04 三章 豪華客船 エピソード01 依頼
サディーの街でのお姫様誘拐から三週間が経った。サディーでの事業拡大についてはバトーへ一任し、俺は自身の屋敷で、仕事をさぼり――――もとい、エクシアと戯れている所であった。
ただ、本命たる俺の異名探しは難航しているらしく、まったく手掛かりが無いらしい。
「いやはや、けしからんことですね」
嘆息と共に、俺は右手と左手のどちらにお菓子が入っているか。エクシアに当てさせる遊びを再開した。
しかし、エクシアは遊びの意図を理解していない。俺の両手を不思議そうに見つめた後、楽しそうに笑うのみだ。
これは一応、エクシアの記憶障害のリハビリを兼ねたものなのだが、結局、あまり効果は見込めないようですね。
諦観混じりにお菓子をエクシアへ渡した時、「アルマ様、お時間です」と、肩を叩かれた。
エクシアから視線を切り、立ち上がって振り返ると、ミシェルが苦笑しながら迎えに来ている。
「おや、もうですか。」
「どころか、既に四分過ぎています。それでお相手様が、私に『呼びに行け』と。」
「それはいけませんね。わかりました、参りましょうかミシェル」
俺は、エクシアとの戯れを切り上げ、召使へと遊び相手を代わってもらった。
その後、呼びに来たミシェルと共に、以前ジョブスを応対した応接室へと足を運んだのだ。
しかしながら、今回の相手はジョブスではない。と言うか、表の人間ですらない。
「どうぞアルマ様」
と、ミシェルが応接室の扉を開けた途端、室内への視界が煙草の煙で遮られた。そのスモーキーな香りと、無風ゆえの白煙の滞在は懐かしい景色と匂いであった。
かつて、毎日鼻孔を突いたその煙たさの向こうには、「ようやく来たか…………」と壮年男性が一人ソファーに座っていたる。彼はそして、吸殻を灰皿へと押し付けるように潰したのだ。
彼の何気ない動作で更に鮮明にも、昔の記憶が脳裏に思い起される。何ならその煙が俺の記憶を写し取ったかのように幻視した程だ。
懐かしい、五年振りでしょうか。
「お久しぶりですね。ロシノさん」
「よぉ」と、俺の声に反応した彼はロシノ・ネービスと言う。基本的には困り眉の人物で、短い黒髪。左目には眼帯をし、上下黒のスーツ姿は裸足に革靴だ。
上半身はシャツの襟を広げている。開いた胸元には重たそうな貴金属のネックレス。煙草を潰す指にもメリケンサックと見まごう数の指輪をしている。が、それは何時もの事だ。
全体の印象として柄が悪く近寄りがたい。
逆に言えば、『己は一般人ではない、だから近寄るな』、そう暗に公言している人物は、肩をすくめ、「早くしろ」と手招きした。
「俺を待たせるたぁ…………偉くなったもんじゃねーか、えぇ?マル坊。」
「アルマ、ですよ俺は。マルではありません」
「あ?口ごたえか。生意気な野郎だな…………あぁ?」
でも言葉とは裏腹に、その表情に不快感はない。つまり、挨拶のようなものであり、一々気に病む必要もない。
俺が苦笑していると、「誰がお前の面倒見てやったと思ってんだ?」と、またもや煙草に火をつける困り眉の壮年男性。
でも実際彼の言う通り、俺が家を出て間もないころは、彼と彼の所属するフォリアファミリーに世話になっていた。ただ、そのせいで彼の言葉を蔑ろに出来ない――――面倒な借りがあるのだが、そこは仕方ない。甘んじて受け入れよう。
俺は議事録をとらせるため、ミシェルを出入り口へ座らせた後、テーブルを挟んでロシノさんの対面へ座った。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
「お前さ…………」と、ロシノさんは前かがみに俺へと顔を寄せ、煙を吹きかけてきた。
「…………最近、調子に乗りすぎだな。何を生き急いでる」
「ケホっ…………はて、と言うと?」
