02 一章 惡の華 エピソード13 ダリオファミリー 2
俺が執務室から私室へと戻るまでの間。赤い絨毯が道標のように敷き詰められた廊下には、見目麗しい装飾と高価な家財が配置され、少なからずの承認欲求を満たしてくれる。
その他にも部下が一定のルートで巡回している。やつらは俺の顔を見るたび、表情を強張らせると同時に足を止める。斜め四十五度の完璧なお辞儀を持ってアーチを作る。
「構わねぇ、楽にしろ。」
アーチを作る部下は必ず、灰皿を俺に献上する。既に見慣れた光景に対し、俺も何の疑問も無く、煙草を口から離し、灰皿で火を消し潰す。
「仕事に戻れ。」
「はっ!」
小気味いい返事を鼻で笑い飛ばし、なおも絨毯を踏み締め歩く。そうすると俺の私室がようやく視界に映る。
この間、なんとニ十分だ。なんで家の中でニ十分も散歩をしなければならんのか。
もっともこの邸宅は俺が作った。この土地を占領していた民草と、他勢力を根こそぎ潰し奪い。死に程設計にも口を出し、夜通し働かせ完成させた俺の城だ。
だが、最近はもう少し手狭にすればよかったとの後悔がある。無論、作った当初は仕方なかった。
まだ俺らの力を信じきれねぇ馬鹿どもが蛆のように昼夜問わず押し寄せ、フェルメニア大陸から密輸入した銃声と中級魔術の爆音、そして悲鳴が絶えぬ日は無かったからだ。
要は、安眠と俺の家族を守るための防音措置兼、隔離措置。
だが、今は滅多にない。静かなもんだ。俺らを一筋縄で落とせる弱者だとは誰も思っちゃいねぇのさ。
ゆえに、今回のアルマ…………こいつだけは見せしめに殺さねばならんのだ。でなければ、またこの安寧を手放すことになる。
そうこう考えているうちに、俺は私室の前まで来ていた。
ドアを開けるためだけに存在する部下へ目で指示を出し、扉を開かせる。
「ご、お疲れ様です。ボス」
部下が俺達家族の住む私室内部を覗く事は無い。こいつ等は俺の事だけを見る。それは恐怖による支配の賜物。もしも覗こうと意識を傾てしまえば、自身が見るのは俺の家族ではなく、地獄であると理解しているだ。
が、しかしだ。
「お疲れだぁ…………?まだ日がたけぇのにお前、俺が疲れたように見えんのか?」
「あ、いえ、そ、のっ!」
「いえ…………?なら、なんでその言葉を俺に放った。あ?」
「っぇ…………と…………っ」
部下はしどろもどろになりながら顔を青ざめさせる。これだから弱者は面白れぇ、滑稽で、惨め。俺のような強者に搾取されるだけに存在する道化だ。
しかし、愉快にさせてくれた礼はキッチリしなきゃなんねぇ。
「…………ハッ、相変わらずリアクションがいい奴だなあ?冗談だ。」
これが飴と鞭だ。
ほっとした部下の頬を軽くはたき、その手に小遣いを握らせた俺は、愛しき家族の下へと歩みを進めた。
「帰ったぞ愛しき家族よ!」
直後、ペットのリードをポトリと落とし、
「パパ!」
俺がかがんだ瞬間飛びついて来たのは、娘のセフィッシュ。俺の宝、全てだ。
俺の金髪オールバックに似た、赤み掛かったブロンドの髪は絹のように細く美しい。エルフの血を受け継いだため魔力量も多く、『老化遅延』を無意識にも行っているためか、齢十五になっても外見は未だ十歳前後の幼さだ。
ただ、親としてはいつまでも子供でいて居たい気持ちは大いにある。ゆえに、その老化遅延の悪癖を咎めたことは一度もない。その妖精のような見た目をいつまでも愛でていたい。
とは言えだ。内面はきちんと年相応に成長している。その証拠にセフィッシュは最近いっぱしのレディとして化粧にも興味を持ちだした。
けしからん。俺は心配でならん。こんなに可愛らしい娘だぞ。よからぬ虫が付く事など目に見えている。
「セフィッシュ、今日は何をしていたんだ?」
「えへへ、今日はねパパが好きな――――」
