03 ニ章 身近に潜む意 エピソード16 サディーの城下2
「散々な目に合いましたね…………」
日中、鬼畜クソ女を殺し、続いてスプーシャとの戦闘に巻き込まれた俺はその後、サディーの街へと戻り姫様の捜索に散々付き合わされたのだ。
その際には、エンバー曰く偉い人からの情報――――十中八九バトーだろう――――が間違っていた事で捜索は振出しに戻っており、かつ、俺もカイニスの邪魔をさせてはいけないと思い、エンバーの行動については受動的な対応を務めた。
結果として、サディーの街中を歩き回ったせいで俺はへとへとだ。
今は、既に日が暮れてきたこともあり、一旦捜索を辞めスプーシャの件を報告するというエンバーに付き従い、ギルドの正面玄関で待っているところである。
コーヒーを飲んでひと時の休息を実感していると、背後から本日の業務の終わりが聞こえた。
「アルマ、報告が済んだ。」
「それで、ポイストさん…………とやらの容疑は?」
エンバーは首を横に振った。それは言えないという事なのか。それともギルドから情報は得られなかったという事なのか。俺には判断が出来ないし、食い気味に聞くのもエンバーのペースに巻き込まれそうで憚られた。
まぁいずれにせよ、俺が知ることは出来ないという事は彼女の苦笑から理解できたので、俺はそれ以上は追及しない。
「連れ回して済まなかったな。今日はもう帰ろう」
「ああ、ようやくですか。では俺はこれで」
「待て、食事に行こう。お腹が減っているだろう?」
「…………あなた、昼食の時、一時間も掛け散々食べ散らかしたというのに、もうお腹が減ったのですか?」
「一日六食は食べないと、力が出ない。」
「もしかしてあなただけ一日四十八時間くらいあります?」
「そんな訳ない。分かるだろう?」
「いいえ全然。確かに、あなたは戦闘し、カロリーの消費が凄まじいので百歩譲ります。が、俺は違う。 俺は疲れました。帰って寝たいのです。心地いい微睡に落ちたいのですよ。」
「疲れたなら、ご飯を食べなければ明日に響くぞ。よし、行こう」
「ちょ、ま。腕を掴まないで下さい。いいのです、俺は軽食をつまめばそれで十分なのです!あなたに付き合っていたら、食事に寝る時間を削られ、十分な休息が減ってしまうではありませんか!」
「食べれば元気モリモリだ。寝る必要なんてないぞ」
「そんな訳有りますかっ。あなた、三大欲求の残り二つ、どちらに置いてきたのですか」
「はぁ…………我儘だな」
「お、俺、が悪い…………?え、これ俺が悪いのですか!?冗談でしょう??」
「当然冗談だぞ。」
「チッ…………またスプーシャさんに負かされた方が、しおらしくていいのではないですか、あなた。」
「あ、言ったな。決めたぞ。今夜は私が満足するまで付き合ってもらう。」
「場合によっては期待する文言だ…………しかし、もう少し魅力的にもお願いできないのですか。それ、ヨダレを吸い込みながら言う言葉ではありませんよ」
「今日は寝かさないぞ」
「うーん…………食い気に支配され過ぎている。こんなにも色気ない誘い文句が在るのですね。と言うか、あなたからそう言う言葉が出る事に対し、非常に違和感がありますね。何というか、似合わない。」
「でも、これでよくわかっただろ。私にも三大欲求はあるんだ。」
「そのお粗末で不出来な態度を性欲であると仰るなら、あなたは一度、ご両親に謝った方がいい。」
「ははは、君は本当に面白いな。こんなに可憐な乙女に食事に誘われたなら、断る理由は無いというのに。」
「どこからその過剰な自信が湧いてくるのですか。」
「だって、私はよく男性からお誘いを受ける。お綺麗ですねと頻繁に言われるぞ」
「社交辞令をご存じない?もしくは、男性側に見る目が無いのでしょう。」
「む、まぁ、私がエンバー・ライトだと知った途端尻込みするのだがな。」
「前言撤回です。どうやら、見る目は無くとも、損切りは出来るようだ。」
「ハハハ、マッタク、コヤツメ。ジャ、イクゾ。」
「ぐぅ!?ちょ、ま、だから腕を掴まないで下さい!行きませ…………ちょ!!力つぅっっよっ!!?」
