02 一章 惡の華 エピソード05 シュバルの街の夕食
ダリオファミリーのエルモー。彼女との邂逅を経て、俺はダリオファミリーに関する情報の穴埋めを行えた。
エルモーは俺の目的を知らないどころか、俺と――――不本意ながら――――取引をしたという信頼関係が既に存在していたがゆえである。まぁ、これは不幸中の幸いといったところでしょうかね。
ともあれ、つつがなく情報の吸出しが済んだのは重畳。
しかも、賭博場を去る際には、アレクスからはお土産として、死者の脳内に食い込んでいた生暖かい『弾丸』を渡されたほどなので、ファーストコンタクトは及第点と言えるでしょう。
「馬鹿な物ですね、あの女は自分で自分の首を絞めている。いや、ならばむしろ、器用とほめるべきでしょうか…………来る暁には、『異形者曲芸団』にでも売り飛ばしましょうかね。」
俺が読唇術も気にせず、唇を動かしたのは、外に出た時には既に夕方だったからだ。
本来であれば茜色であろう空は、鉛色の重たい雲に覆われたまま。まるで、ダリオファミリーの未来を暗示するが如く、夜の帳が降り始めていた。
そして、夕食へ向かう道中。俺は弾丸を手の中で転がしながら、話を脳内でまとめに入る。
エルモー曰く、ダリオファミリーは今、勢力を拡大している最中であり、金が要るらしい。もっともな話である。俺もその時ばかりは心の底から頷いたものだ。
何をするにも金。世の中大金を手にした者が勝者なのだから。
実際、ジーランド大陸へは双方ほとんど行き来が無いため、向こうの紙幣などこちらで言えば紙切れ同然。要は無一文かつ後ろ盾も無く、この地に根付こうというのだから、苦労するのも頷ける。
しかも問題はそれ以外にもある。ダリオファミリーは勢力拡大中と言う事もあり元々クォールの街を根城にしていた在来種からは、外来種と蔑まれ、抗争が絶えないのだとか。
これはまずい。彼らの地力がいくら高かろうと、多勢に無勢ではそのうち瓦解する危険性が帯びてくる。そうなる前に、腐る前に、収穫しなければ。
ちなみに言うと、俺はこの街からダリオファミリーを立ち退かせるつもりはない。もっとも、『今はまだ』と付け加えるが。
何しろ、俺は一人旅の道中。目立たぬよう『運搬班』を連れてきていない。要は人手が足りない。部下がいない。
彼らを捕獲するのは、当初の目的通り、大本にケジメを付けさせてからとなる。
俺が意思表明のため、弾丸を握りつぶし、道へと捨て去った時、目的地へと到着した。
「あら、あんたまた来てくれたのかい?」
そう。朝食の時世話になった串屋台である。
「ええ。またドッコを一ついただけますか。アレは俺の口に合いました。」
「嬉しいこと言ってくれるよ。ちょっと待ってね…………ちょっとミーコ。サボってないで。お客さんにドッコを二つ!早くやんな」
いいや、一つで十分。そう伝えようと、女店主が仕事を投げた方へ顔を向けると、
「――――えー、言ったじゃーん、今日変な客の対応で疲れてるんだって…………もぅ自分でやってよぉ…………って、あれ?」
「おや。あなたは」
驚いた。俺にドッコが二つ入った紙袋を渡してきたのは、賭博場で見た顔。
「キャサリンさん、ですよね。」
まごう事無きその人だ。しかし、服装はまるで違う。破廉恥なボディーペイントさながらのパンツルックはなりを潜め、タレが付着した年季の入った様子のエプロン姿であった。
「なぜこちらでも仕事を?掛け持ちですか?」
「あ、いやぁ…………そのぉ…………」
「では質問を変えましょう。よもや、先ほどの変な客とは、俺の事ではありませんよね。」
「…………た、タハハ…………」
「おや、愛嬌のある良い笑顔ですが、笑ってごまかせるとでもお思いか?」
「おんやぁ…………お客さん、うちの馬鹿娘と知り合いだったのかぃ?」
「はて、娘…………」と、普段ならば決してしないのだが、俺はじっくりとキャサリンもとい、ミーコと女店主の顔を見比べた。
確かに、勝気な目元は似ている。でも、他人の空似と言われればその程度なので、気付かなくても仕方なかった。
「これはこれは、世間は狭い。と言う事は、掛け持ちと言うより、こちらが本業と言ったところでしょうか。感心なことではないですか。店主さん、将来も安泰ですね」
「馬鹿言わないでおくれよ、この娘。こんなタレでベタベタとこより、もっとキラキラしたとこがいいって、賭博場なんかで働いてんのよ?あそこは最近怪しい人の出入りも聞くし…………ほんと…………あたしは心配で心配で」
「ちょっと!お母さんには関係ないでしょう!」
「いえ、親であるならば、保護監督の義務があります。まぁ、それ以前に子の心配をするのは当然でしょう。」
「~あなたも、人の人生に口出ししないで下さい。てゆーかお母さん、このおんなおとこよ!!この白髪よ!!私が対応した変な客って!!」
