魔力…………。
とてもじゃないけど、顔を覚えられて尚、てきとうな対応なんて出来る筈もない。当時の店主――――バオ・ズンが怯えていたのも分かるわ…………。
その時はバオ・ズンを馬鹿な事をした奴だと思ったけど。今じゃあむしろ、旦那様をよく知っておきながら、あのような暴挙に出たとんでもない肝っ玉男という風に、私の中の解釈は変わっていた。
はぁ…………殺す前に、旦那様との関わり方を聞いておけばよかった…………。
「ウケる。震えてるじゃないっすか、あんた」
「あれまぁ~ほんと。レイちゃん怯えてんのぉ?」
その通り。他の二人とは違い、私はとりわけ大きなリアクションをとってしまっていた。枕を抱えて縮こまるなんて…………子供の頃を思い出す。めっちゃ恥ずい…………。
でも、
「ま、気にしない気にしない」
「そっすよぉ。大したことじゃないっす」
私とは対照的に、二人のノリは軽いまま。正直心強かったけど。同時に変だなとも思った。
だって、あの旦那様が注意を投げたのに、気にしない?そんな事ある?…………あぁ、でもありえるかな。
わかんないけど、でも思えば旦那様は、召使いと気軽な関係値を構築していた。今回もそういうことなのかしら…………。
いや、そうなんだ。そうと分かれば、私も枕を取り払って肩をの力を抜く。
「何をぺちゃくちゃと。うるさいと言ったでしょう――――」
そして、肩の力を抜いたのをすぐに後悔した。
「――――うるせぇのはそっちっすけどね。どっか行ってくれません」
な、なんて無礼な物言い。今の私はもう過呼吸気味だ。息が出来なくなる程に驚いている。
え、これ何?もしかして、私の事ビビらせてその姿見て楽しんでる?どっきりとかなの?だとしたら、もうやめて下さい。と、すがる思いで二人を見たけど、
「そーだぞぉ~どっか行けゴミ!」
ミネルバ様までリッカ様に乗っかる。これはもう悪ノリなんてレベルじゃない。
む、謀反よ!??
「お、お二人共っ!そのような言葉。気は確かですか!?」
「…………は?何がっすか」
「何がって…………」
言う必要ある?!そんな風にリッカ様を掴んだ時、「んお。もしかしてレイちゃんさぁ~、気づいてないんじゃないの」と、ミネルバ様は合点を打った。
「あ、なるほど。最初は分かんないか。まぁ、私らくらいアルマ様に近くなければわかんないっすよねぇ~。ッカァ~私の愛ってばツエェーっ」
何かリッカ様勝手に有頂天になってるけど…………てゆうか何。気付くって何が?
「つまり、今ドアの前に居るのは、アルマ様じゃないんすよ」
でも、声は旦那様のものだ。そう意見したけど、「それは風魔術の応用っす」と簡素に返された。
「…………え、じゃあ誰ですか」
ただ、それに対する返答は簡素ではなく、口にするまでも少しの間があった。
何というか、仲良しグループで楽しく遊んでいたところに、嫌われ者がズケズケと踏み入ってきたような不快感としらけ具合で、リッカ様はこう言った。
「鬼畜クソ女」
「…………誰ですか?」
「名前は知んない、邪魔者悪魔~無視しなレイちゃん。」
途端、「…………キヒヒ。」と、きしむような音を聞き、私はもしかしてドアが開いたのかと、そちらを見やった。
「ぁ~もう正体を明かしちゃうんなんてぇ、ズッコいんだぁ~~☆」
ドア越しの声なのに。それは驚く程クリアだった。おそらくはそれも風魔術の応用なのだろう。まぁ、よくわかんないけど。
「何しに来たんすか。言っておくけど、お前の寝るスペースはないっすよ」
「え~女子会じゃぁ~ん???なぁらぁ…………カースト一位の私をのけ者にするのはおかしいでょうん?」
「どこがっすか化物。」
「あそこが♡…………なぁんて。いやん」
「『自主規制』が何をいってんすかねぇ。」
「あ、じゃあ試してみるぅ?私ぃ、選り好みしないけどぉ?ド外道君もぉ~具合がいいって言ってたよぉん??」
瞬間、リッカ様は犬歯もむき出しに吠えた。
「殺すぞ糞ゴミが!!アルマ様を穢すな!!」
「キヒッ、キヒヒ!!おっかしぃ~~沸点ひっくぅ~。ここ、お山の上じゃないけどぉ??それともぉ…………ド外道君と一緒に居たせいでぇ、自分もお山の大将だってぇ勘違いしちゃったのかなん☆」
その時、今にも飛び掛かりそうになったリッカ様の肩を、ミネルバ様が掴んで諫めた。そして、気だるげながらも、明確な敵意を持って聞く。
「んでぇ、ほんとなにしにきたんよ~」
「もっちろんきまってるじゃなぁ~い。ド外道へのぉ、嫌・が・ら・せ☆」
「キヒヒ」と今度こそ本当にドアが軋み、破られた。




