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ド外道奴隷商くんと鬼畜クソ女ちゃん  作者: スヤニカ
二章 信じられない異名探し

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03 ニ章 身近に潜む意 エピソード14 依頼3

「神、冗談か?」


「ぶっぶ~。ほんとだよぉ。十年ちょっと前までぇ、私神様だったんだからぁ」


「だったんなら、今は違うんじゃないか?」


「違わない。」


 へぇ…………珍しい。

 その時の鬼畜クソ女は本当に珍しく、不満をあらわにした。しゃぶっていた爪を噛み切り、不快な咀嚼音を響かせ、こちらを睨んできた。


「私は神様。人の愛憎を試す存在。そのように彼方様がお造りになられたのだから、今でも変わらない。不敬よ、人の分際で。身の程を弁えなさい」


「彼方()、まだ上が居るのか。困ったな…………それは、大ごとだぞ」


「…………低俗な人間様が、崇高思考なる御方を軽々しく呼ばないで。」


「む、地雷だったか」


「うん、ムカついちゃったぁ。」


「ちなみに、その彼方様はどこに居るんだ。もしかして、今見ていたりするか?」


「…………」


 一発触発。今にも戦闘が始まりそうながら、俺はどうしたものかと考える。

 あの鬼畜クソ女は、俺の魔力、あるいは魔術以外に致命傷は与えられない。だが、その事をエンバーに伝えてしまえば今後が厄介だ。相手は黄金ランクであり、特権を持つ者。しかも俺の表の素性も既に割れている。探りを入れられてしまえば、身を隠したとしても、島中に包囲網を張られお手上げだ。俺の積み上げてきた商売がお終いとなってしまう。


 いや、そもそものところ。俺が、あの鬼畜クソ女のせいで雲隠れしなければいけない状況に追い込まれるなど、死んでも嫌だ。はらわたが煮えくり返る。

 …………あー…………なんだ、考えてたら非常にむかついてきたぞ。さて、どうしてくれようか。

 俺がそんな風に眉間に皺を寄せていた時、エンバーが一歩踏み込んだ。


「まあ、いいか。再生すると言っても無制限じゃあないだろう?」


 と、また一歩踏み込む。


「えぇ~どうかなぁ?わかんなぁいよぉ?」


 四歩目が地面へ着くと、エンバーは自身の拳を胸の前へ持ってきて、ゴキリ、ゴキンと骨を鳴らす。おそらくもう、間合いが整ったのだろう。


「だったら、そうだって言うだろう。よし、これから君が再生できなくなるまで殴りつけよう」 

 

「無駄だって言ったよぉね、ねえ、話し聞いて゜――――」 


 ――――聞いてはいなかった。いや聞く耳を持たないといった方が正しいか。

 エンバーはその場に直立不動のままにしか見えないが、空気の破裂音のみがずっと響くのだ。そしてその度、鬼畜クソ女の体が空間にぶちまけられる。

 頭部、腕、脚、胴体にエンバーの拳以上の大穴が開けられ、内臓が飛び散り、骨子が砕かれ、血液が霧散する。

 最初はまだ原型が残っていた鬼畜クソ女の肉体も、エンバーの猛攻に次第に再生速度が追い付かなくなったのか、いつしか殴りつける部位すら消えて行く。

 そうして、十分ほど後。鬼畜クソ女の肉体は完全に粉砕され消え去り、大気中に鉄臭いにおいが充満したあたりで、破裂音も止んだ。

 