白髪におんなおとこ…………仕舞には変な客ときましたか。ずいぶんな物言いだ。と言うか、ついに隠さず堂々と言い切ったなこの娘。今あなたが大声でけたたましく吠えられるのは、自身が一般人であるがゆえ。そちら側に産んでくださったご両親に感謝してほしいものだ。
「俺は身体検査を受けていたにすぎません。どうにも、この身なりに疑問を持ったようでして、おかげでこの時間まで拘束されていましたが、ようやく解放されたところなのですよ。もう少し労いを掛けていただきたいものです。」
「…………え、そ、そうなんですか?」
いいや、本当は違うが、嘘も方便。商人とは本音と建て前を使い分ける詐欺師なのだ。
「そうなのです。今後、根拠もなくまくし立てるのはおよしなさい。無暗やたらに角を立てても百害あって一利なし。ここで再会したのも何かの縁。仲良く致しましょう。」
「ほら、ミーコ謝んな。いい人じゃないか。」
「えぇ!?いや、だってあれ見たらだれだって!」
「ほんとにこの子は素直じゃないねぇ…………悪いねぇお客さん、ドッコもう一つサービスしておくから、また来てちょうだい」
「あ、いえ、そんなには食べれな――――」
「――――ほら、差し上げます。もう行ってください!他のお客さんがつかえてるのでッ」
俺が背後を確認すると、列が並んでいた。それらは腕組み、足踏みをして…………まぁ、少しのイラ立ちが見て取れた。
長居をしすぎたようだ。俺はまた、広間の空いたベンチへと移動し、一息ついてからドッコを齧ろうとした。
「おぉ!?奇遇だなァ兄ちゃん」
ドッコを頬張るため開けていた口は、その声と顔に対し、驚きでさらに大きく開いた。
「…………おじさん、ですか?」
「おうおう、そうよ!覚えてたか!」
間違いない。キャサリンに続き、何たる偶然か。俺の隣へと許可も無くドかッと座ったのは、関所の列で情報を提供してもらった、おじさんだった。
「俺ぁその白い髪ですぐピンと来たぜ、ガハハハッ」
「上機嫌ですね、酒気も帯びているようです。もう出来上がっているのですか?」
「酒も飲むさ!みてくれよ」
「ほら」と顔の前に突き出されたのは、昨日背負っていたリュック。ただし、中身は無い。そして上機嫌とくれば、大方の見当はつく。
「おめでとうございます。全てはけたと言う事ですね」
「そうなんだよなぁ!!」と、おじさんは嬉しそうに膝を叩いて笑う。
「売ってんのは俺が作ってる野菜なんだ。いつもは、全部は売れねーんだがな?今回は順調にいってナァ、もしやと思って今日もう一度来てみれば、見事に完売よ!!ガハハハッ」
「そう言えば、昨日の関所は長蛇の列でしたからね。普段より観光客も多かったのかもしれません。良いタイミング…………いえ、あなたの努力が報われたのでしょう。重ねて、おめでとうございます。」
「よせやぃ。そうだ、兄ちゃん酒場へ行こうや。奢ってやるぜ?」
「おや、よろしいので?せっかく稼いだのですし、無駄使いするべきではないのでは」
「なんでぇ、うちの嫁みてぇなこと言いやがるなァ。構うもんかよ。こういう時は吞まなきゃなんねぇ。そう決まってんだよ!」
さてどうしたものか。俺は借りを作りたくない。それは、酒一滴であろうともだ。しかしながら、借りと言えば既にドッコをサービスで貰っており、今さらという気分ではある。
ここは裏社会ではないのだ。俺の道理を通すのは別の話。
加えて、キャサリンと出会ってすぐ、偶然にもおじさんに出会っている。二度あることは三度ある。となると最悪――――
「――――ねぇ、良さそうな人いたぁ?」
俺は喧騒から聞き分けた、その少女の声で顔を引きつらせた。
そして直後、俺はおじさんの腕を掴み、そそくさと逃げるように酒場の方へと移動したのだ。
「ちょ。とっとととと…………お、おい!そんな引っ張んなよ兄ちゃん!!」
屋台通りからそれなりに離れたところで、おじさんはいい加減にしてくれと言った風に、苦笑した。
「あ、と、すみません。」
「ったく、そんなにせっつかなくても、酒は腐らねぇし、にげねえよ。お、丁度いい、そこにしようや」
おじさんが指さす所へは、こじんまりとした飲み屋があった。俺が泊まっている宿を除けば、珍しく木造で、かつ年季を感じさせる染みや、喪が生えた一軒だ。
「ここ、やっているのでしょうか」
「おうやってるやってる。俺もたまに来るんだよ。売れた時だけな」
おじさんは躊躇なく、のれんをくぐり、建付けの悪い引き戸を開け中に入って行ってしまった。となれば、俺に是非は無い。彼にならい、俺も店内へと入店する。
内部は外装を裏切ることなく狭かった。油で粘着質となった床。壁の傍には四人掛けのテーブルが二つ。そちらには既に常連と思わしきくつろいだ雰囲気の男女が居座っている。
