02 一章 惡の華 エピソード15 ダリオファミリーに巣食う悪魔2
長い長い廊下を早足に歩き、部下の造り出す馬鹿げたアーチを潜り抜けたその先に、お宝があった。
「おい」
俺が低い声をかけると、部下は瞬時に扉へと手を掛けた。
「ボス…………用事はもうお済みに?」
「あぁ、早く開けろ」
部下はすかさず扉を開け、俺が入室するのを見守った。
しかし、
「待て、お前バズベルだな。何故お前もボスの私室へと入ろうとしている!」
後ろに付いてきていたバズベルはやはり、入室は出来ないようだ。
俺は、水魔術で映し出した蜃気楼によるパッシオーロ・ダリオ三世の姿はそのままに、風魔術での声真似だけを辞め、元の声帯を使って指示を出した。
「構いません。殺しなさい。」
またも一瞬だった。パッシオーロ・ダリオ三世の部下は瞬きの間に、肺を刺し抜かれ悲鳴を封じられると、首の骨を折られ死んだのだ。
ただ、少しのゆとりを欲した俺は、死んだ部下が腰に差していた剣を死体の背中に押し込み無理やり立たせる。遠目には警備を続けているようにフェリルへと細工させた。
「出来ましたか?」
「抜かりなく。」その出来栄えに頷くと、俺とフェリルは室内へと足を踏み入れ、水魔術の隠れ蓑も脱ぎ去った。
「だれ!」
俺を最初に見つけたのは、話に聞いていたパッシオーロの妻。エルフのカメリア。彼女はすぐに大声を出そうと口を開けた。が、俺が先んじて風魔術によって逆位相を放ったので、
「――――!――――??!」
声は出ない。厳密には打ち消される。その驚愕にかち合った間抜けな顔と言ったら、道化に勝るとも劣らぬ滑稽ぶりだ。
「フェリル」
名を呼ぶだけで十分。フェリルは大事な母体を腹を殴って昏倒させ、その肩に担ぐと俺の後ろにと着いた。
「娘はどちらに?」
「申し訳ございません。そこまでは。けれど、確実に居る筈。この離れも家族を守るため、パッシオーロが作ったと聞いています」
「ははは…………宝探しは好きなのですよ。ワクワクしてきますね」
「承りました。凱旋の折り、そのような催しをこしらえます」
「いや…………お辞めなさい。こう言った楽しみは偶発的に遭遇するのが醍醐味。あらかじめ仕掛けられた宝探しなど、自慰行為に等しき自己満足なのですよ。風情を学びなさい。」
「は、そう思われぬよう、趣向を凝らします。お喜び頂けるかと」
思わずため息が漏れる。俺の言ったことを聞いているのか?いや、聞いてはいるのだろうが、なんとも歪曲される…………。厄介なものだ。
「はぁ、あなた達幹部は、本当に熱心な俺の信者ですね…………」
「愚問です」
「は?あなた今、俺に愚かと言いましたか?」
「な!?そのようなたわ言をいったい誰が!!」
俺は頭が痛くなって額を押さえた。
「…………いえ、もういいです。探索を続行しましょうか」
「押忍」
気持ちを切り替えるため、俺は深呼吸の後室内を見渡した。
全体的には白と金を基調とした色合いだ。大理石の床と、ゆったりした曲線状に作られた二階へと上がるための階段。
ただ、俺が最初に足を運んだのはキッチンルーム。俺は腹が減っているのだが、何やら香ばしい匂いがしたのだ。
「おや、ちょうどいいではありませんか。」
俺はテーブルの上に置かれた冷める寸前の肉を、行儀悪くも手掴みで口に運び、軽食とする。
べたついた手をてきとうなナプキンで拭き、それを蓋つきのゴミ箱へと捨てた時、俺の表情は固まった。
「アルマ様、どうしましたか」
「……………………いえ。質問項目が増えただけの事。」
俺は頭を振ると、階段を上がりきり、右手側の奥の扉へと足を踏み入れた。
すると、ビンゴだ。
「パパ!帰って…………ぇ?」
と、可愛らしい幼女の出迎えを押しのけ、扉をくぐるとピンク色とぬいぐるみが多い少女の部屋。
天蓋付きのベッドに、南向きの日当たりの良い大きな窓。化粧台には一目でお下がりと分かる、使いかけの口紅や、ハケが置いてある。
そしてこの部屋の主――――まるでお姫様のような幼女はキョトンと俺を見上げている。
どうやら、いの一番に当たりを引いてしまったようだ。やれやれ、全ての部屋を見てからというのが、宝箱探しのお約束でしょうに…………、
「…………残念ながら、外れですか。」
「お、じさん。誰?パパの手下?」
「ええ、そうですよ。あなたは、ボスの娘さんですか?お名前は?」
