04 三章 豪華客船 エピソード03 貸し
トグサの街を出発し、馬車で二日目にはボッシュに着いた。
出航までの残り二日間のうち、一日目はロシノさんに呼ばれ、フォリアファミリー本家へと顔を出すことになった。
本家はダリオファミリーを過去にするほどに大きな平屋敷。見ようによってはお城と言われても納得する、古典的な木造建築である。
常に巡回員が険しい表情で敷地内を歩き回り、見慣れぬ俺の顔をジロリと睨むたび、隣にいるロシノさんの連れであると気付いては委縮する。
家屋内は土足厳禁であるため、俺はスリッパで歩いていた。
その時は、俺が抜けてからほとんど十年と言う歳月が流れていたためか、増築されていた事を知らず、見知らぬ通路や真新しい木の色をした部屋が多数見受けられたのだ。
以前嗅いだ古臭い木の匂いや、鼻孔をくすぐる埃の粉っぽさもなりを潜め、風情の欠片も無いアロマの匂いがふわりと漂っていた。
ロシノさん曰く、「ボスの趣向」なのだそう。
フォリアファミリー本家には、知っている顔がほとんどいなかった。
ただ、誰一人いない訳でもない。俺も覚えがある、とある男性が廊下の奥から歩いて来たのだ。彼はそれなりに位が上がっているようで、軋む木製の廊下を舎弟を引きつれていた。
俺の顔を見た途端、「うをっ!?」と驚愕を浮かべ、昔と変わらぬ明るい表情で、肩を叩いてきたのだ。
「久しいな、アルマ。お前今何やってんだ?」
「しがない奴隷商ですよ。」
「なんだ、まだ続いてたんかお前」
反応が悪いのは職業柄仕方ない。奴隷商など裏社会でも基本的には下の下なのだ。
俺は愛想笑いを浮かべ、彼の背後へ控える舎弟を見た。
「シン、あなたは偉くなったのですね。」
と言った途端、舎弟に睨まれた。その反感を見る限り、どうやら慕われているようだ。
「あなたにしては、躾も行き届いているようで」
俺の言葉で舎弟の不始末を知ったのか、「ああ、すまん。」とシンは背後へ流し目を寄越し、「お前ら、誰に眼つけてんのか、分かってやってのか」と叱る。
対して、舎弟は訳が分からないといった風に内輪で顔を見やり、不服ながらも「すんません」と謝意を示した。
俺としては前職の者に気を使わせてしまった事実に対し、正直心苦しい気分だったのだが、シンは俺の気持ちなど意にも返さず、と言うか汲み取る事もせず満足したようだ。
だからまた、シンは人懐っこい表情へ戻り、俺へと口を開く。
「気ぃ悪くしたか?」
「いえ、お気になさらず。」
「ハッ、なんだその他人行儀な口調、気持ちわりぃな。兄弟分だろ」
その言葉で舎弟がギョッとしたのが分かった。
当然ですね。兄弟分――――要は舎弟の方々からすれば、上司相当の者に因縁をつけたに等しい愚行なのだから。
でもそれは、本来ならば。という意味だ。
「昔の話です。俺はもう、フォリアファミリーの人間ではありませんから」
「あーそうな。お前はそうよな。出てって十年一度も顔出さなかったもんなあ?薄情もんめ…………そのくせ、カイニスと仕事立ち上げてんだから性質わりぃわ」
「それは…………」言われてしまうと、些かのささくれを感じてしまう。
どう言い訳しようか。と苦笑した時、
「おぉい、同窓会じゃねんだ。行くぞマル坊」
がなるように息を吐いたロシノさんは、俺を置いて行くように先に行ってしまったのだ。
ただ今回はこれ幸い。丁度いい切り上げポイントだと思い、俺はその場を後にするため一歩踏み出す。
「申し訳ないですが、そろそろ俺も」
シンの横を通り抜けようとした時、打って変わり「アルマ、お前帰った方がいいぞ」と、腕を掴まれ耳打ちされた。
「え、何です急に」
シンは一度だけ視線を彷徨わせ、迷いを見せた。
