04 三章 豪華客船 エピソード09 捜索
「え、いないのですか?」
「はい、どうやらマイクは今、業務が終わり休憩中のようでして…………」
バズに連れられロビーへと戻った俺だったが、思わぬくたびれもうけに顔をゆがめた。
「マイクさんは、いつも何処で休まれておいでか?」
「え、と…………おそらくは最下層。彼の私室ではないかと。しかし、我々は個室でなく、共同スペースですし、お客様の立ち入りは禁止されておりまして…………」
まぁ、そうなのだろうが…………俺は悪夢を見たのだ。あの鬼畜クソ女が目覚めてしまっているのは十中八九そうだろう。
ならば、あの鬼畜クソ女が余計な茶々を入れる前に、出来るだけ早く事を済ませたい。
そう思った俺は、無理を承知で頼み込み、ふんだんにチップも渡したのだ。
でも、
「う、受け取れません。このような大金。ただ人を紹介するだけなのに、対価として見合っていません。」
あぁ、バズよ、あなたはなんと高潔なのだろう。本当にうちに欲しい。
けれど今は、あなたの主義を押し通してでも、俺は動かなければならないのです。
「お願いします。バズさん」
「…………うーん」
その問答は数分続いたが、結局俺の熱意に圧し負け、バズは渋々と言った表情で俺を最下層へと案内してくれた。
「こちらです」と降りて行く階段は、関係者以外立ち入り禁止との看板が立っていた。
階段も客が使うようなカーペットが敷かれた丁寧な物ではなく、鉄板が剝き出しで少しの水滴でも足が滑るような粗雑な造り。唯一のすべり止めも、これまた剥き出しの鉄板を繋ぎとめているボルトであった。
手すりはあるものの、サビと緑の藻が所々に寄生しており、触るのを躊躇われたため、俺は壁に手を添え、慎重に降りて行った。
途中、何度か船員とすれ違い、「お客様、こちらは…………」と厄介客を見る様に苦笑されるものの、その度にバズの擁護で事なきを得る。
そしてなんとか、マイクの住まう船室の前へ来たのだ。
「ここがそうです。」
と、バズが部屋のドアノブを捻ると呆気なくも開く。
その事実に対し、バズは首をひねっていた。
「どうされましたか?」
「いえ…………いつもは鍵が開いてないので、ドアを叩くまでがセットなのですが…………お客様は運がいいですね。」
嫌な予感がした。
「早く入りましょう」
俺はバズからドアノブを横取りするように、いの一番に船室へと足を踏み入れた。
すると臭い。思わず「う」と顔をハンケチで覆う程の悪臭が漂っていた。
まぁ、男連中の密室なのだ。臭うのも仕方ないと最初は思ったのだが、続いて入ってきたバズですら、「な、なんだこの異臭」と顔をしかめるのだ。
「生臭い…………あ、そうか。また窓から、魚釣りでもしてたな…………」
と、バズは丸い窓へと視線を向けていた。確かに、ここは最下層であるためか、窓から数メートル下は海。今日のような穏やかな海上であれば釣りにもうってつけだとは思う。
しかし、俺はこの匂いを知っている。魚の青臭さなどではない。
これは、死臭だ。
「う、ぷ。失礼」
俺はえづいた感じで、バスルームへと駆け込んだ。なぜならそこから異臭が漂ってきていると分かったからだ。
入室した直後に鍵を閉め、ゆっくり観察するようにバスルームへ振り返った。
バスルーム内のシャワーは水が出っぱなしなのにも関わらず、視界が徐々に徐々に、赤一色へと変わって行く。
それだけ、血液が流れ出続けて居たのだ。
「はっ。醜悪だな…………」
そして、奴もそこにいた。
「キヒヒ…………」
と、嫌らしく笑みを浮かべ、おそらくはこの船室で寝泊まりしているであろう船員達の屍の上で、足を組んで座っている。
アイスブルーの髪の端を赤く染め、船員の制服姿で俺に語り掛けてきた。
「…………ちゃお☆ド外道君。」
腹立たしくも投げキッスまで寄越された俺は、吐き捨てるように聞いた。
「これらの死体は、お前じゃないな。」
「うわお。正解!なぁんで分かるの?」
「お前は直接的な事をしない。いつも、遠回りに高みの見物をしているだろ。」
「まぁたしても正解ぃ~~ドンドンパウパフ~~☆いやん、私達ぃ以心伝心だねぇ」
「反吐が出る。やったのは、いや、お前がやらせたのはマイク・ジャックか」
「ん??だぁれ???」
「背の高い男だ」
「んあぁ!そうそう。確かに。たし蟹!せぇ高かったかも~~」
この女、本当に神経を逆なでするのが上手い。指でチョキを作っておちょくりやがった。
「…………彼はどこに?」
「しらにゃぁ~~~い!教える必要なくなァい?」
なるほど、そっちがその気なら…………俺にも今回は考えがある。
「お前、本当に神様なんだってな。なら、人間様の質問に答えてもいいんじゃないか。」
