02 一章 惡の華 エピソード16 ダリオファミリーに巣食う悪魔3
部下を引きつれ、一目散に私室へと駆け付けた俺を待っていたのは、地獄だった。
いや違う。こんな事が現実であってたまるか。
なら、俺は今、悪夢を見ている。
「お、い…………なにをしている…………え?」
そうだ。夢であってくれ。
しかし、俺を正気に…………いや、狂気に陥れたのは紛れもない現実だ。
「ぱ。ぱぁ…………」
「せふぃっしゅ…………ぅ」
私室の前。廊下に居る俺の視界に映るのは、腹を真っ赤に汚すセフィッシュを、まるで物のように首根っこを持ち上げ、こちらに見せつけるバズベルと、
「あぁ、お早いご到着ですね。良い御父上ではありませんか。今、俺は猛烈に感動しています。さぁ、セフィッシュ、パパが助けに来てくれましたよ?はーいって…………元気にお返事をしましょうね」
とセフィッシュの腹のナイフをいじくり、
「ぎゃ!?あああああああああああ」
まるでドアベルのように、悲鳴を奏でるド外道!!!
「ああぁああああルマぁああああああ!!!てめぇええええ!!殺す!!お前だけは必ず!!!!よくも俺の家族に、セフィッシュに!!!手を出しやがったなア!!!!!!!!!!」
「ははは、セフィッシュ。あなたのパパは怒りっぽいですね。短気は損気なのですが。愛ゆえの咆哮。なんともまぁ…………美しい慟哭か…………惚れ惚れ致します。」
「その薄ぎたねぇ口でぇ!!!セフィッシュの名を口にすんじゃあああねえ!!!!バァズベル!!!てめぇもだ…………殺す、四肢をもぎ、お前の大切なものを全て千切ってやるぅあああ!!!」
もう、視界は真っ赤に染まっていた。それは怒りだ。憤怒の色だ。
気付けば、四属性中最も対人で忌み嫌われる、火の魔術を脳内で詠唱し、獄炎を放っていた。
だが、俺はすぐに自身の短気に反吐を吐く。ハッと表情が歪んだのだ。
「セフィッシュ!」
俺はなんて馬鹿だ。バズベルは当然の如くセフィッシュを火魔術を遮る盾にしやがった!!!
だから俺は即座に風魔術を放つことでなんとか、炎をかき消した。
赤い帳の晴れたその先では、アルマが満足げに頷いている。
「ははは、効果は重畳。どうですか、新商品、名をセフィッシュ。対ダリオファミリーにおいて、最硬の盾と自負があるのですが」
ただ、その自慢げな声とは裏腹に、奴の顔は無表情。腹が立つ、何が不満だ。この俺を無様にも押しとどめておきながら。幼き命を弄んでおきながら!一体この外道は何が気に食わない!?!
「はぁ…………歪んだ愛ほど、情操教育に悪影響を与えるものは在りませんね。あなたを見ていると、心底そう思わされるのですよ。」
セフィッシュと並ぶアルマは、まるで人形のようだ。何があったか腫れぼったい瞼と、赤いかさぶたを見ても、人形の顔に絵の具で描き込んだように、まるで生気が感じられない。
「人をおちょくるのも…………大概にしろよぉ…………!いや、待てお前、カメリアは、俺の妻はどうした!?」
その名を口にした途端、「…………あの醜女のことですか。」なんて、アルマは声色を一段落としやがった。
「悪い事は言いません。あの女は…………あなたとセフィッシュには、相応しくありませんよ。」
「目が腐ってんのか!!!!あれ程の女!他にいるか!!!答えろ下衆やろうカメリアはどうした!」
「何と愚かな…………内面を見ぬから、悪魔に心を巣食われる。はぁ…………安心なさい。アレは俺がもらい受け、有効活用いたします」
「娘だけに飽き足らず…………、お、お前は…………俺の妻まで奪うつもりかぁ…………ッッ!!!!」
ついには、俺の我慢――――歯ぎしりが限界を超え、口の中で砂利のような触感が広がる。奥歯が欠けたのだ…………。
その間にも、人間とは思えない、異様な魔力――――感情の波はずっとアルマからもたらされている。
「し、しかしボス、あれでは、近づけませんよ」
分かっている!!!そんなこたぁ、言われるまでもねぇ。
