04 三章 十格 エピソード21 忍び寄る魔の手
「流石はアルマ様。十格、エーランドを屈服させるとは。このバトー、改めて、その偉大さに委縮してしまいますぞ。」
「何を…………過大妄想甚だしい。リッカがよい切り札になった、それだけ。彼女が居なければ、十格二つを相手する事になっていたでしょうね。」
「いーやいや、アルマ様のお力っすよ」
見やればリッカを筆頭に、みんなが羨望の眼差しで俺を見ている。嘆息が出る、嘆かわしい。
「本当に偶然です。運が良かった。実際、あの時の俺は、中々に頭に血が上っていた。省みるべき恥ずべき言動です。なので、その事は掘り返す事の無きように。」
俺の念押しを聞き、ようやく皆普段の調子に戻った。
エーランドから帰宅し一週間。俺は今、いつもの会議室へと幹部連中を集め、現状報告を聞いていた。
それというのも、
「さて、何はともあれ、ひとまずこれで、フォリアファミリーからの襲撃は、一旦止む事でしょう。」
俺が帰った当時、いの一番に聞かされたのは、俺の店――――末端のお花屋さんが荒らされ、そこに勤めていた従業員も、凄惨に殺害されたとの報告だったのだ。
犯行時刻は恐らく深夜。その際の手口は、強盗に見せかけた悪質なもの。しかし、このトグサの街において、俺の店を襲う命知らずはそうはない。
実際、俺が従業員の遺体状況を、衛兵長のジョブスに聞きに行った際には、『ありゃあ…………トーシロの手際じゃねーよ。爪と瞼全部はがされてたんだぜ。やっこさん、たぶん拷問されたんだろーさ。おーこわ…………』と身震いしていたのだ。
ならばやはり、フォリアファミリーの犯行と考えるのが妥当だった。
「して、今の被害は…………いかほどでしたかね、ミシェル?」
「はい。今、お配りいたします。」
ミシェルは俺達のテーブルへと簡素にまとめ上げた紙を一枚づつ置いて行った。軽く目を通すと、トグサの街の簡略地図と、そこへ点在する俺の店が、圧倒的な数の黒点と少数の赤点で記してあった。ならば赤点が今回襲撃に会った店舗だろう。
資料が行き渡った頃、定位置に戻ったミシェルは咳払いをし、俺達の耳をそちらに傾かせてから語りだす。
「お手元の資料通り。皆さま知っての事ですが、我々の経営するリンドウは、清廉潔白たる表の花屋と、悍ましくも醜悪な裏たる奴隷売り場で区分けされております。今回被害にあったのは全て裏。情報を知っていなければ出来ない犯行です。そして現在、被害を受けたのは三店舗。一つ目はトグサの街南口。二つ目も同じ地区。こちらの二件は、従業員と商品全て殺されております。最後の一つは南東にある一店。ただこちらは全滅とはいかず、店主のみ重傷を負ったものの生き残り、命に別状はございません。」
「…………ふむ、南東。あそこには確か一軒しかなかったはず。とすると…………」
「はい、お察しの通り。我らの不祥事があった場所。ゆえに店主は汚名返上のため、決死だったそうです」
ほう、とすると俺が店主へと昇進させたあの女か。思い返せばあの女、俺に対し軽口まで叩く余裕を持っていたのだった。中々どうして、やはり気骨があったようですね。
「よろしい。彼女には後ほど、俺が褒美を与えます。」
「承りました。」と、簡素に頭を垂れ、「さて、続きまして犯行現場の物的証拠と、生き残った店主からの証言です。」と、ミシェルはまた資料に視線を落とした。
「まずは証拠。こちらは昨日、ジョブス様から受け取りました。なんでも、被害者の室内。雑貨等が置かれた皿の中に、紛れ込ませるように、ひっそり置いてあったとか。」
「こちらになります」そう言って、ミシェルは皆に晒すように物を掲げた後、俺の眼下へと置いた。
それは血の付いた紋章。鉄製で掌よりも小さい円状――――所属を表すピンバッジだ。円の内部には交錯するような線が手前に刻印され、その奥からは狼の瞳が爛々と覗いている。
「おや、これは」見覚えがある。かつて、ロシノさんからその紋章の持つ意味合いを聞かされた。
彼曰く、手前の線は牢の格子であり、境界線。また、狼は裏社会の人間を表す。要は、決して踏み入れてはならない表の世界への戒めと、同時に、表社会へ対する、すぐ傍に脅威は潜んでいるとの警告の可視化。
つまりは、
「フォリアファミリーの家紋ではないですか。という事は、挑発ですね。」
「はい。これにより、十中八九が確信へと変わりました。今回の件、やはりフォリアファミリーの手によるものです」
途端にも室内が殺気だった。ミネルバは珍しく舌打ちをし、リッカの瞳は据わった。武闘派のヴォルドは威嚇混じりに「シャー」と舌を出し、同じくフェリルも首を鳴らしたのだ。
