03 ニ章 身近に潜む意 エピソード15 サディーの城下
昨日の雨が嘘のような晴模様に対し、軽く天を仰いで深呼吸をした。
「アイツの方は、どうなのかねぇ」
昨日アルマから命じられた通り。オイラは朝早くから変装をして、姫様の居所を探っている。
服装は身なりよく。一級品質のシャツと長袖のジャケット、悪趣味な貴金属のネックレスに加え、下は琥珀のバックルが付いたベルトのパンツルック。所作も装いに負けぬよう自信あり気に背筋を伸ばし、上流階級を心掛ける。
なんなら無精ひげも剃り、化粧までしてんだぞ?この徹底ぶりたるや、我ながら仕事人だ。ボーナスの一つでも貰わにゃ割に合わん。
ほんと、何が悲しくてこんな糞暑い中、長袖長ズボンでいなきゃならんのか…………すぐそこまで出かかった愚痴を何とか飲み込んだのは、今いる場所が上品を心掛けなきゃならんから。要は、城下町だからに他ならない。
城下はサディーの街において最も栄えある場所。横を見ても後ろを見ても、どこを見たって俺が普通に見える程、金持ち連中がわんさかいる。いや、うじゃうじゃと言い換えようか。
道を挟んで立ち並ぶ、高級ショッピングモールは首が痛くなる程高層なものが多く、金をそれだけ積んで出来上がったのだと嫌と言う程理解させられる。
かと思えば古典的でこじんまりとした老舗も少なくはない。たとえば、景観を損なわないよう配慮された、仕立て屋や靴屋の出入り口には店主がわざわざ顔を出し、出入りする紳士淑女の皆さまの財布のひもを緩めていくのだ。
結果として紙袋を携え店から出て行く客の方が、多かった。
噂によると、この地域は偶に島主の親族すらお忍びで下りてくるらしいんだから、まぁ、どこでコネを得られるか分からない以上、最低限身だしなみを整えようとするのは分かる。
分かるんだが、オイラのような裏の人間からすると、とてもじゃないが眩しくて、納得出来る傾向じゃあない。
「やりずれぇなぁ」
おかげで道行く人に気軽に声をかけるということが出来ない。話しかければ即名刺交換と言う名の地位のマウント合戦も珍しくなく、下手に見られた場合によっちゃぁ、その時点で鼻で笑われどっか行けと門前払いも起こりうる。
だから、今のオイラは適当な喫茶店でコーヒーを受け取り、日向ぼっこでもしてる振りしてベンチに座って新聞を読んでいる。道行く人々の会話を盗み聞きしてるところだった。
でも、耳に入ってくるのは、やれ『お見合い相手の顔が微妙だった』とか。やれ『見ろよ、最新の魔術陣だぜ』とか。まぁ、姫様の居所に繋がりそうなものは一切ない。
面倒くせぇよ、ほんとに。いつもなら城に潜り込むくらいはするんだが、今回はバトーが居る以上、下手はうてない。ずっと牽制されてるようなもんだ。
やれることがあまりに少ない。
もうこの際、アルマが帰ってくるまで待って、一個ずつ候補を潰していった方がいいかもしれねぇ…………。
そんな風に諦観を持ち始めた頃、オイラの背後のベンチへと誰かが座った。
「どうじゃ、仕事は順調か。」
その声はオイラの耳元で囁くように聞こえた。風魔術の応用。短距離間の空気の伝播だ。
そしてこの声。間違いねぇ、ようやく動いたかぁ…………、
「…………いいのかよ爺様、こんな所で油売ってて。」
オイラも風魔術のパイプに便乗させてもらい、声を乗せ、会話を続ける事にした。だって、自分で術を出すのは面倒くせぇからな。
「仕事はどうしたぁ?」
「貴様と同じ、道草じゃよ。ちなみに言うとワシは難航しとる」
「そら、仕事ほっぽり出して別の事にご執心とあっちゃぁ、そうだろうよぃ。お前、何企んでんだ」
「話が早いと助かるわい。姫様の居所を教える、速やかに助けに行け」
「はぁ…………まじでお前だったんかぁ」
「カカッ、なんじゃ貴様、ワシを疑ぐりきれんかったのか」
「馬鹿言っちゃあいけねぇ、ただの確認だ、目的は?金じゃあねぇだろう?」
「今はそれより優先すべきことがある。」
「なんだぁ、言い訳ならオイラじゃなくて、ボスに言えよ」
「聞け、奴が蘇った。」
あー…………つーことは…………あの悪魔の事か。災厄じゃあねぇの。
オイラの求める返答じゃあないが、それを聞かされちゃあ、先を促すほかにねぇ。
「あの鬼畜クソ女、今どこに居んだ?」
「まあ、おそらくはあの方の所へ行っただろう。この先読めるのは、奴が死んだパターンと、邪魔が入り逃したパターン。後者となればまた被害が出るが…………まぁ、奴の性格を考慮すれば腹芸は無理じゃ。十中八九死んどる。ただ念には念を。計画を早めに終わらせることにした。」
邪魔ね…………ならきっとエンバーの事だろうさ。
オイラが呆れて嘆息を解いた時、バトーは見透かしたように続けた。