部下を蹴り飛ばし、俺は荒い息を吐きつつも、まず第一にセフィッシュの身柄を優先するべく動く。
「おぃ、ア゛ルマぁてめぇ…………何が目的だ。」
「あぁ、ようやく商談の席に着く事が出来たようですね。では、こちらのセフィッシュを対価に、あなたには差し出して頂きたいものがございます」
「…………なにをだ」
「全て」
「あぁ!?」
「文字通りすべて。この土地の権利書も。あなたの部下も、あなたの縄張りも…………そして、あなた自身も。全て。このダリオファミリーの全てと、このセフィッシュを、等価交換といきましょう」
「調子に乗るのも…………」
「勘違いしないでくださいね。俺が調子に乗っているのではなく、あなたが調子に乗っているのですよ。」
そして、セフィッシュの腹のナイフへと手を伸ばしたのを見て、「待て!わ、悪かった」と俺は謝るのだ。
「それでよいのですよ。俺はマウントを取るのが好きなので。さぁ、跪いて頭を垂れなさい。セフィッシュの命が大事ならば…………ですが」
「腐れ外道がぁ…………っ」
俺は、セフィッシュから片時も視線をそらさず片膝を着き、奴を見上げざるを得なくなる。
「あぁ、それでいいのです。聡明な判断。天晴です。ではまず、土地の権利書をこちらに。その後は、正門前に部下の皆を固まらせ、留まらせなさい。商談が終わるまでの間です。」
俺は背後の部下を下がらせ、持ってくるよう怒鳴りつけた。
その間にも、セフィッシュは血を流し、弱弱しく肌の色合いが青冷めていく。時間が無い。焦燥感が苛立ちを加速させる。
「アルマお前ぇ、なぜ俺達を狙う。俺達がセフィッシュが何をした!」
「悪人に理由を問うなど、砂漠で緑を探すが如し無駄な事。なので、一つ作り話をして差し上げましょう」
「ふざけ――――」
しかし、俺の罵倒は、アルマが伸ばしたセフィッシュのナイフを前に、閉口させられていた。
「――――とある一般人が居りました。その方は普通の一家です。夫と子供が一人。慎ましやかにも、平らかに過ごしておりました。そう、たとえばこの邸宅のすぐ近くの地域だったとしましょうか。つまり、横暴にもダリオファミリーに立ちのかされ、それだけに飽き足らず、なぜか立ち退き料を払わされ、家具家財を差し押さえられても、金が足りないと毒を吐かれ、体を犯され、土地を侵され、尊厳を冒された。そういった方々がいたとして、あなたはどう思いますか?」
「セフィッシュと比べるまでもねぇ、ゴミだ。いくらでもすり潰してやるよ」
「おやおや…………まぁたとえ話です。そう目くじらを立てる必要はありません」
その時に聞こえた「ボス!」と言う土地の権利書を持ってきた特務部隊の息切れは、俺にとって救済の声にも聞こえた。
「いい、もうお前らは下がれ」
反論は無かった。部下はすぐさまこの場を去ったのだ。
俺は土地の権利書を手に、アルマへと睨みを利かせる。
「お望みのもんはこれだろうが…………さっさと、セフィッシュを離せ!!!もう、時間が」
「ええ、ええ。承諾いたしました。では、その書類を紙飛行機にし、こちらへと飛ばしてください。それと同時に俺もセフィッシュをそちらへとお返ししましょう」
俺は生まれて初めて、手汗でぐちゃぐちゃにしながら紙飛行機を折った。その速度はすさまじかったはずだ。ものの数秒だった。
それだけ、焦燥感に駆られていた。
「では、3,2,1、せーので行きましょう。」
カウントが始まり、遂にその時、俺は紙飛行機を投げた――――
「――――は…………?」
間抜けな声だが、紛れもなく俺の声だ。
だって、
「ま、てまてまてまてまてまてえええええ!!!!セフィッシュぅあうあううううううう!!!!!!」
鮮血が俺の眼前で舞っていた。
セフィッシュの首から、放物線を描き、命が抜けていく…………。
アルマは、アルマはあろうことか、セフィッシュを解き放した刹那に、その首を斬りやがったんだ!!!!!
