02 一章 惡の華 エピソード01 道中
ジューン・ホーンからの情報提供を経て、俺はトグサの街を発つ前、部下に大方の指示を行った。その後はダリオファミリーの拠点たる、ヴァニラ列島南方へと、一か月余りに及ぶ一人旅の途中だった。
そう一人旅だ。あの鬼畜クソ女は巻いて逃げ切った。おかげで街を発ってからここまでの二週間。平和そのもの。
「ん…………~いい朝だ。今日も晴か。」
周囲には俺が用意した簡易式の拠点。草葉をクッションとした今いる寝床。そして、今朝のため事前に用意しておいた焼き魚が、串に刺さったまま置いてある。
毛布代わりに被っていたマントをはぐり、伸びをしながら立ち上がる。次いで軽くストレッチをし、血行を解すと、爽やかで青臭い風が鼻孔をくすぐった。
季節はまだ春。朝はまだ少し冷えるものの、太陽光の熱と相殺し合う事で、目覚めには丁度いい、締まった空気となっている。
「や、また会ったね。ド外道君☆」
「……………………チッ」
俺はさっき、いい朝と言った。でも、前言撤回だ。最悪の目覚め。死にたくなる。
「…………お前、なんでここに居る」
「え~二週間ぶりに会えたのにぃ、ヒッどーい。他の人には優しいいじゃーん、ずるーい私にも優しくしてよーキヒヒ」
俺は整地された通り道を避けて、なるべく人通りの少ない獣道を歩いてきた。全て、コイツからの追跡を遠ざけるためだ。
つまり、徒労に終わったという事だ。くそ、俺の二週間を返せ。
「お前といると、精神衛生上よろしくない。さっさと失せろゴミが」
「キミが嫌がる事をするのが私の生きがいぃ。失せろって言うなら引っ付くよぉ」
「ならずっと引っ付いてろ」
「りょうかぁいー!」
「あ?失せろよ。そこは」
「ノンノン!いったでしょう。嫌がる事が生きがい。天邪鬼な行動をするわけじゃいのぉ~キヒヒ」
本当にどこまで人をイラつかせれば気が済むのだこの鬼畜クソ女は。
朝だと言うのに俺の血圧は有頂天。腹の虫も居所が悪くなってきたようで、空腹がスーッと引いていく…………ん?空腹と言えば…………そう言えば、焼き魚はどこだ?
「おい。俺の朝飯は」
「ふぇ?ゴックン…………さぁ?」
さぁ?…………いや、さぁじゃないだろ。この鬼畜クソ女…………これ見よがしに串を放り投げやがって…………。
「クソが…………お前…………本当にいい加減にしろよ。」
「いやぁ!こわいーキヒヒ。ねね、ゆーるーしーてーぇ?」
「なら、次の街に着いたら、その体で稼いで来い。」
「え、そんな事でいいの?オッケー!良い人捕まえるねぇ☆」
厭味ったらしい言い方だ。大方、善人を食い物にする気だろう。下衆が。
「稼いだ後、相手を殺すなよ」
「それは無理ぃ―。こぉーんなに可愛い子と最期を一緒出来るんだよぉ?相手も喜んで命差し出すよぉ~だから私は悪くありませぇ~ん。悪いのはこの世の私以外。私には一辺の非もないもーん」
「差し出さなくても殺すだろうが」
「当ぉ然。私は他者の表情が歪むのが好きなのぉ。憐憫でも憎悪でも慟哭でも愛憎でも絶望でもなんでもいいのぉ。それが負の感情ならなんであれ最高。君と違って雑食だから善悪関係ないのぉ。あ!もちろん喜びでも可!だってその後の落差がとぉっても愉しめゲ――――」
俺は次の言葉を遮った。具体的には隠し持っていたナイフで鬼畜クソ女の舌を切り、
「グ…………ぶぷぅ…………」
そして鬼畜クソ女の右の瞳を抉り、首と胴体を切り離した時、放屁のような情けない空気の音が口から鳴った。残った左の瞳孔は光の調整を失い曇る。大地に紅い血が染みわたっていく最中、喉から焼き魚の骨が覗いているのを見つけ、
「クソが…………俺の朝飯…………」
また怒りが湧いてきた俺は、焚火に魔術を用いて火を灯し、容赦なく鬼畜クソ女を荼毘に伏せた。
肉の灼ける臭いは思いのほか食欲をそそる。しかしながら、こんなのに三大欲求の一つを刺激された事実がまたイラつきを加速させる。
「火力をあげるか」
俺は低級の火魔術から、中級の火魔術へと切り替え、勢いを上げた。すると、鬼畜クソ女の内にあった油も相乗効果を伴い、瞬く間に炭へと変わり果てたのだ。
「…………さて、次に行くか」
適当に後始末をし、あえて炭を踏みつけながら、俺はこの場を後にした。
