03 ニ章 身近に潜む意 エピソード01 幹部会
幹部を召集した当日。時間までの間、俺は屋敷内に設けられたとある部屋へと足を運んでいた。
内部は柔らかな素材で埋め尽くされ、角もすべて面取りされている。そう、まるで子供部屋。
「キャッキャ!ウーダー…………あ、きゃきゃ!」
「俺の髪がそんなに面白いですか。エクシア」
「アーマー!!キャッキャ!!」
しゃがみ込んだ俺の髪を掴み左右に振って戯れているのは、黒髪で珍しい同心円状の瞳をした、大きな幼女だ。
大きなと言ったのは、彼女の歳がもう二十五になる大人であるから。
しかし…………、
「あー、キャッキャ!!あーまー!」
見ての通り。彼女の知能はニ、三歳程。体躯はおおよそ七歳前後だろうか。
「アルマ様。そろそろお時間では?」
「おや、もうそんな時間ですか。では、参りましょうか」
俺と入れ替わるように召使がエクシアの相手を代わった。
しかし、エクシアは俺と召使いの区別すらついていないのか、特に哀しみくれることもせず、笑っている。
「気の毒な事です。」
エクシアのこれは幼少期に受けた人体実験により、脳に魔術式の陣を書き込まれた影響だ。障害が残り、知能退行している。その日によって振れ幅はあるが、大体一歳から三歳ほどの間を推移していると分かった。
しかも、無意識にも老化遅延を行っているらしく、成長性は皆無。
「お手上げです。この子を治す術はこの世には存在しない。」
「そうでしょうか。私は、自分の息子が子供の頃を思い出してしまうので、とても可愛いらしいと思うのですが…………」
「そうでしょう。感情の言語化も出来ず、与えられた食事と玩具で日々を過ごす。飼育されていると言っても過言ではないと思いますが?」
「私はそうは思いませんよ。この子は幸せだと思います」
「はて、なぜです?」
「私が知る限り、エクシアは、いつも笑っていますから。」
「…………解釈は人それぞれですね。それでは、後は頼みますよ」
「はい、お任せをアルマ様。ほぉら、エクシアも行ってらっしゃいって言おうなぁ?」
しかし、召使いの言葉に従うはずもなく、エクシアはただ笑って、玩具に夢中なようだった。
※※※※※※※※※※※※
まずい事になった。
自分の名は被検体番号八番。アルマ様に拾われてからはフェリルと言う。そして、お花屋さんリンドウの幹部でもある。
自分は今、焦燥感によって湧きだした冷や汗を、気温による生理現象だと偽り、アルマ様の屋敷の中を歩いているところ。
胸中を占める不安が、自分の足を速めている。
ジェーン・ホーン一家の件が片付いたと胸をなでおろしたのも束の間。アルマ様は己の異名を広めた不届き者へ制裁を加えるため、幹部招集の命を下したのだ。
自分はその際、真っ先に皆へと根回しを計った。
なぜか?決まっている。
ダークネスプリンスの異名は俺が広めたからだ。
しかし、自分はアルマ様を貶める気持ちなど微塵も無かった。むしろ相応しい異名であると、閃いた時には天啓を得たかのような心地だったのだ。
そしていよいよ今日。本格的に異名を広めた者への対策会議を行うため、会議室に向かっている最中、
「不覚っ」
「おや、どうしましたか、フェリル。」
会議室への廊下の角。ばったりとアルマ様に出くわしてしまった。
「奇遇ですね、あなたもこれから会議室へ行くのでしょう。」
「は、はい」
前方を歩いていくアルマ様は一度だけ振り返り、自分の挙動不審さに対し、キョトンとした表情を寄越す。
その際には、美しく絹のようなお御髪が風に揺れる。暗い紺色の双眸が、涼し気な切れ長な眼孔に収められている。スタイルの良い首から下と合わせると、本当に理想的な存在だ。
当時拾われたあの暗く湿った室内ですら、この方にかかれば、妖しく色めいて見えた程だ。
世の女共がほっておかない筈なのに、アルマ様は衆道――――同性愛であらせられるらしい。なんとももったいないが、逆に言えばアルマ様に釣り合う女などいないという事かもしれん。
これはやはり、ダークネスプリンス以外に言葉は無いだろう。自分は間違っていない。