「あぁあああああああああ!!!!!!!!!!」
「はい。確かに。土地の権利書を頂きました。」
「ぬぁあああああぜだああ!!!!なぜだなぜだなぜだ!?!!?」
俺の腕の中で、セフィッシュが冷たくなっていく。
その瞳が曇って行く。俺がもう…………映らない…………。
「なぜだ!?あるあぁま!!!」
「悪人の言う事を信じるのは愚かなのですよ。それに、俺はダリオファミリーの全てをいただいた。ならば、セフィッシュの命も俺のものでしょう。」
「ですが、ご安心を」とアルマは無表情で言った。
「すぐにあなたも、ご息女が居る所へと送って差し上げましょう。」
「あぁああああああ!!!!!!!!!!!ブッ殺すっ!!!」
「お好きにどうぞ。先手はお譲りいたしますよ」
この悪党は、この悪魔は殺さねばならない。
俺に生まれて初めての善性が生まれた瞬間だった。浄化するのだ、この世界をこの面汚しから!!!
「我がカイナ、諸人送るカシワデにあらず、誰がシンゾウ、ただ朽ちる灯にあらず!!!」
俺の城が燃えていく。セフィッシュが俺へと歩み寄ってきた廊下も、セフィッシュを明るく照らしていた照明も、セフィッシュが俺へくれたすべての思いでが燃え朽ちていく。
だが、今更だ。
もう、セフィッシュはいないのだからっ…………!!
その雪辱。後悔。憎悪。ありとあらゆる負の感情を魔力につぎ込み、
「其の瞳、唯それのみを煉獄映す鏡となす――――」
俺は青黒く燃え盛る、体高五メートルは在ろうかと言う、三つ首の狼をこの世に顕現した。
「――――狼王!!!殺せェ!!!!!」
魔術の火は吠えない。そのような機構は持ち合わせていない。
だが、狼王が首を天上へ向けると、それが生み出した灼熱の上昇気流はまるで遠吠えのように爆音を伴い、外壁や残っていた辺り一帯を熱波で吹き飛ばした。
「相当な練度ですね。魔力も良く練り上げられている。ジーランド大陸での過酷さをまざまざと見せつけられているかのようです。」
もはや屋外と言っても過言ではない俺の城。遠く正門前に見える俺の部下たちは、こちらを見てどよめきを上げている。
もっとも、青空の下に居るアルマに依然として傷は無かった。熱傷も、吹き飛んだ家屋による裂傷も見当たらない。
それは、バズベルも同じ事。
だが、俺の魔術に当てられ、無傷などあり得ない。何か絡繰りがある筈だ。
「高説たれてられんのも今の内だぞ、てめぇはもう…………丸腰だ。炙り、熱し、炎の牙で噛み砕きッ…………お前らの全てを否定してやる。親族なんざ生ぬるい、族滅だ」
「こんな言葉をご存知でしょうか。弱い犬程良く吠える」
易い挑発だ。その手にはのらん。
既に、全身の血液は俺の脳髄へと集まっている。今更、激昂などするものか。
俺の意思に過不足無く従い、狼王はアルマの下へと一直線に駆けた。
「フェリル」
狼王の前に立ちはだかったのはバズベルの馬鹿だ。
仮に身体強化に自信があり、風魔術の切断に耐える鋼鉄の体や、土魔術の地形変動を躱せる身軽さを持っていても、近づくだけで熱傷を負う気体――――実体のない火は耐えられない。それは人体の持つ弱点に他ならん。
ゆえに、火の魔術は対人に置いて最も忌み嫌われる。
しかも奴は見たところ魔術の詠唱も行っていない。もしも無詠唱であったとしても、その程度の威力で俺の狼王は散らせやしねぇ。
なぜなら、魔術の詠唱は言ってしまえば、儀式と言うより、自己暗示の側面が強い。体系化された魔術式は、この詠唱がこの現象と言う風に強く結びつくことで、世界に己がイメージを映し出す。
ゆえに、詠唱破棄とはそれだけで自己暗示の側面を弱め、威力も例外なく落とす愚行。不意打ちならばともかく、真正面からの削り合いでは自殺行為だ!!!
「終わりだ!まずはお前からだバァズベル!朽ちろやぁ!」
だが、俺の予想とは裏腹に、バズベルは狼王を圧しとどめた!?
