03 ニ章 身近に潜む意 エピソード18 姫の救出2
オイラが姫様――――エリシアの手を引き牢屋の階段を上がろうとした時、上の階で物音が聞こえた。
しかし、今いる場所は地下牢で遮音性能が高い。それは内部からも外部からも声が聞こえ辛いという事。
つまり、けたたましく爆音がしているという事に他ならない筈。
「あの、今何か音がしませんでしたか?」
エリシアにも聞こえたというのだから、これはただ事ではない。
オイラはこの件を有耶無耶にしなきゃならないんだ。無用なトラブルは避けたいんだが、
「でも、上がれる場所はここしかねぇんで。すみませんがねお姫様、ちょっと走る準備しといてくだせぇ」
エリシアが屈伸やアキレス腱を伸ばす行為をしている間、オイラは屋敷内の逃走経路設計のシュミュレーションを数回行った。
そして、エリシアが挙句にはほっぺまで叩いて気合を入れた頃を見計らい、その手を引っ張りゆっくりと階段を上がりきった。
屋敷と地下牢を隔てる扉は、これまた重たく分厚い。そして当然鍵がかかっている。
でもオイラは地下牢の壁を崩した時の砂利を持っている。それを風魔術でさらに細かく裁断し、殆ど砂になってから今度は鍵穴に全て注ぎ込む。
次は土魔術を用い砂を固め、硬度を与えてやると即興で作り上げた合鍵の出来上がりだ。
すると案の定、回すのは少しぎこちなく、渋くはあったが錠が回り鍵は開いたのだ。
「き、器用なのですね。魔術にこんな応用があるなんて…………」
これくらい朝飯前だ。昔はよくこうやって空き巣に入ったもんだからなぁ。
「まぁ、昔取ったなんとやら」
「え?」と疑問を零したエリシアには曖昧に笑ってごまかし、オイラはしゃがみ込んでこっそりと扉を開けた。
すると途端に地下と地上の音が開通する。警備員の駆けていく音や、何者かの怒鳴り声が聞こえる。
「何があった…………?」
扉を閉め、一旦状況の予想を考えようとした時「ここか」との声と共に重たい扉が勢いよく開いた。
最初はその声の主が誰かは分からなかった。暗い牢屋に居たせいで、唐突に浴びる廊下の灯りに対し、オイラの瞳孔は光の調節が間に合わず、薄目を開けるので精一杯だったからだ。
「…………君は誰だ」
でも目が慣れた時、オイラを見下ろすように立っている紫髪の長髪を確認し、たまらず度肝を抜かれた。
「エンバー・ライト…………ッ」
「うん?君もエンバー・ライトと言うのか。奇遇だな」
最悪だ。このすっとこどっこい。とぼけやがって。
オイラは怯んでいた足腰に力を入れて立ち上がり、エンバーと向き合った。
「黄金ランクのギルドメンバーが、何でここに居る。」
「ふむ、情報提供があってな。ここにとある人物が匿われていると。」
「誰に?」と言うオイラの問いに対し、エンバーは半身翻すとそちらの方を顎で指した。
「ああ、初めまして。」そう言い手を上げたのは綺麗な顔の白髪男。
「今回この国のお偉いさんより情報を提供していただきました。アルマと申します。色男さん」
「へぇ…………」
このやろ…………いけしゃあしゃあと微笑みまで浮かべやがって…………大方、へまこいてエンバーにばれたんだろうさ。
…………ん?と言う事は…………何か?これはあれか?もしかしてオイラに生贄に成れって事か?オイラがその思いをさりげなく視線で訴えると、アルマは軽く頷いた。
「…………まぁじか」
オイラが今後の展開をどう乗り切るか試行していた最中、「あっ」思い出したとばかりにエンバーは声を挙げた。
「私の名前はエンバー・ライトと言うんだ。」
「だから知ってるぜぇ」
「エンバー・ライトさん、どうぞよろしく」
この女…………バカにしやがってェ。
いや、今一番腹立つのはエンバーの後ろでニマニマ笑ってるアルマの野郎だ。今度仕返ししてやる憶えとけよ。
「まぁ、君の名前は後で聞こう。後ろにいるのがエリシア様ですか?」
急に話題を振られ、エリシアはビクッと驚きながらもエンバーへ顔を向けた。
「え?ええ、そうです。なぜ名前を?」
「今回、私も貴女様を連れ戻す任を受けていました。ただ、アルマも含め、各々別個に話がいっているとは思いませんでしたが。」
へー、アルマの奴そういう風に言いくるめたのか。
いや、エンバーはそれで本当に納得したのか?泳がされてるだけじゃないのか?いやそうだろう、十中八九オイラの予想が当たってるはずだ。
でも、今は追及すべき時じゃないな。話がこじれるのは勘弁願いてぇ。
「で、今の状況はどうーなってんだぁ?」
