04 三章 豪華客船 エピソード08 アルマが寝ている間2
ダンスホールは円状の施設内の周囲が全面ガラス張りとなっており、マイクの言う通り、日中は水平線を眺めつつ情熱的な音楽が奏でられていた。
その熱気は凄まじく、私が足を踏み入れてもほとんどの人がこちらを見向きもせず、ダンス相手か、音楽へと意識を傾けていた程だ。
また、茜色の夕方から常闇の夜へと変容するにつれ、音楽もグラデーションのように、徐々に徐々に落ち着いた音色へと変わって行った。
でも、ロシノ様は階段の移動による膝への疲労が爆発したのか、ダンスなど諦め酒に逃げた。そのせいで早々に酔いつぶれ、
「あぁ…………耳がいてぇ」
頭痛が耳へ来たのか、途中で医務室へと一人向かい、帰って来てからも項垂れるように音源から最も遠い所に座っている。
一方、私はダンス相手をとっかえひっかえ、いつの間にやらダースとの待ち合わせ時間が近づいていた。
「おい、そろそろ」
ロシノ様に肩を掴まれ、私は遊びを辞める。
今回の相手を務めてくれていた紳士な老人へと会釈をし、ロシノ様と足並みを揃えてダースの待つ中階層へと歩み入った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ…………膝が、ガクガクだ…………」
「もう、またですか…………」
階段を降りる際、しばしば休憩を行ったためか、バースの部屋へたどりついた頃には、外はもう真っ暗で、甲板の方から貫通して響いていた喧騒も鳴りを潜め、通路はしん…………と静まり返っていた。
おそらく、約束の時間はもうとっくの昔に過ぎてしまっている事だろう。
脂汗をかくロシノ様を少し冷ややかにも笑うと、ドアをノックするに至る。
すると、室内からガタ!という動揺が聞こえる。船室の扉はそれなりに重たく防音性に優れているため、相当焦ったゆえの事だろうと思う。
そして続けざまに、「ど、どうぞ」と言うくぐもった返事がしたのだ。
「失礼しますわ」
ドアノブを回すと鍵は掛かっていなかった。
これ幸い。私は軽やかにドアを開けると、室内から「ぅ、そ、そちらの方は…………」と言う疑問を投げかけられる前に、ロシノ様を室内へと招き入れ、ドアを即座に閉める。
そして、期待を裏切られた絶望と、下心を見透かされていたと知り、羞恥をにじませたバースの表情を見据え聞いた。
「単刀直入に聞きますけど。あなた…………ノーフェイス?」
「…………は、え?なに?え?」
意味が分からない。なんのことだ。そんな風にバースは首を横に振った。
でも、私達としては彼の腹の内までは分からない。
だから、少し強引に詰め寄った。
彼を瞬く間に拘束し近場の椅子に座らせると、拷問まがいに魔術の火を彼の瞳に近づける。
「ヒィ!な、たすけてくれぇ…………なんなんだ!君たちは、なにを!?金かっ?」
かすれた悲鳴が漏れるけど、バースは一向に意図を理解しなかった。
無様にも震える唇で命乞いを語り、魔術の火から顔を背けようと躍起になっている。
「もう一度訊ねますが、あなた、ノーフェイス?」
「の、のー!?ふぇ…………ぼ、ぼくが?ち、違う!!僕じゃない!」
「フォリアファミリーの構成員を襲ったのではなくって?」
「は、は??いや、っ!何を言ってるんだ!」
その時、「とぼけんなよ」と、私を背後においやり、ロシノ様はバースの胸ぐらを掴んで壁へと押し付けた。
「ケホッ」と肺から空気が吐き出され、バースの怯えた表情は、ロシノ様から逃れるように、私へと向けられる。