今日はようやく次の街へ足を踏み入れられる予定なのだ。野宿とは一旦おさらば。十分な休息を取れるベッドに体を埋める事を今日の目標としている。
それに、奴を殺せた事でけもの道を歩く必要もなくなった。これは思いがけないプラスだ。いや、プラスと言う事にしておかないと、俺の腹の虫は収まらない。
「っと…………よし。誰もいないな」
整地された大地は今までのけもの道を過去にする快適さだった。
幸い、人影も見られないから先の火葬場に気付く者はいないだろう。運は俺に向いている。
踏み出す足も軽やかだ。まぁ、こちらの理由は朝飯を食べなかったゆえの身軽さともいえるが仕方ない。甘んじて受け入れよう。
荼毘に伏せた時間が思いのほか長かったせいだろう。しばらく歩くと、太陽は真上に昇っていた。気温が上がり、羽織っていたマントは既に腕に折りたたまれて掛けてある。
ただ、やはり熱くはない。今日は風もあるのだ。歩行の振動とは別に、何度も爽やかな風が体を通り抜けていき、俺の少し長い白髪を揺らし、視界を白く遮ってきた。
「そろそろ切った方がいいか」
前髪を一房摘まんだ時、前方に陽炎を見る。ゆらゆらと揺れるそれは徐々に輪郭を伴っていき、理解できる造形となった時、南方領土――――今日の目的地であるシュバルの街が見えたのだ。
「これで、大体半分は踏破か」
ダリオファミリーのいる南方領土――――クォールの街まではあと、歩いて二週間弱かかる計算だ。
まったく…………事業拡大も楽じゃない。
とは言え、当初の計画通り数日の誤差でシュバルまではたどり着く事が出来たのだ。今日は祝いの酒を飲もう。暴飲暴食だ。
のど越しの良いビールと、腹に溜まるつまみ。想像のつもりだったのだが、喉が無意識に鳴る。気付けば俺の脚はいつのまにやら回転を早めていた。
ちなみに言うと、俺は大往生するつもりでいる。ならば、健康的にも節制した生活を心掛けろと医者は言うが、俺はそんなもの聞きはしない。
幸せに生きるコツはストレスない生活だからだ。逆に言えば、例え節制したとしても、それでストレスをため込んでは元の木阿弥。本末転倒だと知っている。
それに、悪人が健康志向とか馬鹿だろう。同業者から笑われてしまう。
「自由乾杯」
コッコッコッコッ…………と喉を鳴らすことでビールの注ぎを再現し、空の手を軽く掲げて見せる。
いや、うん。大分舞い上がっているな。下手を打たぬよう注意しよう。
そうこうしているうちに、前方へ人影がちらほらと見え始める。と、同時に門――――関所もだ。どうやら今日は思いのほか人の通りが多いらしい。近づくにつれ、人影が秩序を伴って列を為しているのが見て取れる。
俺は何食わぬ顔で最後尾へと加わった。当然だ。俺にやましいところなどないのだから。
そうしてしばらく待っていると、
「お、兄ちゃん。最後尾かい?」
「え?ああ。そうですよ。」
「そか。なら並ぶかね…………と。」
荷物を背負った中年のおじさんは俺の後ろへと着いた。おそらくはシュバルの街で売るのだろう。
その後も続々と列は伸びていく。しかしながら、列が伸びる速さより、列を捌く速度の方が遅い。
「兄ちゃん。どっから来たんだ?ちなみに俺はすぐそこの村だ。徒歩一時間くらいのとこ。」
しびれを切らしたのか、話し相手を求めた背後のおじさんが、またも話しかけてきた。
「俺は、ここから北の方――――トグサの街からです。」
「へぇ、結構遠いとこから来たんだなぁ。なんだ?『冒険者支援団体』の依頼か?」
「ギルド…………?」
「兄ちゃん知らねーのけ?ギルドっていやぁ――――」
と、説明が始まりそうになった時、俺は慌てて彼の口を遮った。こういう人種は説明が長くなりがちだからだ。
「――――いや、知ってます知ってますよ。」
ギルドと言えば、発祥はここヴァニラ列島から更に南方にあるフェルメニア大陸に端を発する、国とは不干渉を貫く武力団体。数百年前、今は亡き七英雄ダグバ・ガイが設立した、未知未踏の踏破、魔獣の討伐から悪人の始末までこなす何でも屋だ。これはこの世界に住む者の常識。
「俺が聞いたのは、なんでギルドの人間って思ったのかってことですよ」
「ん。ああそう言うことな。だってなあ、トグサの街からわざわざこんなとこまで来るとなったら、普通そう思うだろう。見たところ兄ちゃん若いし、今じゃ若者の二人に一人はギルドの人間だろ?」
