03 ニ章 身近に潜む意 エピソード17 姫の救出
「さっさと歩け盗人が」
「へいへい」
別に逃げようと思えば逃げられたが、オイラはあっさりと強盗と言う体で捕まった。今は魔術の発動を阻害する――――厳密には体内の魔力の流れを乱す――――陣が刻まれた手錠を掛けられ、その上から更に胴を巻くように縄です巻き状に縛られて、屋敷内を歩かされてる。
まあでも、捕まったのにはもちろん理由がある。
まず、姫の存在を警備は知らないようなんだな。オイラが何度聞いても鼻で笑われるんだわ。そんで、菜園施設は巡回があるから隠すには向かないと分かった。造園師が住み込んでいる家屋なんて尚更だ。
とすれば後は屋敷内だと踏んだわけだ。そしてそれなら、いっそのこと捕まった方が警戒も一段落するし、内部も見放題。外部から応援を呼ばれると言う面倒くせぇ自体も回避できる。
今じゃ、被ってたマスクをはがされちゃあいるが、ポイストの非――――姫様を見つけて救出すれば、後処理はバトーがうまくやる。
いや、やらせる。オイラ達を勝手に計画に組み込みやがったんだ。既に貸しがあるようなもんだしなぁ。
「何を笑っている、盗人が」
いやオイラ別に無表情なんだけどなァ…………と苦笑し見やれば、オイラを連れて廊下を歩いてる警備の四人が苛立ちを表すように眉間へ皺を寄せていた。
あぁ、こりゃあれだ。ピンと来たね。十中八九やつあたりさ。
楽な仕事に面倒事を持ち込みやがってって言う表情だ。よくわかる。だって今のオイラもバトーに対しおんなじ気持ちだしなぁ。
でも。そもそものところ。盗人はアンタらの主人なんだけどなァ…………ま、言ったところで姫様の存在は公的には居ないから信じねーし。
ここは適当に、
「いやね、オイラどこに連れていかれんのかなぁって」
「ポイスト様へひとまずのお前の処遇を聞きに行く。」
ん、じゃあポイストに面会って事か。
「参ったねこりゃ、オイラ粗末なものしか着てねぇぜ?」
「気にすることは無い。明日になれば、衛兵に突き出してやる。その服が相応しい所へな。」
オイラの顔を見たポイストのする事は、手に取るようにわかる。明日、衛兵にオイラを突き出した後、ギルドに行き、オイラの暗殺依頼でも出すんだぜ。
それと言うのもここ、ヴァニラ列島の中でもサディーの街があるこの島は、死刑制度がねえからだ。
さかのぼれば数年前、お優しい島主様とバトーが結託し無くしたんだな。しかもその理由が、『老化遅延による長寿を鑑みれば、長き年月にわたる反省によって更生できる』とか言うあんまりにも性善説極まる理由だ。
当時、バトーに出会う前のオイラ達は捧腹絶倒。とんだ頭お花畑が居たもんだと呆れたさ。
まぁでも、今は違うのかと問われれば…………方向性は違うが、今も呆れさせられているっちゅう意味じゃあどっこいどっこいだけどな…………。
まぁ、とにかくだ。
死刑制度が無くなってからのこの国は、死刑ではなく、『私刑』がはびこるようになった。今回オイラが予想する、ギルドへの依頼が最たる例だ。
もっとも、常に依頼が通るわけじゃあない。相手が犯罪者であることは前提とし執行するのも漆黒ランク以上と決まっている。
抹殺対象も、前科や生い立ち等、厳しい審査の末に尚も精査し、最終的には特権による『釈放』を経て、国を出た後、治外法権下の中で殺される。
つまり、本来ならばオイラは抹殺対象外。気にする事もねぇんだが、相手がお偉いさんとなると、無理を通す輩も増えるんだな、これが。
「嫌になるねぇ」
「お前、さっきからコソコソと屋敷内を伺っているようだが、ポイスト様の前じゃあ下手な動きを見せるなよ。夜更けに起こされ、あの方は機嫌が悪い。」
「へーへー、高そうな壺だなァって思ってただけだよぉ」
オイラがごちゃごちゃ考えてる間に、目的地へと着いたらしい。ここまでの道中、怪しそうな部屋や隠し扉っぽいもんは見つからなかった。
「顔を上げろ。今、ドアを開ける。」との警備の声と共に、暗い廊下へ寝室内の淡い光源が漏れ出た。
「ちっ、お前か。賊は…………こんな夜更けに」
おーおー…………開幕一番舌打ちかよ。
オイラを忌々し気に睨みつけるのはパジャマ姿のポイスト・ビビラヌン子爵。細い目と、角ばった頬骨。見たまんま神経質そうな男だ。ネチネチ嫌味を言ってくるさまが目に浮かぶ。
人は顔じゃないって言うが、やっぱ第一印象だし、せめて表情は気にかけるべきだなァって。こいつの面見ると嫌って程思うわ。
「私の眠りを妨げたんだ。お前には相応の代価を支払ってもらわなければな」
「へーへーお好きにどーぞ」
「第六地下牢に連れていけ。」
「はっ!」と言う威勢の良い返事の後、オイラは屋敷内をまた歩き、地下牢へと下って行った。
「なぁ、第六って結構多くねぇか?いくつまであるんだぁ?」
ダメもとでの疑問だったのだが、警備は教えてくれた。
その理由は、「冥土の土産だ」そうだ。
「第七までだ。今は第一第二、第三をとんで第四が既に使用済み。」
「ムズムズする仕舞い方じゃねぇか…………第四地下牢には何が入ってんだ?」
