02 一章 惡の華 エピソード14 ダリオファミリーに巣食う悪魔1
バズベルという粗暴者に意識を奪われた後、俺は全身の痛みに苛まれ、呻きながら目を覚ました。
ここは拷問部屋なのだろう。暗い十畳程のコンクリート部屋には様々な赤黒い痕や、肉片がこびりついていた。
夏を一足飛びで追い越したかのような冷気が、俺の脂汗を冷やしていたのだ。
「…………おや。また会いましたね。」
「黙っていろ。」
目の前にはバズベルと、恰好だけはいっちょ前の女性が二人。
そして俺は、両腕と両足をを縛られ、椅子に固定されていた。全身を襲う打撲の痛みを鑑みるに、寝ている間相当手ひどく痛めつけられていたらしい。
実際、右の瞼が腫れているのかうまく開かない。
ただ、口が開けるのは不幸中の幸い。俺は商人だ。口先八寸、二枚舌。喋る事が出来ればどうとでもなる。
そうでなくとも、魔術を阻害する魔道具の類も見当たらないのだから舐められたものである。もしくは俺は斥候とでも思われたのかもしれないが…………まぁ、おそらくは出しゃばりのバズベルの仕業だろう。
俺がそう思ったのは、
「なぁ、バズベル。次はアタシにやらせなよ。」
と、女が眉をしかめバズベルへと唇を尖らせていたからだ。
「もうずっとあんたばっか拷問してるじゃんか」
「当然だろう。ボスに言い付けられたのは自分だ」
「はぁ?ボスの命令横からかっさらったのはアンタだろ。後輩が先輩に口答えしてんじゃねーぞ」
「おやおや、痴話げんかですか?」
「言ってられんのも今の内だよ。まだ寝てた方が良かった…………って思わせてやるよ。まぁ安心しなメインディッシュは、ボス。アタシらはそれまでの下準備なんだからね。ダークネスプリンス君」
「口を慎みなさい。屈辱です」
「あっハハハ!!そうよねぇこのアタシでも、赤面するわ。ププ…………ダークネスって…………」
「…………ねぇ」と女の香水臭い手が俺の頬を掴んで引き寄せた。
「ソレはソレとして、アンタさぁ、面いいんだし、アタシのコレクションに加わる気ない?その気があるんなら、アタシからボスに口添えしてやってもいいわよ」
「願い下げです。」
「あら、つれないわねぇ。即答?」
「当然です。それ程の厚化粧でも、内面の悪辣さを隠しきれていない。美しくない。醜女ここに極まれり。」
「…………へー言ってくれるじゃないの…………じゃあ、頷くまで泣かせてあげるわ――――」
と、振り上げた女の手はしかし、俺に届く事は無い。バズベルが振り上げた女の手を掴んでいたからだ。
「――――バズベル、アタシに譲りなさいってさっき言ったでしょう」
女は犬歯もむき出しに吠えた。
けれど、
「自分がボスから命令を受けたので」
「あぁ!?調子乗んなよ。木偶のぼうが!!」
見るに堪えない。俺はそこで、一つ命令を下した。
「はい。もういいでしょう。」
「何がよ…………っ?あんた何をへらへら笑ってんの」
「おや、笑っていましたか。失敬。別にあなたを笑ったわけではありません。そうですよね?」
「はぁ?…………誰に言って、気でも狂ったの」
「仰る通りです。アルマ様」
瞬間だった。女は目を見開き、それなりの身のこなしで距離を取ろうとしたのだが、
「な、!?バズベっ??!何を」
「誰か」と驚愕を口に出す前に。名も知らぬ女はバズベルにチョークスリーパーを掛けられ、ゴキン!という死地への一歩が鳴った。呆気なくも首が折れたのだ。
まるで操り人形の糸が切れたかのように、床へ倒れ込んで絶命した女を尻目に、俺はツートンカラーへと指示を飛ばす。
「フェリル。縄を解きなさい。」
「はい。少々お待ちを」
バズベル――――改め、俺の部下フェリルは、それからつつがなく縄を解き、俺の前に傅いた。
