02 一章 惡の華 エピソード17 ダリオファミリーに巣食う悪魔4
「いい気になりやがって、その術は俺の物だ!!!」
憤り、吠える。
狼王も呼応し、炎の毛並みを逆立てた。そして、噛み殺さんとアルマへと突進する。
その足跡は全てを灰にし、その実態無き巨躯は、物理的に無理な大口を開け、揺らめく牙を噛みあわさんと食らいつく。
対して、
「躾の時間です」
アルマの一声で、やつの偽物は立ちはだかった。群青色の揺らめく瞳が俺を一瞥後、狼王へと食らいつく。
混ざり合い、主導権を奪い合うように二頭の狼は、大炎上と化して青い火柱が建つ。
中々の迫力じゃあねぇか。そうか、対峙した奴は皆、こんな気持ちだったんだなァ。
だが、それがなんだ。今は感慨などどうでもいい些末な問題。
「馬鹿が!付け焼刃の出来損ないが。いくら人の術を真似ようが、分が在るのはぁ俺だ!!」
アルマは答えない。ただジッと無表情でいた。気に食わねぇ。虫唾が走る。なぜ、冷や汗一つかかねぇんだ。
「なぜだ」。その理由は呆気なく溶けた。
青黒い火柱は、やがて落ち着きを取り戻し、そこに狼王が一頭いた。そして俺をジッと見る。
まるで、俺の魔術を食い尽くし腹にため込んだかのように、その巨躯は一回り以上も大きくなっていた。
そうだ、俺の上級魔術は、野郎の偽物に飲まれていた。
野郎、こうなる事が分かっていやがったんだ…………っ。
「どういう絡繰りだぁ!?あぁ!??」
「種も仕掛けもございません。単に実力不足だったのでは?」
「なっ…………んだと」
そんな訳はねぇ。バズベルと一緒だ。
そうでなきゃぁ、俺が負ける筈がない。
「腑に落ちぬのならば。こうしましょう。」
アルマはあっさりと狼王の姿を霧散させた。
そして、無表情を維持したまま、肩をすくめてこう言った。
「お好きに。そう、力の限りあらゆる魔術を放つといい。俺はそれら全て上からねじ伏せましょう。」
どこまでも、こっちを下手に見やがってぇ!!
「見下すなぁッ、死ねやァアアアア!!!!」
この際なりふりは構わん。己が魔力を全て振り絞り、渾身の一撃、会心の一撃を叩きこまんと、咆哮は怒号となり、俺は喉が痛みを発するほど絶叫した。
「疾風の最中、我が声名は共に翔り、間を掌握すゥッ!」
風の上級魔術は、不可視の刃物となり真空刃を放つ。周囲を無差別にも切りつけ、俺ですら頬を切った。
家屋が倒壊する程の切り刻み。ゆえに俺達は廊下から下へと落ちた。今や上下左右半径十メートルは半円状に砂地となった。
が、だめだ。奴は俺の上級魔術をまたも、鏡に映しとり、その全てを打ち消してやがった。
「なぜだ、鏡に映るわけがネェだろうが。風だぞ!空気だ!!!」
「あぁ、こちらの鏡面が映し出しているのは、あなたの心――――魔力です。元から見えぬものを映しているのに、たかだか空気の層が見えぬ訳が在りましょうか。」
ならば、土魔術も効果をなさない。
詰みだ。
「ばかな…………こんなはず。」
「そもそも。そもそもです。この鏡が映し出す魔術に、本物以上の力はございません。」
「…………種があるじゃねぇか」
「言ったでしょうに。種も仕掛けもございません。」
アルマは続きを言う前に自身の枷を外した。そして俺はすべて理解した。奴は魔力量を偽装していた。