「知らん。ポイスト様の玩具でも入ってるんだろう。」
「玩具?」
「余計な詮索は辞めろ。つまり、この牢に入るのは、お前で四人目。いや、地獄に落ちるのはって言った方が正しいかもな。」
警備の言う通りだった。
暗い地下牢は四方をコンクリートで造られ、牢の扉は全て分厚い鉄扉。郵便受けのような長方形の窓が上部に一つ。床にほど近い下部には、配膳を出し入れする鍵付きの窓が一つあった。
牢屋に入って扉を閉められると分かったが、防音性能はかなりのものだ。喚いても叫んでも隣の牢部屋にすら届かないらしい。と思ったが、そう言えばオイラの隣は空室だったな…………。
ともあれ、うちもそうだが、やっぱこういう施設は地下の方が都合がいいのかねぇ…………?今度アルマに聞いてみようか。
「さてさて…………そんじゃあ、作戦実行しますかね」
まず親指の関節を外し、魔術を阻害している手錠を抜く。そしたらもう流れ作業。あとは縄を魔術の火で焼きあっという間にも自由の身だ。
そんで、次にオイラは隣の空室を隔たる壁に近づき、中級の火魔術を放った。まぁ、それなりに火力がいるし、魔術が得意って訳じゃあないから大変だったが、出来ない訳じゃあない。
ものの数分でコンクリートの表面が、爆裂現象によって剥がれ落ちる。
しばらく経ってから冷えた壁へと手を添え、
「土の揺れ、我が足にて地団太し、生じさせん」
今度は低級の土魔術を用いた。コンクリート内部の砂利を無数に振動させることで、壁は内部から微細に分解され、脆く崩れ穴が出来たのさ。
「いやぁ…………慣れねぇことはするもんじゃねぇなぁ。疲れたわ」
でも、あともう一回しなきゃなんねぇ。と言うのも、オイラの目的が第四地下牢だから。
第四地下牢だけは隣室を空け、周囲から隔離するように存在している。何かあると思うのが普通だろう。
果たして、第四地下牢の壁に亀裂を入れた時、急に良い匂いがした。
壁を崩すと良い匂いの元が、お香であると分かる。だってオイラの視界にその揺らぐお香の火が見えたから。
踏み入った第四地下牢の内部は、牢やと言うよりもほとんど部屋と言っていい快適具合。
灯りは蝋燭とお香の火だけだが、机も椅子もある。
ふかふかなベッドの上には、オイラの姿に驚いたように口を押える女がいる。
「ど、ちら様かしら…………?」
上品な声だった。
こんな状況だって言うのに、その女は危機感も無く、オイラの方へ近寄ってきたんだ。ただ、近づくと女の細部が良く分かった。
髪は風呂に入れていなかったのか、少し油ぎっている。
荒事などしたこともなさそうな細腕を「あの」なんて言ってオイラに伸ばしてきたのさ。
「もしかして、お姫様ですかぃ?」
「え、あ!そ、そうです。その、でも公にはいないのですが…………ふふ」
まぁ、こんな待遇で誰かって言えば…………そうだわな。
てことはバトーのやつ、こうなることまで読んでやがったのか…………。
「はぁ…………あの、お姫様、二三訊ねますがね、ここへはどうやって入れられたんです?」
「そうそう聞いてくださる?わたくしね、今日?昨日?の夜に見知らぬ村民から、連れ出していただいたの。」
「誰にです?」
「ごめんなさい。あまりしゃべらない人だったのでそこまでは。目隠しされておんぶされたの。その方『またすぐに助けが来ます。それまで待っていてください』って。気付けばここに入れられてたわ」
あぁ、ならきっとバトーの手下だろうな。
「じゃあ、オイラがその助けです。」
「まあ!じゃあ、貴方がカイニス様っ?」
「ええ、そうで――――」
ん。ん?待て、待ってくれ。
「――――す…………ッ、ぉイラの名前、誰が?」
「おんぶしてくれた方がね、カイニスと言う男性がわたくしを連れだしてくださるって。うふふ…………なんだか物語の中みたいで、不謹慎なんだけれども、わたくし心が躍っていたのです」
あのジジィッ!何か企んでるとは思ってたが、オイラの名前まで教えるたぁどういうつもりだ!?
これじゃあ今後の仕事で面倒くせぇ事になりかねないだろうが!!
「……………………ッ」
「あら険しい。どうなされたの?」
「…………い、いえ。その、貴女の名前は何なのかなぁ…………と、はは。」
「エリシアと申しますわ。此度はよろしくお願いいたします、カイニス様」
と、手を差し出されては取らざるを得ない。
しかし、いやこれ結構まずい状況だぞ。島主に所縁ある人物に名と顔を知られる。今後の動きが渋くなる可能性大だ。
だが、
「あの、ご迷惑をおかけしている事は重々承知です。どうぞ、わたくしの事は軽い荷物だと思っていらして?多少の怪我は覚悟しております」
図太いもの言いだ。でも、その表情は思いのほか真剣そのもの。言葉に嘘はなさそうだ。
まあ思えば公に居ない者として育ってきている訳だしなぁ、自身の生い立ちゆえに、こう言った状況に多少の予想はあったのかもしれねぇ。
まあ、そうでなくとも、オイラの目的は今回の件を有耶無耶にする事。
「じゃあ、ちょっとばっか我慢してください」
オイラはお姫様の手を引っ張って、牢屋を出る算段を付ける。




