04 三章 十格 エピソード17 エーランドファミリー2
俺が連れてこられたのは、鬼ぞりの死体がある地点から徒歩でニ十分も離れた場所だった。
イッショウは、この辺り全て腹の中であり、自身から離れたり、下手な事をすれば責任は負えないと釘を刺してきた。
ただ、余計なお世話だ。言われずとも分かっていますよ。俺だって命が惜しい。惜しいからこそ、こうやってお願いに来ているのだから。
実際、俺はイッショウとリッカからつかず離れず。一定の距離を保ち、目的地まで歩いた。見ようによっては二人を盾にする形でだ。
地図を見たわけでは無いから詳しくは分からないが、俺達がたどり着いたのは街の奥の方だと思う。
ここは、敷地を囲う木製の塀と、出入口たる門が俺達を待ち構えていたのだ。邸宅と言うよりも、道場と言った印象を受ける。
イッショウはそして、勝手知ったる我が家とばかりに、その敷地内へと踏み入った。
「声出ししてくらぁ。入ったところで待っててくれ。」
門を荒々しく開けて潜り抜け、俺とリッカを敷地内の砂地へと放置した。するとやはり、敷地の奥には俺の第一印象通り、道場としか言いようのない建物があったのだ。
それは一見すると古臭い。ともすれば、年季が入ったエーランドの歴史そのもののようにも感じる。
俺がこれまで見てきた、どの悪党の本家よりも質素なそれは、きっとこの地域特有の価値観によるものだろう。
待っている間。無礼にならぬよう敷地内を見渡したが、人は見当たらない。少なくとも、俺には人の気配を感じ取ることは出来なかった。
でも、きっと忍んでこちらを見ているのだろうと思う。だって、リッカが俺にそう耳打ちしたのだ。
「うちって、派手じゃなく地味なんすよ。暗殺とか、急所狙ったりとか。一撃必殺ってゆーんすかね、そう言うのに美学感じてるんす。だからほら、これまでの道のり人に会わなかったっすよね?」
ああ、そう言えば。リッカも鬼ぞりに対し、急所を狙っていたし、イッショウも一撃で首を突いていたっけな。
なんともまぁ、やりにくいことこの上ない。根暗な性格ではないですか。
「久々ですよ。商談で、胃痛がしてくるのは…………」
「うぇ?!あ。アルマ様、お腹痛いんすか?え、どうしよ…………えっと」
「ああ、言葉のあやです。間に受けぬ事の無きよう。と言うか、あなたこそが今、俺の生殺与奪を握っているようなものなのですよ。話す内容、少しばかりは思い浮かべているのでしょうね?」
「もちろんっすよ。ばっちりっす」
「…………ほんと、頼みますよ」
俺が軽く項垂れた時、咳払いが俺の視線を引いた。見やれば、イッショウが道場の縁側を開き、「ここから入ってこい」と、顎で指示していた。
となれば、是非も無い。リッカを先頭に、俺は道場内へと入った。
そしてようやく、ここがエーランドファミリーの本家であると知ることになる。
俺達が上がった縁側から覗いた道場内。その最奥の壁には、整理整頓された刀や、鉄砲、それにアレは注連縄だろうか…………?