「行きますよ」
「はい」
簡素に返答し、自分は会議室の扉を開け放った。
アルマ様の入室を待ち、自分も後に続いて、厳かにも扉を閉める。
室内は簡素だ。光を取り入れられるよう大きな窓が四つ取り付けられ、装飾も特にない。
アルマ様は無駄を省く合理的な方。それゆえ幹部十人とアルマ様が席に着いてもゆとりのある長いテーブルと、同じ数だけが座れる椅子が仕舞われている。
もっとも、今日に限っては自分意外の者は既に着席していた。
人間種は老若男女問わず自分を含め五人。ただ、バーバラは今回欠席なので、一つ空席となっている。
その他残りの五人は他種族。彼ら彼女らは、角の在る鬼種や、下半身と顔が蛇状の者。エルフの者。羽毛ある者。人狼…………とバリエーションに富んでいる。
自分は彼らを一瞥し、乞うように頷いた。
すると彼らも、分かっているとばかりに神妙に頷き返す。
つまり皆気持ちは同じ。アルマ様を不快な思いにせぬよう必死である。
それらを合図に、上座であるアルマ様の椅子を引き、彼が座ったのを確認してから、自分も席へと着いたのだ。
「さて、呼ばれた理由も今回のお題目も分かっていると思いますが、一応言って聞かせます。俺は、あの鬼畜クソ女が蘇るまで、時間がありません。速やかに処置したいのです」
「心中お察しいたします。アルマ様。」
口火を切ったのは、エルフの女――――エイダ。
「ここは、我ら幹部にお任せし、ごゆるり…………と、休養にお戻り頂いても問題はございませんが?」
「気遣いは無用です。具体的な案が出ぬ限り、俺は安心できません」
アルマ様ならそう言うだろう。分かりきっていた返答だ。さて、エイダはどう続けるのか。
自分達が固唾をのんで見守る中、彼女は待ってましたとばかりにこう続けた。
「でしたら、有力な情報をわたくしの店で、仕入れております。」
「おお、仕事が早いではありませんか、エイダ。それで、その不届き者は何処に?」
「どうやら、この島の首都――――サディー領にて、きな臭い噂が立ち上っているらしいですよ」
「サディー…………?ですが、この周辺の者が流したとしか思えませんが。実際、南方クォールの街では俺の噂を知っている者は、あまりいないようでした」
「いえ、それがですね。我らに縄張りを追われたトグサの街の者達が、陰口として伝播させながら首都に逃げ込んでいったようです」
出るわ出るわ。よくもまぁそのような虚言がスラスラと出るものだ。さしもの自分も顔が引き攣る。
しかし、アルマ様にとっては願っても無い情報であったのか、嬉々として釣れた。
「な、な、なんとっ。けしからん!許すまじ暴挙ではありませんか。すぐにサディーへと立ちましょ――――」
「お、お待ちを!」と、皆は血相を変え、アルマ様を引き止める。
「――――さ、サディーに我らは未進出。新規開拓だとしても、わざわざアルマ様が出張る事ではありません。ここは我ら幹部にお任せを。」
「何を言うのです!いわれなき謗りを受けているのは俺なのですよ!出向かずに何とするのか――――」
と、その時だ。悪運が自分達に向いた。
会議室の扉が開かれ、「アルマ様、少々お時間をいただきたく…………」と、ミシェルがおずおずと訊ねてきたのだ。
「――――来客がいらしておいでです」
「いけません。今は大事な会議中なのですよミシェル。つき返しなさい」
「しかしながら、お相手は衛兵長の、ジョブス様です」
「…………っく。なぜこのタイミングで…………分かりました。今行きます。」
「皆、話がまとまり次第、ミシェルへと報告するように」そう言い残し、アルマ様はご退席為された。
自分はそれから、そっと席を立ち、扉に耳を寄せた。聞き馴染んだ足音が遠ざかって行く。そして遂には聞こえなくなったタイミングで、大きく安堵の息を吐く。
「よし、皆。もう大丈夫だ」
その瞬間。緊張によってピンと張りつめていた空気は弛緩し、皆も顔を見合わせたり、「やれやれだね」と首を振った。
中でも人間の若者――――無精ひげが特徴のカイニスは、弱みでも握ったような表情で、俺に軽口を飛ばす。