もっとも、その中に置いてエイダのみは沈痛な面持ちで居たのだが、きっとロシノの事を考えたからだ。彼の古巣と敵対する事を嘆いているのだと思った。
ただ、勝手に突っ走られては俺の取り付けた和平が無駄になる。皆を一喝し黙らせてから、ミシェルへと視線を投げる。
「では、店主の証言というのは?」
「はい、そちらは犯人の特徴になります。上背百九十程の大柄。声からしても男性でしょう。抵抗した印象としては、非常にしなやかな体だったそうで、柔軟性に優れていたとか。ただ、人相は分かりません。深夜という時間帯もさることながら、顔を隠していたそうなので」
「…………はて、俺の知り合いではなさそうですね。この十年で入った新入りでしょうか。」
「申し訳ございませんが、それも分かりかねます。情報は以上となります、アルマ様。」
「結構。では…………そうですね。一先ず静観といきましょうか」
「そんなっ、アルマ様!!せめてその犯人探すくらいはしましょうや!」
「ヴォルド、俺は既に和平を取り付けたのですよ」
「で、でも、それが実現するまで、まだ時間があります!舐められたまま黙ってられません、俺様を使ってください!!」
「血気盛んですねぇ…………しかしながらヴォルド。二度は言いません。」
「…………ぅ…………す、すみませんでした」
「皆も。和平を結ぶまでは二人一組で行動なさい。あなた方は俺の玩具。勝手に壊れる事の無きように…………いいですね?」
「御意」との斉唱を聞き、俺は立ち上がって伸びをした。会議はこれで終了だ。次の行動に移らねば。
俺を取り巻こうとしている幹部連中を手で追い払い、突き放した後、「ミシェル」を呼ぶと、彼女は資料を回収していた手を止め、キョトンとした様子で俺に顔を向けた。
「あ、はい。なんでしょうか」
「くだんの女店主、どちらに?」
「ああ、その事でしたら…………」ミシェルは俺へと再度資料上の地図を見せ、とある場所を指さした。そこは、数ある診療所や病院の中、俺達裏の者もよく顔を出す場所だった。たしか、二階建ての建物だったと記憶している。
「ここですか」。それならば、ここから徒歩で一時間圏内だ。
「はい。病室は201号室です。もしかして、今から向かわれるのですか?」
ミシェルは一度外の景色を見てそう言った。
まぁ、今はもう夕方だし、心配したのでしょうね。
けれど、
「約束を取り付けてから一週間が経ちます。いつ和平の使者が言伝を預かり、ここに来てもおかしくはありませんから。」
それに、そろそろ鬼畜クソ女が蘇る頃だ。俺のあずかり知らぬ間に、褒美も与える前に店主がちょっかいを出される可能性も否定できない。
だから、
「その前に」
「承りました。その際には、そう、お伝えいたします」
「それとミシェル。今日はあなたに食事晩を願います。いつものを。」
すると、唐突な申し付けに対し、ミシェルは一瞬目を見開き驚くものの、「…………いえ、そちらも承りました。」と承諾の礼をする。
俺はその対応に満足し、屋敷を出た。
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「さて、201号室…………でしたね」
病院へ足を運び、中へ入ると途端にも消毒用アルコールの匂いが俺の鼻を突いた。
久々に来たが、やはり些か濃度が高い、潔癖をこじらせているように感じる。これでは酔っぱらう者も出てくるのではないだろうか。
「いや、流石にそれは考えすぎでしょうか…………」
苦笑しつつも、フロントへ行き面会の手続きを終わらせると、視界の隅で近寄って来る者がいた。
「んお、こーれは珍しい患者やんけ」
そう言ったのは、背の低い小太りの中年医者。頭はスキンヘッドで風通しが良いながら、常に汗をかいており、眩しい程に輝いている。
名前はたしか、ゾンダー。ファミリーネームは知らない。そこまで友好関係を気付いている訳ではないからだ。
「先生、あなたまた太ったのではありませんか?」
「やっかましいよ、まったく。これでも毎日運動してるんだ。ちゅーかキミこそ何でここに。傷なら自分で治せるだろう…………って、あ!まさか、また僕たちの仕事奪おうってユーんじゃないだろうね」
あぁ、もしかしてあれか?以前、俺が治癒魔術で患者の怪我を治してしまったばかりに、法外な治療費をふんだくり損ねた件。
まさか、まだ根に持っているのか…………、
「はぁ、違いますよ。」
「ほんとかい?営業妨害するんなら、出禁にするけど」
「面会に来たのです」