認めたくはないが、結局のところ俺に選択権は無かった。凄まじい力で腕を掴んで引きづられ、その後六軒もはしごする様を見届けさせられたのだ。
ちなみに言うと、エンバーは毎回大盛りを食べていた。それも脂っこいものが中心なのだから、運動を辞めた途端間違いなく太るだろう。デブの素と言っても過言ではない。
六軒目の店から外へ出た頃にはもう、日付けをまたぐ頃合いだった。
ここまでずっと掴まれていた右腕は真っ赤に手形が付き、まるで手錠のように俺の行動を阻害する証しとなっていた。
いやこれ、暴行罪に問われないのですかね…………今度ギルドに匿名で、抗議申し立てを送りましょう。
「ん、どうした、腕を睨んで。腕時計なんかつけていたか?」
ええ、あなたから貰った赤いものをね。その思いを見せつけるように、俺は赤くなった腕を指で叩いて口を開いた。
「もういいしょう。俺は帰って寝たいのです、お願いします。もう勘弁してください」
「そうだな、もういい時間だ。明日に響いても困る。帰ろうか」
おや、随分あっさりと退いたな。いやでも不用意に喜んではいけない。何が刺激となり道化が始まるか分かったものではないのだから。
でも、「それでは、俺はこれで」と恐る恐る距離を取っても、エンバーは無反応ウザ絡みをしてこない。それどころか本当に背を向け帰路に着いたのだ。
「…………よかった。ようやく解放ですか」
ホッと胸をなでおろし、ようやく監視の目が無くなったのだと伸びをする。コリをほぐすように首を回してから、俺も宿への帰路に着いた。
そして昨日と同様、人気の付かない路地裏へと入り込んだ俺は、エンバーに奪われた俺の大事な時間を取り戻すように、風魔術で跳びあがり一直線に宿へと戻ったのだ。
今回は宿の前に人気が居なかったことで、俺は時間短縮のため行儀悪くも窓から中へと入り、ひとまずベッドへと腰掛けた。
柔い弾力が尻へと返ってくる。正直このまま寝てしまいたかったのだが、日中大量の汗をかいた状態でベッドに横たわりたくはない。
荒事があった日は特にそうだが、血の匂いや肉片が思わぬところへと付着している事が在るのだ。そういった痕跡を落とさずにいると、いらぬ面倒事を誘発しかねない。
いわばこれは俺のルーティーンである。もう、体を洗わずにベッドに入るなど気持ち悪くてできはしない。
だから、渋々お湯を沸かし、普段使いしている固形石鹸をカバンから取り出した時、それに気づいた。
固形石鹼には、販売している店の名前が刻印されているのだが、それとは別に、簡素な文章が刻まれていた。
石鹸であれば使用すれば文章は消える。紙を使う必要もない。これは、カイニスの手口。
「来ていたのですね」
カイニスの伝言は簡素に二つ。姫の居所と今夜忍んで潜入するとだけある。
「とすると…………どうしましょうかね。」
追うべきか追わざるべきか。
今回はバトーが絡んでいる。何が起こるか分からない。そして姫様救出は早いに越したことは無い。ならば人手は多いにこした事は無いと判断し、俺は軽く汗を流した後、地図を軽く見て方角を確認したのち、宿の窓から外へと飛んだ。
宿の屋根へと着地し、目的地へと顔を向ける。今日は晴。星空がまばゆく輝いているが、三日月のため光量はあまりない。新月には程遠いが視界の明瞭さはグンと落ちている。
「走って汗をかくのも億劫だ。また、飛びましょうか」
ここからポイストの屋敷まではやや距離があるが、途中途中休憩しながら行けば、汗の節約となる。
俺はおもむろに上昇し、鳥と同じほどの高度に迫ると、風を味方に付けポイストの屋敷へと進行した。
屋敷が近づくにつれ、俺の胸中に嫌な予感というものが段々と大きくなった。その最たる理由が屋敷の方から漏れる灯り。
おそらくは日をまたいで一時間たった頃だと思うのだが、到着した屋敷は深夜だというのに、やはり窓から灯りが漏れており、時々そこを人が横切る様に光が遮られていたのだ。
「まさか…………」カイニスのやつ、下手を打ったのではないか?