とにかく、用途不明なものも含め、さまざまな武器や、道具が飾り付けられており、その一帯を囲うように居座る人物達が居たのだ。
彼らは恐らく幹部の者達。今にも武器に手を付けそうな険悪極まるその者達は、例外なく着物姿で、老若男女が六名いた。
晒しを見せつけるように着物をはだけさせた者や、逆に異常な程正装で姿勢正しく座る者。また、その他にも、苛立ちを見せるように、キセルの雁首から煙草を捨てる者も居るし。背中の彫り物で威圧するように、あえて流し目でこちらを見る者も居る。
勿論、イッショウの姿もそちらへと下がって行き、幹部は総勢七名となるが、今この場面においては、なんのフォローもしてくれない。
その個性的で様々な歓迎の仕方の中、共通点が一つだけあった。それは皆、険しい表情で睨みつけるように俺を見ているという点。
まぁ、当然だ。俺達悪党は面子を重んじる。
しかも俺は、そんな裏社会の人間にお願いを――――顎で使おうとしているのだ。十格ともなれば、それこそ沽券に関わる。エーランドからすれば、どんなに借りがあろうとも、たかだか人間一人に義理を通す筋はないのだから。
まぁ、警戒されて然るべきでしょう。
ただ、そんな異様な雰囲気の中、ただ一人、
「よく、帰った。嬉しいよリッカ」
柔らかな声でリッカを出迎えたのは、道場の最奥、掛け軸が掛かっている所からだった。
床の間のように一段高くなっている場所で、脇息に肘を預けている着物姿の男性は、額に傷があり、ただならぬ気配を纏っていた。
「兄貴」
リッカの声に緊張が見られたのだから間違いない。
一見すると、リッカとは似ても似つかぬその人物こそが、エーランドファミリーの頭領。クサナギ・エーランドだ。
俺が思い知った時、彼も俺に気付いた。
「話は先ほど聞いたよ。愚妹が世話になったと。」
会釈しながら思った。案外軽い声だな…………と。
でも、リッカの軽薄さとは違う。何というか、掴み処の無い空気のような感じ。ともすれば、無味無臭の毒と言うあらぬ不安も連想された。
根拠はない、ただの直感だ。
油断ならないと足踏みした時、クサナギは喉で笑い、「取って食いやしないさ」そう言って、自身の前に来いと誘った。
未だ、道場内の俺を見る目は厳しいものである。しかし、俺も悪人の端くれゆえに、面子は大事にしている。
要は、この程度に日和っているようでは、期待外れ、門前払いになるかもしれない…………と、深呼吸を行い、クサナギの正面に失礼した。
「さて、座ったな。ではまず、礼を言うのが筋だろう。改めて、愚妹の身をここまで連れてきたこと、感謝する。」
「いえ、こちらこそ、突然の訪問、快く受けて下さり、恐縮でございます。エーランド様」
俺が敬った言い方をしたことに驚いたのか、リッカはギョッとしていたが、俺は徹頭徹尾無視をした。何が地雷になるか、わからないと思ったからだ。
だから、恭しく一礼まで行った。
「うん。名は、アルマ、でいいのかな」
「はい。」
「そんなに固くならなくてもいいよ。それでは、『願い』とやらも…………話し辛いだろうに。」
「いえ、しかしながら、貴方様は十格の一角。わたし共からすれば、雲の上の存在。これでもまだ、畏れ多いでしょう。」
「うん…………そうだなぁ、これは、借りものの言葉だけれど、喋りやすい口調で構わない。その方が、仕事はうまくいくものだよ。アルマ」
どういうことだ、そのもの言いは…………まるで。
俺が言葉に詰まった時、不意を突かれた。
クサナギは、俺の左目を覆っていた前髪を、暖簾をどかすように脇差ですいたのだ。そして、左目を見た途端、「ああ、やっぱりか。」と、確信を得たように喉で笑われる。
「良し悪しは置いておくとしても…………君、ロシノと関わりがあるね。」
俺のセリフだ。そっちこそどういう関係なのだ。
「顔に出ている。そうだな、俺としては…………奴は怨敵だ。何度か殺り合ったことがある。」
「一体、いつ」
「うん。ずいぶん昔、俺がこの家業を継ぐ前。フォリアファミリーとの抗争が何度かあったのさ。その時に。まぁ、のらりくらりといけ好かない奴でね…………何度追い詰めても、ぬるりとまるでウナギのように、逃げていったよ。」
そして「見ろ」と、クサナギは、俺に脇差を見せつけた。改めて見たそれは、脇差と言うにも短い。もはや、ナイフの様だった。
しかし、脈絡無いその行動に対し、俺は疑問が浮かぶだけ。
だから俺は自然と、リッカの方へ瞳で聞いたのだが、彼女の返答は俺と同じ。首を横に振るのみだった。
「リッカは知るまいよ。先の話はね、まだ、この脇差が…………打ち刀であった頃の話だ。」