己の膨大な魔力を、こぼれ出るおびただしい魔力でもって、自身の周囲に薄い膜を張る事で、零れないように偽装していやがった。
だから、
「これはただの実力差。俺の魔力で限界を超え、増強しているにすぎません。」
奴からずっと感じていた圧力の正体がこれだった。奴に近づけば近づく程、膨大な魔力が造り出す、感情の深海へと沈められる。
その暗く不快な、黒く深い到達不能極点へと否が応にも堕とされる。
俺ですら息を飲む。今まで出会ってきた輩の中でも、三本指に入るバケモノ。
「…………っひ」
気付けば、俺はまた見上げるようにアルマを視界に映している。
いつの間にか、無意識にも、膝を着いていたのだ。
「お前、それだけの力があって…………なんで奴隷商なんかに甘んじてやがる…………っ」
「勘違いしないで下さいね。我がお花屋さん『リンドウ』が何時、木っ端であるといって聞かせたでしょうか?」
「…………は?」
「あぁ、マウントを取るのは気分がいい。お教えします。俺は少なくとも、トグサの街周辺は全て、手中に収めておりますよ」
「ど、奴隷商ごときが、縄張りを持ってるってのか?」
「ええ、その解釈で相違なく。」
「い、いや、いいや!そもそも奴隷商ごときの縄張りの規模じゃ…………ねぇだろうがっ!」
「ええ、そのせいで犯罪数も年々減少し、今ではトグサの街周辺の悪人は皆、俺に狩られるのを恐れ、近年は鳴りを潜めてしまう始末。商売あがったり、困りますよね。ゆえに、今回は縄張りの拡張と、事業化拡大も兼ねております。」
「…………っクソ。最初から俺達の事を、おちょくってたのか!」
「いえいえそんなまさか。あなた方は俺の玩具だ。楽しく遊びに興じはすれど、おちょくるなんてそんな…………無理でしょう。だって、玩具に人間様の気持ちは分かりませんので。そうでしょう?」
「さて」アルマはフェリルへと振り返った。
俺もつられてそちらを見たが、絶句した。
「休憩時間は終わりですよ、フェリル。後始末の時間です」
「押忍」と言うツートンカラーは、火傷が完全に消えていた。
「どういう理屈だ」
「彼は特別です。吸収した魔力を己が力に変換できる。回復力も増強される。ははは、体の良い俺の駒なのです。とは言え、フェリル。あなたなぜ、あの時わざとらしく術をくらったのです?」
「わざとだと?」
「ええ、彼は膂力も瞬発力も、ありとあらゆる身体構造が増強されますので。本来ならば俺が手を下すまでも無く、パッシオーロさん、あなたを殺せていたのですが」
「アルマ様のためです」
「はて?」
「きっとまた、マウントを取って高説を垂れるのであろうと。アルマ様の意向に沿い下がった次第。実際俺が怪我を負ったことで、性能のうんちくも話しやすかったと存じます。」
「なるほ、ど…………ん?あなた今、仄かに俺の事を馬鹿にしませんでしたか?」
「なっ、一体誰がそのような愚行を!?」
「…………いえ、いいです。下がりなさい。」
「とまぁ、そう言うことです」とアルマは能面を崩した。
「これからあなたは、俺の下で金を稼いでいただきます。命と人権は剝奪される。要は、奴隷ですね。」
「いいや…………」ふざけるな。この俺が、奴隷だと。
この、この俺が。セフィッシュも守れなかった。この俺だけが!!あの子のいない世界で生きろというのか!!!!