「とは言え、ワシの直接的な手引きではないがな。趣味趣向を知っており、かつ向こうも警戒の外側からの情報となれば、誘導は易い。」
「飯が好きらしいからなァあの女。じゃあ、スプーシャとアポロの二人もお前さんか」
「それは…………知らんの。誰だ」
「珍しいな。お前でも知らねえことが有んのか。アポロは漆黒ランク。スプーシャの方は、ジーランド大陸で成ったばっかの黄金ランクさ」
「ふむ…………黄金ランクの接触はエンバーのみと決めていたんじゃが。いい事を聞いたわい、気を付けよう」
言葉だけを聞けば、イレギュラーだと思うんだが、その声音から動揺は読み取れねぇ。
正直本音なのか、強がりゆえの虚勢なのかも判断が付かねぇ。
表情も読めねぇ今の状況じゃあ分が悪い。腹の探り合いじゃあ、今はあっちに分があるって事だ。
「チッ食えねぇ奴だなァ。」
「そっくりそのまま返そう。あの方を手引きしたのはそっちじゃろう?」
「阿保抜かせ、今の会話で確信した。お前オイラが呼び付けるのまで読んでただろ」
「如何にも。人間には感情と知性に裏付けされた趣味嗜好がある。それに基づきパターンを読むなど造作ない。が、気付くのが早い。やはり気が合うの」
「ハッ、同族嫌悪だ。」
「まあ、そう言うな。年寄りをいじめるものではないぞ。若人よ」
「公私混同はしねぇのよ、面倒くせぇ事になるからな。仕事において、オイラはお前が嫌いだ」
「では、嫌悪が憎悪に変わる前に、話しを切り上げるとしようかの。姫様は今、ポイストの敷地内に居る」
「ポイスト・ビビラヌン子爵か。あんな木っ端…………あぁ、そういやあいつ死刑制度の再制定について、島主に噛みついてたか。お前、そこに目つけて罪おっ被せる腹だなァ?」
「む、何処で知った?」
「さぁてね。島中のおねいさんに聞いてみればいいんじゃねぇ?」
「カカッ、城の女中を誑かしたか、色男め」
「これに懲りたら、既婚の女を雇う事だなぁ間抜け。」
「カカッ、言ってくれるわ。そのような区別、下の者には理解できぬよ。ともすれば、差別とみなされいらぬ諍いを招くわ」
「なら諦めなぁ…………で、敷地内のどこだ?」
「カカッ、それは自分で見つけよ。こういうのは、ドラマチックでなければな」
「何を、お前まだ何か企んでんな。御託はいんだよ、さっさと言えや」
「ほぉ…………カイニスともあろう者が、見つけ出せる自信が無いと?そうかそうか、ならば仕方あるまいて。どれ、年寄りの知恵一つ貸してやろうかの」
「チッ…………お前に借り作るなんざごめんだ。じゃ、オイラはもう行くぜぇ」
「武運を」との白々しい言葉を境に、オイラの耳元から風の魔術が消滅した。
未だ背後のベンチには人が座っちゃいるが、オイラは別に、そちらの方には一瞥もくれない。だって、そいつはバトーじゃあねぇ。本当に見知らぬおっさんだ。
「狸ジジィ」
奴のことだ。どうせオイラを視界に映せるどこかからこっちを見ているに違いない。
もしもオイラが自分で風魔術を使い、背後のおっさんに話しかけていればどうなっていたことか…………いや、その事すらも、バトーは読んでいたのだろうさ。
全部アイツの掌の上。厄介極まりない老獪だ。
でも、今はバトーを締めあげるより先に姫様を救出し、今回の件を有耶無耶にしなきゃならねぇ。
「っとに…………面倒くせぇ」
ポイスト・ビビラヌンの根城は今いる場所から、五キロ行ったところにある三階建ての屋敷。確か敷地内には家庭菜園用の施設や、造園師が使用する物置。彼らが住み込んでいる家屋もあった筈、匿っているとしたらその辺りだろう。
でも、オイラはまずアルマの泊っている宿に向かった。姫の居所を知らせておく必要があると思ったから。
まぁ、宿に向かう道中、アルマの命令通り、オイラが連れてきた手下に指示を出してある手前、必要はないと思うんだが念のためだ。
宿に着くと廊下を見渡し、人がいないのを確認してからこっそりと室内に入る。そして、いつも通りの手順を踏み、情報のメモを残したオイラは、満を持してポイストの居る屋敷へと首を向けた。
途端にオイラの額から汗が床へと落ちる。痕跡が残り考えを改める。
「こりゃぁ…………潜入は日が暮れてからだなぁ、メモにもそう書いとくか。」
オイラはポイストと顔見知りでもねぇ以上、正面から尋ねたって歓迎されることは無い。
かといって今、この日中で忍び込んでも床に落ちた汗や体臭で少なくない疑いを与えてしまいかねない。視界にも映りやすい。潜入には向かない。
加えて、今回はバトーが噛んだ作戦。姫様が自力で脱出は出来ないだろうが、逆に危害を加えられる可能性もほぼ皆無なはず。
万全を期してから行動に移すのがベストだな。うん。




