04 三章 豪華客船 エピソード13 ロシノ・ネービス
後ろから、俺を心配するようなエイダのか細い声が聞こえた。でも、俺はそれを良しとなかった。
「静かに」と少しの所作で彼女を黙らせ、俺はロシノさんをみていた。
「それで、今回の件。説明はしてもらえるのでしょうね。」
「ん?どうせ聞いただろ。俺が首謀者で、お前が標的。それだけだ、ボケ」
「そちらはいいのです。なぜ、ダース・ヴヴィブントを殺したのです。そして、なぜそのままにしておいたのですか、それこそまるで、己の過ちだとでも言うように…………。標的は俺でしょうに。さっぱりわからない。」
そう聞くと、「あ、そう。」なんて、エイダを見たロシノさんは続いて「聞いてないのか」そう感心するように笑うと、煙草をくわえた。
けど、魔術の火を煙草に移そうとしたその時、丁度雨が降ってきた。それも土砂降りだ。そのせいで、煙草には中々火が付かず、あっという間に、俺達を分かっていた血液の線引きは、雨のベールへと変わっていた。
「はぁ…………しけてんな、こりゃだめだ。とぉ…………他のもんは…………と」
「答えてくれませんか」
「はいはい、わぁったわぁった。今教えてやるから。っとに…………ふぅ…………やっと着いた」
俺もよく使う風魔術の応用だろう。ロシノさんは雨を器用にも防ぎながら、煙草の煙を吸い込むと、一息ついてから口を開いた。
その悠長さとのんべんだらりとした態度に腹が立つ。
「そう睨むなよ。前にも言ったが、お前は目立ちすぎた。ボスはカンカン。で、面倒なことに俺が選ばれた。俺なら油断するってすんぽうよ。」
「答えになっていないだろう」
俺の背後でエイダが驚いたのが分かったが、それでも俺は声を荒げた。
雨の音が無性にうるさかったからだ。
「フォリアファミリーの掟はどうしたっ」
「あぁ、代変わりしてからな。方針がガラッと変わったんだ。その価値観はもう古い。元々無理な考えだったんだ。前にも言ったよなぁ、ん?しょっぱい砂糖はありはしねぇって。」
「だが、それを掲げてきたのがお前等だろうが。俺にそう説いたのも、お前だろ、今更になって違える気か!」
「そうでけぇ声だすなや。聞こえてるよぉ…………ただ、なら分かる筈だ。俺は組織の方針に従うだけの盲目者。元々、俺の主義主張なんざ毛ほどもねぇ…………俺一個人の是非なんざ、群れを乱す毒にしかならん」
「左目閉じたには飽き足らず、今度は右目まで潰れたって言うのか、ふざけるなよ耄碌じじぃいが、船で慰安旅行と洒落込む前に、まずは眼医者にでも行ったらどうだ」
「ハッ、はは!久々だなァその口調、その啖呵。懐かしいわ、昔はそうやっていつも俺に噛みついてきてたもんなァお前」
「だから何だ。下手なこと言ってみろ、その舌焼き焦がして殺すぞ、ロシノ。」
「生憎と。俺の舌灼けんのは、煙草の火ぃだけだ。」
「脅しじゃねぇぞ」
「あぁ??ならやってみろよ。出来んのか?お前に。この俺を、殺すぅ?馬鹿言うなよ。お前が殺す気なら、こんな茶番すっ飛ばして俺は既にお陀仏だ」
「……………………ッ、何があったのですか。一体、フォリアファミリーで何が!」
「先代が死んだ。」
その一言は、後頭部を殴られたような衝撃だった。
「な、そんな話」
「表じゃあ、代変わりとしか言われてねぇからな。やったのは今の頭目、デリュエルだ。」
「あの、ドラ息子…………っ、いや、ですが、ならなぜそんな奴に従っているのですか!?」
「遺言だ。俺はその時、オヤジから直に聞いてた。組織に人生費やしてきたせいで、デリュエル…………いや、今じゃガーベラスか。あいつはああなった。俺の責任だとよ。で『後生だ、アイツを恨まず助けてやってくれ。』と。まぁそんなとこだ」
「…………それで、俺を殺すと」
「そうだ」
「…………おかしいですね。ならばなぜ、こんな遠回りな方法を。」
「お前を助けたかった」
「…………なんですってッ」
エイダを見ながら言い放ったロシノさんの言葉に対し、俺は思わず、背後を振り返った。エイダは気まずそうに目を伏せるのみだったが、でも、それで十分に伝わった。
だから、腹が立った。
俺の勝手知らぬ場所でコソコソと暗躍し、一般人まで手に掛けてする事なのか。と、気付けば両手を握り締めていた。
「なら、こんな事などせず、俺にそう言えばよかったではありませんか!」