「ご挨拶が遅れ面目無く…………お久しぶりです。アルマ様」
フェリルはお花屋さんリンドウの幹部。俺は、すぐに仕入れが出来るよう信頼している部下を各地に潜り込ませている。
ただ、今回はイレギュラーだ。
「アトモスファミリーに置いたというのに。何をいいようにダリオファミリーの傘下になっているのです。あなた、ジェーン・ホーンさんの件知っていましたね」
「申し訳ございません。力及ばず。でも、あなたもなぜ、むざむざ自虐さなるような状況を作ったので?」
「ケジメです。今回のミスは俺にも責がある。トグサの街から伝令は飛ばしてある筈、なら、あなたも知っているでしょう。」
「…………はい。部下より承っております」
「とは言え、この程度の暴力…………ジェーン・ホーンさんたちに比べれば、蚊に刺されたような粗末なものです。どうせなら、目の一つでも潰せばいいものを。生易しいことですね…………まぁ、いいでしょう。残りは、羞恥を被った事で手を打ちますか。」
「意向に沿えず、申し訳ございません。」
「だから」俺はフェリルが己の拳を、赤いうっ血を超え白く握りつぶし、血を流している事を叱った。
「信賞必罰は世の常。ケジメをつけに参りましょうか」
「はい。」
「あぁ、その前に。あなたですよね。ダークネスプリンスとか言う屈辱的な字を皆に教えたのは」
「そうでうすが…………しかし、今更では?」
「はい?」
「ダリオファミリーはこちらに来て歴が浅いため知らぬ者も多かったようですが、我らの業界では周知の事実です。」
「なに…………本気で言っているのですか?」
「はい」
「…………あなたを我がリンドウ幹部と見込んで、一応訊ねます」
「なんなりと」
「あなた俺の他の字、もしくは噂は幾つ知っています?」
「はい、処女がお好きという事。衆道の気がある事。ダークネスプリンス、以外にも、夜の主人。悪魔王、悪鬼羅刹を敷く者、甘い毒。ツンデレにあとは――――」
「――――閉口しなさい。いい。もういい。俺を羞恥で殺す気なのですか」
「すんません」
「…………重ねて訊ねますが…………まじなのですね?」
「マジです。」
「それにしては些か、多くはありませんか?びっくりしましたよ俺。」
「とは言いますが、アルマ様は舞台に上がる事はあまりないので、想像が膨らむのも仕方ないかと。既に他の幹部も、それどころか末端構成員…………トグサの街周辺の地域まで浸透しています。終わりです。」
「…………ふ、ははは…………許しません。許しませんよ!そのような謗りを広めた輩は必ず…………必ず粛清します。天誅です!いいですね、フェリル。この件片付いたらば、そのような悪名が広がりきる前に、必ず突き止めるのですよ!」
「押忍。ぁ、でもたぶん、もう遅いと思いますが」
「フェリルッ!!」
「押忍。」
「…………ダリオファミリーの内部へ案内しなさい。出来ますね」
「…………丁度、先ほど配属された部隊に教えられたばかり。ご期待にお答えいたします。」
「よろしい。この腹の中でぐつぐつと煮詰まった憤怒。全て差し上げようじゃありませんか…………。して、どこへ?」
「はい。パッシオーロ・ダリオ三世の急所へ。」
急所。フェリルから粗方の内容を聞いた俺は心が躍った。金の匂いがする。
途端にいい事を考えたのだ。
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「ボス。俺達は」
背後で控える特務部隊の三人は待ちきれないと言う感情をにじませながら俺に問いただしてきやがった。
「急くな。今ミカとバズベルが下ごしらえをしてる。俺達はゆったりと向かえばいい。カシム、器具は揃ってんだろうな?」
「とっくに。ミカさんとバズベルさんに伝えてあります」
