02 一章 惡の華 エピソード04 シュバルの街の賭博場2
俺がアレクスの後ろを付いて行くと、後方からはキャサリン含めた数人の従業員の噂話が、嫌が応にも耳に入った。その内容はやはり俺が貴族だとか、実はこの賭博場に縁があるグレーな存在だとかだ。まぁありきたりながら、胴元本人が出てくる時点で、衆目を集めるには十分な燃料を投入してしまったのだろう。
もっとも、俺としても誠に不本意であり、また困った状況であると言える。はてさて、一体どこへ連れていかれる事やら。
「こちらです」
アレクスが立ち止まったのは、従業員用の扉をくぐり抜けた先。重厚感のある両開きの扉の前だ。おそらくだが、扉を二重にして、非常に高度な防音措置を施している。
なぜ分かるのか。それは俺が商品の悲鳴が良く響くよう仕掛品置き場を設計した時、その逆の構造も学んだからだ。
「ここは?」
俺の予想は当たっていた。一つ目の扉が開かれ、俺が中へ入ると閉じたのだ。そしてすぐ、本命の扉へとアレクスは手を掛けた。
「VIPルームとなっています。」
言葉と共に扉が開かれると、内部で絶えず響いていた狂騒が零れだし、夏を先取りしたかのような熱気が俺の全身を包んだ。
ざっと見ただけでも、ド違法の賭博がそこに在ったのだ。
赤黒い痕が付いたリング内で殴り合う男二人。それらに熱狂的なヤジを飛ばす外野。
鉄砲をこめかみにあてがう冷や汗を垂らす両者。それらを固唾をのんで札束を握り締める外野。
一目で法外と分かる量のチップが積み重ねられたルーレット。
その時、発砲音がひときわ大きく木霊し、俺の意識が鉄砲をこめかみにあてがっていた方へ向きかけると、アレクスが視界に割って入る。
「お気になさらず。あれらは破産した者達。あなたが扱う『物』と同じです。」
「…………そう、仕向けたのではありませんか?」
「はは、勘が鋭い。さ、ごゆるりと」
この異様な非日常に対しこの対応ときたか。アレクスはまず間違いなく、俺が一般人ではないと理解している。そして、裏で違法な事柄が繰り広げられている事も理解した。
しかしながら、そうであるとおかしい。
少なくとも、トグサの街を出る前の調査では、この賭博場に俺の関係者は出入りしていない。アレクスとも初対面である。要は俺の正体を知っている訳もないのだが、
「あっは~!!ド外道君!!おっひさぁ!」
先に言っておく。この声を聞いた時、俺はこうなった理由を一瞬で理解した。しかしだ、とびかかりたい気持ちを必死に押し殺し、努めて平らかを装った。
でも、
「鬼畜クソ女…………なぜここにいる?」
怒声が漏れたことだけは本当に大目に見て欲しいのだ。
「そのやりとり。どうやら、彼女の言う内容は事実のようですね。」
ハッとした。俺は鬼畜クソ女に対し、今回の旅の目的を話している。恐る恐るアレクスへと首を回し、探りを入れた。
「フッ…………睨まずとも。我らは同業者ではないですか。」
「…………アレクスさん、でしたね。アレから何を唆されました?」
「少なくとも、あなたが外道を生業としており、我ら暗黙の了解――――仕事現場たる『縄張り』を何の報告も無く飛び越えてきた。と言う事は。」
その声に感情は載っていなかった。ただし、敵意もだ。どうやら、向こうも俺の対応を測りかねているらしい。
「確かに、俺の方が礼を失していましたか…………ただ、理解してほしいのですが、俺は別にあなた方へ戦争を仕掛けに来たわけでは無く――――」
「――――あぁ、理解していますとも。むしろ、お会いできて光栄ですよ。アルマ・サン殿。」
クソ、情報でマウントを取られた。非常に不愉快。俺は鬼畜クソ女を睨むことで己の怒気を吐き捨て、アレクスに再度問うた。
「俺の何をご存じで?」
「はは!ご謙遜を。お花屋さん『リンドウ』と言えば、ここ十数年で瞬く間に頭角を現した奴隷商のダークホースだ。誰もその顔を知らず、誰もその経歴を知らない。ただ一つ分かっているのはアルマ・サンと言う真偽分からぬ名のみ。ここはトグサの街から遠いですが、私は情報通なので。ただ、まぁ…………」
アレクスは俺を値踏みするように、つま先から頭のてっぺんまで眺めた。
