03 ニ章 身近に潜む意 エピソード12 依頼
「…………なぜ」と言う俺の疑問は、朝から始まった。
「おはよう。アルマ」
「なぜだ」クソのような悪夢にうなされ、飛び起きた俺の真横には、エンバーが居たのだ。
昨日同様のパンツルックに半袖姿。紫の長髪を背中に流し、椅子に座って足を組み、俺の寝顔をボーっと見ていたのだ。
でも、俺は昨日、エンバーに宿の場所は教えていない。
いや、そもそもの話だ、
「どうやってここへ入り込んだのですか、あなた」
「宿屋の主人に合鍵を貰った。」と、こともなげにエンバーは鍵を振りながら言う。
「私は黄金ランク。特権があるからな。この程度朝飯前だ。いや、朝飯は食べたけど。」
「では、なぜ俺の場所が分かったのですか」
「昨日、強盗を衛兵に突き出した後、ギルドで君の事を調べた。唐紅らしいな?後はまた特権だ。関所から情報を貰い、モーニングコールに来たんだ。」
「…………くっ…………ストーカーではないのですかコレ。何か、何かの犯罪に抵触してるのでは!?」
「私は黄金ランクだぞ。特権を持つ者は皆、筆記試験と厳正な精神鑑定をクリアしている。犯罪を犯し特権を脅かすような真似はしない。知っているだろう?」
「にわかには信じがたい。特に、あなたのように人の寝室に不躾にも侵入する輩はねっ」
「ひどい言われようだ。」
「言われるようなことをする方が悪いでしょう!」
「ふむ、気を悪くしたのなら謝ろう。ごめんね」
「いいよ。となる訳有りますかっ。で、どのような御用で?」
「実は、私は今極秘裏に任務を受けている。」
そう切り出された時、非常に嫌な予感がした。いや、確信がした。
「任務内容は、このサディーの島主の親族誘拐、その解決のためだ」
ほら見た事か。
どうなっているのだと俺は天井を仰いだ。
「ま、待ちなさい。極秘なのでしょう?なぜそれを俺に?」
「ああ、君にも手伝ってもらおうと思って」
「話を端折りすぎです!そもそも、な、なぜ俺なのですか!知っての通り、俺は唐紅ですよ。本来ならば、薬草採取や町周辺の魔獣生態の調査といった、軽作業を主としているはずです」
「それは、実力に沿った依頼を受けねば、いらぬ損害が生じるから設けられている措置だ。ギルド創設当初はもっと大雑把な感じだった。と、学んでいる。」
「仰っている意味が分かりませんが」
「君の実力は、もっと上だろう?」
「な、何を根拠に」
俺のせめてもの抵抗に対し、エンバーは「これ」と、俺の周囲をなぞって言うのだ。
「君は終日中、魔力量を偽装してるな。」
しかも、見抜かれたのはそれだけでは無い。
「普通、魔力を偽装する際は、己の体外に漏れ出ないよう押し込めるのが定石だ。でも、君のは違う。君のそれは、あえて自身の魔力を垂れ流し続け、その余剰分で薄く幕を張る様に偽装工作されている。魔力を常時消費し続けるようなものであり、普通ならば魔力が枯渇し生命活動すら危ぶまれる自虐。本来ならば考えもつかない。でも、君はケロッとしている、私が出会ってきた中でも一等抜きんでた魔力量だ。その点においては、黄金ランクに踏み込んでいるぞ。」
ここまで解析されてはもう絶句だった。
俺はエンバーの講釈を、渋面を浮かべ聞く事しかできない。
「ただ、私が最も感心したのは、それだけの魔力量を持っていながら、汎用魔術を使用する際、過不足無い威力に抑え、応用できる腕前だ。並大抵の術師じゃないね、君は。」
決まりだ。黄金ランクを舐めたつもりはなかったが、予想以上だった。
この女、昨日の馬鹿なやりとりの間にも、俺の事を吟味し観察していたのですか!?
「え、何を驚いているんだ?」
「…………い、一体いつから気付いていたのですか」
「何時と言われると、最初からだから…………相席した時だな。」
開いた口が塞がらない。
じゃあ何か?俺はずっと泳がされていたという事か?