「そら見た事か」俺は軽く首を回し、したり顔で部下を黙らせる。
「言ったろう。俺達が慌てる必要はねぇのさ。ここはもう、奴にとって四面楚歌。仲間がいようが居まいが、助けなんか来る訳ねぇだろう。」
「キヒヒ…………それはどうかなぁ」
見知らぬ女の声だ。それは背後――――部下達が振り返ったさらに後方。バルコニーから聞こえた。
そいつは、俺の妻ほどではないが、非常に見目麗しい女だった。毛穴一つ見られないきめ細かな白い肌。アイスブルーの長い髪と薄紫色の瞳は、光に照らされ七色にグラデーションがかかっている。
我が肢体こそが至高とでも言わんばかりに、白いドレスは生地が薄く、光に照らされ肢体の輪郭が透けていた。
「娼婦を呼んだ覚えはねぇ…………妻がいるんでな。で、誰だお前、何処から入った」
「ヤッホーヤッホー!私ぃ、アルマきゅんのお友達ぃ。」
「アルマだと…………」
一目見て異様だと感じた俺は、椅子から立ち上がり、部下を押しのけるように聞いたのだ。
何が異常か?それは分からん。だが、魔界とまで言われるジーランド大陸で培った俺の勘が、得体の知れぬ不安を感じ、警告音を上げていたのだ。
女に悟られぬよう、静かに魔力を体内で回し、いざ。とびかかろうとした時だ。
「あ、待ってまってぇ!私ぃ、忠告に来たんだよぉ??」
両手を突き出しおどけた女に対し、出鼻をくじかれた俺は舌打ちを放つ。気付かれていたのだ、俺が臨戦態勢に入っている事に。
「忠告?なんのだ。なんのために、お前奴の仲間なんだろう」
「下僕だけどぉ、仲間じゃないよぉ~。彼ねぇ…………今私を差し置いて、バズベル君と共謀してミカちゃん殺そうとしてるよん☆ずるいよねぇ~」
「あ?なぜ、バズベルと」
「だぁってだってぇ~、彼ってば、トグサの街はお花屋さんリンドウの大幹部の一人だしぃ~~そりゃそなるよぉ」
「…………んだとっ。でたらめを。バズベルは元々アトモスファミリーの人間だぞ!」
「うんうん。わかるぅわかるなぁ~その気持ち。でも考えてみてよぉ、奴隷商リンドウの主人はぁハイエナのように仕入れをするんだよぉ?それってぇ事前に抗争がある場所が分からないとぉ無理だよねぇ?」
そうだ。衛兵やギルドメンバーに事前にばれていては、抗争など事前に鎮圧される可能性がある。ゆえに、俺達は闇夜に紛れ、ゲリラ的に戦争を仕掛ける。事前連絡などあるわけが無い。どこで何が起こるかなど、気付ける筈がない。
分かるとするならば、抗争が起こったところへつつがなく、滞りなく足を運べるとすれば、
「密偵かッ」
「大正解~!それにぃ、おかしいと思わなぁい?バズベル君はぁ、わざわざキミの言葉を遮ってまで、アルマきゅんを連れて行ったんだよぉ??」
「…………だとしてもだ。なぜ、お前がそんな事を俺に言うんだ、あぁ!?利敵行為だろうが!!!」
「もう!言ったじゃん!!プンスカだよ…………私ぃアルマきゅんには苦しんで欲しいのぉ悩んで欲しいのぉ。彼が腹を立てるとぉ私を恨む、憎む。アハッ!そうするとぉ、私だけを見てくれるぅ…………素敵よね」
「メンヘラが…………」
そう、女の言うことに証拠などない。それどころか、普段の俺であれば話などせず即刻殺している妄言に他ならん。
だが、なぜか…………なぜか、この女の言葉には俺を吸い寄せる何かがあった。
まるで、水面にできた渦巻のように、奴の言葉が俺の腹にスッと落ちていく。求心される…………。
「…………カシム、お前は拷問部屋へ行け。」
「ボス?アイツの言葉を信じるのですか!?」
「胸騒ぎがする。おぃ、特務。お前らは俺と共に私室まで来い!!」
「しかし、あの女は?」
「ほっとけ!!お前ら俺の家族に何かあったら、親族諸共皆殺しにすんぞッ!!!黙って従え!!!!」