けれど、意を決したかのように、強く囁いたのだ。
「今、うちは代変わりが合ってから色々面倒なことになってる。ロシノさんも、最近様子がおかしい。」
「そのようには見えませんが…………?」
「馬鹿かお前、前のあの人なら、俺達の再開を祝ってくれたはずだろうが。あんな吐き捨てる様な言い方、らしくない。」
そう言われると、確かにそうかもしれないが…………、
「…………じゃあ、ここで今、何が起こっているのですか?」
しかし、俺の疑問に対しては「気を付けろ」との一言を貰ったのみで、シンは足早に過ぎ去って行ってしまった。
釈然とはいしないものの、その後は、ロシノさんを追いかけた先の和室で依頼の詳細を伝え聞き、翌日にまた、エイダを含めた三人での最終すり合わせが決まったのだ。
そして翌日。
エイダを連れ添って、フォリアファミリー御用達の懐石料理屋にて、食事と言う名の依頼の詳細のすり合わせと相なっていた。
「じゃ、おさらいすんぞ」
そう言ったロシノさんは、土足厳禁な風情溢れる室内の中、料理が出揃ったテーブルを挟み対面に正座していた。
一方、俺とエイダも正座の姿勢で隣同士に揃って座り、ロシノさんが吐き出す煙草の煙を受けながら、彼の話を聞く姿勢でいた。
「ただその前に」ロシノさんは迷ったように、「エイダちゃん…………それともさんか?」と、なぜか俺に聞いてきた。
まぁ気持ちは分かる。
エルフは魔力量が多いためか、老化遅延もお手のもの。外見年齢に騙される者も多いからだ。
もっとも、エイダ自身そう言った場面に出くわすこともいいのか、「お好きなようにおよび下さい。」と、微笑んでいた。
すると結局、「じゃあ、エイダさん。」と、ロシノさんは無難を選んだ。
「マル坊から、触りは聞いてんな?」
「はい。もちろんです」
「いや、ならいい。逐一話区切られんのもテンポがわりぃからな。」
「ご心配には及びません。アルマ様の恩人とのお話を伺っておりますので、憚れる行為は控える所存にございます。」
「そうか、ご丁寧にどうも。だがな、そんな畏まらんでもいい。」
「え、ですが…………」
「俺は無駄を省きてぇだけで、肩肘張れって言ってるわけじゃねぇ、楽にしろ脱力だ。その方が頭に入る、その方が仕事はうまくいく。回り回って無駄が消える。そういうもんさ」
ロシノさんは煙草を灰皿へ押しつぶし、姿勢正しい正座を崩すと、胡坐をかいて猫背になった。きっと話が長くなるという暗な公言だ。
俺もそれに倣い、楽な姿勢へと移行したのを機に話が始まる。
今回の標的は、バーニス号へ乗船する女一名、男二名の計三名である。
昨日ロシノさんから似顔絵を見せてもらっており、今回も同様の似顔絵がテーブルの上へ三枚置いてある。
一人目はウィズ・キャネル。職業占い師。壮麗な赤毛で、綺麗な造形をした年齢不詳の女だった。
二人目はバズ・ボーン。職業船員。黒髪で、中肉中背の中年男性。特徴が無い普通の男。
三人目は。ダース・ヴヴィブント。職業医者。こちらも黒髪だが、座り仕事が多いためか長身痩躯の中年男性。こちらの似顔絵をロシノさんは、人差し指で机に磔にするように強く指した。
「俺達は中でも、ダース・ヴヴィブント――――こいつを強く疑っている」
その理由が、医者であるためだ。
顔を剥ぐノーフェイス。言うは易いが行うは難い。医学の知識が無ければ、犯行のたび迅速に顔を剥ぐなど出来はしない。しかも、彼はノーフェイスの被害者の検死を担当しているらしい。ならば死亡時刻の偽装、つじつま合わせも行える…………と、フォリアファミリーは踏んだらしい。
一方、バズ・ボーンが疑われている理由は、犯行現場へとよく顔を出しに行っていたから。要は野次馬である。