「な、なに。どういうことだ!?」
ありえない!だが間違いなく奴は今も、俺の狼王をその場に踏みとどまらせている。
他者の魔術を乗っ取った?いや違う。魔術の素たる魔力は自身の物。それを操るなんざ、それこそ他者の手足を操るのと同義だ。
ならば、無詠唱の魔術で食い止めている…………?ならば少なくとも水魔術ではない。水魔術は大気中もしくは、周囲に水分が多くある場所でなければ意味をなさない。特に今は俺の狼王が根こそぎ水分を蒸発させている。まずありえない。
ならばあとは、風魔術の風圧か、同属性の火魔術…………俺が思案を巡らせている最中。一つ異変に気付く。
奴の髪の色…………青と黒のツートンカラーの刈り上げだったはずだが、今は青と、白に変色している?
俺の狼王は、あんなに小さかったか?
一つ異変に気付くと、あとは芋ずる式に疑問が解け出す。
まさか、
「俺の魔術を吸収してやがんのか??」
「素晴らしい」なんて、アルマはわざとらしく拍手を打った。
「ご名答。頭に血が上った影響か血の巡りも良くなったようではないですか。才気煥発をみせましたね。」
「ざけんなよ、そんな奴」
「ええ、おりません。自然にはね」
「なんだと」
俺の驚愕に機嫌を良くしたのか、されど、無表情のまま。アルマは声音だけ楽しそうに話す。
まるで自慢の玩具でも見せ付けるように、
「彼、バズベル改めフェリルは特別。かつての人体実験の被験者を、俺が運よく拾い、手懐けました。今では忠実なしもべの一人なのですよ?」
「だが」アルマは調子に乗った。それを敵に教えるべきじゃあねぇ。
「吸収ッてこたぁよ、上限があんだろ!!!!」
俺が余力を余すことなくつぎ込み、狼王の大きさを取り戻すと、バズベルの表情に険しさが浮かび上がる。
そのうち、バズベルの皮膚に赤みが走り、焦げ付き、険しさが苦悶へと移り変わった頃合いで、
「ガッ!」
と、バズベルの全身は俺の狼王に飲まれた。
ただ、死にはしなかった。奴めなんとか床を蹴って抜け出し、焦げ付く体でアルマの下へ這いつくばった。
つまり満身創痍。
「自慢の玩具も壊れちまったなあ?…………次はおめぇだぞ。アルマ」
「本当に。ジューン・ホーンさんの件といい、使えませんね。フェリル。下がりなさい。もうお役御免です。」
バズベルは無言のまま頷き、アルマの背後へと這って行く。
そして、ようやくだ。ようやくこいつを殺せる時が来た。
だがしかし、
「さて、先手はお譲りいたしましたし。次は俺ですね…………しかしながら、上級魔術は心の内を明かすことになる。恥ずかしいですよね、ゆえに、使いませんので悪しからず」
それはアルマも同じだったようだ。
「代わりに手の内を明かし、あなたのプライドをへし折って差し上げますよ」
能面が、俺を見ている。人の事を何とも思わぬ悪魔が、おもむろに右腕を上げる。
まるで何者かを紹介でもするかのように綴る。
「まほろばをここに。あまたの水面に波紋を。須臾の谷間に鏡面を。」
見知らぬ詠唱が、俺の鼓膜を打つ。
「その身心に焼かれなさい――――」
そして、アルマの前に、曇り一つ無い鏡が現れた。
「――――狼王」
鏡から、俺の上級魔術と全く同じ、青黒く三つ首の狼が現れ、遠吠えを上げる。
「まさか」…………冗談じゃねぇぞ。体系化された魔術詠唱以外に魔術を放てるとすれば、一つしかねぇ。
既出無き、その者自身が生み出したオリジナル。
こいつぁ…………、
「…………『原典魔術』かッ」
「ご名答」
だとすりゃあ…………アルマ、コイツの実力は、漆黒ランクでも上位。下手すれば、
「黄金ランク…………英雄にでもなろうってのか。」
「俺が正義の味方に?まさか。そうであったならば、セフィッシュは死ぬことなく保護されていたでしょう。だからあなたがセフィッシュを殺しました。俺と言う悪人を見抜けず取引をしたあなたの落ち度。」
ここに来て、俺の傷口に特大の岩塩を塗りこみやがったなぁ…………ッ、
「ド外道がぁ…………」
「ええ、良く言われます」