「だぁめだ。それだと、フォリアファミリーを裏切ることになる。」
「今、この時点ですでにそうでしょうにッ」
「いや、エイダさんに被害にあってもらい、上陸後、マル坊は死んだと風潮してもらう。そんで、マル坊。お前には、このサディー島以外の適当な港で降りて姿をくらませてもらう予定だった。」
「っ…………ふざけるなよ。誰がそんな事を頼んだ!俺は、お前にとって、只の玩具だったはずだろうが!!!」
「そ。大事な玩具。逆に聞くけどよ、お前さ、自分が手塩にかけて作ったもんを。おいそれと譲れるか?壊せるか?」
否定したかった。
でも、先ほどエイダを手に取った記憶が俺の口をふさいだ。
「な?無理だろう。無理だ。とてもじゃねぇけど…………俺にゃ無理だよ。」
初めて聞くような弱弱しい声音。普段の困り眉と相なって、泣いているようだった。
「お前殺そうと計画練ってる間…………ずっと、ずっとだ。ずっと、お前の顔が脳裏にちらつく。ほんと、腹立つくらいにな。」
「たかだか、四、五年共にしただけでしょう、切り捨てればよかったんだ。」
「それな。」と、ロシノさんは空を仰いだ。まるで顔が濡れているのは雨のせいだとでも言うように、
「ほんと、歳食うといろんなもんが垂れ流しになって参るわ。膝の乳酸もそうだし、未練とか、後悔とかな、いろんなもんが溢れてくる。」
「いえ、そんな事は無い。まだ、戻れるでしょう。」
無意識だった。俺は言いながら、彼へと手を伸ばしていた。
その昔、家を飛び出して路頭に迷っていたあの時。彼から差し出された手を、俺がそのままそっくり返す形で。
「うちでやり直してください。フォリアファミリーのロシノではなく。リンドウのロシノとして。」
「出来ねぇ相談だ。」
「なぜっ!」
「お前が、俺を助けようとするのと同じ。俺もフォリアファミリーに、先代に助けてもらった。」
と、己の眼帯を叩き、彼は自嘲気味に続けた。
「化物だなんだと蔑まれ、捨てられた俺を、先代が拾ってくれた…………その恩は返す。義理も通す。何があっても。どうなろうと。」
「わ、分からず屋…………がぁッ」
「そうだ。でもなぁ、何でもありの俺ら裏の人間が、仁義と義理を欠いちゃぁ仕舞ぇなのよ。」
そして、「来いよ」と、ロシノさんは両手を広げた。
「ほら、ここにお前の大好きな悪人がいるぜ?」
だからか。俺が殺しやすいように、ダース・ヴヴィブントを殺したのか。
己は悪人だと。愉しく遊ぶための玩具だと俺に思わせたいのか。
殺すくらいなら、殺されるっていうのかッ。
俺には殺す辛さを愚痴りながら、俺にその辛さを押し付けようって言うのかッ!?
この男はどこまで、どこまで…………、
「…………どこまで、俺を馬鹿にすれば気が済むのですかッ、このたかり屋風情の貧困者が!」
ダン!…………と雨によって滑りが良くなった甲板をものともせず、俺は大きく一歩、また一歩と踏み出した。
「あ?嘘だろお前」
こんな奴に魔術は必要ない。
もう奴を倒すための武器は、拳は握り締められているのだから。
「歯ぁ食いしばれ、糞やろうガァ!!!」
ロシノの懐に潜り込んだ俺は、迷うことなくその頬に一撃を見舞った。魔力を十分に流したその一突きは、我ながら渾身の出来だった。
その証拠に、俺の拳はロシノから抜けた無数の歯にぶつかり、切り傷となったのだ。
「ぐぁ…………ぶ」
と、情けない吐息を漏らし、倒れ込んだロシノへと駆け寄り、俺は更に追撃を加えた。
馬乗りになり、何度も何度も顔を殴りつけ、
「はぁ…………ハァ…………ッ」
俺が肩で荒く息をし始めた頃、「アルマ様」と、肩にそっと制止の手がのせられた。
「もう、十分かと」
「…………はぁ…………ええ。取り乱しました。失礼、エイダ」
なんとか自我を取り戻し、襟を治す所作を持って、普段の己へと立ちかえった。
改めてロシノを見やると、その顔はノーフェイスにやられるよりもひどい顔へと変貌していた。
「はぁ…………ロシノ。もう一度言います。リンドウに来なさい」
「へ、おいまじか。お前…………しこたま殴っておいて…………ごめんの一言も無いのかよ」
「ありません。いいから来い。イエスかハイか。それだけです」
「…………ぁ~最悪だ」と、ロシノは顔を覆った。次いで、そのまま顔を拭うように、俺の方を見た。
真剣な表情で、覚悟を決めた顔で聞いて来たのだ。
「…………二つ条件がある」
