02 一章 惡の華 エピソード18 ド外道君は奴隷商3
屋敷から抜け出し、四十分後。
俺はトグサの街外れの、とある雑木林の中に不自然にもぽっかりと空いた空き地に居た。
「ァる…………いえ、旦那様。召喚に従い、参上いたしました」
「来ましたか」
俺が振り返ると、うっかり名を口走りそうになり、口を押さえつけている女性――――バーバラが居た。その後ろには、怯えるように彼女に着いてきたであろう、ジューン・ホーンさん一家がいる。
「見たところ、顔色は改善されたようですね」
俺がちらと一家を見ると、夫がすかさず俺に睨みを放つ。良い傾向です。悪人を見る一般人の目としては合格点。
満足気にも俺は頷き、バーバラを手元へ呼び付けた。
「話はもう聞いていますね。」
バーバラは握りこぶしを作り、「はい。頑張ります!」と意気込み充分であるようだ。
「初めての私の『縄張り』ですもの!フェリルのような失態は犯しませんわ!」
「ええ。これからあなたはクォールの街の目付け役。兼、ジューン・ホーンさん一家の相談役です。期待していますよ」
すると、内容を聞いた夫は、思わずと言った風に声を挙げた。
「そ、相談って…………ど、どういういみだ」
「弊社のミス――――損害賠償金に関する事項です。まず、あなた方には、元居た家へと戻って頂きます。家具家財も元通り。ご安心を。」
「あと」俺の目くばせで、バーバラが話を継いだ。
「私、お花屋さんリンドウ幹部たる、バーバラ・フェニムスが、あなた方の身柄の保護、かつ、死するまでの相談役を司らせていただきますわ。」
「そして、これはその前金の、ほんの一部となります」と、バーバラは大金が入った袋を、一家に見せつけた。
「な、なんで。どういうつもりだ?!法外な利子で貸し付けようってのか?」
素晴らしい。そういう警戒心は大事です。夫さんは見る目がありますね。
しかし、今回ばかりは話の腰が折れてしまうため、何とも手放しでは喜びづらい。
バーバラも同じことを思ったのか、出来るだけ朗らかに微笑み、努めて優し気な声音で告げた。
「ご安心を。損害賠償金なのです。この大金はあなた方の物よ。貸し付けようなどとは思っておりませんわ。」
「なんで、そんな」
「我らリンドウは、一般人には手出し厳禁。今回は超例外ですわ。ここでお駄賃も無しに放流したとあっては、弊社をご利用している、顧客信用に関わります。最悪足が着く。どうぞ、お納めを。」
「口止め料…………てことか?」
「その意味合いも多分に含まれてはおりますわ。でも、もっと多くを占めているのは、謝意の念。」
「受け取れるかそんなもん!お前らが、お前らが稼いだ汚い金なんて!!」
素晴らしい。良い啖呵だ。思わずグッときてしまいました。
「では、バーバラ。一先ずそれはこちらで大切に保管しておきなさい。彼らが必要となった時にでも渡すのです」
「御意。」と、バーバラは大金を仕舞う。
そして俺は、手招きでジューン・ホーンさんのみを呼びつけた。
「な、なによ」
「ええ、今後のあなた方一家の注意点を二つお伝えします。まず一つ、あなた方は裏社会にどっぷりと関わってしまいました。今後は嫌が応にもそういった輩が目に付く事になるでしょう。」
「…………っ」
「あぁ、そう固くならないで。そうなった場合の対応策として、こちらのバーバラが相談役となります。彼女は、魔術に長けた猛者です。ちょっとした異変から、果ては洗濯物の手伝いでも、お好きにお使いください。」
「私、特技は格闘技です!力仕事はお任せを。」
「…………って言ってるけど」
「長けている事と、自身が得意とするものが、必ずしも一致するとは限りません。」
「はい。ご安心を。ホーンさん。こう見えて私、家事もひと通りできます。中でも掃除には自信がありますわ」
「そ、そう。」
「とても、そうは見えないけど」と、ジェーンさんは、訝しげにもバーバラを見ていた。
まぁ、傍目からすれば、バーバラは華奢で可憐だ。とても荒事が得意そうには見えないのだから無理もない。
しかし、外面に囚われてはいけない。
「バーバラは元、衛兵なのですよ。腕っぷしは本物です。」
「は?え、取り締まる側じゃない!?」
「はい、心を入れ替え転職いたしました!今は悪人ですわ!」
「…………っ意味わからない。普通逆でしょ!?なんで、奴隷商なんか」