「…………セフィッシュの居ない世界など、断るッ。」
俺は言葉尻に己が身を炎で焼いた。
焼いて、灼熱を纏い、アルマへと一矢報いるため飛び掛かった。
「お見事。」
アルマが何事か呟き、衝撃が俺の首を捉えた刹那。俺の意識はこの世から消えた。
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「アルマ様、商品が一つ減りましたが、よろしかったのですか」
地面へと落ちたパッシオーロの頭部を足蹴に、俺はフェリルへと首を振った。
「良くはありませんが、これは彼なりのケジメだったのでしょう。ならば、言葉通り、娘の下へと送ってしまうしか道は無かった。それだけです。」
「それに」俺は金のなる木――――と言うよりも、金の卵を思い出しほくそ笑む。
「あのエルフに、損害異常の金を産み出してもらえばいいだけの事ですよ。フェリル」
「確かに。それで、今後はいかがいたしましょう。」
「あなたはパッシオーロの首とエルフを持って、正門前へお行きなさい。そろそろ、トグサの街で出した指示通り、運搬班も到着する筈です」
「アルマ様は?」
「俺は…………まだ一つ、やらなければならない事が、残されています。」
「ん?それは…………」
「とぼけずとも、あなたも大方予想は付いているでしょう。俺が、一所に留まれぬ理由ですよ。」
「そう、ですか。ではまだ、悪魔祓いの手掛かりを見つけることは、出来ていないのですね」
「それどころか、今回パッシオーロが俺達の所へと駆けつけた件を鑑みれば、まぁ間違いなく――――」
と、そこで俺は気配を感じ、うんざりしながらも、正門の方向へと振り返る。
フェリルもそちらへと視線を向け、心底嫌そうな舌打ちをしていた。
「――――キヒヒ!見つかっちゃったぁ!」
アイスブルーの長髪を挑発的にもたなびかせ、色気ついた紫の双眸が嫌らしくも細められている。
白く薄い生地のドレスから肢体を透かし、俺の方を見ている。
「あぁ、お前だろうと思っていた。鬼畜クソ女」
「アルマ様、ご助力は」
「必要ありません。俺の指示を優先し、実行しなさい」
フェリルは逡巡した。けれどすぐ「ご武運を」とエルフを回収すべくこの場を後にした。
「キヒヒ…………二人っきりになっちゃったねぇダーリン☆」
「誰が。」
「だぁってだって~私達~ファミリーネーム同じじゃぁん??ほらほらぁ言ってみて?」
「知らない。」
「んえ?聞ーこーえな~~いよぉ?」
「憶えてない。知りたくもない、お前の名を呼ぶくらいなら、俺は中古とだって同衾する。」
「あー!!ずっこいんだぁ~~ブッブー!!ブッブーだよぉ。他の女の子のこと考えるなんてェさいってー。キヒヒ…………ほらね、ちゃんとお口に出してぇ私を呼んで。レヴィ・ア・サンって」
「我がカイナ、諸人送るカシワデにあらず。誰がシンゾウ、ただ朽ちる灯にあらず」
俺が詠唱を始めた火の上級魔術に対し、「え」と鬼畜クソ女は驚きを浮かべた。
気分がいい。コイツの意表を突かれた表情など、いつ振りだろうか。これだけで食事百杯は固い。
「其の瞳、唯それのみを煉獄映す鏡となす――――」
俺の頭上に光輪が成る。だがそれは俺に被せられた輪ではない。もっと上、天空にある白炎の目玉模様の光球を中心として浮かんでいる。
光輪はギルメリングのように重なりあう円環から、また一つ、また一つと、目玉模様を軸として回転するごとに、数を増やしていく。やがて光輪は翼の形へと幾重にも重なり合うことで安定し、それは合計六枚にも及んだ。
「――――悪徳の火。お前は今回、おじさんを殺したも同義だ。俺は頭に来てる。ようやくだ。ようやく。ここでなら、他を気にせず放てる。」
「彼方様を思い起こさせるとかぁ、き、キヒヒ…………本気ジャ~ン?」
「お前確か、俺の火の上級魔術を受けると、蘇生が遅れたはずだよな?」
「そそ、だからさぁ辞めなぁ~い?」
「辞めない。」
そして俺は鬼畜クソ女へと指を指して照準を定め、
「死ね。」
無慈悲に容赦なく火を放つ。圧縮された白炎は太陽光線のように、瞬く間にも鬼畜クソ女の白い肌を黒く焦がし、内にある水分を蒸発させていく。
為すすべはなく。まるで魔女狩りでもされているかのように火力が上がって行き、とどめの念押しが終わった頃。周囲一帯は融け、ガラスのような硬質な素材がちらほらと見受けられた。
「…………やったな」
とりあえずこれで、一か月は時間稼ぎが出来る。おそらく、たぶんだが。
「はぁ…………とはいえ、これでまた悪魔祓いの旅が再開ですか…………いえ、今回は少々疲れた。休養を取ってから再開しましょう。」




