04 三章 豪華客船 エピソード10 捜索難航
バーニス号での不祥事が起こった翌日。
俺を眠りから呼び起こしたのは、ドアをノックする音だった。
「サン様。アルマ・サン様、いらっしゃいますか」
この声はたぶんバズだ。
薄暗闇の中、枕もとの時計を見るとまだ早朝だった。
視界の明度も相まって、何やら昨日の医務室を思い出す既視感があるが…………何か進展があったのだろうか。
「はい、起きています。が、少々お待ちを」
俺はベッドから上体を起こし、寝ぼけ眼をぬぐって伸びをしながら立ち上がった。
早朝ゆえに暗いと思ったのだが、どうやら今日は昨日と打って変わり、曇り空ゆえのようだった。重たそうな鈍色の暗雲が日光を遮り、まだ明朝と勘違いするような薄暗さだったのだ。
寝間着を脱ぎ、私服に着替えた後、寝癖を手櫛で軽く整える。
「よし」
ドアを開ける前に一応室内を探したが、やはりエイダは帰ってきてはいなかった。
と言う事は、ロシノさんも同様部屋には戻って居ない筈。
「…………ふむ」
少し面倒なことになっているのでしょうかね。しかしまぁ、あの二人に限ってたかだか殺人犯一人に返り討ちに合うとは考えづらい。今は後回しでもいいでしょう。
一通り考えをまとめた後、俺はドアを開き、バズを部屋に招き入れた。彼には適当に椅子に座ってもらい、俺はベッドに腰かけると用件を聞いたのだ。
「朝早くに訪ねてくるとは、何か進展が?」
「いえ。まだ何も。だからお伝えに参りました」
「どういうことなのです。」
俺が眉を顰めると、バズは苦笑しながら答えてくれた。
「今、乗船中の方々にはこうお伝えしております。動力トラブルがあり、船の速度を落しながら最寄りの港へと航路を変えている所です。そのため安全を考慮し、お客様方には出来るだけお部屋の中で余暇をお過ごしになってもらうか、人の多い施設のみを解放しておりますので、そちらで遊戯をお楽しみになられてもよろしいかと。でも…………」
俺が首をかしげると、周りに人はいないというのに、バズはわざわざ顔を近づけ、声を落としたのだ。
「実際はエンジントラブルなどございません。むしろ速度を上げ真っ先に港へと直行している所…………要は、マイク・ジャックを要注意人物として捜索中でして。」
ここまで言われれば、言いたい事の目星は付く。
「あぁ…………」と納得の嘆息を零し、俺は彼の代弁を行う。
「…………殺人の隠蔽と、俺への口止めですか。」
「はい…………」と、バズは申し訳なさそうに目を伏せた。
「船長からは、最寄りの港に着くまでパニックを防ぐため公表を控えろと。そしてその間、サン様にも口を閉じていてもらいたく…………何卒…………」
勿論だ。と言うか元々大事にする気はない。こちらとしても忍んで事を進めたいのだから。
「いえ、分かりました。口外する事はございませんのでご安心を」
「あぁ、ありがとうございます。助かります。」
「ただ、聞きたいことがあります。俺の連れ――――エイダとロシノと言う二人。どちらかで見かけておりませんか。」
「お名前は初耳ですが、特徴は?」
「ロシノは人間。左目に眼帯をした壮年男性です。もう一人のエイダはエルフなのですが、昨日から帰ってきていないようなのです。」
二人の事情を伝えると、バズは青ざめた。
「ま、まさか。お連れの方々も…………?」
「いえ、どうでしょうか。彼らは武の心得がありますので。」
「あ、ああ。そうなのですか…………」と、俺の言葉にホッと胸を撫でおろしたバズは、直後、不謹慎であったかと表情をハッと戒め、俺を見た。
「いえ、分かりました。こちらの方でも今、乗船している方々の名簿と照合しながらくだんの話をお伝えしておりますので。そのお二方が捜索の最優先事項として、上へお伝えいたします」
「ええ、よろしくお願いします。それと、マイク・ジャックがいそうなところは既に探したのですよね。そちらと、彼の趣味趣向もお教え願いたいのですが」
「それは、なぜ…………」
「勿論、出会いたくはないからですよ。」
「えと…………そうですね。彼は劇場を見るのが趣味なようで…………我々としては一応、貨物室、船員スペース、エンジンルーム…………最下層に位置する部分は既にほとんど探したのですが。」
「なるほど。船員の方々が勝手知ったる部分は捜索済みと。」
「はい、そうなります」
では、俺達の居る乗客スペースが一番怪しいのか。
「となると、室内で施錠をしている方が安全そうですね」
「そうなります。もちろん我々船員も普段以上に巡回量を増やしますので、お客様方を一人にさせる不始末は居たしません。ご安心ください」