「かつての狂犬が、忠犬に堕ちたもんだなァフェリル。この貸し高くつくぜぇ」
「いつか返す。皆でな」
「はぁ?ちょっと待ってよ。わたくし達はあなたの尻ぬぐいをしてあげたんでしょうがっ」
「エイダ、お前よくもそのような戯言が吐けるな?」
「ぁ?何がよ。ダークネスプリンスとか言う馬鹿みたいな異名はアンタのせいでしょうが」
「夜の主人は、お前だろう。場末のスナック風情が、何を異名にかこつけアルマ様のパートナーになろうとしているんだ。」
「それが何!どう考えたってわたくしの考えた異名の方が、あの方に相応しいでしょう!」
「いいや!」と割って入ったのは、顔と下半身が蛇状、俗にいう竜族のヴォルド。確か性別は雄だったはずだ。
「どっちもどっちさ、最もお似合いなのは、俺様の悪鬼羅刹を敷く者以外にあり得ない」
「はっ、長い長い。本命は悪魔王さ」
しかし、その異名に対しては最も反感が多かった。
特に、「それこそ謗りと知りなさい、ウェイン。」と、エイダはエルフ特有の長耳を引き絞ったのだ。自分もその意見には同感。一瞬にしてその場は四面楚歌へと変わる。
「あの方が悪魔払いにどれほど執念を燃やされているか。」
「そうだそうだ!恥を知れ!空気読め!幹部辞めろ!」
「おおぉい!誰だ今の野次はぁ!?言いすぎだぞコラボケェ!やんのかぁ!?」
とまぁこんな感じだ。あっという間に議論を飛び越え口論となる。
皆が自分と口裏を合わせてくれた理由は全てここに集約されている。
「まさか、自分達の考えた異名によってこれ程の大事に発展するとは…………このフェリル、一生の不覚ッ」
「あぁ不覚と言えば、アルマ様が同性愛だとか、処女がお好きとか…………真偽定かでない本物の暴言もあったけれど、アレは誰なん?まさかエイダちゃん?」
「ちょっと、なすりつけは辞めてちょうだい、わたくしでは無いわよ。そう言う貴女ではないの、ミネルバ?」
「ウェーイ違うよ。当たり前ジャン。」
「じゃあ誰よ」
「あぁ、そりゃあオイラ」と、手を上げたのはカイニス。そして、追随するようにカラカラ笑ったのは、幹部の中で最も外見年齢が高齢であるバトー。
「バトーはともかく、カイニスお前まで…………流石にその噂は看過できん。背信行為かッ?」
「おぉいおい待てよフェリル。オイラ達はただ、アルマが公にしずらいであろう、心の内を流すことで我が身を偽る負担を減らそうとしたんだぜぇ。なぁ、バトー爺様?」
「如何にも。あの方は…………奴隷商に収まる器では無い。何時かこの島の王となるであろう」
「爺様がいうと、信憑性が増すなァ。でもそしたら仕事増えっちまうなぁ、オイラいやんなっちまうよ。クハッ、面倒くせぇ~~」
「ワシは妄言など吐かん。リンドウが台頭してからと言うもの。このトグサの町の犯罪数は年々減少し、今ではワシの住むサディーの警備と遜色ない静けさであることは事実。アルマ様はひねくれああ言っておるが、ワシはここの事を、自警団の一種じゃと思っとるわ」
「口を慎めバトー。自分達に正義などない、全て金のため。アルマ様の意向を捻じ曲げるな」
「そうだぜぇ、今のはオイラも顔をしかめちまうな…………あんま調子乗んなよ糞爺、殺っちまうぞ」
「カカ、だが実際、衛兵長までもが、我らリンドウを頼らざるを得なくなっておるじゃろう。」
「…………まさかさぁ、爺様の仕業?アルマへの呼び出し」
「さぁて、どうかな。年寄りに詰め寄る暇が有ったら、ちぃっとはその脳みそ働かせてみぃ」
「良く言うぜぇ、いっちゃん新参者の癖してよ。先輩の顔たてろっての」
「カカ、先輩ならば、後輩のたわ言笑って流すべきじゃろう。」
またもカラカラと笑い、バトーは老獪たる表情で、机に肘をついた。
「さぁエイダの嘘を、真に変える手はずを整えようかの、諸君。」
※※※※※※※※※※※※
会議室を後にした俺は、応接室に居た。壁には日焼けした幾つかの指名手配書と、安物の絵画。これは、話のタネにと飾ったものだが、そろそろ取り外してもいいかもしれない。
つまり、別段特出すべき物も無い。平凡な一室だ。