「うん。そうでも無ければ人見知りな私が、漆黒ランクだと思って…………仲間意識を持って話しかけられるわけが無いだろう?」
「不法侵入する人見知りが居てたまるものですか…………げに恐ろしき黄金ランク、ですか」
「怖がらなくてもいい。私の敵は悪人だけだ」
今、あなたの目の前に居るのですがね…………。
いや、ここで主導権を握られてはいけない。なんとかおかえり願うのだ。
「俺よりも、正しく漆黒ランク以上の方へ、声をかけた方がいいと思いますが」
「残念ながら、私の友達は皆出払っているんだ。確かにそれ以外の人もいるが、気が合う者の方がやりやすいだろう?」
「いえ、気は合わないと思うのですが」
「ハハハ、キミハジョウダンガジョウズダナ」
「片言なのはなぜですか。恐い。やめて欲しいのですが」
「だって、私はもう君に任務を話してしまった。情報漏洩だ。困ったぞ、このままでは君を衛兵に突き出さなければならない」
「あ、あなたは友人を脅すような方なのですか!?八百長も大概にしなさいよ!?」
「お、認めたな。私は今ご満悦だぞ」
「~~ッこ、言葉のあやですがッ、例えばのお話なのですが!ご理解いただきたのですガァ!?」
「まぁ、そうでなくとも、特権をフル活用して、君を嫌が応にも連れ出すのだが」
「お、横暴だ…………職権乱用ではないのですか、ソレ。なぜそんなにも俺に執着するのです」
「私は傍目に見ても可憐で、乙女だろう?」
「苛烈で化物の言い間違いでは?」
「うん、いいぞ。やはり君は反応がおもしr…………すごく頼りになりそうだ。」
「お待ちなさい。今、俺を道中の玩具とみていませんでしたか?」
「ハハハ、マサカソンナ。オモチャトタワムレルトシデハナインダ」
「…………白々しい…………偽るときに片言になるのをおやめなさい。それではまるで、あなたの方が、喋るブリキ人形のようですよ」
「まぁ、それ以外にもあと、私の友人に雰囲気が似ている。気安くボケられる。小気味いいツッコミは、ボケ冥利に尽きるんだ。気持ちいいな?」
「…………自覚があって呆けているのが本当に厄介ですね…………あなた。御友人の心労お察ししますよ…………こんなのでも、社会的地位は最上位なのですから…………」
「羨ましくなったか?なら、君も黄金ランクを目指してみるといい。」
「ごめん被ります。だいいち、目指して成れる者ではない」
「ふむ、結構便利だぞ?今みたいに友達を連れだす時とか、あと食事のときにちらっと見せると、割引してくれたりする。」
「そんなクーポン券みたいに!?ほ、他に使い道は山ほどあるでしょうに…………あぁ、もう…………どうすればいいのですか、俺は」
「うん、まずは着替えてくれ。その後、ここから東にある田舎へ行く」
なんだと?
その情報は、カイニスと相違ない。
「その情報はどちらで?」
「偉い人からだ。」
簡素な返答ながら、追及は許さないという迫力がある。
ここは退いた方がいいですね。
「…………そうですか。わかりました。今着替えましょう」
「ああ、分かった」
とは言うが、しかし、
「……………………」
「……………………」
エンバーは俺が立ち上がって、上着を脱いでも、無言でそこにいる。
続いて、ズボンに手を掛けても、食い入るように見てくる。
「あの」
「なんだ?」
「…………俺が着替えるの、見てるつもりで?」
「減るものじゃないし、別にいいだろう?」
「羞恥心は無いのですか?」
「君もいい大人だろう?」
「まあ、そうですが。言っておきますがあなたよりは若いですよ。」
「その歳になって、裸を見られ、裸を見て恥ずかしがるなんて…………そっちの方が恥ずかしくないか?」
「くぅ…………こ、の…………ふぅ…………ふぅ…………ッ!!!」
お、落ち着け。落ち着くんだ俺…………。彼女の言うことも一理ある。だから落ち着くんだ。
…………クッソが!!!!
「…………そうですね、しばしお待ちを」
「おお、早く脱いでくれ。君は顔がいいからな、目の保養にな――――」
俺はその日、生まれて初めて黄金ランクを、部屋の外まで蹴り飛ばすという快挙を成し遂げた。
「――――出てお行きなさい!!!この助平がぁ!!!!」
「い、たた…………友人を蹴るとは、ひどい奴だな」
言い訳は聞かず、俺はドアを勢い良く閉める事で、煩わしさから少しばかりの猶予を勝ち取ったのだ。
そして、身支度を整えてから、俺は満を持してエンバーの下へと戻った。
不本意ながら、彼女の背名を追いかけ宿を出ると、今日は晴だった。
宿にほど近い所へは馬車が停まっている。おそらくはエンバーが乗って来た代物だ。黄金ランクなのだから、それなりの手段は持っているのだろう。
「良かった。あれで行くのですか、なら疲労は抑えられそうですね」
「いや、田舎の方は道が整地されていない。昨日の雨でぬかるみ、馬車だと車輪がはまる可能性があるから乗らないぞ」
「では、歩き。ですか」
「それだと日が暮れる。」
「はぁ?ならばどうするおつもりか」