「分かりました」
「では」と、会釈をしたバズはおずおずと背中を丸め、またも申し訳なさそうに部屋を後にした。
その後、俺はベッドに腰を下ろし、暫しマイク・ジャックの良そうなところを考えた後、部屋を出た。
手始めにロシノさんの部屋をノックしたものの、やはり応答はなかった。
「なら、仕方ありませんね」
元々居るだろうとは期待していない。
俺はその場を後にし、マイク・ジャックの足取りを追うために通路を進んだ。
※※※※※※※※※※※※
俺が足を運んだのはダース・ヴィヴィントの部屋がある階層。まだ早朝なせいか、それとも船員の指示に従っているのか、道中乗船客にすれ違う事は無かった。
代わりにバズの言う通り、船員が目を光らせている。少なくともダースの部屋に向かう道中四人とすれ違った。
ただ、俺としては願ったりかなったり。ダースの部屋番号を教えてもらい、滞りなく彼の部屋へと足を運べた。
しかし、部屋に着き、ドアノブを回すと、
「空いてる…………」
そう思った次の瞬間、『ガタッ!』と部屋の中で物音が木霊した。俺は体に魔力を流し、臨戦態勢を整えると勢いよくドアを開き中へと踏み入った。
すると、「ヒッ!」と言う息を飲む悲鳴を零したのは、尻餅をついている見知らぬ船員の一人だった。
「こちらで何を?」
「あ、あのダース・ヴィヴィント様…………でしょうか」
いや違う。その事を伝えると、船員は俺を凝視しながらとある箇所を指さした。その様子はまるで、何かから視線を逃したいかのようで、嫌な予感がした。
ゆっくりと船員へ近づき、彼を落ち着かせながら指さす方へ視線を向けると、首があらぬ方向へと曲がったダースの死体があったのだ。
「…………これは」
「お、俺じゃありません!本当です。注意事項をお伝えに来たらドアが開いていまして、す、既に。」
「はい、落ち着いてください。そうでしょうとも」
その動揺ぶりから事実であると分かる。おそらくはマイク・ジャックの仕業だろう。
俺の読みが当たっていれば、マイク・ジャックこそが、『ノーフェイス』。ただ、そうなると不可解な点が二つある。
まず一つ目。死体の状態から、死因は首を折られたことによる即死。でも、顔は剝がされていないのだ。それに、ノーフェイスが狙うのは、容姿の良い者と聞いているが、ダース・ヴィヴィントはお世辞にも顔がいいとは言えない。
次に二つ目。死体をその場に置いたまま。隠ぺい工作もされていない。まるで、手掛かりをわざと残した様な感じ。
もっとも、俺の疑問に対する回答は、マイク・ジャックには鬼畜クソ女の『甘言』が効いており、意識錯乱状態であった可能性も大いにある。実際、昨日の船員の死体は皆、顔は剝がされていなかったし、死体の処理もその場に置き去り…………要はおざなりだったのだ。
「…………分かりませんね」
そもそも、ダースを追っていた、ロシノさんとエイダはどうなったのだろうか。
まさか本当に返り討ちに在ったのか。いや、だがそうならば、彼らの死体もダースと同じようにこの場に置かれているはずだが、
「船員さん、この部屋に死体はこれだけなのですか?」
「え、あ。分かりません。」
まあそうか。腰が抜けて立てないようですしね。
仕方なくも、俺はバスルームや、クローゼットの中を物色し、この部屋から手掛かりを探した。
が、
「ふぅ…………何も無いですね。」
お手上げだ。
首を横に振った時、船員がようやく立ち上がる所が俺の視界の端に映る。
「お、お客様、申し訳ございませんが、その。このことは…………」
皆まで言わずともわかる。内密にと言う事だろう。
俺は、船員に対し神妙に頷き、他言無用であると告げた。
ただ、代わりに約束を取り付ける。それは、ロシノさんとエイダの二人を即座に探し出すことだ。彼らはきっと何かを知っている。そうでなければ、姿が見えない筈がないのだ。
その事を伝えると、船員は何度も頷き、逃げるようにこの場を後にした。
「…………さて、この後はどうしますかね…………」
手掛かりは何もない。しかもバーニス号は巨大だ。目星も付かなければ、探しようなどない。
行動を読めるとするならば、今にも切れそうな細い糸――――マイク・ジャックが、容姿の良い者を狙うという事実のみ。
でもそのルールも今回であてにはならなくなっている。
推理小説であれば、こんな時、青天の霹靂が如き閃きや、犯人を探し出せる手掛かりが目に付くものだが、現実はそう甘くはない。
要は打つ手がない。
でもそれは、俺には…………と言う話だ。
「はぁ…………最悪ですが、そうしますか。」
俺はダメもとで、赤毛の女の所へと足を運ぶことにした。