「話が脱線してしまうので、その話は追々バーバラよりお聞きください。さて、残りの二つ目です。が、こちらもバーバラに関する事項…………というよりかは、取扱説明とでも言いましょうか。」
途端にバーバラは照れるように、頬を染める。
ゆえに、「どういうこと」と言う、ジェーンさんの疑問はもっともな所。
「バーバラへ相談する際には必ず、ジェーンさん本人が接触するようお願いいたしたいのです」
「?なんで」
「お子さんには情操教育上よろしくない。旦那さんにしても、あらぬ誤解を招くでしょう」
「具体的に、何がダメなのよ」
「ドマゾヒストなのです。バーバラは。」
「…………は?ぇ!?」
「いやん…………」なんて、バーバラは腰をくねらせているが、ハッキリ言って、俺もこの性癖にはほとほと参っている。戦闘においても相手に傷を負わされてからボルテージが上がるため、先手必勝がほとんど無い。仕事が長引く事が多いのだ。
ゆえに、ため息も出ると言うもの。
「はぁ…………特技の格闘技も、練磨技術の競い合いよりも、殴られることに赴きを置いたがゆえ。嫌でしょう?お子さんと旦那さんに変な癖が目覚めてしまうのは」
「ちょ、じゃ、じゃあ他の人にしてよっ」
「ですが、俺の所有するしもべに置いて、戦闘と対人交渉において最も無難なのが彼女を置いて他に居ないのです。いやはや、嘆かわしい事ですね…………。」
「なんなのよ…………あなたのとこってみんなこうなの…………」
「一緒にされては困ります。俺はいたってノーマル。」
「そんな訳ないでしょ…………だったら、私たちを助ける義理は無いし」
「あぁ、勘違いしないで下さい。言ったでしょう、賠償金であると。あなた方がどうなろうと、本来ならば見向きもしない、粗末な事柄。」
「でも、実際に助けたでしょう。息子も、旦那も、あなたのおかげで――――」
はぁ…………夫はともかく。この女性は本当に頭がお花畑ですね。
危機感を持っていただきたい。
「――――思い出しなさい。あなたが俺の店で受けた事柄を。」
「っ」
「そして、忘れるな。決して許すな。付け入る隙を与えてはなりません。今回は本当に偶然にも、俺の目が届いたにすぎません。あなた方はこれからも悪人を憎み、利用するくらいの心持でいればいいのです。そのためのバーバラなのですから。」
「でもねぇ…………」
ジェーンさんは一度家族の方へ振り返ると軽く肩をすくませ、懲りずにこちらへと振り返る。
その表情は、ぎこちなくも明るいものだった。
「…………あの子達の顔見れたら、嫌な事吹き飛んじゃったわ」
あぁ…………なんて、なんて愚かな…………。
本当に阿呆だ。これは死ぬまで直らないだろう。お手上げだ。
「重ねて言いますが、俺はあなた方を助けた訳ではない。あなた方の運が良かっただけ。マイナスがゼロに戻っただけの事なのです。時間という秘薬でさえ、心の傷を癒しきれるかは分からない。ここからなのですよ。あなた方家族は。ここからようやくスタートラインに立つ。そのためにも、悪人を忌諱する心を忘れるな」
「悪ぶって注意喚起?」
「いいえ、事実を申しているまで。あぁ、馬鹿には分かりませんか」
「あなた…………奴隷商辞めたら」
「はぁ?」
「良い人じゃない。普通に」
「はぁ…………あなた、しょっぱい砂糖の存在をご存知か?」
「え、いや、知らないけど」
「そう。ありえません。それが答えです。良い悪人などという矛盾は存在致しません。」
「…………はは~ん、あ、そう。」
「なんです。憎たらしい表情を浮かべて」
「別に。バーバラ、さん?」
「はい、なんでしょうか」
「あなたのボス、素直じゃないのね」
「い、いいえ。決してそのような事は」
「そら見た事か、馬鹿をおっしゃるのも大概に致しなさい。」
「旦那様は、分かりやすいので。むしろ、素直なほうかと思いますわ」
「フェリルもそうですが…………あなたたち、最近俺の事を舐めていますよね?」
「不覚の至り、即刻首を斬り――――」
俺は分かりきっていたそのアクションに対し、即座にナイフを取り上げ、叱りつけた。
「――――そうやってすぐ病むのをお辞めなさいっ、コントをしているのではりませんよ!」
「…………で、話はこれで終わりなの、奴隷商さん」
「その言い方には含みがありますね。まぁ、いいでしょう。ええ、終わりです。バーバラ、早く連れて行きなさい。不愉快です」




