03 ニ章 身近に潜む意 エピソード05 邂逅2
「フンフフーン♪」
俺の後ろでのんきにも鼻歌を歌う、無邪気な馬鹿――――スプーシャはただの馬鹿ではなかった。
「黄金ランク…………彼女が…………?」
信じられないというよりも、信じたくなかった。
でも、そうであるならば、俺の背後を取った事も頷けることが妙に癪だ。もちろん俺は世界全体で見れば弱い方だ。小粒と言う表現が最もしっくりくると理解している。
甘く見積もっても、漆黒ランク程度の実力しかない。
しかし、黄金ランクと言えば、ギルドメンバーの頂点。世界を生きる英雄の証しだぞ。
その全てが何かしらの功績を為し、人々を救ったがゆえ自ずと成る。決して、成ろうと思ってなるものではない。
全てを塗り上げ、混ぜ込んだ漆黒ランクから一筋の光明を見出し、人外の領域に足を踏み入れた化け物共の総称。それが黄金ランク。
戦乱の世を平定に導いた七英雄――――勇者ダグバ・ガイ達の轍を歩く者。
それが悪人の敵。
つまり俺の敵。
決して交わらぬ道だと思っていたが、
「まさか同じ道を、共に行くことになるとは…………思いもしませんでしたね。」
「あ、はは…………すみません。アルマさん、勝手についてきてしまって。スプーシャさん、言っても聞かなくって…………すみません。」
「いえ、サディーへ行くのは同じなわけですし。嫌が応にも進行方向は交わるでしょう」
「いやぁ…………すみません。」
と、平謝りをしているが、このアポロ・オーガスと言う青年もただ者ではない。
彼は俺と同じタイプだ。近くによれば鋭い物ならすぐに気付く。魔力量を偽装している。端的に言って、バケモノ…………、
「…………アポロさん、あなたももしや黄金ランクで?」
「え?いや。俺は漆黒です」
こともなげに言うが、それでも凄まじい事だ。
本来、漆黒ランク以上は単独行動が常。理由は単純、彼らの動きに付いてこれる者が、同ランクからに限られるからだ。
そして、漆黒ランク以上ならば、大抵の事は単独で事足りる。ゆえに、世間では『疑似英雄』とまで言われている。黄金ランクに準ずる者だ。
それが、二人揃って行動している。
「あなた方の目的は何なのです?」
「秘密です。言えません守秘義務がありまして」
とすると、もしかしたら、行方不明中のお姫様の捜索かもしれないな。
でも、踏み込むのはよそう。変に勘ぐられ逆に尋問されては俺の方が不利だ。
正直逃げ切れる自信が無い。
いや、踏み込まない理由は他にもある。
俺は、スプーシャ・アールマティなどという黄金ランクの存在を知らない。
この世界の黄金ランクは現存三十名だったはず。その名簿の中に彼女の名前を見たことが無い。
しかし、知らないからと言ってあり得ないとも言えない。
たとえば、ジーランド大陸から渡ってきている可能性もある。そちらの方で最近襲名したとすれば、俺が知らなくとも頷ける。
それに少なくとも、スプーシャの見せたギルドカードは本物だった。一見して偽物には見えなかったのだ。
あれらは魔力が混じった特殊なインクで文字が記載されている。偽造は困難な筈。
暫定ではあるが、本物として話を合わせた方が無難だと俺は判断した。
だがその時、まるで俺の考えを見透かしたように、ともすれば、釘でも刺すように、アポロの方からスプーシャの事情を口にしたのだ。
「スプーシャさんは、最近黄金ランクに成ったばかりで。嬉しいんでしょうね、すぐに見せびらかすんですよ…………大目に見てください」
ならば、その件には踏み込んでもいいのだろう。
「出身はどちらで?」
「俺も彼女も、ジーランド大陸から。あ、一応渡航履歴もありますが…………見ますか?」
そうか。ならば本当に俺が知らないだけの可能性が上がった。
しかし油断は禁物だ。用意周到が過ぎる。偶々道中知り合った者に対して、そこまでするだろうか。
俺は出来るだけ温和に努め、アポロの渡航履歴を探す手を置し留めた。
「いえ、別に疑ってはいませんので。結構ですよ」
「あ、そうですか?ジーランド大陸からって言うと、皆証拠出せって言って来るので。つい…………」
まぁ確かにそういう輩も多いだろう。
ん?逆に言うと、俺の今の言動は珍しかったか?…………もっと一般人のように食いついた方が良かったかもしれない。
だとすれば誤ったか。まぁ、些細な事だろう。いまさらです…………そうであってほしいのですが、
「あの、サンさん。俺も聞きたいんですけど」
「構いませんよ、アルマさん。で、結局フルネームを呼んでいるのと変わりませんし、俺もそちらの方が聞き慣れています」
「そうですか、じゃあ失礼して、アルマさんも漆黒ランクでは?」