軽く舌打ちをした時、それは背後から現れた。
「こんな夜更けに食後の運動かアルマ?早く寝ないと、明日に響くぞ」
嫌と言う程聞いた声。嫌と言う程辛酸をなめさせられた声。でも、その今回の声音は、道化を脱ぎ去り真剣だった。そのせいで危うく舌を噛むところだった。それ程驚いた。
もう、振り返らなくても分かるが、俺はその人物を確認せずにはいられなかった。
「ライトさん…………」
紫の長髪と、声音同様真剣な表情をしたエンバー・ライトが、屋敷から漏れる薄明りに照らされながら、ジッとこちらを見ていた。
「…………俺を、着けていたのですか」
「そう言うことになるな。問おう、なぜここに?」
俺のセリフだ。
投げかけたい疑問は尽きなかったが、今はまず言い訳だ。
「いえ、俺はポイストさんとやらの、確認をと…………」
「そうか」と、一言呟いたエンバーは軽く息を吐いた。その仕草はまるで、悪戯を誤魔化し隠蔽した子供が、素直に謝り出なかった時の親を彷彿とさせる。少し残念そうな表情だった。
そして実際、俺の感想は言い得て妙だった。
「…………今回の任務。私は島主の親族、または彼女とは言ったが…………一度たりとも、お姫様なんて口にしてはいなかったぞ。」
「…………あぁ」そうか、あの田舎村の時。そうだったか…………鬼畜クソ女を殺した事で気が緩んだんだ、うっかりしていたな。この島に姫様は公的には居ないのだから、疑われて当然だったか。
あの時カマを掛けられたのか。それとも本当に偶然か。今となっては分からないが、これは致命的な俺のミスだ。
「そして、ポイスト・ビビラヌン子爵は、今回私へと任務を与えた者だ。」
「…………お話を聞いていただきたい。出来れば、肉体言語は抜きで――――」
俺が言い終える前に、エンバーの拳が『ゴキリ』と鳴った。
「――――アルマ、君は何を知ってる?」
※※※※※※※※※
日付をまたいで直後。ポイストの屋敷の人間もほとんど眠りに落ちた頃。
オイラは月明かりすら届かない、屋敷の裏。暗い影が落ちる所から、覆面を被り敷地内を伺ってた。
でも、
「いやに手薄だなぁ…………」
確かに光源――――光る鉱石――――を持つ警備は居るんだがぁ…………うん、目に付くのは欠伸を噛み殺し、同じ巡回ルートを何度も見回る九人程。姫様を匿っている割には少数だ。
まあ、捉えてるのは姫様だ。警備には知らせていない可能性は高いし、他にも誘ってる可能性も捨てきれねぇ。
と、思ったんだが…………。
「杞憂っぽいなこりゃ」
もうかれこれ一時間以上敷地内を探ってんだが、緊張のきの字も無い。普段通りであろう緩い雰囲気が、巡回する警備員の交代時の談笑で確信に変わる。
もしもあれが全部、油断を誘う演技だとしたら、それこそ警備員を辞めて劇団へ転職する事を強く勧めるぜぇ。
ただそうなるともう、今隠れてる屋敷に要はない。
巡回ルートも既に把握済みな訳だし、オイラは奴らの目を盗み、まず菜園施設に忍び込んだ。そこが最も姫が居る可能性が高く、隠すには十分な空間があると踏んだから。
この場所は、巡回ルートからも外れているらしい。何しろ菜園施設は半径五十メートルあるドーム状の造りとなっているのだから、ここの中を隈なく巡回するとなれば、時間がかかるからだと思う。
「もしくは、見られたくない者があるか…………」