俺が座ったソファーの対面には、テーブルを挟んで衛兵長のジョブスが着席している。ただ、その態度はあまりにもリラックスしている。ドカッと深く腰掛け、まるで警戒心が無い。
まったく嘆かわしい事だ。こういうのを、『汚職』と言うのでしょうね。
「ヘクチッ…………」
「可愛らしいな。風邪か?」
「いえこれは、噂でしょう。」
なんてことだジョブスに笑われてしまった。誠に遺憾。まっことけしからん。やはり早急に諸悪の根源を絶たねばなるまい。
俺は、何事もない振りをして、彼からの話に戻った。
「それにしても、取り締まるべき奴隷商に対し、情報を流しすぎではありませんか?」
「今更だ。この町はもう、お前のものだろう。」
「あなたの上――――長官は、そのように思っていないようですが」
「あの年齢はダメだ。頭が固くてな。俺ら下っ端としちゃあ、お前らがせっせと働いてくれた方が、夕方には帰路に着け、家族の顔を拝める。お前らとしても、その方が金が稼げる。winnwinnだろう?」
「その裏で、地獄のような所業が繰り広げられていたとしても、ですか?」
「俺は見てない。今この場にあれば話は別だが…………場合によっちゃぁ、俺は丁度瞬きをしてるんだろうさ」
「いいでしょう。この話はここでお終い。無益な内容と言う事が、嫌と言う程理解できました。」
「だな。アイスブレイクは終わりだ。で、本題だが、お前、首都サディーの事情知ってるか?」
「はい?なぜサディー。ここはトグサですよ。仕事のサボりすぎでついにボケましたか?」
「嫌味はいい、で?」
サディーと言えば、俺の異名に関係があるが…………その事を知られるのは困る。
ゆえに、俺は知らぬ存ぜぬを貫ぬき、「続きをどうぞ」と促した。
「今、この第三島の首都サディーを統治してるのは、島主オルリック・サディー。なんだがな、どうも、オルリックの娘が誘拐されたらしい」
「娘…………いえ、島主の子は、男性ではありませんでしたか?」
「ああ、疑問ももっともだ。要は、隠し子…………と言うか妾の子だな。ただ、オルリックは大層可愛いがってたらしくてな、わざわざ離れを作って息子同様に愛情を注いでた。」
「それで、そのご息女、いえ、お姫様が居なくなり、大変参っていると。話は分かりましたが、それを何故俺に?」
「馬鹿、情報収集だよ。既にここまで通達が来てんだ、姫って事は隠し、やんごとなき身分てことで内々にな。ただ誘拐となれば裏社会だろう、お前ならなんか知ってるかと思ってな。」
「おや、まだ出世欲などと言うものを捨てきれていないようですね。世も末です。」
「楽して上がれるんならこれ以上はねぇだろう。お前らと違って、俺ら小市民は相当な事が無い限り、給金は増えねーのよ。で、何か知ってるか?」
「残念ながら、何も」
「チッ…………そうか。分かった。あ、一応姫様の特徴伝えとくぞ」
「いえ別に…………いえ。そうですね。近頃ミスが出たばかりですし、最悪な事態にならぬよう、お聞きいたします」
「年齢二十一。上背百五十程。髪はブロンド。で、赤い目。」
「赤。と言う事は鬼の血が?」
「さぁな、可能性は高いが俺は知らん。情報はこれだけだ。」
「おや、肝心要のお名前は?」
「分からん。公には居ない者だからな。少なくとも俺んとこには、降りてきていない。」
「本当に少ないですね。」
「当然。内密だからな。だからお前手に入れたからって、売り飛ばすなよ。お姫様だ、流石に見逃すなんざ出来んからな。」
「まさか。俺にも分別があります。そのような人、見て見ぬふりを致しますよ。」
「いや、見たら保護しろよ。」
「…………報奨金は?」
「悪党に渡す金はねぇ」
「では一目散に逃げましょう。売買なんてこちらとしても勘弁したい。島丸ごと敵対するなんて…………正気の沙汰ではありません。」
「おう、頼むぞ。見つけたら真っ先に俺に言え。じゃあ俺はこれで戻るわ。調査のご協力ありがとうございました。お花屋さんリンドウのオーナー、アルマ・サン殿」
「なんともまあ白々しい。早く帰って頂きたい。塩をまかなければ。」




