03 ニ章 身近に潜む意 エピソード19 姫の救出2
アルマからケジメを預かり、いつものように城の裏側から手引きされたオイラは、バトーが住む城の中層階――――奴の仕事部屋に来ていた。その室内は豪華に見えるが、殆ど張りぼてだ。
有名家具師が手掛けた棚のオマージュや、偽ブランド物の万年筆に椅子と机。
そして、果てには聞いた事も無い三流ブランドのソファーに座り、オイラは仕事机に居座るバトーへと顔を向けた。
「相変わらず、適当なもんで回り固めてんなぁ。宮廷魔術師――――バンジャン・リ・ファウスト卿ともあろうお人がよぉ?」
「カカッ、高名より、手肌に馴染む物を見つけてこそ、真の目利きじゃよ」
「ハッ、怒んなよ。みっともねぇ」
「別に怒ってなどおらんがな」
「嘘つけ」この部屋の家具は皆、バトーの今は亡き家族が使っていた形見がほとんど。
「思い出を馬鹿にされて、腹立っただろう」
「…………いや、怒ってなどおらん、哀しみはあるがな」
「ならそれで今回、オイラを勝手に巻き込んだ件チャラにしてやるよ。そういや、ポイストはどうなった」
「その件も一昨日片が付いた。」と、バトーは椅子に深く腰掛け直し、深呼吸をした。
「貴様も質問が溜まっておるじゃろうと思ってな。好きに聞け」
「…………あっそ。」なら、ポイストのその後は聞かなくともいいだろうさ。
「じゃ、今回の件、お前何企んでやがった。」
「貴様の事だ。大方、予想はついておるんじゃろう。」
「買いかぶりすぎだぜぇ」
「もったいぶらんでもいい。」
「面倒くせぇ…………あれだろ。お前が時たま言ってるアルマを王にするって言う、馬鹿な有言実行。違うか?」
「如何にも。では、なぜエンバーなのか。それは?」
「アルマが王になれば、エンバーも手出しは出来ねぇ。ギルドは国と不干渉だからなァ。だがリスクが高すぎる。王になる前にオイラ達の悪事が暴かれる可能性の方が高いだろぉ」
「そうでもないのぉ。いや、エンバーの性格と精神性であればその可能性を限りなく低くできる。だからこそ、ワシは今回あの者を選出したのだ」
「あ?どゆこと」
「エンバーはな、アルマ様の親族と友人関係にある」
驚いたが、それはアルマの親族を洗い出した事に対してじゃあない。バトーのパイプをもってすれば探し出すことは出来るだろうからな。
だから、オイラが驚いたのは、アルマの親族の内、一体誰とエンバーが繋がっているのかというところだったのだが。
刹那、とある顔がオイラの脳裏をよぎった。
「まさか」アイツか…………?いや、そうだろう。確か年も近い筈だ。その時の閃きは顔に出ていたのか、バトーはカラカラと笑い満足そうにうなずいた。
「ほんに話が早く助かるのぉ。じゃからワシは貴様を選んだ。ワシの意図に気付き、遺憾なくその役割を果たしてくれると思うての。」
「ボケナスが、勝手にクッションにしてんじゃねーよ」
「ワシは貴様の事を緩衝材となぞ、これっぽっちも思っとらん。むしろ、貴様はアルマ様の耳であり鼻だ。しばしば目にも口にもなろう。」
「何が言いてぇ?」
「リンドウのナンバー2は貴様だという事実。」
「耄碌したかジジィ、リンドウは天辺がアルマ、それ以外は全部木っ端だぜ」
「じゃが、アルマ様へ対等な口がきける者は貴様だけ。誰もそれを咎めない。アルマ様本人であっても。当然だ。リンドウを立ち上げたのは貴様とアルマ様。皆口には出さないが、ナンバー2を指させと言われれば、例外なく貴様に向く。ゆえに、リンドウの未来のため、今回の件貴様とアルマ様において役を全うできるものは居なかった。」
「はぁ…………まあ、ひとまずその話は置いとくとして、それでお前は何を得たんだ?」
「王からの更なる信頼。そして、なぜポイストだったか、その事も貴様なら見当がついているだろう?」
「…………ポイストが違法に奴隷を買ってるって話、事実か。」
「そう、だからこそ奴に白羽の矢を…………いや、見せしめになって貰った。この国において、誰もワシがそちら側に足を突っ込んでいるとは知らんからの。奴め、少しつつけばボロボロ話してくれたわ。ちなみに言うとな、今回の件、実は王も承知だ。でなければ警備を掻い潜り誘拐なぞ出来んからな。そして、その建て前は死刑再制定を考える派閥への牽制じゃ。」
あぁ、死刑制度が再制定すれば、放流される悪人の数が減り、オイラ達も利益が減るからな。
だが、「意外だな」バトーは家族を殺されている。しかも、自身が死刑制度を撤廃したことで釈放された元死刑囚にだ。