ただ、自身の犯行を確認するためと言う可能性もあるため、目星がつけられた。無罪であるのなら自業自得でしょうね。
ただ、最後のウィズ・キャネル。彼女が疑われている理由はほとんどこじ付けであった。
なんでも、ウィズが占いを始めたのは三か月前らしいのだが、よく当たると評判が良いらしい。しかも、彼女が行動し始めた時期から、ノーフェイスの犯行も始まったとの事。要は活動期間が被っているという余りにも確証に乏しい理由である。
が、しかしだ。
「この女だけは、どんなに洗っても素性が分からねぇんだな、これが。」
「親兄弟、友人知人もですか?」
「ああ、だめだな。そこの常連にも話を聞いたが、知らなかったわ。嘘ついてるようにも見えねぇし、お手上げだ。」
フォリアファミリーは一般人に手荒なことはしないため、深く踏み込めなかったのだろう。
「だから俺達はこう結論付けた。」と、ロシノさんは酒を口に含み、潤った唇を動かした。
「奴は、ギルド調停官の可能性がある。それも親族も掴めないんじゃァ、おそらくは、ヴァニラ列島の人間でもねぇ…………ってな」
「となると、ジーランド大陸のギルド調停官ということになりますね」
俺の辟易を感じ取ったのか、ロシノさんだけでなく、隣のエイダも「厄介ですわね」と会話に混じった。
「もし、ジーランド大陸の者ならば、地力は保証されたようなもの。以前アルマ様が相対したパッシオーロ・ダリオも、並大抵の漆黒相当では、叶う相手ではありませんもの」
「そ。だぁからマル坊に荒事頼むってぇのもある。楽できんなら越したことはねぇからな」
「俺は、兵器ではありませんよ、ロシノさん」
「ほとんど兵器みてぇなもんだろ。俺がお前を持ってた頃ぁ、大事な玩具だったこと、忘れたんかお前」
「ええ、憶えていません」
「可愛げねぇなぁ…………ま、いいさ。あの頃から噛みつく事だけはいっちょ前だったしな。」
「下へ奢りもしない相手を、なぜ慕う必要が在るのです」
「貸し借りを持てば、足元をすくわれる。何度も言いつけたろうが」
「素寒貧なだけでしょう、あなたは」
「宵越しの銭はもたねぇのよ」
「ええ、知っています。そうはなるまいと反面教師にしたのですから」
「お、つーことはだ。お前は今金あんだろう?あんなデカい屋敷住んでんだからな」
「当然。あなた如きと同格とは思われたくありませんね。」
「ほっほー言うじゃねえか。じゃ、そーゆーことで。」
と、勝手に話を打ち切られ、身勝手な所へ着地した気配。たまらず、「…………え、は??」と驚きが喉を鳴らした。
「な、何を言っているのです、あなたは?」
「なぁにを豆鉄砲食らったような顔してんだ。お前の奢りってことだ」
「ふ、ふざけないで頂きたい。なぜ俺が」
と、俺が憤った瞬間、ロシノさんは見せつけるように立ち上がり、自身の衣服のポケットを全て裏返した。
何もない。財布どころか、金目の物一つも持ち歩いていないではないか。
「…………っ、あなた、最低ですよ。どういう神経をお持ちか!?」
「でもよぉお前、ここは一応一般人の店だぜぇ?金払わねぇなんざ仁義にもとるよなぁ。ん?どうだ?」
あまりな事に俺が歯ぎしりをした時、隣のエイダが場を宥めるように、「こ、ここはわたくしが」と割って入る。
いけない。それはダメだ。この件に彼女は無関係だ。
俺はエイダが財布を持ち出し掛けたところを手で制し、
「構いません、俺がおごります。」
と身銭を切る覚悟を持つ。
「ただ」ロシノさんの事は睨みつけた。
「これは貸しですよ、ロシノさん」
「おー上等だよ馬鹿野郎。いつか返してやる。ま、出世払いでな」