「とぼけんなや」との言葉と共に、ロシノさんの顔が煙で見えなくなった。次に煙が晴れた時、彼は険しい表情だった。
「ダリオファミリーの縄張りの奪取に続き、今度は首都にまで手ぇ伸ばそうとしてんだろ。うちのボスが顔しかめてんだよ。お前が世話してやった恩忘れて、寝首かこうとしてんじゃねーかってな」
「あぁ…………」確かに、最近目立ちすぎたと反省はしている。
表の世界が広く浅いとすれば、裏の世界は狭く深い。少しの機微がすぐに周囲へと伝播し、噂は広まる。
そして、噂はそのまま評判へと変わるのだ。その評判とは、都合の良し悪しに関わらないため、受け取り手にとっては挑発ともとられる。
「ですが、必要な事でしたので」
「…………戦争の準備じゃねぇと?」
「ええ。当然です。フォリアファミリーと事を構えるつもりは毛頭ありませんよ」
「二言は?」
「ございません。」
「よし、ならいい。」
「それにしても、奴隷商如きの言動に反応するなど、フォリアファミリーともあろう組織が、随分と女々しいではありませんか」
「口に気を付けろや。お前はもう身内じゃねぇ、庇う必要もねんだからな」
「でも、事実でしょう。」
「…………はぁ、変わんねぇなあお前もよ。俺の言うこと聞きやしねぇ」
「実際、以前ならどっしりと腰を据えていた筈。あのドラ息子、随分と狭心なようですね」
「ま、代変わりは避けて通れねぇ道だ。が、俺は先代からあの青白い柔けつが、カッチカチな紅いけつになるまで任されてんだ。義理は通す何があってもな。」
すると、姿勢を戻したロシノさんは、「本題はこっちだ」と懐から茶封筒を取り出し、テーブルの上へと投げ捨てた。そして矢継ぎはぎにも、「見ろ」と言われてしまえばそうせざるを得ない。
茶封筒を開くと豪華客船の乗船券が二つ入っていた。
「これは、上流階級御用達――――バーニス号のものですね。確か、二週間ヴァニラ列島周辺を遊覧するコースだったと記憶していますが…………」
途端にも、背後に控えるミシェルがごくりと喉を鳴らした。
まぁ、一般人からすれば、雲の上の娯楽なのだから仕方ないが、
「…………がめついあなたのことだ。娯楽への招待ではないのでしょう?」
「ったりめぇだ。俺から奢られるなんざお前にゃ百年はえーよ。今回はな、お前に依頼がある。その乗船券はそれに由来するもんだ」
依頼とは言うがロシノさんが言うならば、それは実質命令であり、恐喝に等しい。だから、俺は黙って聞くしかない。
マウントを取られるのはこの上なく不快だが、この際大目に見るとしましょうか。
「して、内容は?」
「なら、受けるっちゅうことでいんだな?」
「俺に拒否権はないのでしょう。もったいぶらずにどうぞ」
「…………そうか。」
気のせいだろうか、一瞬、ロシノさんの表情が曇った気がしたが…………その事を訊ねても、「いいや」と首を横に振られる。しかも、そう言った時には既に、いつもの調子で悪い表情を覗かせていた。
「わかってんじゃねぇか。今回のはな、その豪華客船に乗船する客を一人、お前に売っぱらって…………いや、消して貰いたい。」
「はて…………ですが、俺は一般人を標的にはしませんが」
「馬鹿かお前、俺が知らねぇわけねーだろ」
「では…………」客の中に悪人が混じっているか、客自体が悪人か。
その二択を思い浮かべた時、「そういうことだ」とロシノさんは鼻で笑った。
「うちの構成員を襲った輩が居る。『ボッシュ』近郊で『ノーフェイス』ってぇ言われてる顔剥ぎ犯だ。被害者はみんな顔の皮はがされて死んでる事からそう呼ばれてる。」
ノーフェイスか。聞いた話だと、犯人であろう、長身の人影が目撃されているにもかかわらず、捜査が難航しているとか。
確かに、上流階級であれば口裏合わせや、もみ消しも容易か。