誘い込まれた可能性も無くは無いが、最悪の想定はいつもしている。だからそう言った不安要素は頭の片隅に置いておき、いざと言う時迅速に行動できるようスタートダッシュの構えは崩さない。
菜園施設内は、天井に無数に取り付けられた採光窓から、薄っすらと月明かりが落ち、様々な野菜や根菜、そして地域特色にあった果物の栽培風景が浮かび上がっている。
しかも、果物を一つ摘まみ齧ってわかった。これらはみな無農薬栽培だ。馬鹿舌のオイラでさえ、えぐみが無いと分かる。
城の女中から聞いた噂では、ポイストは長生きしたいらしく、食材には拘りがあるのだそう。城に招かれた時には必ずと言っていい程、食材や調理方法に細かな注文を付けてくるらしい。
おかげで裏では嫌われ者だ。まぁだからこそ、噂もすんなりと仕入れられたわけだが。偉い奴ってのは皆こうなのかねぇ…………アルマも大往生したいとか言ってたっけかな。確か。
「さて、と。」
居るとすれば、野菜系統のエリアではないはず。地面から少ししか顔を出さない野菜では、隠れ蓑には程遠い。だから、果物――――うっそうとした木々の植えられたエリアへと迷わず足を運ぶ。
すると、『パキ…………』と言う僅かな物音が聞こえた。それは音を押し殺したようにその後パタリと聞こえなくなったが、ビンゴだろうさ。
ただ、この木々の中、当てもなく探すのは途方もない労力を使う。面倒くせぇのは御免被りたい。
「お姫様なら、また音出してくれて構わないぜぇ。オイラ助けに来たんだ」
一縷の望みにかけ、出来るだけ優し気に声をかけたつもりだったがぁ…………駄目だな。まるで反応がねぇ。
こうなると本当に面倒だ。思わずため息が出て、頭を掻いちまった。
重ねて思うが、木々の中は本当に面倒だ。薄明りすら枝葉に遮られ、ほとんど闇一色となってやがる。
仕方なく、音のした方向を思い出しながらそっちへ進む。
すると、今度はゆっくりとだが、連続した物音が聞こえた。
「ぇ…………ん?」
違和感があった。その音はオイラから遠ざかる様に、不規則に聞こえるんだな。それはおかしいだろう。
だって、普通なら逃げられないよう、拘束されてるはずだろう。遠ざかるってことはぁ…………不自由じゃない。
お姫様じゃあ、ない?
「…………誰だ」
途端にもまた、物音が消えた。
迂闊だった。
ここは泳がせ、近づいてから確認すりゃあよかったのに、これでまた振り出しだ。
暗闇の中、顔も見えない相手との腹の探り合いは、それから数分膠着状態になった。
でも、それも終わりを迎える。
「最悪じゃあねぇの…………ッ」
相手は意を決したのだろうさ。物音を殺すことも辞め、一目散に走りやがったんだ。
しかも、その足音から迷いはない。地の利は向こうにある、つまり…………この屋敷の関係者。
オイラが追いかけ、果物エリアを抜けた時。開け放たれた菜園施設の扉の向こうへ、その背中を見た時にはもう、
「だ、誰かあああああ!!!!!誰かいるぞ!!!!!!」
造園師が住み込みで止まってるって噂の二階建て家屋に、叫びながら戻って行く造園師のおっさんが居たのさ。
「…………ぁ~あ。アルマに忠告しといてこれかよ…………」
おそらくだが、菜園施設の担当は警備員じゃあなく、造園師のほうだったんだな…………うん。
「面倒くせぇ…………」