「何です」
ロシノは、己の眼帯を叩いてこう言った。
「これまでのツケを返す。もしも俺がお前より先に死んだら、俺の左目をお前の義眼と入れ替えろ。」
咄嗟にエイダへと視線で問うたが、彼女は首を横に振った。と言う事は、驚いた。俺の左目に気付いていたのか。
「なぜ、そのような事を?」
その時、痛々しい顔を庇いながら、ロシノは上体を起こし、風魔術で雨よけを行うと、またも煙草を口に咥え火をつけた。
「ふぅ…………お前がこれからどういう道を歩むのか、イテテ………ぁー…………俺に見せろ」
「あの、申し訳ありません、一つお聞きしたのですが」
と、その時の疑問は、エイダが口を突いて出たようだった。
「左目は、見えないから眼帯をしておいでだったのでは…………?」
「いいえ。ロシノの左目は、世にも珍しい魔眼です。代わりに、魔力をそちらへ食われてしまうため、魔力に乏しく、老化遅延もおざなりですがね」
「はは、そう言う事。」
「で、もう一つは何です。早く言いなさい」
「…………俺はぁ金無しだったんだがぁ…………実はな」
「まさか、孤児員の運営も、押し付けようとかしていませんよね、あなた」
でも、どうやら図星だったようだ。
ロシノは言葉に詰まったように、目を見開いていた。
「ぇ…………知ってたんか、お前」
「ええ。」
「何時から」
「馬鹿ですか。あなたの位で常日頃素寒貧なんておかしいでしょう。だから調べました。滑稽でしたよ、下手な変装までして、コソコソと孤児院を伺うあなたの様子は。」
「うっわ…………最悪だ、まじか」
「とは言え、実は俺の屋敷でも、幼子を養っています。あなたを反面教師にしてね。まぁ、安心して下さい。その程度の金策、問題ございません。」
「そうか…………なら安心だな。」
「ええ。では、行きましょう」
「あ?どこに」
「決まっているでしょう。リンドウへ。戻るのです」
「あぁ、いや待て。その前にお前に言っておかにゃならん事がある。」
「は?この語の及んで。まだ何かあるのですか」
「ある。と言うか、何度も言わせるなって話だが――――」
その時、土砂降りに混じり、突風が吹いた。
「――――悪人の言葉を信じるな。」
そして、ロシノの首が飛んだ。
魔術の風。
ロシノが今さっき煙草に火をつけるため、雨よけに発動していた風が、ロシノ自身の首を斬り飛ばしたのだと気付いた時。
「…………っ。」
俺も、エイダも、絶句を通り越し、何もできなかった。
呆然とロシノの生首を見つめ、我に返った時。その首へ手を伸ばした。落下防止柵に引っかかっていたそれを、恐る恐ると捕まえ持ち上げた。
驚く程安らかな顔だった。なんなら少し口角が上がっていたくらいだ。
「あ…………な、、んで。そんな自害だんて…………そんな、こと」
その言葉はエイダから。
無論、俺も同じ感情でいた。でも、なぜそのようなことをしたのかと言う行動原理は、何となくわかっていた。
「…………彼は、フォリアファミリーに対し、義理を通したのです。」
「ど、いう?」
「ここで自身が死ねば、俺は生かされる。そして、ロシノを殺したとして、俺はフォリアファミリーからも本格的に狙われる。」
「そんな」
「分かりませんか、エイダ。いえ、分かるでしょう。普段から俺を妄信的に思うあなた方なら。」
「……………………」
「沈黙は肯定と捉えますよ。」
エイダは恭しく首肯を垂れる。
俺も、ロシノの覚悟に目を伏せ敬意を示した。
「ロシノ、彼にとってのフォリアファミリーは、それ程に比重が重かったのです。そう、木っ端たる俺よりも。それだけの事。」
俺はその後、ロシノの左目を遠慮なく抉り取り、自身の伽藍洞となっている左目へとはめ込んだ。
治癒魔術を掛けると、直ぐに視力が戻る。我ながら、化物じみた治癒術だと嘲笑が漏れた。
「…………アルマ様、お加減は?」
「ええ。問題ありません…………が」
「が?やはり何か不調が?」
「…………いえ、目玉の色合いが、左右で違ってしまいますから。ただ、髪を切らなくてよかったな、と。思っただけの事です。」
だから俺は、左目があまり外部に晒されぬよう、前髪を垂らすように手櫛ですいた。
ただそれでも、左の視界に問題はない。まるで今までの死角を彼が、塞いでくれるような気がした。
俺の目に映り続ける雨は、永く永く降り続け、俺の顔を濡らし続けた。