「ああ、私が特権を行使し、半ば強引に屋敷内部の調査を行っている。ここに警備員が居ないのは、今ポイストの部屋に皆を集まらせているからだ」
「ポイストは貴族様だぜぇ?そりゃぁ…………ギルドと国は不干渉に抵触する越権行為だろうがぁよ」
「そうだな。お姫様――――証拠が無ければ私は特権をはく奪され、黄金ランク史上初、獄中に入れられていたかもしれないが、そうはならなかった。結果として私の行動は正しかったという訳だ。問題はない」
「強引な奴だな。いや、悪運が強いな、エンバー・ライト」
「運も実力の内。伊達や酔狂でこの地位を襲名してはいない。」
「肝に銘じておけ」とエンバーは締めくくったが、その声に一番冷や汗をかいていたのはアルマだった。
ざまぁねぇぜ。馬鹿野郎が。
「さて、という訳だ。後の事は私がギルドを通じて話をつけておく。君達は即刻この場を立ち去れ。」
「あぁ?いいのか?これ以上ギルドの人間が深入りしちまって。なんならそこの白髪頭に任かせればいいんじゃねーか」
その言葉を聞き、アルマは余計な事を言うなとばかりに顔をしかめた。
が、知った事か。
「そいつも任を受けたんだろう?」
「いや、アルマも唐紅――――ギルドメンバーだ。なら、私一人で十分。それに、今回私が強引にも彼を協力者に仰いだせいで、その立ち回りを鈍くさせてしまった。だから詫びも兼ねている。いいから行くんだ。」
「だそうです。さ、行きましょうか、名無しのごんべぇさん」
誇らしげにしたり顔までしやがって、このバカはよぉ…………はぁ。
「っち。わぁったよ」
首肯の後、オイラは振り返ってエリシアへと肩をすくめた。対して彼女の方は展開に付いて行けず、愛想笑いを浮かべ首をかしげていた。
アルマをしんがりとし、先頭をオイラ。間にエリシアを挟んだ一列で屋敷を抜け出した。
※※※※※※※※※※※※
かくして、だ。
バトー首謀によるお姫様誘拐の件は呆気なくも幕を閉じた。
ポイストも神妙にお縄に付いたものの、何故か共謀者の名前は口に出さないらしい。おそらくだが、バトーが裏から根回ししているのだろう。
そしてその後。
いよいよ、俺の異名探しと言う本命が始まり二週間が経った。その間エンバーは事後処理に追われているのか、一度も顔を見ていない。
とても平和な二週間だった訳なのですが…………。
「…………あんだよ、ボぉス」
俺の宿泊している宿にて。
ベッドの上へ我が物顔で寝転がり、フェルメニア大陸の聖書をペラペラとめくって遊ぶ不届き者へと、俺は舌打ちを投げた。
「カイニス、あなたこの二週間、よく城へ出入りしているようですが?」
「城じゃねーよ。お姫様んとこだぜぇ…………って、なんだその顔は。」
「あのですね。仕事をさぼっていいと誰がいいましたか?」
「言っとくけどな遊びじゃねぇぞ、こっちはなんとかいなし躱して、近寄らねぇようにしてんのに、バトーがあの手この手で手引きして、気付けばお姫様の相手させられてんだ、大変だぞボケ」
「不敬ですよ、しもべの分際で…………本題たる俺の字の件、何か進捗あったのでしょうね?」
「あ?ねーよ」
「はったおしますよ。何をいけしゃあしゃあと…………」
「当然だろ。この広いサディーの街。何の手掛かりもねーんだ。ただでさえお姫様に顔憶えられてじゃれ合いに付き合ってるっちゅうのに、片手間でそう簡単に見つかるもんかよ、てか、お前もう帰れ」
「は?!呼びつけておいて帰れとは、また随分な物言いではないのですかッ」
「オイラがお前を呼びつけたのは、バトーの件があったからだ。でも、それももう片付いた。居る意味ねーよ、あの悪魔が蘇る前に帰って休んどけや」
む、一理ありますね。休める時には休むべきだ。
「っ…………いいでしょう。帰ります。ああそうだ。あなた貴金属のお店は知っていますか?」
「あ?城下の方にあるが…………なんで?」
「今回、エイダは情報を提供してくれました。その礼――――要はお土産です」
「お優しいこって…………」
「その代り、あなたは馬車馬のように働きなさいよ。これは命令です。」
「へーへー」との軽返事を吐き、カイニスは一息にベッドから飛び降りてドアの前へ立った。
「はて、まだ文句は山のようにあるのですが、どちらへ?」
「バトーのとこ。呼ばれてんだよ」
「では、丁度いい機会ですね。」
「何が?」
「彼には今回の件、キチンとケジメを付けてもらわなければなりませんから。」
カイニスが疑問を浮かべている最中、俺はナイフを取り出した。