「なんで知らないの?セフィッシュよ。ま、でも丁度良かった。ねぇ、遊んでくれる?ママったらお化粧ばっかりで暇だったの…………って、アレ、それって…………ママ?あれ、なんで一緒にいるの?」
俺は曖昧に笑い、適当にごまかした。
そして、視線を合わせるため、しゃがみ込んで聞いたのだ。
「お母様は少々寝ているだけです。起きるまでの間、二、三お伺い致しますが…………ゴミ箱の中身。アレはあなたがやった訳ではありませんよね?」
「え、どれのこと_?」
「キッチンのゴミ箱の中身です。」
「あ!あれね。わたし!私がやったの!!だって、ママったら私が作ったお肉の事先に話しちゃうから、むかついて蹴ったのよ。」
「…………中には、人の腕と、苦悶の表情を浮かべた頭部が捨ててありました。」
その言葉を聞き、背後ではフェリルが息を飲んだのが分かった。けれど、俺は動揺もせず淡々と尚も聞いた。
「蹴っただけでは、ああは成りませんが」
「だからね、ちゃんと切って捨てたのよ。偉くない?ママも褒めてくれたわ…………てゆーか、それが何?何か悪いの?ゴミを捨てただけじゃない」
「…………あぁ、そうですね。あと一つ。お嬢さんは、ハーフエルフですよね、歳はおいくつですか?」
「ムッ…………レディに聞くことじゃ無いと思うけど」
「教えていただけますか?」
「今年で、十六よ」
その唇を尖らせた少女は、背伸びをするようにそう言った。
あぁ、残念だ。俺の経験上、十五歳になってもこの悪性では、善悪の区別もつかぬのであれば、もう…………後戻りはできない。手遅れだ。
「そうですか。でも、たとえ外見の成長が遅かろうと、精神年齢にさほどの影響は出ません。要は、あなたはもう、矯正の余地はありません。」
「…………はぁ?矯正??何、何のこと??」
「あなたの将来が一つ閉ざされたといったのですよ。さて、丁度いい。ここでケジメを付けましょうか。フェリル準備を。」
返事をしたフェリルは、まずカメリアを床に下ろしてから、ナイフを取り出した。
「えなに、。なになに、なに…………え?」
フェリルの異様な雰囲気と、寝たままの母。双方に誘発されたのか、ようやくセフィッシュは己が置かれた状況に目を白黒とさせる。
でも、もう遅い。
フェリルはナイフを持っている左手に力を入れた。そしてそれを合図に俺は口を開く。
「右手を斬り落としなさい」
「え、ちょ、い、いやああ!!!!!!!!!!!!!!」
と甲高い悲鳴が室内に響くが、別に切ったのはセフィッシュの腕ではない。
「ぐっ…………あ゛ぁ…………」
フェリルは自身の右腕を斬り落としたのだ。そして直ぐ、血だらけになった右腕を拾い上げ、俺の前まで持ってくる。
「縫い合わせなさい。」
「…………っはい」
「なに、なになに!?自分の腕でしょ!?おじさん達なにやってるの!!え?」
セフィッシュの困惑を無視し、フェリルは俺に見える様、腕を縫い合わせる。その際には俺も治癒魔術である程度の介助を行う。
そして、不格好ながらも右手首はくっ付いた。
「動きますか?」
「力は、入りません」
「よろしい。では、準備は整いましたね。」
「ダリオファミリーに居ながらの我が無様。これでジューン・ホーンへの禊ぎとなるならば。如何様にも」
そう、ここまでが、ケジメの準備。
本番はここから。
「その無様な右手で、左手を斬り落としなさい。ゆっくり、じっくりと痛みを感じるのです」
「御意…………っギ…………っ!!!!」
フェリルの左手の肉がブチブチと音を立てる。骨がゴリゴリと擦れる。
そして、約三分後。ピンクのカーペットを鮮血でドロドロに汚し、ボトリ…………と、左手は千切れた。
「…………ハァツ!…………っはぁ…………はぁ…………っぐ」
「よろしい。左手を渡しなさい。断面もこちらへ」
俺は治癒魔術と並行し、傷口を縫い合わせた。
続いて、元の握力まで戻るよう念入りに魔力を込め、治癒魔術に心血を注ぐ。
そうしてやがて、フェリルの顔色は元に戻り、脂汗も解けて消えて行った。いや、それだけではない。今しがた手首を斬り落とすよう命じた俺に対し、フェリルは恍惚とした笑みを浮かべる。
「こ、これで…………今後も我が身をお使いいただけるならば、有難き幸せに御座います。アルマ様」
「あるま?アルマって!!」と、そこで流石に俺の正体に気付いたらしい、セフィッシュは腰を抜かし、後退した。
「おじさん、カシムが言ってたやつじゃない!!嘘ついたの!?おじさんたち、手下じゃないの?!」