俺はこの後すぐ、聞かなければ良かったと後悔する。
なぜなら、「こうする」と言われた直後、俺はエンバーの肩に荷物よろしく担がれていたからだ。
ゾッとした。昨日の体験と、強盗の末路が脳内にフラッシュバックしたから。
「…………あの、俺はか弱い小市民で」
「口を閉じた方がいい。舌を噛むぞ」
そして反論は閉口させられた。
異様な浮遊感が内臓を揺らしたと思えば、俺は空中からサディーの街を見下ろしていたのだ。
その後、直ぐに屋根の上へと着地し、またも空中へと跳ぶ。その飛距離は一度で数キロにおよび、強風が俺の髪を巻き上げる。
その異常行動は延々と続くのだ。僅か数分のうちにサディーの街並は衰え、郊外を抜け、今や木々が生い茂る緑の景色へと移り変わっている。
その間、ちらと見えるエンバーの顔は普段通り。冷や汗も疲労も感じない。しかも、見たところ彼女は土魔術による跳躍補助も、風魔術による飛行補助も行ってはいない。純粋な身体強化による脚力のみで今の芸当を披露していた。
「っ化物…………め」
「ん?魔獣か?どこだ??」
違う、あなたの事だ。
黄金ランクの性能をまざまざと見せつけられ、俺は決して目を付けられてはいけないと胸に刻む。まぁ、極秘任務に巻き込まれた時点で今更ではあるのだが…………。
そうこうするうちに、「よし」との短かな確信を吐くとエンバーは跳躍を辞め、俺を下ろした。
「ここは…………」
見渡すと木々の中。陽光が葉の間から落ち込んでいるので暗くは無いが、人気は無く、獣道すら見当たらない。完全な深緑地帯だった。
「ここからもう少し行ったところに集落がある。彼らに気付かれぬよう、木陰から見てみよう」
「その前に、あなたの作戦を教えていただきたいのですが?」
「悪い奴をぶっとばすんだ」
「それは、目的でしょう。手段を問うているのです」
「悪い奴を見つけて、近づいて、ぶっ飛ばすんだ」
「っ、あのねぇ…………俺は真剣に聞いているのですよ!?」
要領を得ない返答に対し、たまらず俺が声を荒げると、エンバーは表情を引き締め口を開いた。
「今回はギルド上層部を介さず、国から直接依頼を受けた任務。これは珍しい事でな」
「な、なんです、急に知性を光らせて…………」
「茶化してはいけない。真面目な話だ」
「こ、の…………はぁ…………はいはい、どうぞ…………」
「歩きながら話そう」と、エンバーはおもむろにも歩き出してしまった。
ならば仕方ない。俺も嘆息と同時に歩みを進める。
「君もギルドメンバーなら知っていると思うが、ギルドと国は不干渉。これは世界条約だ。何故かわかるか?」
「当然です、四百年前の戦乱の時代を平定した七英雄。その筆頭を務めたダグバ・ガイ。彼がギルドを創設したのは、傭兵――――今でいう冒険者を国から削ぐため。要は、あまねく戦力を取り上げ戦争を行えぬよう、国家間の力の均衡を保ったのでしょう。何を今さら…………」
「大筋は合っている。ただ、それは建前だ。当初の彼は、そんな大仰な目的があったわけでは無いの」
「どういう意味です」
「十余年前。ダグバ・ガイが生きている時、私は彼から話を聞いた事があるからな。曰く、戦乱を終えて間もなくは、数々の死傷者や行方不明者が続出した。だから最初は、そう言った人々のための、ただの寄り合い所だったそうだ。それが、七英雄と言うネームバリューに誘われた国が、是非我が国にも籍を置いてほしい…………と、あれよあれよと名乗りを上げ、今に至るという訳だ」
「で、その話し。今回の件とどうご関係が?」
「言っただろ。そう言う体裁上ギルドは国内の事情。派閥争いや戦争には基本的に関与しない。国自体から依頼を受けたと在れば、不干渉の禁を破る事になる。だが、今回の任務はこの国から直接私へと依頼が来た。しかもなぜか都合悪く、私の友人達も任務で出払い、両親も抽選で当たった旅行で留守。タイミングが良すぎる。まるで…………人質だ」
「…………考えすぎではないでしょうか」
このエンバー・ライト。馬鹿かと思えば、思いのほか思慮深いようだ。
普段は道化の仮面でも被っているのか?なんにせよ、用心が必要だな…………。
「極めつけには、ギルド上層部も今回の件を黙認している節が見受けられる。」
「なるほど。」
ここまで彼女の話を実現できる者がいるとすれば、十中八九バトーの仕業でしょうね。我がしべながら、ギルドを黙らせるなどと…………顔が広いではないですか。
だからこそ、厄介極まりない。
「では、ライトさんは裏があるとお考えで?」
「そういう事だ。少なくとも、ダグバ・ガイが睨みを利かせていた以前に比べれば、だがな。あと、エンバーでいいぞ。さんは辞めよう、距離を感じる。」
「では、ライトさん。以上を踏まえ、作戦をお教えいただきたく」
「む。いけずだな…………まぁ、いいか。ひとまずは密偵だな。保護対象が居そうな場所を忍んで探す」
その時、「あ、見えたぞ。」と、エンバーは立ち止まった。
枝葉を押しのけるように視界を確保したその先に、集落はあった。