「お前さんは、死刑は再制定したいもんだと思ってたぜ」
「アルマ様に出会う以前はな」
「ハッ、復讐終えた後、お前つきものが落ちたみてぇにスッキリしてたからな。で、本音は?」
「リンドウがさらに花咲く未来、それを支える根がようやく張ったのだ。つまり、これにより、ワシは今後、サディーの街にリンドウの手を浸透させやすくなった。表はエンバー・ライトと言うパイプ。裏は、貴様が姫とねんごろになる事じゃ」
「…………やっぱそう言う魂胆か。だが、それなら姫様とアルマくっつけた方が良かっただろうが」
「カカッ!アルマ様に表は役不足だ。あの方にこそ、内面――――裏を牛耳ってもらわねば。この国の真の支配者として、悪の華を咲かせる。美しい一凛をのぉ…………」
「アルマは乗らなそうだけどな、いやそれはオイラもだが」
「あの方が王になれば、悪への抑止力となる。ワシはアルマ様に出会って気付いたのだ。死は救いであると。それはいかん、悪人は懲らしめねば。苦しんで苦しんで苦しんで尚、苦しんで生き続けねばならん。その生涯をかけた苦痛でもって、その罪を贖い続けねばいかんのだ。それに、もっと大胆に行動出来れば、ワシや貴様のような者を救い上げて下さる機会も増える。」
「…………あん?」
「悪く思うなカイニス。」
「お前オイラの事も知ってたのかぁ?」
「如何にも。その心身不一致を正し、男の体を与えたのはアルマ様だそうだな?」
「…………まぁ、あいつがジーランド大陸からの密輸品――――眉唾物の秘薬を盗んできたのはぁ…………事実だ。」
「感謝しただろう?」
「まぁ、な。」
「ワシもだ。あの方のおかげで、家族の仇をとることが出来た、凄惨にも悲惨にな。」
「だが」と話しを一度区切ったバトーはまた深呼吸をした。
きっと、ここからがコイツの本音なんだ。
「ワシらは運が良かったに過ぎん。世界には今も苦しんでいる者が多い。それも、公には出来ぬ事情でな。本来であれば、その事情は胸にしまい込み、墓にまで持っていく後ろめたさ、負い目であろうとも…………アルマ様はそれらを否定しない。負の面をそれで良いと肯定してくれる。破綻者にとって、日の光は眩しく目も開けられぬが、月光は優しく道を照らす。分かるだろう、カイニス。」
「お前、まさかオイラの事を説得してんのか?」
「如何にも。だがもちろん、ワシが一番に優先すべきはアルマ様の御身。あの方を貶める様な事はせぬ。もしそうなれば、この老い先短い生涯をかけ、罰を受け続ける所存。だからどうか、貴様からアルマ様へと伝えて欲しい」
「…………あーあー~わあったわぁった。勝手にやれ。ただし、この事はアルマに報告すっからな」
「無論。それで、アルマ様は此度の件、どのようなケジメをワシに?」
そこで、間髪入れずにオイラは持ってきていた袋を、バトーへと投げ渡した。
「これは?」とバトーが袋の中を除きこんだ瞬間、しわがれた息を吸い込む音がした。
「今回の件、お姫様巻き込んだのは最悪だったなァ、バトー。アルマのやつ割と頭に来てたぜ」
「ま、まて。じゃあ、まさかこの中身は!?」
「ああ、そりゃあアルマ自身の左目だ。で、伝言はこう――――『バトー。それを咀嚼し飲み込みなさい。』だそうだ。」
「…………っ、」
顔色が変わったなァ。まぁでも仕方ねぇ。そりゃあお前さんの家族を殺したのと同じやり口だからな。
そして今回のケジメは、バトー自身の行動が、間接的にアルマを痛めつけたことに他ならない。
後悔や懺悔、罪悪感。様々な感情が胸中で渦を巻いているのがはよく分かる。きっと、一言では言い表せられない感情だろうぜ…………。
「トラウマ刺激するたぁ…………アルマも外道が極まってるぜぇ」
バトーはそれからしばらく、目玉に手を伸ばしては顔を背け、時に目玉とジッと見つめ合う。時間の経過と共にその額には粘り気のある汗が噴き出て、顔色は青ざめていった。
そして、ようやく意を決したのか震える手で目玉を勢い良く掴むと、一息に口の中へ入れ嚙み潰した。
「ぅ!…………っえ」
何度も何度もえづき、戻しそうになりながら顎を上下させる。嚥下した時、普段余裕たっぷりのバトーの顔は涙で濡れていた。
「っはぁ!…………は、はあはぁ…………ぅえ…………っ」
「はい、お疲れちゃん。これに懲りたら一般人に手ぇ出すような真似辞めろや。あぁそうだ。あと、アルマの左の義眼。作っといてくれってよ」
「…………はぁ、はぁ…………っあ、あぁ。しょ、承知した。」
バトーの落ち着きを待ってから、オイラは去り際に一つ気になっている事を聞いた。