探りを入れてきましたか。しかも、いきなり漆黒ランクから聞いてくるとは…………やはり、彼我の差を測れるだけの実力がおありのようだ。
つまり、俺の見立ては間違ってはいない。
その時、俺は少しだけ背後を見やり、スプーシャとアポロの脅威度を決めた。
このアポロ・オーガスと言う青年の方が、侮れない。食えないと感じたからだ。
「…………俺は、唐紅ですよ。あなた方には遠く及ばない」
「またまたぁ」と、アポロは俺の周囲をなぞり上げるように指を這わせた。
驚きだ。その指の動きは俺が薄く幕を張る様に行っている魔力偽装の痕跡だったのだ。
「俺と同じですよね。魔力量を偽装している。」
「おや、お気づきで?」
「これでも、漆黒ランクですので。アルマさんも俺の魔力量には気付いていたでしょう?」
「まぁ、それとなくは。しかし、確証は在りませんでしたよ」
「あ、はは…………そ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ…………別に、誰それに言いふらしたりなんてしませんし。いやぁ、それにしても大変ですよねぇ魔力偽装。ずっと腹筋に力入れてる感じ。ありません?」
「もう慣れましたが。」
「俺は慣れなくて…………」
「と言う事は、あなた普段から魔力偽装をしている訳ではありませんね」
つい口が付いた。そう気付いた時、「…………おお」と感嘆を漏らしたアポロは、それから口を閉じてしまった。
俺はしまったと内心で後悔する。
踏み込み過ぎたか?
どう取り繕う…………。
焦燥感が湿った汗を額に浮かび上がらせた。
しかし、アポロは朗らかにも笑って見せる。
「お見事です。先ほど言った通り、今回の任務は極秘であるため、出来るだけ目立たぬようにしているんですよ。まぁ、それでもある程度の者には気付かれてしまうようですが。今後の課題ですね」
「え、ええ…………頑張ってください」
乗り切ったのか?
「ちなみに聞きますけど、なんで普段から俺がサボってるってわかったんです」
乗り切れてなどいなかった。
まぁ、今更ですかね。
「サボっていなければ、それが日常になり、大変などとは思わないでしょう」
ただ、偽装しないで日常を過ごしていたならば、それはそれで恐ろしい事でもある。
なぜなら、
「俺より魔力量の多い方が居る環境にいたもので…………偽装しようがしまいが、変わらなかった。というのが一番の理由ですかね。すごいですよ、もう周囲はその人の気配一色で…………うん、ほんとすごい…………」
つまり、その程度の魔力量では、脅しにもならないという事だ。
「恐ろしい所ですね。ジーランド大陸とは。魔界と言う名も頷けると言うものです」
「えーっと…………そうですねぇ…………竜もいますし、まぁ、あはは…………はぁ」
その時の俺の身震いは、「ねぇ!」と言う天真爛漫な声にかき消される。
「さっきから二人して喋ってないでさ、あたしも混ぜてよ!暇だよ!寂しいよぉ!!」
置いてけぼりをくらった子供のように、スプーシャは俺とアポロの間に割って入ってきたのだ。
「かまってちゃんですか。あなた」
「さっき言ったよね!あたし甘やかされて育ったお嬢様なの!ちやほやしてくれなきゃ泣いちゃう~」
「え、ええいっ、鬱陶しいですね、あなた。腕に引っ付くのを辞めなさい!!」
「えっへへへ!」
「な、気色の悪い。何を笑っているのです」
「ちっちゃい頃、お父ちゃんがこうして遊んでくれたんだぁ」
「なら、その御父上にねだりなさいっ!」
「だってだって!最近じゃめっきりやってくれなくってさぁ…………『もういい歳でしょう。はしたないですよ』なんて言ってくれちゃうんだからぁ~~」
「だからと言って、見ず知らずの男性に父性を求めるのはおよしなさい。いくら金を積まれようと、それだけはごめん被りますよ俺は」
「いいじゃん減るもんじゃないし!ケチ!!」
「減ります。」
「何がさ!?」
「品格と尊厳と正気と人間性と理性と金」
「多い!てか、金は減らないでしょ!??」
と言われると思ったので、俺はまとわりつくのを辞めてくれるよう、懐から金を差し出した。
「黄金ランクを買収しようとすな!しまえしまえ!!」
「本当に、かしましい娘ですねぇ…………あなたは。耳に響く、喉に金細工でも仕込んでいるのですか」
「もう!仕込めるわけ無いでしょう!?あなたこそ、お金で何でも解決できると思わないで!」
はて…………?これは俺が悪いのでしょうか。
「…………アポロさん。何か弁明は在りますか?」
「す、すみません。すみません。本当にすみません、うちのスプーシャが…………ご迷惑を…………」