直後、バースと私の視界を遮るように、「おい、聞いてんのは俺だぁ。」と、ロシノ様が割って入る。
「俺の目を見ろ…………見ろっ」
「だ、だから!僕じゃない!それに、フォリアファミリーなんて知らないぞ」
その時、ひと際大きな怒号が木霊し、バースは委縮するように口をへの字に曲げる。
でも、この状況に際しても、バースは一向に首を縦に振らない。殺人犯であるなら、一度くらい反撃の隙を見繕おうとするはずなのに、ずっと気圧されたまま。
「フォリアファミリーを知らないとは、どういう意味ですの」
「だ、だから!フォリアファミリーなんて襲ってないんだ」
「おぉ、おう。尻尾出したなァ。そりゃあ、お前がノーフェイスだって言ってるようなもんじゃねーか」
「ちちがう!ごかいだ。僕は、検死官を任されてるだけ!被害者の情報はばっちり頭に入ってるが、フォリアファミリーが襲われたなんて聞いた事無い!」
「はい?どう言う意味ですの」
「だから、被害者はみんな容姿の良い人ばかりで!俳優やら看板娘やらはいても、その中にフォリアファミリーの構成員は一人たりとも――――」
言い終える刹那、ゴキン!と、バースの首が百八十度回り、彼は呆気なくも絶命する。
驚きで一瞬私は硬直した。だってまだ、バースの素性が知れた訳ではないのに、
「――――っな、なぜ殺したのですか、ロシノ様!まだ話を聞いている最中で」
「いや、もう十分だろ」
ゆらりと、こちらを向いた顔は、既視感のある無表情だった。それは、アルマ様が仕事の際、良くする表情に酷似している。
直感した。
「…………だましたのですかっ。今回の件、一体どのような思惑が!?」
けれど、問い詰める前に私の背後から気配がし、一瞬で口をふさがれ、腕を背中で拘束された。
「…………っ、ん!んん!!?」
「大人しくしろ」
ちらりと見えたその人は、見覚えのある男性だった。
いつの間にと思ったが。おそらくロシノ様が大声を出した時、それを隠れ蓑とし侵入していたのだろう。
つまりすべて計画の内。
しかも虚を突かれた上、思考を凝らしたせいで反応が遅れてしまった。私は魔術を行使する暇もなく、腹を殴られ、意識がさらに混濁する事になる。
「動かない方がいいぜ。あんた押さえつけてるそいつこそが、巷で噂のノーフェイス。今すぐにでもあんたを痛めつけたくてウズウズしてんだ。」
せめてもの抵抗にキッと睨んだけど、すぐさま、顔に殴打をくらってしまう。
口から血が出るなんて久しぶりのことだわ。それこそ、三人目の旦那の時以来よ…………。
「どういう意味だ。何を企んでいるの。って顔だな。教えてやる。俺は嘘をついてた。マル坊が狙われてんのは事実だが、その潔白を証明する余地はねぇんだ。」
「つまり…………」と、ロシノ様は哀しそうに右の瞳を細め、念を押すようにまた私を殴りつけた。
視界が霞む。でもおかげで、聴覚は鋭敏になり、彼のは話が耳に残る。
「…………俺が受けたボスからの命令は、マル坊をこの増援叶わぬ船上に誘い出し、殺す事。理由は言わずもがな、目立ちすぎだ。」
そんな事だろうとは思ったけれど、
「じゃあ、なんで私を狙うのかってんだろ?別に、取っ手食いやしねぇよ。そこまで下衆じゃねぇ。」
「理由は一つ」と、指を立てる。
「あんたには証人になってもらうためだ。マル坊を逃がすためのな」
どういう意味?
「あれでも、俺が手塩にかけて育てた玩具だ。殺すとなるともったいねぇ。だから、あんたにはマル坊を逃がした後、この船でどういった事柄が合ったのか、リンドウ含めた近郊に風潮してもらう。」
じゃあ、アルマ様のためってことなの…………?