 辺りは今や静まり返っている。

 人間の原形一つをただの殴打で消し去った事実を、ようやく飲み込んだ俺は、ドン引きしながらエンバーへと顔を向けた。


「ライトさん、あなたほんとに人間ですか」


「ん。もちろんだ。これでも加減したんだぞ。最後の方は私の拳圧で肉体が吹き飛びそうになっていたからな。それに、これくらいなら黄金ランクは皆、過不足無く行える。」


 いや、自認が人間であるだけでしょう。傍から見たらやはり人間とは思えない。


「さて、これで流石に死んだだろう」


 そうであってほしんだが、


「…………キヒヒ、脳筋だなぁ…………」 


 やはりだめだった。

 今回は再生するというよりも、暗闇から光の下へ存在が現れるように、その全体像が俺達の前に浮かび上がったのだ。


「すごいな。ここまでして尚ダメなのか。」


「だあぁから言ったじゃあぁん。私、不滅なの神様だから」


「…………そうか。なら君、魔力体だな。」


 お、いいぞ。よくぞ気づきましたねエンバー。

 俺が胸中で感心を浮かべた同じ時、鬼畜クソ女もわざとらしく拍手をしていた。


「あれ、あれあれあれれれれ?すっごぉい、よくわかったねぇ」


「噂を聞いた事があった。遭遇するのは君が初めてだ。しかし、そうすると困ったな。魔術系統は苦手なんだ」


 いや、そこまでお膳立てされればこちらのもの。

 俺も怖気ついていた振りを辞め、やっと声を掛けれると言うものだ。


「魔術が、有効打になるのですか、ライトさん?」


 聞くと、エンバーは「ただ、その前に一応確かめよう」と仄かに口角を上げた。


「――――我がカイナ、諸人送るカシワデにあらず。誰がシンゾウ、ただ朽ちる灯にあらず」


 その詠唱に俺は思わずギョッとした。この女、魔術は苦手と言っていなかったか?


「其の瞳、唯それのみを煉獄映す鏡となす――――」


 今じゃ熱風が吹きすさび、周囲の地面に生えていた雑草が燃えだしているぞ。とてもじゃないが、苦手と言う威力ではない。俺ですら、風魔術で自身の周囲を保護しなければ焼身している。

 とんだほら吹きだ、このエンバー・ライトと言う女。

 

「――――爆蝕。とりあえず、これを一度、喰らってみて欲しい」 


 詠唱の終わりには、丸々と肥えた赤く燃え盛る芋虫がとぐろを巻いていた。


「あれぇ、魔術、苦手なんじゃあなかったのぉ?」


「苦手なんだ。威力の調整が難しくて」


「贅沢な悩みぃ…………」


 燃える芋虫の行進を、鬼畜クソ女は正面から受けた。

 でも結果は分かりきっている。鬼畜クソ女は燃え盛りながらも太々しさを捨て去らなかったのだ。


「しつこいなぁ…………無駄なのにぃ」


「…………そうか。やっぱりだめか。」


 言葉とは裏腹に、エンバーからは落胆と衝撃は感じられない。殴打が無駄であった時点でもう察してはいたのだろう。

 と言う事はだ。


「アルマ、君、やってみろ」


 ようやく出番と言う事だ。

 そしてその瞬間、鬼畜クソ女の表情が僅かに引き攣る。その表情の変化に対し、エンバーが気づかない事を願いつつ、俺も魔術の火を詠唱した。ちなみに言うと、詠唱したのは上級だ。


「ああ、やっぱり上級魔術の心得までは在ったか、君も」


「うるさいですね。詠唱中なので、お静かに願います」


 「お口チャック」のジェスチャーを横目で捉え、俺は詠唱を再開した。

 ほんとうは心のうちなど見せたくはないのだが、エンバーは既に俺の実力を大まかに知っているし、この場所は一般人が居ない事が、上級魔術を使用する後押しとなった。

 要は、鬼畜クソ女を殺すまたとない機会であるから、出し惜しみを辞めたのだ。


 やがて、目玉模様の炎球が俺の頭上に成り、円環状の炎が次々と俺の心象を形つくる。

 炎の輪が形つくる三対の翼は、まるで目玉が幾重にも折り重なったようにも見える、中心部たる燃え盛る目玉模様も合わせれば、全天を見据えるかのような過剰搭載。

 我ながらつくづく思う気色悪いと。常々思う醜いと。


「――――悪徳の火(ソドム)


 でも火を放った後は、非常に心地よかった。溜まっていた鬱憤が溶けていくような充足感。もはや慰安と言っても過言ではない。

 背を向け逃げ出そうとした鬼畜クソ女を、エンバーが殴ってその場に押しとどめたおかげで、俺は悠々と焼き殺すことが出来たのだ。

 