「確かに。おっしゃる通りですね。でも、残念ながら違います。あ、一応ギルドには登録してますよ。その方が納税の時審査が楽ですしね。」
ギルドの評価は五段階。もっとも、厳密には六段階である。
最下層はまず『真白』。これは人権と同義。身分証明証であり、出生届を出した時、否応が無く皆が作る似顔絵付きのカードだ。納税や住所の移転等の公的業務の際、つつがなく事が運ぶよう管理されている。これは世界共通規格だ。
ちなみに言うと、俺がこれから関所で見せるものも、ギルドカードである。
そして、おじさんが言うギルドの人間とは、依頼をこなすために審査を通過したランクからを表す。そちらは下から『深緑』、『唐紅』、『群青』、『漆黒』ときて、最上位が『黄金』である。
「もっとも、俺は恩恵のためだけに登録してるので、俺のランクは五段階のうち、最下級から二個目――――『唐紅』です。見ます?」
「いやぁいい。珍しくもないしな…………ん?じゃ、なんでここまで。仕事でも探しに来たんか?」
「ズバリその通りです。と言うか、仕事の途中ですね。クォールの街に用がありまして」
その名を口に出した途端だった。おじさんは人目も憚らず「げぇ…………」と嫌そうな顔を作り、声を落として話し始めた。
「…………悪い事は言わない。お前さんそれは辞めた方がいいぜ。」
すぐにピンときた。この反応…………十中八九ダリオファミリーの事だろう。
でも、たとえ既知であろうとも、情報は力だ。俺は知らぬ存ぜぬを貫き、彼から話を聞きだした。
「クォールの街に居るダリオファミリーってやぁ近年力つけ始めたアウトローでなァ…………人の心もねぇやべー連中だって話だ。しかもやつら、噂だとジーランド大陸から渡ってきたらしい。」
ジーランド大陸。あそこは獰猛な魔獣が闊歩する。人によっては魔界と呼ばれている、世界最大面積を誇る大陸だ。ゆえに、そこではギルドの審査上、『漆黒ランク』からしか行き来できないという規約が設けられている。
つまり、ジーランド大陸から渡ってきたという事は一定の、武力を有している事の裏付けとなる。
「でも、ジーランド大陸の地力が高いとはいえですよ、みんながみんな漆黒ランクの強さを持っている訳ではないでしょう?」
ちなみに、『漆黒ランク』以上のランクは、指名手配や魔獣討伐の際にはつつがなく行動が出来るよう『特権』が与えられている。たとえば、収監中の罪人の連れ出しや、捜査への越権行為、その他諸々だ。
そして、『漆黒ランク』は『疑似英雄』と呼ばれ、人類の到達できる上限値としても知られている。
「ジーランド大陸から渡ってきたという事は、裏を返せばそちらで仕事がままならなかった。という見方もできるのでは?」
「まぁな。でもよ、ただの一般人からすれば、あんたの『唐紅』でもお手上げだ。それが、ジーランド大陸から渡ってきたともなれば、それだけで俺らは外を歩けねーよ。おっかなくてなァ…………」
「言われるとそうですねぇ…………うわぁ…………怖くなってきました。」
もちろん嘘だ。でも、わざわざ自分は強いなんて意地を張る必要性は微塵もない。むしろ、自身を弱く見せた方が、相手は警戒を解く。
誰もが、他者に対してマウントを取りたいと思っているからだ。
「行くのやめようかなぁ…………」
「おう、やめとけやめとけぇ。兄ちゃん若いし、なんならうちの村きて畑仕事手伝ってもいいぞ?俺も歳だし、荷物持っての移動はしんどくなってきたんだ。どうだ?なぁ?」
ほらね。こっちが下手に出た途端、おじさんはグイグイき始めた。押せば落ちるとでも思ったのだろうな。
でも、俺にはやらなければならない事がある。ダリオファミリーの元まで行き、俺の経営を脅かした『ケジメ』をつけさせなければならないのだから。
「嬉しい御誘いですけど…………今回はお気持ちだけ――――」
とその時、
「――――お次の方。お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
話に耽っていたら順番が来ていたらしい。丁度いい。話を切り上げる理由になる。
「あ、呼ばれたので。俺はこれで」
「お、そうだな。またな」
「ええ、また機会があれば、仲良くしてください。」
俺は外行きようの笑顔を作り、関所の作業者の下へと移動したのだ。