「エイダさんよ…………あんた、マル坊のために死ねるんだろ。なら、ちっとばっか顔の皮剥がれたって…………我慢できるだろう?」
そして、ヌゥっ…………と。私の目の前に紅く濡れたマリンナイフが映った。
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――――目を開けた時。俺は日が沈む黄昏時ではなく、明朝の曙か、暁頃かと思った。だって、それくらい体は深い眠りに落ちたと体感があったし、既に医務室内も暗かったからだ。
おぼろげに憶えている夢と同じ暗さ。日が落ちた後なのか、それとも、昇る間際なのか。見分けがつかない暗さだ。
つらつらと現実逃避のように、視界の明度に意識を割いたが、まったくもって意味は無かった。
まぁ、とどのつまり、何が言いたいのかと言えば…………、
「…………最悪です………」
奴が蘇ったと直感した。ならばもう、この船内にいるのでしょう…………。
「あぁ、目が覚めましたか。」
声の方を見ると、バズが苦笑しながら椅子から立ち上がり、俺の方へと近づいてきた。その動きはぎこちなく、脚が少ししびれている節が見受けられた。どうやらずっと俺の事を見守っていたようだ。
「無駄な時間をとらせましたか。申し訳ない」
「いえ、とんでもございません。ちなみに言うと、約四時間程お眠りになっておりました」
そうか。どうりで医務室の中が、白から暗い紫色へ変わっていると思った。夕焼けは既に水平線へと沈み、夜の帳が落ちてきているのだ。
「相当うなされておいででしたが、どこか痛みますか?それとも…………」
薄暗闇の中、バズの瞳が僅かな光を反射し光っていた。少しゾッとする状況ではあるが、きっと勘違いだ。
だって、バズが犯人であるならば、この機会を逃すとは思えないし、おそらく白でいいのだろう。
「いえ、悪夢を見たようです。お気になさらず…………」
…………いや待て。眠って頭がすっきりしたからだろうか。今が話を聞く絶好の好機であるとようやく理解した。
俺は、寝る前にバズとやりとりした内容から、無難な話題を組みなおし前座とする。
「実は、俺はボッシュから乗船したのですがね。最近、殺人犯に友人が襲われまして、眠れぬ夜を過ごしていました。それでセラピーも兼ねていたのです。薬を躊躇ったのもそのためで、申し訳ない。今なら分かる、あなたは良い人のようだ。」
「なんてことだ…………あのノーフェイスにっ。そんな事情が…………いえ、それであるならば、わたくしへの態度など、気に病む必要はございません。御友人様はお悔やみ申し上げますが…………お客様の身がご無事であるならば、不幸中の幸いでございますね」
「…………ノーフェイス、知っているのですか?」
「ええ。実はわたくしもボッシュ近郊に住んでおりまして、何度か現場を見に行ったことがございます。」
では、調べの裏付けは取れたな。あとはそこへと違和感なく踏み込むための下準備だ。
「勇気がおありですね。私はもう、ノーフェイスに出会いたくありません、ゆえに、二、三訊ねたい事があるのですが」
「はい、なんなりと」
「ノーフェイスの出歩きそうな場所等は分かりますか?出来るだけ避けたいのです。噂でも構いませんが」
「んん…………どうでしょうか。わたくしも詳しくはありませんので…………出回っている情報程度しか」
よし良い感じに話が進みました。おそらくは被害者たちの共通点――――容貌の美しさについてだろう。ロシノさんから聞いている限りだと、被害者は俳優や劇団員、他にも看板娘や噂に名高い美少年らしい。
しかし、俺の予想は裏切られる。
「確か、犯行は見通しの悪い雨天か曇天が多いとか、それに使われているのはマリンナイフらしいので、錆に強く、証拠も残りづらい。やはり、天候の悪い日の外出を控える事が得策かと存じますが…………」
「マリンナイフ…………?」
確かに凶器はナイフとは聞いていたが、なぜ断定した物言いをするのだ。俺の訝し気な表情を読み取ったのか、バズは「あ、ご、誤解なさらぬように」と慌てた様子で苦笑し、説明してくれた。
「わたくしの友人が、この事件にご執心でして。考察を聞かせていただいたのです。なんでも、『あの顔の傷を見れば、使った凶器なんて一目瞭然。錆びが遺体に付着した痕跡も無いのに、包丁やただのナイフを凶器と考えるなど、衛兵は何をやっているのか』と、憤っておりました。ちなみに言うと、わたくしが現場へ見に行けたのも、彼から場所を教えてもらったからなのです」
「…………そのご友人は聡明であらせられる。是非、遭遇せぬよう、予防策をお聞きしたいのですが」
「でしたら、ご案内いたします。実はもう、お客様も出会っているはずですよ。」
「え、それは、どなたか?」
「彼は、乗船時にフロントでチケットを拝見する係に着いております。マイク・ジャックと言う者です」