「…………このような外見だとは思いもしなかった。字通り、初見では女性かと思いましたよ。」
汚らわしい…………本当に気持ち悪い。人間の本質は内面だ。そこを見ようともせず、外見――――飾りを見て一喜一憂するなど、美醜の何たるかをまるで理解していない。
「俺とあなたでは美醜の価値観に天と地ほどの差があるようだ。分かりあう事はできませんね。どうやら、断髪が急務の様です。」
「はは!いやぁ気に障られたかな?すみませんなぁ。その辺りの女性よりあなたの方がお美しい、それは事実ですよ」
「社交辞令は結構。本題に入りましょう。なぜ俺をこの部屋に?」
言った直後、鬼畜クソ女がお茶らけて説明をしようと手を上げたのだが、俺は一瞥もくれず、アレクスにのみ視線を注いだ。
アレクスはその様子に些かの迷いを見せたが、すぐに俺の方が立場が上だと判断したのか、口を開く。
「そちらの奥方様から、」
「待ちなさい。お、奥方?」
「妻と聞き及んでいますが」
はらわたは煮えくり返り、俺の白い髪が真っ赤に燃え上がりそうな程熱を持ったのが分かる。
でも耐えた。俺は深呼吸をした。
「そんな訳有ってたまるかぁッ!!!!」
前言撤回。耐えてはいなかった。なんなら、冷静さを保つための深呼吸は肺に空気を取り込む事に一役買い、自身でも驚く程の咆哮が口からついて出たのだ。
「キヒヒ…………!!あぁ~~~おもしろぉ!!あっ君とばっか話しててぇ、ずるいから仕返し~~キッヒヒヒ!!!!」
殺したい。あぁ殺したい。殺したい。
「あの…………では、どういったご関係で?」
と聞かれても本当に困る。関係などないのだ。
「私と、彼はぁ~主人と下僕ぅ~☆」
重ねて言うが断じて違う。俺はそんな風に思ったことは一度たりともない。アレとどのようなものであれ、繋がり、関係、縁など穢れだ。おぞましき枷だ。謹んでお断りする。
もちろん、アレが本気で言っていない事も分かっている。アレは俺の嫌がるさまを見たいがために平気で妄言を吐くのだ。素知らぬ顔で他者を殺すのだ。ぁあこの世から消し去りたい。世界の汚点だ。
しかし、俺の憎悪溢れる様を見ても尚、裏社会と言う視点から見れば違うのだろう。
「あぁ、そうでしたか」
裏社会にいる者からすれば、主人と下僕などという関係はありきたり。アレクスはすんなりと納得し、脱線した話を戻した。
「積もる話もあるでしょう。そちらに、席をご用意しております。」
アレクスの言葉に従い、俺はソファーに座った。
続いて、鬼畜クソ女が隣に座ろうとしたから、
「ぅつぐ?」
俺は鬼畜クソ女の腹を隠し持っていたナイフで刺して、床に這いつくばらせた。
「アルマ殿!?」
これにはさしものアレクスも驚いたのか、俺と鬼畜クソ女を交互に眺め、動揺に腰を浮かせたのだ。
だが、「問題ありません。先にコレが言っていたでしょう。」と、俺は靴裏の柔らかな感触を転がしながら続けた。
「主人と下僕だと。言葉通り、下僕に人権などと尊いものはありません。あぁ、良ければ差し上げますよ。今ならまだ、縫えば十分に使えるでしょう。」
「いや、しかしっ」
とは言うものの、アレクスは鬼畜クソ女の外面に首ったけのようだった。あぁ、何と愚かな。
綺麗な花には棘があると言うが、アレはそのように生易しくない。もはや毒。それも骨すら溶かしつくす猛毒である。
内面を注視しないから、『毒』を盛られるのだ。
「本当に頂いても?」
逡巡を見せたが、アレクスは鬼畜クソ女が意識を失うと同時に、部下を手配し舞台裏へと下がらせた。
今後が楽しみだ。一般人に手を出すのだからアレクスも俺の商品の範疇。腹がただれた頃に気付いても、もう遅い。あなたの浅慮が招いた自業自得。事故であるため俺に非は無い。
気分がいい。俺は心の底から笑顔を放った。
「ええ、二言はありません。如何様にも御使いを。まぁ、中古ですがね」
「はは!!いえいえ、あのような上玉、買えばいくらになるのか…………よい払い下げ――――」
「――――言っておきますが、俺はアレを使ったことは一度もありません。決して勘違いしない下さい。」
「…………あぁ…………お噂も本当のようだ」