「ふむ、再生しないな。」


 「ええ、何故でしょうかね。」と俺は知らぬ存ぜぬを貫く。


「ライトさんが大分削っていたという事でしょうか?」


「さぁな。しかし、切り替えなければ。時間を取られてしまったからな、早く彼女の救出に行かなければ」


「ああ、そうでしたね。一体、お姫様はどこに居られるのやら…………」


 俺の言葉に対し、エンバーは俺を一瞥して頷いた。


「………………………………手掛かりを探さなければいけない。」


 「だが、その前に」エンバーが消え、「うわ!?」ッという意表を突かれた女性の声が聞こえた。

 死体が置いてある平屋から少し離れた地点――――集落内の砂道を見やれば、エンバーが何者かと対峙していた。

 いや、何者かではない。近づいてみると分かった。女性は赤茶髪のセミロングで、動きやすそうな短パンと半袖姿。

 あれは、


「スプーシャ、さん。」


 呼ばれたスプーシャは「えっへへ」とバツが悪そうに頬を掻いた。その際、言い訳を探そうと身をよじらせるせいで、腰に携えた刀が甲高い音を発していた。


「お一人で何を?アポロさんは?」


「アポロさんはその今は居なくて…………えっへへ…………はは…………はぁ…………やっちゃったぁ…………あたしの馬鹿…………」


「アルマ、君の知り合いか?」


「数日前、トグサの街からサディーの街まで道中を共にした方です。あなたと同じ、黄金ランクですよ」


「…………黄金ランク。名は、スプーシャで相違ないか?」


「え、ええ。ギルドカードも拝見しましたが、確かにそう記載がありましたよ」


「そうか。でも、私はスプーシャと言う名を知らない。そんな名前聞いた事が無い。」

 

「あ、えっとえっと、え、エンバー・ライトさんでしょう?あたしは知ってるよ。そのさ、あたし最近ジーランド大陸で黄金ランクになったばっかで」


「推薦は誰が?」


「ふぇ?す、推薦…………?」


「黄金ランクに成るには、黄金ランクからの推薦が三人以上。もしくはギルド上層部からの勅命の二択だ。誰が?」 


「あ!ええっと…………」


「なぜ言いよどむ?」


 「そのぉ…………」と非常に思い悩んだ末、観念したという風に嘆息を吐いたスプーシャは語りだした。


「たぶん。言っても分からないと言いますかぁ…………信じられないと言いますか…………あ、あはは」


「構わない。教えてくれ」


「…………その、バアル・キャズムさんと、ベレト・シェヘムさん」


「まさか、英雄王の?」 


「あ、そ、そうでぇす…………」


「それが本当なら君は将来有望だが、残念だ。噓はよくないぞ。英雄王バアル・キャズムも、空触のベレト・シェヘムも、フェルメニア大陸が鎖国状態となってから十年以上、消息が分かっていない。どうやって推薦するというんだ。いや、それに、あと一人は一体誰だ?」


「…………あ、あなた、だったりして」


「私?」


「うん、エンバー・ライトさんが、最後の推薦者…………かも?」


「ギルドカードを見せて欲しい。」


「あ、は、はい。どぞ…………」


 エンバーは警戒を敷きながら、スプーシャからギルドカードを受け取り記載を見る。

 瞳が左右に動き、文章を読む。そして読んでいくごとに、表情が険しくなった。

 なんだ?まさか、偽造だったのか?

 俺がその旨を伝えると、()()()()()()()()()()()()()()


「アルマ、君は知らないだろうが、黄金ランクのギルドカードに記載されるインキには、推薦者の魔力を混ぜこんでいる。その者が特権に相応しいと保証するためだ。そして、このギルドカードからは確かに、私の魔力の痕跡を感じる」


「では?」


 「ありえない。」とエンバーは初めて睨みを利かせ、スプーシャのギルドカードを懐へとしまい込んだ。


「えぇ!?ちょちょ、返してよぉ~」


「だめだ証拠として一旦預かる。何度でも言うが、私は君を知らない。何者だ、どうやってこのギルドカードを偽造した?いつ、私の魔力が籠ったインキをギルドから盗み出した?」

 

「もう!ほ、ほら言ったじゃん!絶対分かりっこないってぇ!違うのぉ、それ本物で!」


「漆黒、並びに黄金ランクのギルドカードの偽造は大罪だ。場合によっては、国家反逆罪に等しい刑罰の対象となるんだぞ。この場合、ギルド調停官の介入も視野にれなければならない案件だ」


 『ギルド調停官』か。聞いた事がある。たしか特権を脅かす事象に対する対策機関。ギルド内の風紀を取り締まる超法規的措置だったはず。

 俺も詳しくは知らないが、ギルドを取り締まれる唯一の機関であるためか、存在は知られていてもその構成員と本部は不明。どのように選出されるのか、またいつから存在しているのかも不明。謎が多く都市伝説だと鼻で笑う者も居る。