俺の顔をよく見るために一歩離れたセフィッシュは、自慢げにも胸を張り出来事を語ろうとした。
が、その前に美しい声が割って入る。
「――――お肉を焼いていたのよね。フフ」
「カメリア。」俺のエルフの妻。完璧なプロポーションと、セフィッシュに受け継がせた赤い髪から覗くのは、思慮深い紫紺の瞳。
そして、俺を人の親へと堕とした聖母にして、良い暮らしを享受するため自身の同族をなんの躊躇もなく献上した悪女でもある。当時は俺と釣り合う女がこの世に居たのかと…………腰を抜かせたものだ。
だがそれも遠い昔の事。
今はただ、この世界を守りたい。そのために俺はジーランド大陸でのじり貧な抗争に幕を引き、こんな雑魚共のいる島に渡ったんだ。
「この子ったら、あなたのためにとぉっても大きなお肉を秘密で調達してたのよ」
「ああ!ママなんで先に言うの!!?」
「ハッ、いいじゃねぇか。セフィッシュ早くパパをテーブルに案内してくれよ」
「むぅ…………だってこれじゃ、驚かせられないじゃん!」
セフィッシュは腹を立てたのか、ペットの雌犬へギロリと照準を合わせ、
「ヒッ!」
と雌犬が息を飲んだ瞬間、蹴り飛ばしてしまった。エルフ特有の魔力量はそのまま脚力に変換され、「ガハッ」と言う呆気ない言葉と共に内臓が潰れて死ぬ。
「おーおー…………セフィッシュぅ…………まぁた壊しちゃったなァ」
「あ、うぅ…………ごめんなさい。嫌いになった?」
「フハハハハハ!!なるもんか!こんな事で。また新しいのを買ってやる。」
「っ~~パパ大好き!!!」
「フフ、じゃあ食事の前にきちんと掃除して。それからお食事にしましょうね。セフィッシュ」
「うん!!」
素直でなんていい子なんだ。あぁ、俺はなんて幸せ者なんだろうか。
美しい妻に、最愛の愛娘。これ以上の幸福を俺は知らん。
俺がうっとりとセフィッシュの手を取り、食卓へと歩み出そうとした時だ。
「ボス!!!」
水を差された。娘の前でなければ、舌打ちより前に首を刎ねていたところだ。
「なに?」
振り返り、閉じたままの扉に因縁を送る。
返答は直ぐに来た。
「あ、アルマが!見つかりました!」
「何だと、どこだ」
「正門前です!奴め、あろうことか単独で、商談などとのたまって乗り込んできました!!」
息を切らしたカシムの大声で、俺は父の顔を捨て去り、ダリオファミリー頭目としての表情を浮かべる。
「探す手間が省けたな。特務を集め、俺の執務室に連れてこい」
※※※※※※※※※※※※
「もう、三十分ほど待っているのですが…………まだかかるでしょうかね」
ダリオファミリーの本家本元へと足を運んだ俺は、待ちぼうけをくらっている最中であった。
二週間弱に及ぶ旅路の疲れを表すために、わざとらしく首を回す。
周囲を取り囲む黒服達に対しては、見て見ぬふりを決めこんでいた。それというのも、俺は腹が減っている。要は他人に気を使う余裕が無かった。
もう正午を回る時間である。飛び込み営業とは言え、これだけ待たされたのだから、何かしらの御馳走は振舞ってほしいもの。
それもこれも、経費を必要以上に使ってしまったが故である。なぜ使うことになったのか、それはダリオファミリーにある。
「ケジメを付けるのが待ち遠しい。」
「アルマ・サン。で、よろしいですな。」
「ええ、如何にも。あなたは?」
「…………ダリオファミリー頭目、パッシオーロ・ダリオ三世様に仕える秘書。カシムと申します」
「という事は、俺の持ち込んだ商談を聞く気になったという事でしょうか?」
「こちらへ」とカシムは是非も問わず、事務的に俺を邸宅へと招き入れた。どうやら歓迎はされていないらしい。まぁ仕方ない。飛び込み営業など邪険にされて然るべき暴挙。アポイトメントも取らぬ無礼なのだから俺に反論の余地は無いでしょう。
