03 ニ章 身近に潜む意 エピソード03 首都サディーへ赴く前に
秘書ミシェルの泣き落としをあっさりと突っぱねた俺は、その翌日には屋敷を出た。
今回の俺は大荷物だ。普段使用している手提げカバンよりも一回り大きな物を選んだ。ちなみに服装も、箪笥の奥にしまわれていたヨレタ白いシャツ――――なぜ捨てていなかったのか不明だが――――と、サスペンダーでずり落ちなように引っ張り上げているズボンと言う、質素なものを着る事で旅支度としたのだ。
これは前回、身なりが良いせいで絡まれ。金品の手持ちが少なかったせいで、片道分しか足りなかったからというのもあるのだが、これから赴くのは首都という地域性も考慮したがゆえである。
要は貴族連中も目に付く中で、身なりが良ければ真っ先に名刺交換――――身分証明を求められる可能性が高いのだ。
なので、
「だ、旦那様…………申し訳ありませんでした。部下がとんだご無礼を。その、普段と装いの趣が違っておいででしたので、あ、貴方様と確認するのに手間取ってしまい…………」
「いえ、俺としましては十分な成果を実感しています。お気になさらず、エイダ。」
今は明朝。エイダのスナックが閉じて間もない頃合い。しかも、俺の顔を知っている者は一部を除き、幹部以上しかいないのだから、むしろ警備員は職務を全うしたと言えるでしょうね。
だから、サディーへと足を運ぶ前、一応エイダの店で情報を吸いだそうとしたところ、店の裏口で警備員に門前払いをくらいそうになったことは、大目に見るしかないのである。
「その、旦那様。今回は一体どのような内容でこちらへ?」
「その前に、立ち話もなんです。中に入れてはくれませんか」
「失礼いたしました。」との恐縮を受け、俺はエイダのスナック内へと足を踏み入れる。
店内は掃除も済ませた後だったのか、テーブルの上には椅子が逆さまに置かれている。木製の床も水拭きした後のようで少し滑る。
俺はそれらを一瞥した後、カウンター席へと座った。エイダはカウンターを挟んで奥。普段ならばバーテンダーがいる位置から俺に顔を向ける。
「今回、あなたへと字の内容を吐露した者の特徴を教えなさい。」
「サディーの件、その詳細のご確認にいらしたのですね」
「如何にも」
エイダは口を開く前、長い耳をピコピコと揺らした。と言う事は、機嫌が良いらしい。
「フェリルから幹部招集の命を聞く直前の事です。顔に特徴はありませんでした、茶髪と黒髪の男二人組が、カウンター席の奥で酔っぱらい、口を滑らせたといった風に言ったのです。『ここだろ。サディーで噂のダークネスプリンスとか言う間抜けな奴がいるところは…………』と」
頭にくる文言だ。俺だってそんな字願い下げである。もっとも、今それを口にしては話の腰が折れるため、表情には出さず、エイダに先を促した。
「サディーにも名が轟いているのかと…………わたくしも少し嬉しくなりまして聞いたところ、どうやら、サディーの酒場や路地裏――――まぁ、グレーな所でそう言ったうわさが立ち上っていると聞いたのです」
「名は聞かなかったので?」
「申し訳ございません。その時は召集の前の事。ですので、大した問題ではないと軽く流してしまいました…………」
「いえ、仕方ありません。分かりました。では、俺はこれで」
「あ、ちょっとお待ちを。その…………せっかくいらしたのですし、一献飲んでいかれては?」
「いえ、客としてきた訳ではありませんので。遠慮いたします」
「ですがっ」
「くどいですよ。エイダ。要らぬと言っているでしょ」
「お気に障り申し訳ございません。」
と、その言葉に嫌な予感が過ぎる。
果たして、俺は目を白黒させ咄嗟にカウンターから身を乗り出した。
「即刻首を――――」
またこれか!と俺は辟易しながら果物ナイフを取り上げ、即座に握りつぶす。
「――――ま、待ちなさい。営業停止になるでしょう。おやめなさいっ飲みます。今丁度飲もうと心代わりをしたところなのです!」
すると途端に目尻に涙を浮かべ、エイダは満面の笑みで酒瓶を頬にくっつけるのだ。
「と言うか、いつの間に酒瓶を手元へ引き寄せていたのですか、あなたつい今しがたまでナイフを持っていましたよね…………手品の天稟でもあるのではありませんか、エイダ」
「まぁ!それは嬉しい事です。手数が増える事は、即ち旦那様の利益へと繋がります、今日から励みますっ!」
「もう、いいです。早く注ぎなさい。俺は先を急ぐのです」
「はい。どうぞどうぞ!一杯と言わず、ここの在庫全て飲み干していただいても構いません」
馬鹿を言うな。俺をアルコール中毒で殺す気かこの女。
しかし、そのような事を言えば、またもメンヘラを再発し、面倒事が繰り返される。
「それはまた、今度。時間があるときにでも…………」
長居してエイダに付き合う訳にはいかない。酔っぱらってサディーへの旅路につきたくはないのだ。
俺は、注がれた一杯を一気にあおる。
そして、俺はものの見事に吐き出した。
「っ!?こ、このお酒、些か度数が高くはありませんか!??」
舌がピリピリとしびれる。少量飲み込んだ喉が妬け、俺は思わず毒でも盛られたかと、喉を押さえつけた程だ。そんな風に喘ぐ俺を見て、エイダはエルフ特有の美貌たる涼し気な目元を「あら?」なんて可愛らしく細め、酒瓶のラベルを見ている。
「ええい、貸しなさい。手癖でつかむからそうなるのですよ。コレ、人が飲むようなものではないでしょう。せめて水で割らねば…………」
と、奪ってみれば…………なんてことだ。度数七十だと!?水で割ろうとも俺にはきつ過ぎる代物ではないですか!