「ノーフェイスは乗船客なのですか、それとも船員で?」
「どっちかだ。可能性が高い奴の目星はもう付けた。するとどうだ?そいつら、おあつらえ向きに船に乗るって言うじゃねぇか、抹消もしやすいだろう。」
「なるほど。それにしても、フォリアファミリーに手を出すとは…………ノーフェイスとやらも、愚かなことをしましたね。」
しかし、ならばだ。フォリアファミリーが手を下せばいい筈なのだが、今回なぜ俺に依頼を出すのか。疑問に対し俺が眉をしかめていると、「俺達が報復するのでもいんだがな…………」そんな風に、ロシノさんは語りだす。
「…………さっきも言ったように、お前が寝首を搔くためにノーフェイスで挑発をしてきた…………と、妙な噂も末端構成員内で囁かれてんのよ。」
「なるほど、潔白を証明しろ。と言う事ですね。」
「ご名答。つまり、今回のお前は商人じゃあなくてヒットマン。で、俺こそが証人ってことだな」
「おやじギャグとはうすら寒い…………年を取ったのではありませんか?」
「口を慎めガキが。まぁ、ともかくだ。決行はそのチケットに書かれてる通り十日後。俺達の縄張り――――『ボッシュ』の街の港にバーニス号が寄る。それまでにお前ともう一人決めろ。出来れば女がいいな。夫婦ってぇペアが乗船するやつらには一番多い」
「なるほど…………分かりました」
※※※※※※※※※※※※
「と、いう事が二日前にありました。今回の幹部会では、俺とペアになる者を決めるのです」
幹部招集に応じられないのは今回もバーバラのみであった。
その他の九名は席に着いて、俺の話しを噛み砕くように頷いている。
中でも、女性陣三人は鬼気迫る表情で目が血走っている。正直ドン引きである。が、話を進めねば終わらない。
ゆえに、そちらには一切触れず、俺は進行役を務めたのだ。
「さて、ロシノさんからは、女性が好ましいと言われておりますので、バーバラを除いて、ミネルバ、エイダ、リッカ。この三名から選ぼうと思うのですが、我こそは…………と言う方はおります――――」
「――――か」と、言い終える前に、凄まじい食い気味にも三人の手が上がった。
それはもちろん、ミネルバ、エイダ、リッカの三人だ。
「えー…………」
「…………ではまず」俺は、金髪碧眼の少女の外見の者へと声をかけた。
「リッカ。あなたを選ぶ理由を教えてください」
「いーやいや、私しかいないっすよ」
そう言ったリッカはヘラヘラと笑っている。すごい自信だ。
だが、
「…………ええ、なのでその理由を」
「他の者では目立ちすぎっす。その点私はのらりくらり、周囲に馴染めるっすよ」
ふむ、一理あると、エイダとミネルバを見て俺は軽くうなずいた。
もっとも、二人に比べればリッカの外見は地味であると言うだけで、彼女の外見もしっかりと上位の造形をしている。
それに、今回は夫婦と言う体だ。外見年齢少女では逆に目立つだろう。
「決定打に欠けますね。つぎ、ミネルバ」
呼ばれた薄紫色のウェーブがかった髪をした女性は、「うぇーい」と軽返事でのそっと立ち上がる。
「私は結構、臨機応変に立ちまわれますよぉ~」
「ほう、具体的には?」
「事前にどういう関係値なのか、教えてくれればそれに沿って演技しま~す。たとえば、DV夫と依存性の高い女ならぁ、アルマ様の一挙手一投足にビクッて反応するし、服の内側に青タン作ってきまぁ~す。あと、他の男にボディータッチ多めな感じで、実は夫側の嫉妬を煽ってる地雷女とかぁ。あと、すぐヒステリックに喚く女とかぁ~」
ミネルバが一通り話し終えた後、室内の男性陣は、非常に生き苦しそうに苦笑していた。それはまるで、自身にやましい事が無いのに、目の前に衛兵が居た時、姿勢を正してしまう言い訳に似ている。
もちろん、俺も例外ではない。嘆息と共に引き攣っていた口を開いた。
