第二十四話ー神之樹ー
「確かこの辺だったよね」
私達は一週間前にザイクと別れたこの地に戻ってきた。
ちなみに新装備はデザインが難航しちゃって今日に間に合わなかった。
約束の時刻になると虚空に扉が現れ、その重々しい扉がゆっくりと開いた。
「お待たせいたしました。では、早速参りましょう」
ザイクに促されて中に入りしばらく暗闇を進んだ後、私達は再びノアの街へと足を踏み入れた。
「凄いわね……」
この街に初めて来た静月さんは自身の目に映る光景に思わず呆気にとられていた。
今回は私達は客人という扱いなのか街の人達に声をかけられる事も多かった。
そのまま執政宮へと向かい、以前と同じ部屋へと案内された。
「遠いところよく来てくれた」
「お招きいただき感謝いたします、ヴィーネ様。本日は上司に代わり私静月がラディクシアの全権代理者として会談に出席させていただきます」
社交辞令もそこそこにして早速本題に入る。
同盟の内容の大枠は前回聞いたものと変わらず、ノアの研究内容を提供する代わりに戦力を提供してほしいというものだった。
ただ同盟を締結するにあたってもう少し詳細を詰める必要があると静月さんは判断し、話し合いを行うことになった。
ノア側が提供するものはこれまでの研究データ、アジャスタ関連のことがメインになってるけど、神樹に近い場所に位置している事もあって神樹関連の研究もかなり進んでいる。
これに対してこちら側が提供できるのはEVEの戦力のみ。
「私達の見解としては同盟の件前向きに検討したいと考えております。ですがその前にまず最初に確認しておきたいことがひとつ、そちら側が戦力欲する真の理由は一体何なんでしょうか? うちの者から大枠の話は聞いておりますが、どうも真意とは離れている気がしまして」
静月さんはこの前の報告を聞いてノアが戦力の増強に躍起になっていると感じていたらしい。
瑠奈を拉致した件もそうだしどうも同盟の締結を急いでいるように見えたと。
異形の保護という目的だけなら正直ノアの戦力だけでも時間をかければ充分賄える。
でもそうしないのは他に目的があるんじゃないかと。
「察しの通り、俺達が戦力の増強を急いでるのはこの前話した理由とは少し外れる。俺達が戦力増強に焦ってるのは近々人類存続の危機が訪れるかもしれないからだ。全て話そう、俺の中にあるもう一人の記憶の話を」
訳がわからずに私達が顔を見合わせているとヴィーネさんが説明を始めた、この物語の原点を。
この地を混沌に陥れた正体、それは妖霊種と呼ばれる種族だった。
妖霊種は私達の過ごす現実世界とは異なる軸の上に存在する神々の世界、天界に巣食う種族の一つだった。
そこはまさに天国と呼ぶにふさわしいような世界。
しかし、ある日複数の種族が結託し天界を支配しようとしたことで戦争が巻き起こった。
その争いをきっかけに天界のパワーバランスが崩れ、天界はディストピアと化す。
元来妖霊種は特筆すべき力を持たなかったために天界で他種族に追いやられた結果、種族滅亡の危機に瀕してしまった。
そこで妖霊種は他の神々連中に対抗するための力を求め天界と現実世界を繋ぐゲートとして神樹を植え付けた。
妖霊種が目を付けたのは人間の肉体を構成する物質体への受肉だった。
自身を形成する核である精神体のみで存在する神々にとって物質体を得ることはより強固な個体へと昇華する事に繋がる。
人間の物質体を求めた妖霊種は現実世界に顕現しようとしたが、神樹の外に出た瞬間に離散し消滅してしまった。
どうやら現実世界では天界とは異なり物質体という器がなければ精神体の存在を維持する事すらできないらしい。
そこで妖霊種は自らの手で物質体を得る事を諦め、別の手段を取る事にした。
その手段というのがかつて人類に神樹に救済と悲劇をもたらした神樹の果実だった。
人間に自身の精神体を宿らせた果実を口にさせる事で果実を媒介に人間の体内へと入り込み受肉を果した。
こうして現実世界に顕現した妖霊種だったが、ここでまた新たな障壁が生じることになる。
それは人間に元々存在する精神体の存在だった。
一つの物質体に人間と妖霊種二つの精神体が存在する事になった結果、物質体は精神体の質量に耐える事ができず両者の精神体を反発させ崩壊を引き起こしてしまった。
こうして精神体を持たない物質体だけの存在になったのが今ナーテルに蔓延っている異形だった。
「あとは君達も知っての通りの展開だよ。異形がナーテルを滅ぼし今に至るって感じだ」
「なるほど、つまり妖霊種にとっては私達人間は神を宿すための樹だったってわけね。神樹なんて呼んでた私達が都合の良い宿先だったなんて飛んだ皮肉ね」
静月さんが珍しく語気を強めてそういった。
「じゃあ私達が精神体を失わなかったのって……?」
「それは妖霊種が宿った時に君たちの精神体が衰弱してたのが原因だね」
アジャスタは病気などによって精神体の弱った人間に妖霊種の精神体が入り込んだ結果の産物とのこと。
生物の精神体は自我の強さに比例してその重さを増す。