と、クサナギは少し遠い目で言った後、脇差を傍に置いたのだ。
ならば相当昔か、それとも、短時間の内にそこまですり減る程に、人を斬ったとの脅しなのか…………いや、きっと両方だ。
「奴を殺せず帰ってきたせいで、何度も父上に叱られた。何度も折檻を受けた。忌々しい男さ、この額の傷も奴からだ。けど、一度だけ呑み交わす機会があってね。先の言葉はその時に受けた。あいつめ、俺が事ある事に噛みついてくるせいで、会話もままならなかったことが、堪えたようだった…………それで、今。アイツは何を?」
俺は答えようと口を開けた。けれど、すぐに閉じた。
まるで餌を待つ鯉のように滑稽にも口を開け閉めした後、何とか切り出した。
「自害、しました。俺の目の前で。」
「そう。なら君は、それで…………目を抉ったのか?それとも、貰い受けたのか。」
「貰い受けました。俺の行く末が見たいと。」
「そうか、本当に逝ったか…………やつめ…………」
クサナギはそっと息を吐いた。そこからくみ取れる感情は、一概には言い表せられない。
「出来れば俺が殺してやりたかった。出来れば、俺が…………俺の下へ欲しかった。」
「え?」
「二律背反。忌々しい感情さ。俺は奴を殺してやりたいとずっと思っていたが、同時に、俺に仕えても欲しかった。殺し合う内、奴の沼に落ちたのさ。その一般人に手を出さぬ生き様に嘘はなく、図太い筋が通ってた…………時が経つにつれ、憧憬すら抱いていったよ。」
その瞬間。『ズドンッ!!』…………と、力まかせの拳が、脇息に叩き落とされた。
周囲はしんと静まり返った。これまでの穏やかな雰囲気からの急転直下は、凄まじい緩急を生み、俺はなんの反応も出来なかったのだ。
「何があった、アルマ…………」
その声は静かながら憤怒に彩られていた。まるで、噴火直前の火口のように、怒りに震えている。
クサナギの魔力に当てられた背後の掛け軸はガタガタと鳴り、節々が千切れていた。
「…………奴が、あのちゃらんぽらんがッ…………逃げずに自害するような事柄。何があった?」
「彼は、一般人に手を出しました。その禊ぎに自ら首を斬ったのです」
クサナギは、目を見開いた。その時の彼はエーランドファミリーのクサナギではなくなっていた。
ロシノさんと因縁浅からぬ彼本来の気質であろう、内面の荒々しさが垣間見えた。
「…………君は、リッカの恩人だ。一度目は許す。でも、二度目はないよ。奴が、その人生を否定するものか。もう一度聞くよ。頼むから、俺を怒らせないでくれ。なぜ、ロシノは死んだ?」
「事実です。そして、俺がお願いに参ったのも、それに関係が」
大きな深呼吸がクサナギから放たれた。
でもそれだけだ。己の怒りと向かうように、現実を飲み込むように、気持ちを静めたのだ。
「…………いいよ。言ってみろ」
「フォリアファミリーが代変わりし、方針が変わったのです。これからは、カタギにも手を出すと。」
「デュリエルが…………」と、クサナギの拳が固く握られた。そして、「あの、ドラ息子…………」と忌々しそうに吐き捨てる。
「そうです。今はガーベラスと名乗っています。彼に対しロシノは従った。その場に俺も居たことで、俺はロシノを殺したとして、目の敵にされています。なのでどうか、彼らとの和平の立ち合い人になって貰いたく、お願いに参りました」
「しかし…………それは、おかしいな。」
「何がです」
「そうだろう、アルマ。たかだか、人間一人に対し、フォリアファミリー全てが敵に回る?何か、話を省いてはいないかな、アルマ。」
まぁ、普通の考えがあればその結論に行きつくか。
「失礼しました、先は要約です。」と、俺は自身の素性から再度説明した。
「俺は元々フォリアファミリーに居りました。その当時、ロシノは俺の後見人です。」
「君が…………?そうか。合点がいったよ。あのたかり屋が己の汚点たる目を、誰かに託すなんて。おかしいとは思った。なら、君はロシノの仇を打ちたい…………と?」
「いいえ。今では足抜けし、リンドウと言う名の奴隷商を生業としております。ただ最近、目立つ行動が多かったゆえに…………その」
その時。『バン』と音がした。
クサナギは、何処から取り出したのか、扇子を荒々しく開き、俺は閉口させられたのだ。
「皆まで言わずとも言い、分かった。因縁を付けられたか。だが、すまないが、そうであるならば、俺達の介入する義理はない」
突き放されたことが思いのほかショックだった。言葉に詰まっていると、俺の横で立ち上がる者がいた。
リッカが遂に沈黙を破ったのだ。
「兄貴、なんで。」