「きゃ、却下です。あなたの一般家族構成は歪んでいますよ、ミネルバ。代価と交換に得る愛など真の愛ではない。自己満足です。もっと普通を望み過去は忘れなさい。あと、自虐するような怪我は避けるように。いいですね?」
「アルマ様優しい…………好きぃ」
何を頬を染めているのですかこの女は…………。
はぁ…………お話しにならない。
「次、エイダ」
「お願いします!!!!!!」
その時、俺は心底ビクッとした。でもそれはエイダの大声に対してではない。
エイダの行動――――美しい黄金律に基づいた土下座に対してだ。
「アルマ様!わたくしはこの日のために生きてきたのです!!!」
「お、大げさな…………」
「わたくしであれば!バトーのような失態は致しません!あなた様の死角を片時も離れず、盾となります!!!!」
「ん、んー…………そ、そうですか。お気持ちは嬉しいですが…………今回は普通の夫婦と言う体なので」
「ですので!!結婚歴があるわたくしであれば!!!!!!いかようにも演技が!!!で!!き!!ま!!す!!!!!!」
こ、声が、声が大きすぎる。耳がおかしくなりそうだ…………。
俺が耳を塞いだ最中、ミネルバがボソッと毒を吐いた。
「バツ三が、アルマ様の経歴に傷つけんのぉ~?」
「そっすよ~、エイダはないない。二百歳のおばあちゃんっすよ」
「あぁ?!まだ178歳よ!!!」
「…………いや、そう変わんないっすよね?」
「変わるわよ!!22年も!!!見なさい!!まだピッチピチ、ナウでイケイケなヤァングな外見でしょうが!!!!」
「うーん、でも、その死語は…………ねぇ。178はおばあちゃんっすよね、ミネルバ?」
「うん、ばばぁ。そろそろほうれい線も出てくる頃合いでしょ~。あ、もう『自主規制』した?」
「っ、この~~…………言わせておけば、それ言ったら戦争だろうが!!」
「あ、じゃあやっぱり『自主規制』してるんだぁ。じゃ、『自主規制』しなくていいね~」
「『自主規制』してないわよ!!!!殺すぞミネルバ!あんたもよリッカ!何を笑ってんのよ!!」
「あっはは!今後のために聞いとこうかなぁって。何歳ごろに『自主規制』するんすかぁ?」
「だからしてねーわよ!!あんたもぶっ殺すわよ!!!」
何というか、生々しい罵倒の応酬で苦笑いも出ない。あまりにも醜い。
俺達男性陣はこの時、肩身が狭かった。口をつぐんで耳を塞ぎ、この嵐が去るのをじっと待つしかなかったのだ。
「いい加減にしなさいよ!結婚のけの字も知らない小娘共が、しゃしゃり出る気!?」
「私、彼氏いたことあるしぃ~」
「なぁに言ってんすか、あんたのソレはお付き合いじゃなくって、財布と所有者じゃないっすか」
「わ、私、財布じゃないしぃ!」
「図星が動揺になってるっすよぉ。ここはもう、綺麗な体の私に決まりっすねぇ」
「はっ、モテない事を交際経験が無いって言いかえるのもどうなのよ。負け惜しみでしょ、嫉妬は醜いわね」
「な!?ちょ!!!ちが、私モテるっすよ!身持ちが固いの!」
「負け犬の遠吠え~わんわーん。」
「何を!あんたら尻軽と一緒にしないでくれるっすか!?」
「「だれが尻軽だってッ!?――――」」
その時、俺は柏手を打ち、この泥沼の戦争に終止符を打った。
と言うか、『こうでもしないといつまでもヒートアップし話がまとまらない。』と、カイニスから目くばせを貰ってしまったのだ。
「――――そこまで。決めました。」
途端に三人の血走った目が俺を見た。
肩で荒く息をするその様は、空腹の獣の前に餌を差し出したかのようで背筋が寒くなるが、
「エイダ、今回はあなたに任せます」
その指名の直後、エイダの喉から勝鬨を上げる野太い雄たけびが響いた。
戦闘さえ視野にいれなければ、ミシェルでもよかったのですがね…………。