「うふ。なぁんだようやく信じてくれたのぉ?」
「ああ、造物主に見捨てられた。哀れな神。だろ?」
「……………………なんか、物知り顔じゃぁない?」
やはり。エンバーの時もそうだったが、顔色が変わったな。
コイツの情報など嘘八百。聞くだけ無駄。ゆえにこれまではまともに話した事も無かったから知らなかったが、こいつ、その事に触れられると調子が崩れるようだ。
となると…………こいつが次に食い付きそうな言葉は、
「知ってるさ。十年前の『席替え』で、追いやられた彼方様…………だったか?揃いも揃って哀れだなぁ、追いやられたってことは、お払い箱って事だろ」
その途端、「あのさ」と、今まで見たことも無い感情を孕んだ鬼畜クソ女が、脚組を解き、眉間に皺を寄せると、荒々しくも俺の前へと立った。
「言っておくけどぉ、この寵愛受けし私が見捨てられる訳が無いし、彼方様も席を外しておられるだけぇ。人間風情が口を慎めよ、不敬だぞぉッ!!」
「はて、おかしいな…………俺はそう聞いたんだがな」
「聞いた…………いや、そうよ。聞いたと言ったわ。そもそも誰に。そんな事お前が知る筈がっ」
「はてさて、それはどうかな」
いやぁ、気分がいい。この鬼畜クソ女がこれ程眉間に皺をよせ、俺を忌々しく睨みつけるなんて…………最高だ。
シャワーから流れ落ちる水滴音が、まるで拍手のように俺を称えている気すらするぞ。
「……………………聞いたんだね。聞いたんだお前は、その事を聞いた…………まて、もしそうならっ」
ハッとしたように鬼畜クソ女の表情が、憤怒に彩られた。
怒髪天とばかりに、髪が逆立ち歯ぎしりが漏れる。
「…………いるのかっここに、奴がッ」
「はて、何が?」
「決まっているでしょう、あの赤――――」
赤毛の女とでも言おうとしたのだろうが、その時、背後でバスルームを叩く音がそれを遮った。
「――――お客様!大丈夫ですか!!お加減がやはりすぐれないのですか!?」
あぁ、俺の戻りが遅いため、バズが心配したのだろう。
なら、
「心配ありませんよ。もう済みますので」
そして俺は、中級魔術の火を室内に満たす。
赤とはまた違う紅蓮の色合いが、鬼畜クソ女と言うばい菌を煮沸せんと熱気を増した。
「待て、アルマ。話はまだだっ、私はまだ、奴の居場所をぉっ――――」
ほう。俺の名前を呼ぶなんて、本当に堪えたのだろうな。
でも、お前の相手をしている場合ではない。
「――――死ね」
悲鳴すら与えることなく、俺は奴を焼き焦がし、炭化したところに蹴りを放って粉々に粉砕したのだ。その残骸はシャワーの水滴に解され、排水溝へと落ちていく。
その後俺は、バズの下へと息も絶え絶えの演技をしながら戻り、バスルーム内の惨状を伝えた。
しかし、バズは最初その事実を信じず、見ない方がいいと言った俺の言葉を振り切り中を見て、その場で吐いた。
「な、なにが。一体何が起こって…………」
「わかりません。」
「ですが」好都合だ。鬼畜クソ女を殺せたことで、今この場はただの殺害現場。
適当な言葉を並べれば、俺の求める方向への誘導は易い。
「あの死体の中にマイクの姿は在りますか?」
「ぅ、い、いえ。見る限り。無いかと」
「では大至急、彼を捜索してください。もしかしたら、彼は何か知っているかもしれませんので」
すると、バズは納得の首肯を示し、俺をこの場から避難させるように連れ出すと、人の老い所の方が安全であると判断したのか、ロビーへ送り届けてくれた。
死者の静けさから一転、生者の和やかな雰囲気が漂うロビーへ来たことで、些か落ち着いたのか、バズは息を整えると、
「上の者へ報告してきます。何か分かりましたら、出来る範囲でお伝えいたします」
と、俺の部屋番号を聞いた後、早足にロビーを後にしたのだ。
さて、こうなると…………、
「…………俺も今日は部屋に戻りましょうか。」
エイダとロシノさんにも今回の件を報告しなければならない。そう思い、俺も自室へと戻った。
しかし、
「はて、まだ帰っていないのでですか」
日中部屋を出たまま。特に変わったところはない。一度も帰ってきてはいないようだった。そして、それはロシノさんの部屋も同じ事。彼の部屋のドアをノックしても、応答はなかったのだ。
「…………まぁ、いいでしょう。」
バトーはフォリアファミリーの様子がおかしいとは言っていたが、それは代変わりによる一時のものだ。たとえそうだとしても、ロシノさんは特に古株。彼に限って一般人に手を上げる事は無いのだから、別段焦る必要もない。
それに、バズから話が来るのにも時間がかかる筈。
なら俺にできる事はもうない。自室に戻り眠りについた。