「なぜならば、アルマは悪党だ。百歩譲って一般人であったなら、手助けも考えた。でも彼は違う。奴隷商、悪党なのだろう。そうなる覚悟があってこの道を選んだのだろう。それを、身に危険が及んだから他者に助けを乞うなど…………情けない。嘆かわしいよ。筋の一つも持ってはいない。」
それについては返す言葉もない。その通りだ。耳が痛い。
「自分の尻は、自分で拭かねば。俺達は、介護者ではないよ。」
「アルマ様がこの八年間、私の世話をしてくれたのに、その恩を無下にする気ッ?」
「だからと言って、その度、俺達が手を貸したと広まれば、次は俺も、私も…………と。キリが無くなる。そもそも、八年もの間。便りも寄越さなかった、いや寄越せなかった環境を、是とは出来んよ。」
「違う、私が生きてるって知れれば、また厄介ごとになると思ったから。だから、身を隠していただけ。それだけよ、決して、アルマ様のせいではない。私の意思で、彼の下で生きていた。」
「…………俺達はそうではない。ずっと気掛かりだった。しかし、護衛は誰一人帰ってこず。お前の消息は途絶えた。分かるかリッカ。俺達の焦燥感、不安感が。」
「そう思うなら、力を貸してよ。でないと、リンドウは、私達はもう二度と…………本当に会えなくなる」
「会えなくなるのは、アルマだけだ。」
「…………どういう意味」
「リッカ、君はこのままここに居てもらう。」
「は、嫌に決まってんだろ、何言ってんのよ馬鹿兄貴」
…………待て。なんだか嫌な方向に話が進んでやしないだろうか。
まさか、俺にはここで死ね…………とか、そう言う展開には、ならないだろうな…………。
「いいや、ようやく再開できたんだ。帰すつもりはないよ。」
「っ…………シスコンでもこじらせたの!?」
「あぁ、何とでも言え愚妹よ。二度と家族を手放すつもりはない。」
「だったらっ」との言葉を聞き、嫌な予感が俺の視線をリッカの方へと向けさせた。すると案の定、彼女は首にナイフを突きつけているではないか。
「なんのつもりだ。リッカ」
「アルマ様とは離れるくらいなら、ここで首を斬って死ぬ」
勘弁してほしい。冷静になってくれ。俺の立場を悪くする行動しかしていないではないか…………まずい。これは非常にまずい。これはいつものアレだ。メンヘラだ…………。
「私は本気だ。」
俺も本気で頭を抱えていた。だから、「落ち着け」と、「静まり給え」とリッカの衣服の裾を引っ張ったが、まるで効果は無かった。
ゆえに見てみろ。この場の者が全員、親の仇が如き憎悪孕んだ視線で、俺を睨み始めたぞ。
そしてその筆頭が、クサナギであることは語るまでも無いだろう。
「…………アルマ、君。俺の妹にどういった調教をしたんだ?」
「ち、違うのです。そんな人聞きの悪い事は一片たりとも。彼女に聞いてみて下さい、俺が手を出すことはおろか、彼女自身、まっさらな体ですよ。ねぇ、そうですよね、身持ちが固いと有名ですものね、リッカ?」
「私は、アルマ様しか眼中にはない。私はこの方のお子を産む!」
おい。おい、おいっ、待て。なんでそうヒートアップするのだ。驚愕で言葉が出てこない。思考が阻害された。
だって、この四面楚歌でそんな事を言ってしまえば、
「…………アルマ。リッカはああ言っているが…………?」
ほら見た事か。クサナギが脇差を手に取ったではないか…………。
「…………ご、誤解です、ええ。あぁ勘違いと言うやつです。俺は本当に、彼女に興味などございません。無罪なのです。何度でも言いますが、手を出した事などありません。」
「微塵もか?」
「ええ。微塵もです。まったく全然、これっぽっちも、心を揺さぶられません。ご安心を――――」
しかし、俺はこの時焦ったがゆえ、言い過ぎたと後悔する事になる。
なぜならば、
「――――それは…………俺の妹に、女性として魅力がないって言ってるのか。君は…………?」
クサナギもとい、シスコンが、俺を本気で睨みつけてきたからだ。
でも、だからと言って、
「…………いえ、そう言う訳では」
と言葉を裏返せば、
「やはり、先の興味もないとの言葉は、嘘か。」
と、堂々巡り。
「どうすれば…………よいのですか…………」
「君がまいた種だろう」
「いえ、俺…………まぁ、そうですね。俺が持ち込んだ。それは認めますが」
「アルマ、君、じゃあ本当に、リッカを傷物にぃッ!!!」
「え、あ?そういう意味で聞いたのですか?!いや違う。そういう解釈で認めた訳では無い!!なぜそうも話がこじれるのですか!!!!」
「もういい、問答無用だ。表へ出ろ。見極めてやる」
なぜだ。どうしてこうなる。どこで間違えた。
「…………何を呆けている。アルマ、早く来い」