「なんです、噂?」
「処女にしか興味がないと。」
「っな…………俺が、生娘にしかそそられないと?一体、誰がそのような根も葉もない噂を。」
「我らの業界では常識ですが」
「………………………………えぇ?そんな」
「………………………………え?違うのですか?」
「「…………………………………………」」
猥談の食い違いが造り出した気まずい沈黙は、五分以上続いたと思う。
ただ、意を決してと言った感じに、アレクスの方が静寂を破った。
「…………あの、衆道というお噂も――――」
「――――くどいですよ。俺はヘテロセクシュアル。いたってノーマルです。本題に入りましょう。で、なぜ俺をここへ?」
「コホン。いえ、実は目立った題目は無いのです。ただ、あなた本人がお越ししていると聞きまして、ご挨拶をと。思った次第、先には言い値で買い取ってもらいましたからね」
「なんの話です。俺はこちらの賭博場と関係を持ったことはありませんよ」
「あぁ。あの時は素性は明かしませんでしたな。納品してくれたのはそちらなんですよ。ほらあの~…………栗毛色の女ですよ。」
俺の脳内で、とある女性の顔が浮かんだ。今俺が出張する原因となった者だ。
「ジューン・ホーンさん、のことですか」
「あぁ、そんな名前だったような。いやねぇ、こちらとしても困っていたんです。急にダリオファミリーから仲介しろって言われましてね。その時は裏から手を回して、破産者を使いに出しました。あなたの様子を見るに、足は付いていないようだ。」
「ダリオファミリーが、この賭博場と関係を持っているのですか?」
その瞬間、アレクスは口を滑らせたと顔に出た。目が泳いだのだ。
でも、もう遅いと知ったのか、それともダリオファミリーと取引歴のある俺に対し楽観視したのか、アレクスは声を落とし、なおもぺらぺらと続けた。
「半年よりちょっと前、ダリオファミリーがうちの賭博場のけつもちを勝手にし始めましてね。いやになりますよ。よそ者のくせに、我が物顔で縄張り拡大してきてるんですから。」
「でも、あなたはそれに従っているのでしょう?」
「こればっかりは仕方ない。」とアレクスは肩をすくめ、他責した。
「彼らは野蛮。ジーランド大陸から渡ってきただけはあって腕っぷしが立つ。一介の賭博場じゃァ従うしかない」
「では、ここはもう」
「そう、ダリオファミリーの縄張り。その縁と言って差し支えないでしょうな。」
なるほど。昨日関所の列に並んだおじさんが、いやにダリオファミリーについて詳しいと思えば、そういう絡繰りか。
やはり、休日とは言え、勤勉にも人事を尽くすものだな。思わぬ収穫だ。
「ははは」
「…………アルマ殿、何がおかしいので?」
「いえ何。実りある時間だったと、思っただけの事ですよ。ちなみに聞きますが、今ダリオファミリーはどこに?」
「そんな事を聞いて、どうするんです」
「と言う事は、やはり拠点を構えているのですね。」
「それはまぁ、ここはもう彼らの縄張りですからな。最低限の人数は駐在していますよ」
「で、どこに?」
「…………北側の廃墟と、ダリオファミリー拠点側たる南方。あと」
そこでアレクスは言葉を切った。より厳密には閉口したのだ。彼の視線は俺の後ろに注がれていた。
「けつもちしてんのよ。もちろんここもだ。」
女の声は俺の後頭部。耳元から聞こえた。
「話が長いと思って、来てみれば…………何情報漏らしてんのよアレクス。で、この男があんたがお熱の『リンドウ』の主人なの?」
無論、アレクスの視線で既に気付いていた俺は、表情一つ変えず、対応する。
「初めまして。リンドウのオーナー、アルマ・サンと申します。平素より格別のご愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。ダリオファミリー様」
「どーも。ダリオファミリーのエルモ―よ。で、ただの奴隷商如き下請けの分際で、何コソコソ嗅ぎまわってんの。誰の差し金?」
「差し金なんてそんな。俺はただ」
「はぁ?何よ」
「ただ、商品の仕入れに参った次第の、しがない商人です。」