病気や怪我などによって衰弱した人間の精神体は質量が小さく、物質体には妖霊種の精神体が介入できる余白があった。
その結果一つの物質体に二つの精神体が混在するしても両者反発する事なくアジャスタへと成ったと。
アジャスタに人間の頃の記憶がないのは一つの物質体に二つの精神体が混在してる事がが起因している。
今は物質体に人間の精神体が染み付いていたおかげで均衡が僅かに人間側に傾き、かろうじて肉体の主導権が人間の精神体に渡っている状態とのこと。
つまりこの先怪我や病気で人間の精神体が弱まれば肉体の主導権が妖霊種に渡る危険性は高まってしまう。
「なるほど、では街のアジャスタ達と私達は似ているようで本質は全く異なっているわけですね」
「アジャスタ、俺達の言う魔人の事かな。俺たちはこれまで統一して魔人って呼んでいたけど、別の呼び方があるなら分けたほうが良さそうだな」
人との話し合いの場で共通言語の統一は大切だからという事でこれからは元異形の人を魔人、妖霊種を宿した人をアジャスタと呼ぶ方針で決定した。
ノアでも後に周知されるとのこと。
「ちなみになんですけど人間に戻る手段はないんですか?」
「今の所、時間経過で宿ってる妖霊種の精神体が朽ちるのを待つしかないかな。これは俺が身をもって体験したものだけど、俺の中に宿っていた妖霊種が天命を全うした事によって精神体が消え去ったのと同時に人間の頃の記憶が戻った。多分物質体内の精神体が一つになったから人間の記憶が戻ったんだろうね。それと副産物として物質体に染み付いた妖霊種の記憶も引き継がれたんだ」
ヴィーネさんは人間の姿をしてるし、物質体の所有権を完全に取り戻すことができれば人間にも戻れるんだね。
別に今の姿にそこまで大きな不満があるって訳じゃないけど、人間に戻れるなら戻りたい。
「と、ここまでは妖霊種の記憶が示した過去の物語。そしてここからが同盟を申し出た本当の理由、人類存続の危機についてだ」
ノアの研究ではナーテルにいる異形は二種類に分かれていることがわかっている。
シンプルに神樹から直接生み出されたパターンと人間が神樹の果実を口にした結果異形になったパターン。
この街にいる魔人は全員元は後者の異形だろうとのこと。
私達の調査でも討伐した後物質体が残る個体と消滅する個体がいるってことがわかってたけど、この物質体が残る異形が後者にあたるとか。
この後者のタイプはそこまで問題はない。
と言うのもこのタイプの異形の物質体には妖霊種の精神体は存在せず、現在ノアで行っている研究で魔人にまでは戻すことができているからだ。
本来であれば一度失われた精神体は二度と再生する事はできないがノアの研究により物質体に染み付いていた人間の精神体の残滓から精神体を補完することができたとのこと。
「それでも完全に補完する事は難しくてね。記憶障害も残るし完全に人間に戻すことも未だに実現していないんだ」
そして問題なのが前者の神樹から直接生み出されたタイプ。
このタイプの異形も妖霊種が受肉を果たした結果である可能性が非常に高い。
神樹の脅威が世に広まり果実を口にする人間が皆無になった今現在、妖霊種は天界特有の元素である魔素に着目した。
この魔素の物質を変質させるという性質を利用し神樹の周辺の木々で物質体を擬似的に生成、その物質体を器に精神体を宿すことに成功した。
しかし、魔素を活用し無理やり作った物質体は妖霊種の精神体の重さに耐えることができず、受肉後その殆どは時間経過と共に物質体は崩壊してしまった。
「ここで終わってくれれば何も問題はなかったんだ。でも最近になって妖霊種が作り出した物質体の練度が上がってきている。直近でも大型の異形の出現が確認された。どう言うわけか俺達が討伐に向かう前に消失したけど」
「それってもしかして、山くらいの大きさの異形のことですか?」
「それくらいの大きさはあったな。攻撃性が高かったのかナーテル一部が更地になってた」
まさかの事実に私達は言葉を失った。
それはこの街に来る前に私達が討伐した大型異形だった。
「それ、私達の仕業です……」
「なんだって!? そうか君達が……。あの異形を討伐してくれたこと感謝するよ」
ヴィーネさんは深々と頭を下げたけど、あれは私達にとっても脅威だったし、そんなお礼なんてする必要ないのに。
こう言うところでもヴィーネさんの人となりが読み取れる。
「今後もあのくらいの異形が出現するって事ですか」
「ほぼ確実でそうなるだろうと思ってるよ」
ノアの調査ではここ最近の神樹の挙動に不審な点も多く見受けられている。
もちろん妖霊種が受肉だけを果たして天界に帰ればそれで事態は収拾するが、妖霊種にとって最も馴染む物質体は人間の物質体であるため人類にまで魔の手は伸びる可能性は非常に高いとの事。
これがヴィーネさんが私達に同盟を持ちかけた本当の理由だった。
天界に妖霊種の存在、何かしら未知の存在が関係してるとは思ってたけどまさかこの物語を始めたのが別世界の神々だったなんて流石に思わなかったよ。