最低限の礼儀とマントを脱ぎ、踏み込んだ邸宅内は、金持ち貴族と見まごうばかりに華美で煌びやか――――豪華絢爛であった。
「…………随分と利益が出ているように感じますね」
一歩足を踏み入れれば、血のように赤い絨毯がフロントに敷かれ、天上には鉱石を用いたシャンでリラ。左右の壁には、かの黄金ランク『空触のベレト』が著者とされる絵画を筆頭に、様々な有名絵画がずらりと並んで俺の目を保養した。そこから少し目を離せば、長く続く通路が待ち構えている。
しかしカシムは、フロント正面に出迎えていたゆったりとした螺旋階段へ歩みを進めたた。そのため、俺もそれに倣い背後に続く。
平衡感覚が狂いそうな程支柱を回りながら二階に上がると、長い通路が左右に伸びている。
「こちらです」
カシムは右手側へと促した。そこからの移動は無言。カシムは度々緊張にかられ俺の方をチラチラとみてきたが、一切を無視した。
そしてついに、
「ボス。アルマ・サンをお連れしました」
「入れ」
入室を促す声は低く、敵意で満ちていた。
俺はカシムが開け放った扉に躊躇なく足を踏み入れる。途端に、濃厚な魔力の圧が俺を歓迎したのだ。
「お前が…………アルマか。」
声を発したのは黒漆塗りの机にふんぞり返っている壮年の男性。彼の背後には五名の男女が控えているが、そちらはその立ち位置だけで部下であると分かる。
そう、言われずともわかった。金髪のオールバック彼こそが、
「お初に。そして如何にも。アルマ・サンと申します。パッシオーロ・ダリオ三世様。」
「白髪頭は、確かに。だが…………まさか、こんな優男だとはなァ。爺じゃあなかったのか」
「ははは、遠目では良く言われることです。どうかお気になさらず」
「あん?誰がいつお前に気を使ったよ?」
「気に障ってしまいましたか。申し訳ございません」
パッシオーロは、気だるそうにソファーの方を視線で指示した。
俺は促されるがまま、ゆっくりとソファーに座る。
そして、商談が始まる。
「…………さて、アルマ。お前には山ほど聞きてぇことがあるが、先ずは商談とはどうゆう了見だ?」
「言葉通り。実はわたくし、トグサの街で奴隷商を営んでおりまして、こちらには仕入れにと参った次第…………ん?」
俺が素性を明かした途端だった。室内にどよめきが広がったのだ。
「バァズベル…………おかしいなぁ。ん?顔は割れてねーんじゃねーのか?」
「は、ボス。やはり、俺が離れてから時間がたったので、もしかしたら――――」
――――と、どよめきは浅瀬の波のように一度彼らの下へと引く。そして青と黒のツートンカラーと何事か耳打ちをしていたパッシオーロは、続いて疑問を更に大きな津波となし俺に寄せた。
「アルマよぉ、トグサの街に奴隷商は後何人いる?」
「数えたことはありませんが…………おそらく、わたくしが最も利益を出しているでしょう」
「…………いつから奴隷商をしている」
「そうですね。かれこれもう、十年は経つかと」
「そしてその容姿か…………確かに、暗黒貴公子」
「……………………プリ、ン…………は?…………プッ、あいえ、失礼…………ぷ、な、なんと仰いました?」
聞き間違いでなければ何?ダークネスプリンスと言ったか?
一体誰と間違えているのだ。というか、なんだその字は。間抜けが過ぎる。もう少し頭をひねって欲しいものだ。
「ぷ、ははは!!なんともまぁ、ユーモアあふれる字でしょうか。俺であれば羞恥に耐えられず、即刻首を斬っているところでした」
俺が笑いをこらえきれず、喉を上下させていると、
「なら、斬るといい。手を貸してやる」
パッシオーロは更に衝撃の言葉を放った。
「…………チッ、とぼけやがって。トグサの街で利益を出した。しかも十年ほど前から…………そしてその外見とくれば、状況証拠は三点揃っている。お前がダークネスプリンスだろう。アルマ」
はぁ?なんですって?!??
