02 一章 惡の華 エピソード12 ダリオファミリー
部下であるカシムの仕事は早かった。アルマ捜索の指示出しと並行し、アトモスファミリーへと伝令を出したのさ。
すると、ものの一時間ほどで、俺の執務室のドアが三回ノックされ、
「ボス、どうやら」
チッ、言わずともわかっていると、カシムの耳打ちを軽くあしらう。俺の視線は扉へと吸い寄せられていた。
何しろ、カシムが腕が立つと言ったのだ。少なからずの期待が湧くというもの。
「あぁ、来たか。入れバズベル」
扉が静かに開き、中に入ってきたダリオファミリーの黒服を着た男は、決して俺に背を向けぬ礼を持って扉を閉めた。
「失礼します。ボス」
その行き届いた所作に対し、珍しく俺は少し感心した。こんな事は滅多にない。
ただそれは、バズベルの風体とのギャップが造り出したものかもしれん。バズベルの見た目は噂通り、中々どうして腕っぷしの強そうな筋骨隆々の男だったのだ。要は、脳みそまで筋肉で出来て居そうな身なりとはアンバランスな知性を、その言動に滲ませていた。
俺に負けず劣らずのこわもては眉にピアスをしていた。刈り上げの部分は青でその他は黒のツートンカラーは、いかにも一般人とはかけ離れた異様さ。いや、見ようによっては道化ともいえる。ともすれば、それを隠れ蓑にした狼も感じさせる。あまり見ないタイプの人種だ。
「…………?ボス俺の顔に何か?」
「いや」そこらへんのおっさんと相違ないカシムと見比べると、それだけで顔の憶え――――インパクトが違う。
その前衛的な見た目だけで、アトモスファミリーの雑魚も徴用した時は浮かれたんじゃねぇか?
「ハッ、面白れぇ奴だな、バズベルよぉ」
「恐縮です、ボス」
俺が顎でソファーへと着席の指示を出すと、バズベルはまたも一礼を持って厳かに座った。その際に体幹のブレは感じない。まるで岩が等速直線運動をしているかの如し身のこなし。間違いなく強い。
続いて、俺は間髪入れずカシムへ唸る。これが意味する所は、茶の一つでも出してやれという最低限の返礼だ。
「さて、バズベル、呼び出した理由は聞いてんだろ。トグサの街の事情を吐け」
「はい。ただ、俺がトグサの街に居たのは十年近く昔。今とは状況が変わっているかもしれませんが」
「構わん」
「では」とカシムから受け取ったコーヒーを一口含んで潤滑剤とし、バズベルは語りだした。
「俺がトグサの街を去る直前の事です。新しく奴隷商を始めた見ず知らずの人物は、その手腕によって瞬く間に利益を上げていったと聞いてます」
「そいつの名は?」
「確か、『リンドウ』と言ったかと。ただ、その時は顔も性別も割れてなかったはず。縄張り争いがあると、どこからともなく現れ、仕入れを行うのだとか。」
「なるほど、理にかなったやり方じゃねぇか。いくら裏社会の人間とはいえ、そこいらに死体を放置してりゃぁ、衛兵やギルドが動き出す。要はあれだな、『掃除屋』を兼ねたマンハンター。ハイエナってとこか」
「ええ、そうなのでしょうな。まぁ、自分は金もうけに疎いので、よくわからないんですが」
「で、リンドウだったか?そいつが、あのこっぱずかしい異名の持ち主か?」
「こっ…………ぱ?あぁ、ダークネスプリンスの事ですか」
「…………あぁ、まあそうだが。お前よく笑わずに口に出せるな」
「笑うなんてとんでもない。当時は話題の的でしたから。正体を暴いてやると息巻いていた輩も多かった気がします。」
「…………まぁいい。で、本題だ。アルマ・サン。この名に心当たりはねぇのか」
「アルマ・サン…………?…………んー…………いえ、すみませんが初耳で。自分はこれ以上の情報を持ってないんですが、そいつが今回の標的と思っても?」
「そうか」
言った直後だ。
「ボス!?」
血相を変えたカシムは、一足遅れで俺の行動に悲鳴を上げた。
つまり、俺がバズベルへと放ったナイフの意図を測りかねたんだろうさ。もっとも、奴のこわもては微動だにせず、その頬に一筋の切り傷を残しただけ。
「バぁズベル…………なぁ?俺ぁお前にトグサの街の情報を聞くために呼んだ。なのに、なんだそのカスみてぇな態度は。お前…………やる気あんのか」
「勿論。ですが自分の知ってる情報と言えば、これくらいのもんで…………すみません」
「…………」
「…………」
今じゃ、壁に刺さったナイフがビビれる羽音のような振動音のみが、執務室内の緊張を如実に表してやがる。
そんでしばらくして、だ。俺は口角を釣り上げ、静寂を破った。
「…………ハッ。眉一つ動かさねぇで良く言うぜ。お前なんで避けなかった。」
「敵意は在れど、殺気を感じなかったので」
「度胸があるじゃねぇか、イいねぇ気に入った。お前今からアトモスファミリーのとこ抜けて、俺の傍につけ」