ここでケジメを付けさせたのは、恐怖心をあおるためだ。俺がそういう人間だと知ってもらうためのデモンストレーションを兼ねていた。
もしも、セフィッシュに更生の余地が在るのならば、それでいかようにも言い聞かせ、保護出来たから。
でも、いらぬ心配だった。この娘には善性はない。俺が、そう決めた。
「さて、お嬢さん。あなたには役割がございます」
おもむろにも、セフィッシュを見ると、彼女の居座っているカーペットは小水で濡れていた。
「な、なに。にゅをさ…………何する気。パパが怒るわ!!殺されるから!!!おじさん!!」
その時、俺は一度だけカメリアを見た。しかし、この状況になってもコイツは起きない。
なら、もういいだろう。
俺はフェリルからナイフを受け取ると、セフィッシュにそっと近づき、急所にはならない部位――――腹を躊躇いなく刺した。
「へ…………」
セフィッシュは最初放心していた。初めて覚える衝撃に対し、思考はフリーズし、痛覚も遮断されていたのだろう。
しかし、そのうち冷や汗が彼女の頬に伝う。何度も何度も俺と、自身の腹を見比べた末に、大きな口を開けた。
「い、いただあああああ!!!!!あああああああああぎいああああああああいだああいいいいいいい」
服の腹回りへと血がにじんだ頃。ようやく絶叫と共に俺の手からナイフが、セフィッシュの腹へ持って行かれる。
「…………いた…………い、ぱぱ…………ぱぱぁ…………ママぁ!痛いよぉ」
のたうち回る事はしない。というか痛みによってできないようで、浅く呼吸し、涙を流している。
「安心なさい。お嬢さん。あなたの役割は肉盾です。殺しはしません。」
「しかし」俺は背後に振り返り、カメリアの胸には、魔力の籠った蹴りを見舞った。
途端に「ゲボ!」という汚いえづきが漏れ、口の端からヨダレを垂らす。その様子から、魔力を回し、魔術を使う余裕も無いだろう。
「げっほ…………おえ…………ん、なんで…………?なんで蹴るのよ…………私が何をしたってのいうの…………うぅう」
俺は不快感に魔力が荒立つ。
俺がこの女を蹴った原因たる「なぜ」と言う適当な疑問は、むしろカメリアからもたらされていたからだ。
「こちらのセリフです…………あなた、セフィッシュの最初の悲鳴で目を覚ましていたでしょう。なぜ、助けに入らなかったのですか?ご自身の娘でしょう」
俺が一歩踏みよると、「ひっ…………」とカメリアはセフィッシュを見る。けれど、助けを乞う娘など鼻で笑い、俺から遠ざかる事だけに注力していた。
「化け物、こ、こないで!あなた、な、なに。その魔力は…………に、人間のそれじゃあ、ないじゃないの!!!!化け物バケモノ!!!!」
だとしてもだ。我が子を見捨てる理由になるか?
否だ。
「耳が聞こえないのでしょうか。もう一度聞きますが、なぜ、我が子を無視するのです?」
「せ、セフィッシュなんてどうでもいいから、わ、わわたしを、助けて!!な、なんでも何でもする!!私、わたし!すごく上手なのよ??ね、ねぇ?一回抱いてみて!そうすればわかるから!!ねええ!!!!」
あぁ、駄目だ。この女は下衆だ。同じ人間とは思いたくもない、二足歩行のナニかだ。
その絶望的な切り捨ては、幼女の瞳から完全に光を失わせていた。
いや、付け加える。俺からもだ。
俺は今、きっと無表情だ。
「…………安心なさい。あなたは殺しません。大事な母体です」
「ぼぉ…………たい?」
「ええ、俺は奴隷商を営んでおります。そちらでは、『繁殖場』も所有しておりまして、あなたのような外面だけの悪女にはうってつけの場所なのです。それも魔力量の多いエルフとなれば耐久性もクリア…………延々と産んでもらいましょう…………利益は計り知れませんね。」
「ま、まさか、奴隷にしようって言うの!?こ、このわたしを!!!!?」
「ご理解が早く助かります。産めや増やせや、頑張ってくださいね。あぁ、ご安心を配合者相手もそれなりの外面ですよ。それに、生まれてくるお子さんは完璧な条件下での養殖となります。売るのはその中でも生まれながらの人格破綻者のみ。こういうのは地産地消とも言うのでしょうか…………素敵でしょう?」
「さて」俺はカメリアを再度蹴り飛ばし昏倒させると、セフィッシュの首根っこを掴んでフェリルへと放り投げた。
盾としての運用を始めるためである。
「さ、フェリル。行きますよ。ダリオファミリーでの最期のお仕事です」