「…………は?え。わ、たくし!?…………おれ!??なぜ!???」
「ち、異名も本名も好かねぇ名だ。どれだけ他者を馬鹿にし、辱めれば気が済むんだ。あぁ?」
「ちょ、ま。お待ちを!何かの間違いでは!?だ、ダークネスプリンスなどという字を賜った記憶はございませんが!!?」
「何?じゃあ何かお前は俺が嘘をついてるってーのか?」
「う、嘘と申しますか…………真偽が分からぬと、申しているまでで…………」
「お前はここに商談に来たんだろう。なら俺は客だよなぁ?」
ニヤニヤとしたいやらしい嘲笑は、俺に胸騒ぎを起こす。
この男、まさかとは思うが、
「なら、俺の機嫌を損ねる事は避けるべきじゃあねーのか?」
やはりそうか!俺にその字を認めろというのだな!!?な、なんと言う…………このような謗り、なじり、侮蔑は…………初めての事ですよ!!!!
が、しかし、俺も商人の端くれ。シュバルの街では殺人事件が起きても、あの串屋台の店主は意思を貫いていた。何の力も持たぬ弱者が、あれ程真摯に働いていたのだ。
ならば、力ある俺が。あれ程の商人魂を見せつけられた以上、こんなことで退いては顔向けできぬ!!
「…………クッ…………そう。です。」
甘んじて、俺はその屈辱を受け入れた。
「わたくし、が。だ、ダークネスプリンスと申します」
が、憶えておきなさい。これは高くつきますよ………。そんな風に俺が内心はらわたが煮えくり返る思いで居たところ、
「ハッ、じゃあ正体を分かったところでだ。単刀直入に聞く。お前、シュバルの街で何をしていた。」
丁度いい。ストレス発散となる質問ではないですか。マウントとっていい気になるのもあと少しですよ。
俺は商談――――というか提案を一旦懐にしまい込み、彼の挑発に乗る構えをとる。具体的には、わざと癇に障るよう足を組み、すました顔でこう言ってやりました。
「俺がダリオファミリーのエルモー。彼女含めた九十人超を、皆殺しにしました」
ひと時に静寂が降り、またもパッシオーロがそれを強引にも破り捨てる。
「フッ、面白れぇ冗談だ。が、笑える類じゃあねえぁな。言葉は選べよ。たかが薄ぎたねぇ奴隷商一人に何が出来る。」
「お考えは手に取る様に分かります。たとえわたくしの証言が正しかったとしても、ジーランド大陸からの粒ぞろいを一人で殺せるわけが無い。他の手勢がどちらに居るのか。お聞きしたいという事でしょう」
「…………馬鹿じゃあねえぇな。話が早い。」
「しかしながら…………申し訳ございません。アレは、わたくし…………いえ、俺一人で為した事。仲間など居りませんよ」
「加えて言えば、話だけでなく、死期も早めたがな。」
パッシオーロは、背後に控える部下のうち、外見だけはいっちょ前な女性に顔を向けたのだ。
しかし、指示を出すよりも先に、「ボス」と、名乗りを上げたのは、バズベルと呼ばれていたツートンカラーの男。
「自分にやらせてください。同じ街出身として、こんな舐めた奴ケジメをつけねば」
「おーーおー、えらくやる気じゃねぇかバァズベル?」
「シャカリ気に。と仰られたのはボスでは。」
「いいじゃねぇか。部屋に連れてけ、後から俺も行く」
「どなたでも構いませんが、頂けるのならば、拳より、食事の方が――――」
俺が言きるより早く。視界が急速にブレた。そして衝撃が側頭部へ襲う。瞼が閉じていく前、分かったのは、俺は一瞬のうちに頭を抑え込まれ、テーブルの上へとしこたま打ち付けられていたようだった。
「――――黙れ」
そしてそれが、俺の意識が途絶える前に聞いた最後の言葉。つまり、今度は物理的にもマウントを取られたようだった。