「ほんとかなぁ…………」
俺はその馴れ馴れしいノリにうんざりとして、受付から面会用紙を半ば強引に手に取ると、彼の顔に見せつけた。
「ン、あぁ、あの患者さんか。丁度いいや。なに、もしかして知り合い?」
「…………知り合いでも無いのに、面会には来ないでしょう」
「おっとそりゃそうだ」なんて、ゾンダーはおどけた調子で額をペチンとはたく。
やりずらい。非常にやりずらい人種だ。エンバー・ライトみたいに狙ってボケているのだ。こう言うノリは調子を崩されるので本当に苦手だ。
百歩譲って表の人間ならば我慢も出来るが、彼は裏にも通ずる。ゆえに、あまり関わりたくないがため、彼とは親密な関係を築けていないのだ。
「もう、いいですかね。俺は行きますが」
「待って、僕も行くよ」
「え?なぜ」
「さっき言ったろ、丁度いいって。今から経過観察の時間なんだ」
「はぁ…………分かりました行きましょう」
とは言うものの、俺と彼とでは身長が違う。要は歩幅が違うため、俺の方が数分早く病室へと着いた。
病室は個室であった。まぁ、公にできない事情で搬送されたのだから無理もない。
一応俺の部下とは言え、相手は女性。最低限の礼儀を持ってノックをし、「どうぞ…………」との応答を聞いてからドアを開けた。
室内は簡素だった。六畳ほどの空間には窓と、腰ほどの高さの棚。その上に花が入った花瓶が一つ。
そして、花瓶の隣にはベッドが設置されており、そこに横たわっていた女性は非常に痛々しい外見だった。
命に別状はない…………とは聞いていましたが、本当に?と思う程、女性の全身は包帯だらけ。しかも、なぜか彼女は、赤みがかった水を浸したゴーグルをその両目につけている。
そして、彼女は俺を見て、誰か分かった途端、怪我をものともしない素早さで上体を起こした。
「だ、旦那様…………ですか」
上体を無理に起こした影響だろう。女性は痛みに喘ぐようにそう言った。
だから、「楽にしていい」と所作で表し、俺は彼女の隣へと座る。
その時にゴーグルの理由を知った。瞼が全て剝がされている。だからおそらく、乾燥から瞳を守るため、保湿するために、水を浸したゴーグルを着用しており、また、ゴーグル内の水が赤いのも、流れ出る血液のせいだろう。
「あの、今回は…………その、どのようなご用件で」
声は震えている。ただ、今回はけがによるものではない。
きっと、自身の失態――――店の喪失と、従業員の死に対する罰を与えられるのだと、怯えたのだろう。
ならば、緊張を解すためにもこう言わざるを得ない。
「証拠を持ち帰ったそうですね。天晴でしたよ。」
すると、数分間女性は放心した。その後、俺が罰を与えに来たのではないと理解して、彼女はようやく、先に俺が言った通り、体を横に倒し、楽な姿勢を取ったのだ。
「褒美を与えます。ゴーグルを取りなさい」
女性は一瞬逡巡を見せたが、その後俺の命令に従った。直後、すぐ様に彼女の両目を癒した。
緑の光が彼女の顔を照らし数秒後には、瞼が元通り戻ったのだ。
「え!?ぁ、え…………ありがとう、ございます。」
「構いません。あぁ、そう言えば…………まだ、名を聞いていませんでしたね」
まぁ、本当は受付でそれとなく聞かされてはいるのだが、別にいいだろう。
何しろ、自己紹介も兼ねているのだから。
「ご存知かとも思いますが、俺は、アルマ・サンと言います」
俺が名乗ると、
「レイ・フィールド…………と、申します」
店主改めレイは、困惑しながらもハッキリと聞いてきた。
「あの、なぜお名前を?」
「いえ別に。深い意味はございません。褒美です。今後は、人目の憚らぬ場所であれば、呼ぶことを許します。それで、他にも怪我した部分があるでしょう。見せなさ――――」
しかし、俺の言葉は続かなかった。
「――――コォラ!!君、やっぱり営業妨害に来たんじゃないか!!」
遅れてきたゾンダーに、しこたま怒られたからだ。
「…………いえ、ですがあなたでは、治すのにも限界があるでしょう」
「関係あるもんか!困るんだよぉ、金をふんだくれないじゃないかぁ…………」
「あーあー、もうッうるさいですね…………病室ではお静かに願います。まったく、請求は元の代金分きっちり支払う。それでいいでしょう」
「え、そうかい?なら…………まぁ」
「さて」うるさい不摂生医者も黙らせたところで。俺は、甲斐甲斐しくもレイの上体を起こし、その包帯を取り払って行った。
脚から順に、胴、腕と癒し、最後に顔の包帯と差し掛かった時、
「あ、いえ。こちらは…………」
なぜか顔を背けられ、治療を拒否された。