「なぁ、スプーシャってやつ、何か分かったのか」
アルマの話によると、彼女はエンバーと互角に渡り合った。なら、実力は黄金ランク相当はかたい。
情報があるならば、共有しなければならない案件なのだが。もっとも、この二週間何の音沙汰も無かったことで期待できるものはないのだろうとも思っていた。
実際、バトーは不甲斐ないとばかりに首を横に振ったのだ。
「ギルドに務める知人にも聞いたが、誰も何も分からないそうだ。」
「そりゃぁ不穏だな」
「同感だ。アルマ様の話だと、スプーシャは正義の味方と名乗ったとか。」
「まったくもってけしからん」と、バトーは何かを思い出すかのように、渋面を浮かべた顔を窓に映して自答した。
「まるで、アルマ様に出会う前のワシだ。世界を知った気になっていた、全能感溢るる子供じゃよ。」
※※※※※※※※※※※※
バトーと別れてから。
オイラは帰った振りをして廊下の死角から部屋の天井へと潜り込み、バトーの様子を探っていた。その理由が、今バトーの部屋にノックと共に入ってきた女性だ。
「これはこれは…………珍しい客人だの。」
「お初に、ファウスト卿。私は、エンバー・ライトと言う」
オイラが裏口から城へと入るちょっと前、エンバーの姿が見えたんだな。
にしても、黄金ランクが城にいったい何の用なのか。
「ギルドメンバーが、城への訪問。あまり褒められた行動ではないの?」
「ええ、だから単刀直入に聞こう。ファウスト卿、今回の件、貴方様の手引きか?」
すげぇなこの女。敵陣ど真ん中でこの肝の座りよう。さすがは英雄様だ。
対して、バトーの方はこの展開も読んでいたのか、焦る様子もなく口を開いた。
「なぜ、その様な考えを?」
「ポイストを使い捨てに出来、かつ、それによって利を得るとすれば有力候補は自ずと絞れる。」
「カカッ。いやはや、抜けた御仁と聞いていたが、噂なんぞ当てにはならんな。」
「と言う事は、やはり貴方様か」
「如何にも、ワシが王から許諾を得て実行に移した」
「そうか。なら死刑制度再制定への牽制か?」
「おお、やはり鋭いの。」
「いや、それが分かればいいんだ。それとあと一つ、スプーシャ・アールマティと言う名に心当たりは?」
エンバーも奴の素性を探ってんだな…………だが、こっちも分かる事は無い。
実際、バトーはキョトンとした表情で、「ほう、どなたかな?」としらを切った。
すると、エンバーは逡巡を見せるように一度目を伏せた後、極めて真剣に言う。
「自分で言うのもなんだが、私は黄金ランクの中でも上位に位置している。と自負がある。」
「ええ、そうでしょうな。ワシの知る限りでも、絢爛たるモゼ、無名の女史、神速のアキレス、今は亡き赫色のセツティマ…………数々の拳士、武闘家を押しのけ、貴女のみが、拳帝の異名を得ているのだから。」
「うん、もちろん一騎打ちと言う場でなら負けるつもりはなかった。しかし…………まぁ、どうせ知っているだろうから省くが、私はスプーシャと言う者に、膝を地につけさせられた」
「ほう」と、バトーは興味深げに机へ肘をつき、「どのように」と続きを促す。
「その様子だと、ギルドの守秘義務はやはり機能していないらしいな?」
「噂は掴みどころが無いものですぞ。押しとどめるには相応の措置が居る、さ、お気になさらずお話下され」
「あぁ…………彼女の拳に触れていると…………力が抜けていった。まるで、魔力を吸われるようだった。原典魔術かもしれないが、詳細は分からない。」
それはまるで、うちにいるフェリルのようじゃねーか…………なら、スプーシャは実験体の可能性を帯びてきたな…………。
その時には、バトーもオイラと同じように思ったはずだ。
でも、やはりしらを切った。沈痛な面持ちで驚きを表し、芝居がかって続けた。
「…………そんな事象は知られていませんな。初耳です」
「ああ、そうか。貴方様でも知らないか。なら、私はこれで失礼しよう。」
と、あっさり踵を返したのだが、「あ」と思い出したかのように、去り際のエンバーは顔をバトーへと向け、一方目玉は天井――――オイラの方へ回して口を開いた。
「今度遊びに行くよ。アルマによろしく伝えておいてくれ。」
その言葉には確信めいたものが込められていて、オイラは心臓の脈打ちが不規則になった。
「カカッ、食えないお人だ」
「いや」と、扉を抜ける間際、エンバーは意味深にも言葉を残した。
「清廉潔癖では栄養が偏るからな、私は清濁併せ吞む――――大喰らいだぞ、ファウスト卿。」