 ギルドとも運営元が異なるとの噂があり、そのギルドカードは紫色であり漆黒ランク相当以上の特権を持つらしい。


「特権とはそれ程重い権利であり、軽々しく背負ってはいけない業そのもの。世界からの信用の証しだぞ。」


 エンバーは念を押すように、諭すようにスプーシャに言及したのだ。

 その時の俺はと言うと、事態の深刻さをいち早く察知し、距離を取って見守っていた。


「しかもあろうことか、私の名を借りるとは…………こんな挑発も初めてだ。先ほどまでこちらを黙って観察していた件も含め…………君、覚悟はあるんだろうな?」


 エンバーの拳がゴキリと鳴る。臨戦態勢とみていいと思う。

 でも、


「ら、ライトさん。誘拐の件はどうするのですか!?」


 俺の不安に対する答えは、「すぐ終わる」の一言で済まされてしまう。 

 一方スプーシャは頭を抱え、「うごごご…………しくったぁ…………」とか、「バレる前に帰る予定だったのにぃ…………」とか、非常に後悔の念が浮かんでいる。それはもう、気の毒な程だった。

 でも、勝手に名を借りられたエンバーからすれば、そのスプーシャの態度も挑発と感じたらしい。


「何をブツブツ言っているんだ君は。」


「あ、あの!すみませんが…………そのぉ、見逃して下さりませんでしょうか…………な、なんてぇ?」


「その言い分は、私ではなく、衛兵にでも聞かせるんだな」


「で、ですよねー…………」


 そして、聞き馴染んだ破裂音が響く。直後、驚愕が俺とエンバーを襲っていた。

 エンバーは、スプーシャを殴りつけた状態で、止まっていたのだ。

 つまり、


「私の一撃を、受けたのかっ」


 文字通り。エンバーの拳は、スプーシャがいつのまにやら抜刀していた刀の背で受け止められていた。


「ご、ご挨拶だなぁ。もう!」


 軽い感じだが、状況は真逆に深刻だ。

 片や刀、片やただの拳であるにもかかわらず、火花が散るつばぜり合いとなっている。


「相変わらず、なんで素手で刃物以上に硬いんだッ、コンニャロ!」


「相変わらず…………か。知った口ぶりだな、君、本当に何者だ?」


「ぁ、しまっ。もう…………ッ」


 「とおりゃ!」なんて掛け声の後、両者は同磁極が弾かれるように距離を取って、様子をうかがう。

 エンバーはすり足で円状に動く。スプーシャは刀でクルクルと手遊びし、逆手に持ち換えた。

 そして、互いに隙を探っている最中、ついに呼吸があったのか、二人の姿が俺の視界から消える。


 援護射撃なんて概念は俺にはない。と言うか、見えないのだから当てられないし、思えばエンバーとスプーシャがこのまま戦い共倒れしてくれるのならば、それに越したことは無いとまで思っていた。