「おや、何故です」
「いえ…………」と口ごもり、生まれ変わったばかりの瞼を伏せる。
「…………その、大分、見苦しい…………姿なので…………」
要領を得ない。たまらず、ゾンダーに事情を聴くと、どうやら顔をズタボロにされたらしく、包帯も傷の治療の意味合いより、他者から見られるのを嫌っての事らしかった。
「嘆かわしい。」
「え…………」
「いいですか。よくお聞きなさい。外見など飾りです。俺は、あなたの行動を褒めました、顔ではない。胸を張りなさい。」
すると、おずおずとした感じで、レイは包帯を取った。
顔は、鼻から下が特にひどかった。頬肉を全て抉られ、耳まで裂けていたのだ。
「…………問題ですね」
「あ、その…………申し訳ございません。お見苦しい所を。すぐ、包帯を」
「そういう意味ではありません」。治癒魔術は生身、生傷相手でないと効果が薄い。以前のエイダは顔をはがされた後、放置されていたから問題はなかったが。しかし、今回の彼女の頬は既に縫合され、癒着が進んでいる。
「先生が、処置を?」
「当然だろう。」
「まったく、腕がいいのも困りものですね」
一応治癒魔術を掛けたが、やはり効果は薄い。耳まで裂けた口はそのままに、歯茎が見えぬ程度の回復しかできなかった。
「元通りにはなりませんでしたが、許しなさい。俺は全能ではない。」
「…………いえ、このような下賤な身に対し…………その、お気持ちを掛けて下さっただけで、何も、言えません。」
「ただ、一応方法はあります。」
「…………?」
「あなたの首から上の皮を全て剥がした後、その生傷を対象とすれば…………ですが。やりますか?」
告げると、ゾンダーとレイの顔が引き攣った。
ならばこの方法は、覚悟が出来た上で、またの機会となるだろう。
「よろしい。では今回の治療はここまで。先生、退院の手続きを」
「いいけど、請求はキミんちに送ればいいのかい?」
「それで結構。」
「いえ、そんな。これ以上旦那様のお手を煩わすわけにはっ」
「お黙りなさい。俺が良いと言ったなら、口答えせず、異議を申さず、盲目的にも命令に従いなさい。」
久々に聞いたその言葉に対し、以前同様レイは肩を大きく震わせ、恐縮気味に頭を下げた。
「よろしい。ただ、言っておきますが。妄信だけはせぬように。」
「…………はい。委細承知いたしました。」
その後、レイは俺の後に続く形で退院の手続きを行うと、病院を出た。
時刻はもう黄昏時。そのせいで、皆帰り支度の最中だ。俺と彼女の影法師も早く帰りたいとばかりに、足元から遠ざかるにつれ、暗闇に溶けるかのように、見えづらくなっている。
トグサの街を歩く今の彼女は、包帯の代わりに薄い布で鼻から下を覆っており、この時間帯と相なると、まるで夜の女の出勤途中。娼婦か踊り子を彷彿とさせる出で立ちであった。
「あの、旦那様。どちらへ向かうのですか」
「ああ、まだ言っておりませんでしたね。俺の屋敷へ、あなたを匿います」
「か、くまうというのは」
か細い声だ。これでは俺が良からぬところへと連れて行く最中のようではないですか。
まったくけしからん。俺は帰宅途中の者達をちらと見て、「世間体が悪くなる。」とぼやき、続けて、「安心なさい」と彼女の緊張を取り払うことにした。
「生き残ったのは運が良かった。けれど、追手が再度あなたを殺しに来ないとは、限りませんので」
「ですが、わたくしに、そのような価値は」
「天晴と言ったでしょう。だから、俺が決めた。というかあなた、以前は俺に軽口まで叩いていたでしょうに。なんですその卑屈さは?」
聞くと、レイは大慌てで何度も頭を下げてきた。だが、今ここは外だ。下手な行動は目立つゆえ、直ぐに制止させた。
「その節は…………その、大変なご無礼を…………。その、当時は旦那様は雲の上でしたので、あの、その…………逆に大口を叩けましたというか…………そのあ、いえ…………えっと、はは…………」
「わたしのばか…………」との反省を見るに、なんだあれか?人となりを知った気まずい間柄よりも、見知らぬ知人の方が、これっきりと軽口を言える、あの軽率さが招いたという事か。
「ははは、本当に。おバカでしたね。あなた」
「仰る通りかと…………」
「人生、何が起こるか分からないものです。長生きしたいなら、肝に銘じなさい。」
「はい。それで、今後わたくしはどうすれば」
「どうも何も。しばらくの間、裏のリンドウは臨時休業です。あなたもその間、心の傷をいやすと良い」
「つまり…………?」
「休暇です。手厚くもてなして差し上げましょう」




