03 ニ章 身近に潜む意 エピソード11 ファウスト卿
皆が寝静まった深夜。
サディー首都のなから中央にそびえる城。その中階層にて。
「ファウスト卿」
夏ゆえの寝苦しさを、雨音を子守歌とする事で落ち着かせようと廊下に出ていた所だった。呼ばれ、振り向くと、廊下の暗闇から会食の時の男がゴマをするように近づいてきた。
「珍しいな、ポイスト殿。こんな夜更け、この場所へ何をしに参った」
「今回の計画。その再確認にと」
「貴様…………隠す気はないのかの」
「いや、その…………姫様の誘拐ですぞ、念には念を入れたくなると言うもので」
「カカッ!!そう言う意味では無いわ。その不細工な猿真似を辞めろと申してるのだ。レヴィ」
途端。「キヒヒ…………」とのドアがきしむような笑い声が廊下に響く。
そして、風魔術の声真似が拭われ、ポイストの姿がブレ、水魔術のヴェールが剥がれ去った。
今や、アイスブルーの長髪と、暗闇に溶ける様に薄いネグリジェ姿の美貌が廊下に現れていた。
「つまんなぁ~ぃ。ノリわるぃーい。おじいちゃんさぁ冗談通じないよねぇ~…………」
いやらしく唇を歪め、挑発するように自身の肢体を撫でまわす。
悪魔は、甘ったるい声を発する。
「歳食ったらぁ…………やっぱり何もかも枯れちゃうのぉ??」
「カカッ。貴様を不機嫌にできたなら本望…………いつ、蘇った」
「今~~さっき。だからド外道君はぁ、きっと私の夢を見てる。苦しくて痛くて、耐えがたい悪夢を見てる。あの心には、私と言う傷痕が出来てる…………キヒヒ…………素敵♡」
「嫉妬に堕ちた者ほど醜い絵は無いの…………して、何しに参った」
「もっちろん。ド外道君の邪魔。混乱。荒らし~。あ。荒らしってェ今降ってる雨と掛けた訳じゃぁないよぉ~??」
「掛けていたとしても、笑う事は無いのぉ。安心せい」
「キヒヒ…………ねぇ、今回はさぁ、おじいちゃんもド外道君のことぉ困らせたいんでしょう??どうぉ?一緒に遊ぶぅ??」
「それでわざわざ、ワシの所に来たのか。大概…………貴様も暇なんだのぉ。」
「もぉ!ひっどいなぁ。で、どーするどうするぅ!?あたしと恋人繋ぎぃ~しちゃう??」
「カカッ…………生憎と貴様のような悪女は趣味ではない。」
「え~~じゃあ、お望みならぁ…………清楚にもなれますわよ」
その言葉尻は、別人のように凛とし、鈴の音のように美しくなった。顔は同じ。肢体も変わらぬはずなのに、まるで同一性は感じられず、清らかに偽装されている。
「どうかしら、お気に召して?」
「アルマ様の言葉を胸に刻んだ我らは…………そのような虚飾に惑わされることは無い。貴様、ここに来る前に人を食らってきているだろう」
「…………キヒヒ…………」と元の悪女へと戻る。
「なんで分かったのぉ?」
「貴様の醜悪な臭いは、雨でもおとせん」
「バレちゃった失敗しっぱいぃ~。」と悪びれる様子もなく、嘲笑する。
「なぁんだやっぱりつまんなぁ~い。あ、隠蔽よろしくねん☆」
「ワシの前から去れ。穢れが移る」
「はいはー…………ッぃ」
悪魔が背後を見せた時、隙を見計らい放った風魔術の真空刃が、その輪郭を損なわせ跪かせていた。
「…………つ。ひ、ひどくなぁーい?右足…………無いなっちゃったよん?せっかく言われた通りしようと思ったのにぃ」
「誰が立ち去れと言った。」
慎重に距離を詰め、悪魔の血がつま先を濡らしたところで見下した。
「ワシは、死ねと言ったのだ」
「キヒヒ…………まぁじぃ?」
「無論。アルマ様の汚点を、ワシが見逃すわけがなかろう」
「そのド外道君をぉ…………ハメようとしてるのはぁ、そっちじゃん?」
「あの方は王となる。ワシはその惡の華道を整地しているにすぎん。」
「え~~王道なんてつまんなぁ~い」
「問答無用。あの方が行くは外道ならば。冷酷で残忍な惡を統べる王となる。下品な表現を慎まねば切り刻むぞ」
「下品て、アハッ!アハハ!ちゃんちゃらおかしぃ~~、おじいちゃんならおしっこもうんちも垂れ流しでしょう?もう、潔癖症なんだからぁ☆」
「…………この世に貴様のような薄汚い悪は、ただの一つもいらぬのだ。」
「じゃあ、おじいちゃんも、ド外道君もぉ…………私も含めてみぃ~~んな…………死んだ方が良くなぁい?」
「カカッ、何事にも例外はある」
「キヒヒ…………それが自分だってェ?」
「まさか。」と鼻で笑う。「あり得ない」と侮蔑を孕んで声を出す。
「必要悪とは即ちアルマ様。あの方だけが君臨する玉座だ。貴様が座るは便座だろうな、鬼畜クソ女に相応しいわい」
「言ってくれちゃって。そんなに悪人が嫌いならぁ、目玉ほじくって食べちゃえばぁ?」
「――――貴様、愚弄するかッ」
「キヒヒ…………あ、ほじくったのはぁ傷口だったかなぁ?叫んで大丈夫ぅおじいちゃん?血圧上がっちゃうんじゃないのぉ??」
「…………明日は晴れてもらわねば。アルマ様のお召し物が汚れてしまう。子守歌は終わりじゃ。速やかに逝ね」
そして、音もなく、衝撃も無く、悪魔の姿は粉みじんにも裁断される。
赤色が廊下を汚す。まるでヘドロのような肉片が廊下に広がる。
しかし、それだけだ。
「キヒヒ…………ぁ~んイクイク~逝ッちゃったぁん…………キヒ、キヒヒッ!!」
悪魔の命までは奪えない。時間が巻き戻る様に、赤い体液は一所へ戻って行き、骨が伸び、血管が復元され、四肢を形つくり、最後には美しい外面が何事もなかったかのように微笑んでいる。
「じゃねー。明日から大変になると思うけどぉ、頑張ってー♡」
悪魔の姿は闇に溶けるように消えて行った。
どうせ追っても無駄だ。いくら切り刻みすり潰そうと蘇る。
どうせ捕まえても無駄だ。いくらでも悪魔に魅了されたものが盾となる。
「…………やはり、アルマ様以外に致命傷は与えられんか。」
大きくため息を吐き、その次は、ため息と見分けのつかない深呼吸で心を鎮める。
「…………フゥ…………アレが現れる前に事を終えたかったがやむをえまい。幸い、既にエンバーはアルマ様へと接触した後だ。なんとでもなる。また、展開の組み換えを行うとするかの」