空いているのはL字型のカウンターのみ。奥には女将としか形容できない女性が一人で切り盛りしており、
「おぉい兄ちゃんこっちだ」
おじさんはカウンター席で女性から一つ分席をずらし、俺を出迎えていた。
ただ、その時の俺はおじさんではなく、女性の方に視線が奪われていた。
「あんら、珍しい顔だわね。アルマ・サン。」
「エルモーさん…………?」
だけではなかった。エルモーは部下と思わしき男を三名程連れ添っており、カウンター席の一部を黒服で圧迫していたのだ。
「どうなっているのでしょうかね。今日は。」
「あぁ?兄ちゃん、手が早いねぇ…………」
「これか」とおじさんは小指を立てて俺をおちょくってくる。本当に…………一般人は遠慮と言うものが無いのだろうか。
おじさんが、エルモーを刺激しないよう、気を付けねばならない。
「違いますよ。勘弁してください。」
エルモーには酔っ払いのたわ言だと軽く流し、今回も不本意ながら、唯一空いているおじさんとエルモーの間に座ったのだ。
まったく、これではまるでクッションだ。部下が今の俺を見たら度肝を抜かれるだろう光景だ。
「アルマ・サン。あんたは、こういうところと縁遠いと思ってたわ」
エルモーは頬を紅潮させ、グラスを揺らしながら酒臭い息を俺に放った。
と言うかまたか。キャサリンにも同じ言葉を言われたが、俺は別に下戸ではない。付き合いがあればきちんと飲む。無論、部下が俺にゲロをまき散らした時は、粛清したが。
「節度を守って飲むくらいならば、嫌いではありません。むしろ好きまである。酒は人の心を解しやすいですから」
そう、良い交渉材料となるからだ。もしかしたら、昼間聞いたダリオファミリーの話にさらに踏み込んだ内容を聞き出せるかもしれない。
しかし、
「姐さん。その男は?」
「ん、あぁ。ほら、例の」
「ぇ、じゃあそいつが?」
と、訝し気な視線を貰う。どうやら、黒服の方はほとんど素面のように見受けられる。となると、こちらから踏み込むのはリスクが高い。下手に勘繰られると後々面倒だ。最悪の場合、腹の虫の居所の悪さを、俺ではなく一般人へと向けられてしまう可能性がある。悪人とはそう言うものだ。自身より強者には媚びへつらい、弱者から啜るのだ。まぁ、それは俺も同じなのだが。
俺はエルモーからのおこぼれを早々に諦め、今回の主題――――おじさんのお祝いに意識を戻す。
「おじさん、俺はここの地酒…………ポスカ酒がいいのですが」
「んあ!?おめぇ、そんな安酒でいいのか?もっと高いのでもいいんだぜ?」
俺は失言を後悔した。だって、そのような事を言っては、
「なぁにぃ~~嫌に羽振りがいいじゃない、おじさん、いいいことあったのぉ?」
ほら見た事か。エルモーが酒の力を使い、馴れ馴れしくも、おじさんへと身を乗り出したのだ。
これはいけない。一般人の方を巻き込むわけにはいかない。
「待ちなさい。彼は酔っていて分別が付かないのです。あなたが思うような、物は持ち合わせていませんよ」
「…………へぇ、何その必死な表情。」
エルモーは俺の耳に吐息を吐きかけた。その化粧が濃い顔が近づいて、彼女の瞳孔が開いているのを確認する。
「ゾクゾクするわね。そのおじさん、あんたの何?ほんとに衆道?」
「…………ただの知り合いです。ですが、俺の主義として、仕事以外で一般人を巻き込むつもりも毛頭ありません。」
「だから」俺はカウンター席の下で、エルモーへと金を握らせた。
「手出しするなって?はっ、お優しいのねぇ、ヴァニラ列島の悪党は」
「ただの酒代です。それ以上でも以下でもない。」
「…………ぷっ。ふふふ。ダリオファミリーなら、金握らせればいいって?…………舐めんじゃねーぞ。小汚い人売り風情がッ」
エルモーは、嘲笑するように吐き捨てると、席を立って黒服の肩を叩く。
そして、
「白けちゃったから。別の場所行くわ。女将、はいこれ、釣はいらないから」
女将はその法外な額に目を丸くして、「受け取れません」と戦々恐々としていたが、
「いいのよ。私もそんなきったない金。持っていたくないもの、ねぇ、アルマ・サン、あんたもそうで思うでしょう?」
「金は、金ですから」
「…………そ。女将~じゃ、また来るわぁ。そいつが居ない時にね」
その去り際。背後で引き戸が鳴った時、
「悪党が何をカッコつけてるのかしら…………なら、足洗えばぁ?ちゃんちゃらおかし。」
俺にだけ聞こえる様、挑発を受けた。
残ったのは、大金を手にオロオロと狼狽える女将と、
「あぁ~~兄ちゃん。ダメダメ!もっとよぉ、女にはグイグイいかねーと。受け身じゃ…………なぁ?よっしゃ飲め飲め!こういう時は飲んで忘れようや!最後まで付き合うぜ?」
能天気にも、浮かれた調子で酒をあおる、気の良い善人だけ。