「あ、あ!申し訳ございません!!それ、わたくしのお供でしたわ!」
お供ですって!?と言う事は、エイダは普段これを飲んでいるというのですか!??
「あ、あなたザルだったのですね…………」
「そ、そんな。お恥ずかしいです…………ふ、普段はその、お水で割る事もございまして…………」
「ポッ」なんて頬を赤らめているが、俺は先ほどの少量で体が火照ってたまりませんよ…………。
いや、待て。今聞き捨てならない言葉も聞こえたぞ。
「あなた、割らないのですか。これを?ストレートで?これを?」
「ぁ、ヤベ」
「はい?」
「…………お、おほほほほ…………さぁ、こちらが旦那様への一献です」
と、違う酒瓶を持ってこられたが、流石に遠慮した。
笑ってごまかせる案件ではありませんよ。始末書案件です。
「もういいです。酔っぱらっては支障をきたします。次の機会にまた」
「そ、そうですか…………」
席を立って距離を取り、裏口のドアを開ける前に、
「あぁ、そうでした。」
俺は思い出した事を口にした。
「最近仕入れたエルフの母体。どうなっていますか?」
エイダは「あぁ…………」と美貌を崩し悍ましく微笑むと、「アレですか。」と嘲笑へと昇華させた。
「最初は大層暴れておりましたが。今では大人しく業務に励んでいます。既に胎に一つ、在庫が出来上がっていますよ?」
「よろしい。エルフは基本的に外面がいい。金になりますからね」
俺の言葉を拡大解釈したのか、エイダは大層嬉しそうに体を震わせ、「旦那様の保養になるのであれば、この身に生まれたことに感謝せねば…………」と頭を下げる。
別に、外面なんて飾りなんですがね…………まぁ、言ったところでまた難儀な自決が始まりますし、ここは聞かなかった振りをしましょうか。
「流さぬよう、自決せぬよう、注意しなさい。」
「勿論に御座います。旦那様も今度是非、足を運んで下さいませ。愉快ですよ。同じ種であるわたくしに、滑稽にも助けを縋るあの表情、あの態度。『なんでぇ私ばっかり!!あんたも堕ちろよ』…………なんて汚らしく吠える口を足蹴にするあの瞬間。わたくしはこの上ない優越に浸り、快感が下腹部を伝ってくるのです…………思わず湿ってしまいます」
「下品ですよ。」
「ふふ…………すみません。バーバラが居なくなり、わたくし少し欲求不満のようでして」
「おや、ストレスをため込むのは良くありませんね。壊さぬ範囲であるならば、存分に嬲り愉しむことを許しますよ、エイダ。」
「ふふっ有難き幸せ。もし、よろしければ…………旦那様もこの身を使ってお金を産み出してはみませんか?」
「なんだと?」
つまり俺に、自身の子を金もうけに使えというのか?
それは拾って下さったお父さん達に背く行為。彼らを貶める愚劣な行為に他ならない。
「下品ですね…………俺に、二言も使わせるとは。どういう了見です。」
「ッ!ぁ…………す、すみません。出過ぎた――――」
「――――真似を」と言い切る前に、俺はエイダの首を絞め上げ掲げた。
「いいですか。最近のあなた方は俺を舐めすぎです。口答えせず、異議を申さず、盲目的にも命令に従いなさい。あなた方は俺の持つ、体のいい駒にすぎないのですから」
手を離し、床に落ちたエイダの涙目を見下しながら、尚も続ける。
エイダの首に残った赤い手形――――首輪の痕を鼻で笑い、念を押す。
「下衆が。あの母体と同じ運命を辿りたいのですか」
「ケホッ…………っげほ…………あ、貴方様に踏みにじられるのであれば、本望にございます。喜んで、か、髪の毛一本まで…………全て、全てを貴方様へ捧げますっ」
「……………………手の施しようがありませんね。」
「わ、我ら幹部の命は全て貴方様のもの。胎を取り出せと言われれば即座に。手足をもげと言われればそれも即座に。貴方様のためならば、善にも悪にも、躊躇なく染まります。」
エイダの目は濁っている。彼女、彼らの厄介な所は俺の外面ではなく、内面を見た上でそう判断している所だ。
普通俺のような破綻者を知れば知る程、避けるものだろう。気味が悪い。
「俺はあなた方をそこまで妄信的にも掌握したつもりはなかった。宗教的で…………最近、怖ろしく思っていますよ。」
「ふふ…………ははは、ご冗談を。」
「なんですって?」
「…………我らは皆日陰者。破綻者です。日向へ出ようものならば、瞬く間にも啜られ裏切られ燃やされる。長くは続かない。もはや、『蛾』にございます」
「ですが」エイダは恍惚とした瞳で俺を見る。
「貴方様は、その全てを受け入れて下さる『悪』の寄る辺なのです。その麗しき白銀の髪はまさしく、闇夜を照らす月光。ともすれば夜の主人。我らは皆、その薄明りに魅かれるのです…………」
「…………誰が誘蛾灯ですか。」
「い、いえ。そのようなつもりは…………申し訳ございません。即座に――――」
まただ。またも何処からか取り出した刃物を首に当てようとする。
「――――だ、だからお辞めなさいと言っているでしょうっ。一体先ほどから、どこに隠し持っているのですかあなた!?」
とは言え、もう言って聞かせても無駄だ。
気分が高揚したのか、エイダは俺の叱りすら肯定的に捉え、「あぁなんとお優しい…………」などとのたまっている。
「…………はぁ、もういい。俺は行きます」
付き合っていられない。
頭を振り、俺が店を出ると背後からはエイダの挨拶が聞こえたが、俺はすべて無視した。