 と、その時、エンバーの大声が俺をその場に縛り付けた。


「アルマッ、そこを動くな!」


 それが、人外共の開戦の狼煙だったのだ。

 瞬きの間に数度爆音がしたかと思えば、大気が揺れ、村の周囲の木々が強風にあおられたかのように薙いだ。

 時間の経過と共に、あちらこちらの地面が爆ぜ、隕石でも振って来たかのようにクレーターが出来る。

 遠くに見える平屋の屋根に着地したのか、ひしゃげ半壊する。その事を辛うじて想像できたのは、火花にも似た痕跡が残影を生み、空間に軌跡を結んだからだ。


 時には、背後に気配を感じた刹那には強風が吹き荒れ、俺は尻餅をついてしまう。立ち上がれば即座に空気圧が鼓膜を圧迫し、耳をふさがざるを得ない。

 目にも映らぬ速度で景色が破壊されていく様は、まさに人知の及ばぬ災害だ。 

 とすれば、ただの人間たる俺には、なすすべなどなかった。とりあえず風圧だけは防ごうと風魔術を展開したが、その程度しかできない。

 ちなみに言うと、もうかれこれ三十分程、この戦闘は続いている。


「すぐ終わると、言ったではないですかライトさん…………」


 もう、何というか帰りたかった。だって俺が居てもいなくても何が変わるわけでは無いのだ。

 そう思ったのが悪かったのかは不明だが、急に硬質な音が鳴ったかと思えば、俺の顔のすぐ横をスプーシャが手放したであろう刀が横切った。 

 正直に言う。肝を冷やした。まさか、エンバーが実力行使で釘を刺してきたのかと邪推した程だ。

 だってあと数センチずれていれば、俺の顔面を貫通していた。その証拠に俺の頬には一筋の切り傷ができ、赤い血が流れたのだから。


「…………肉体言語は、勘弁していただきたい」


「同感だッ」


 その声は左の方から聞こえた。見やれば久方ぶりに二人の姿が見える。

 刀を弾かれたであろうスプーシャだったが、格闘戦も心得があるのか、エンバーと打ち合い交わし合い、時に捌き合い、拮抗している。ともすれば何度も手合わせした稽古の…………いや、それはさながら演舞のように流麗だった。

 驚きだ。拳帝とまで言われるエンバーと殴り合いが出来る者がいるとは。

 そして、その事実に最も愕然としているのは、エンバー自身の様だった。


「先ほどから私の先を読んでいるように動いているな。稽古をつけた憶えはないが?」


「し、知らないしらない、秘密っ!」


 スプーシャが拳を突き出し、エンバーもそれに合わせた。

 両者の拳が正面から激突し、衝撃波が周囲を薙ぐ。

 そして、ジリジリと押され、仰け反って行ったのはエンバーの方だった。 


「…………っなんだ。これは…………」 


 まるで力が抜けていくように足の踏ん張りがもたなくなったエンバーは後方へと吹き飛び、その隙を見てスプーシャは姿をくらませたのだ。


 俺は正直迷った。このまま逃げたとしても、今の戦闘に怖気付いたのだと言い訳は出来ると考え、回れ右まではしたのだ。 

 でも、先の事を考えればここで印象を悪くして探りを入れられるよりも、エンバーを迎えに行き、少しでも自身は無害な一般人であると思い込ませた方が、追及された際言い訳を汲んでもらえるのではないかと思い直し、俺は結局、彼女の下へと走り寄ったのだ。


「大丈夫ですか、ライトさん?」


 「…………ああ」と、土埃や切り傷の血を拭って立ち上がったエンバーは、浮かない表情だった。

 まぁ、気持ちは分かる。得意とする拳闘で黒星を付けられたのだ。無理もない。


「アルマ、君はあの女性の素性を知らないのか?」


 何度聞かれても本当に知らないのだ。叩いたって埃は出ない。

 俺は肩をすくめて「さぁ、とんとわかりません」と首を横に振った。


「そうか、スプーシャのさっきの剣技、刀での手遊び…………アレに対し、私は既視感があった。」


「おや、ではやはりお知り合いなのでは?」


「違う。君で言う、黄金ランクの名前は知っていても、顔は知らないのと同じだ。」


「はぁ、あなたは遠回しな表現がお好きですね。つまり、何だというのですか?」


「ギルド最強の男は、英雄王バアル・キャズムで間違いない。では、女では誰なのかと問われたら、君は誰を思い浮かべる」


「確か、ジルメリア・ヴァルミリオ、でしたか。ギルド最凶の女と言う、物騒な異名の持ち主だったかと記憶しておりますが…………?」


「そうだ。私は一度だけバアル・キャズムの剣技を見たことがあるから分かる。スプーシャの剣技とは違う。彼女の手癖はまさに、噂に聞く最凶の女のソレだった。」


「…………ですが」


「そうだ。今や全世界各地にあるギルド。だが、ダグバ・ガイが創めたギルドの縁か何なのか…………英雄王も、魔術王も、そして最凶の女も。その全てが、フェルメニア大陸に居る筈だ。」


「魔界ジーランド大陸ではなく、鎖国されたフェルメニア大陸から、進出してきたという事ですか」


「分からない。そうであるなら、わざわざ嘘を吐く必要もないし、ギルドカードを偽造する意味もない…………この件はギルド上層部に報告しなければならない…………な。っ、ん?」


 エンバーは慌てた様子で自身の懐へと手を入れる。続いてお尻のポケットを叩き、前のポケットもはたく。

 その状態で一時停止した後、「やられたな…………」とため息を吐いたのだ。


「一体どうされました?」


「さっき、スプーシャの刀を私が弾いた時だろうな、彼女のギルドカードが無い。おそらく奪い返されている。」


「おや、証拠紛失、失態ですね」


「いけずめ…………まぁ、もっとも、その前にお姫様の救出が最優先だがな。」

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