「え、いやしかし、そんな急に…………まず、アニキ達に断りを入れないと――――」
「――――その兄貴共のボスは今や誰だ?俺だ。今更ガタガタ言うナや、んなもんどうとでもなる。」
「おい」と俺が喉を鳴らせば、カシムは既に扉を抜け部下を呼びつけていた。これよこれ。こいつのこういう痒い所に手が届く気質が、俺の傍にいる所以だ。
「つーことだ。いいな、今から俺のためだけに、しゃかりきんなって働け」
「押忍。」
「しかし、こうなると振り出しですね、ボス。やはり、地道にも人海戦術で探すしかないのでは」
「急かすなカシム。手当たり次第じゃぁキリがねぇ。」
「ここを使うんだよ」と、俺は額を小突きながら笑みを浮かべた。
「考えてもみろや、一夜で俺らのとこを壊滅させたんだろ、なら、単独じゃあねぇ。間違いなく三倍…………いや、六倍の手勢で襲撃したのは明白だろうが。つーことはだ、お前なら分かるな?」
「あぁ…………それだけ手掛かりがあると。そう仰りたいのですね。では、優先度の修正としてアルマ・サンを最高位置のまま、その他の人の流れも探った方がよさそうですね。あと、動機のほうも考えた方がいいでしょうか?」
「動機か…………」俺は椅子に深く腰掛け直し、で腕を組んだ。
だが、それも物の数秒だ。直ぐに俺は鼻で笑い視線を鋭く研磨する。
「いや。そっちはどうでもいい。知ったところで何が変わるよ。」
「しかし、アルマ・サンが次も襲撃を仕掛ける気ならば、その標的の絞り込みができるのでは?」
「しかしもへったくれもねぇ。奴らは俺達を直接狙ったんだ。傘下ではなくダリオファミリーそのものをな。なら、あるとするならば復讐だろうさ。そして、そうなるとだ、憎まれる理由が多すぎて絞り切れねぇだろうが。まぁ、そもそもの話し、正当性があろうとなかろうと、俺達に立てついた時点で殺しは確定だがな。」
「確かに。」とカシムは肩をすくめ、「愚問でしたか」と一礼を持って詫びをする。
バズベルはその際、俺達のやり取りに付いて行けぬように、何度か視線を行き来させていた。
「とにかくだ。特に数が増えてる町や村を重点的に洗え。関所にはそういった数のデータがある筈だ」
「承りました。即座に」
と、話がまとまった時。
「驚きました。ボス」
バズベルは聞き捨てならねぇ言葉を口にした。
「あ?何がだ」
「いえ、失礼を承知で申し上げますが、ボスはもっと苛烈な方かと」
「…………俺が頭を使うのは似合わねぇ…………そう言いてぇみたいだな、バズベル」
「っ、いえ。」
さしものバズベルも今回は失言だったとの負い目からなのか、気まずそうに目を伏せた。
「その、申し訳ございません」
「チッ…………謝るなら口にすんじゃねぇ」
そして俺は指を二本立て、理由を言う準備に入る。二度と同じことを言えねぇようにな。
「よく聞けや、この裏社会で頂点に昇り詰める奴は二種類いる。」
「二種類、ですか?」
「まず、部下を巧みに使い、うまく唆し強者を傍に置く奴。自身は玉座でふんぞり返り下々に全てを献上させる王。コイツぁ先手を打たれると厄介極まりない輩だ。そしてもう一種類は強者。純粋な暴力で荒くれ者を縛り上げる絶対的支配者であり、暴君。」
「…………ボスは」
「無論、俺は両方だ。見りゃぁ分かんだろ、阿呆が」
「はい、すんません」
「ハッ!いい。一度きりだ許してやる。が、二度目はねぇ。これからは言葉を慎重に選んで喋れ。」
「さて」と俺はおもむろに立ち上がった。椅子に掛けてあったコートを羽織り、煙草を口に咥えると、カシムが待ってましたとばかりに、火をつける。
一服し、灰を煙で満たすと途端に視界がクリアになった。この煙草はジーランド大陸から持ってきた俺の私物であり、ヴァニラ列島では手に入らないもんだ。
ストックはあと半分ほど。それはつまり、俺の酸素ボンベのタイムリミットであり、苛立ちを押さえる事が出来ない暴君へと転げ落ちる、下り坂でもある。
「フゥ…………早めにこの辺り仕切らねぇと、ジーランド大陸からの輸入もままならねぇ。すると理不尽振りまく事にならぁなぁ…………そうなる前に、お前らには早く俺を王にする義務がある。気張れよ」
「はい」
「よし、俺は一旦戻る。が、カシム。」
「はっ」
「バズベルを、『部隊』の面々に加える。その顔合わせをさせろ」
「先陣、斥候、防衛、三種ありますがどちらに?」
「三だぁ?寝ぼけてんのか。うちは四つあるだろうが」
「特務の方でしたか!それは…………大出世ですね。バズベルさん」
「すんませんが、特務とは?」
「あぁ、公には知られてねーからな。俺が持つ部隊の内、俺直属の奴らが待つとこだ。お前は見込みがある。俺が判断した。期待を損ねるなよ、バァズベル…………?」
「お、押忍。ボス」




