第二十一話ー正体ー
「おかえりなさいませ」
仮想空間から帰還し目を覚ますとザイクが私達を丁寧に出迎えた。
さっきの戦闘は仮想空間での出来事だったからもちろん私達に傷はない。
ただ気持ち的にはすっごい疲れた。
「それでは皆様試練を終えられたことですし、これから皆様を我が君の元へとご案内いたします」
ザイクの対応は終始丁寧でそれがまた不気味さを増していく。
荘厳な装飾が施された長廊下へと案内され、その先には一際目立つ扉が構えていた。
「ねぇ、あいつらの目的ってなんだと思う?」
「全く見当も付かないわね。瑠奈を攫っておいてこんな対応するなんてやってる事がまるで矛盾してる。思考と行動が結びついてないわ」
どういうわけかここに来てからというもの、敵意というものを全く感じられない。
このザイクもそうだけど、アルスからも以前戦った時みたいな敵意はなかった。
気迫はあったから怖いは怖かったけど。
扉の前に着くとザイクが扉を軽く叩き、それに呼応し中から人の声が聞こえてきた。
「失礼します。ヴィーネ様、彼の物達をお連れいたしました」
部屋の中にいたのは二人。扉の向かい側正面に座った少年、その側には男が控えていた。
側頭部から緩やかに湾曲した二本の角を生やしたこの男、どこか見覚えのある雰囲気なのは気のせいかな。
「ありがとう、ザイク」
ヴィーネという名前に答えたのは少年の方だった。
シルクのように透き通った透明感のある髪から覗かせる魅惑的なまでの赤い瞳の整った顔立ち、一瞬美少女かと勘違いするくらいの美少年。
まさかこんな子供がグリークの統率をとってるなんて……。
私達を座席へと案内を終えるとザイクがヴィーネの側へと控えた。
多分ヴィーネの執事か何かなのかな。
「まずは君達をこのような形で招待してしまったことを詫びよう」
「瑠奈はどこ。無事なんでしょうね」
痺れを切らした陽葵がヴィーネを睨みつけて聞いた。
「もちろん、傷一つ付けてないから安心して欲しい」
「私達はあなたに会ったばっかりなのにその言葉が信じられるとでも思ってるの? 早く会わせて」
とりあえず瑠奈と会うまではここの連中は信じられない。
何せ言葉の裏が読めなすぎるんだよね。
陽葵の言葉に合わせたかのように部屋の扉が叩かれた。
「皆んなもう来たんだ、早かったね」
扉が開くと自分が誘拐されてたことなんてまるで感じさせない態度で瑠奈がやって来た。
マイペースなのには慣れっこだけど、流石にこれにはついて行けないよ?
「瑠奈、大丈夫だった!? 何もされてない?」
「相変わらず陽葵は心配性だね。大丈夫だよ、何もされてない。むしろここの対応が丁寧すぎて心地よかったくらい」
……私達が心配したのは一体何だったの。
瑠奈の言う通り何かされた感じでもないし、寧ろ瑠奈から感じていた気だるさのようなものが薄れている気すらする。
「こんなことして、あなた達の目的は一体何なの?」
「君達の所属するラディクシアと同盟を結びたいと思ってね」
なんで同盟なんて。と言うかどこからラディクシアの情報を得たの。
ラディクシアに関する情報は対外向けに発信されてないはず、ステラの中でも最重要機密事項として扱われてるのに。
そう思い瑠奈の方を見るとイタズラした子供みたいな表情を浮かべた。
お前かー!!
何してくれてんの!?
ちょっと目を話した隙に何飼い慣らされてるの!
「仲間に手を出しておいてよくそんな提案ができるわね。一体どんな思考回路しているのかしら」
怒りが収まらないらしく、陽葵が煽るように口調を強めてそう言った。
本来なら取引の場で感情に任せた発言をするのは愚行も愚行だけど、今回はそうなる気持ちもわかる。
「貴様、我が神を愚弄するか。その蛮行、死に値するぞ」
陽葵の発言にヴィーネの後ろに控えていたもう一人の男が怒りの感情を露わにした。
こちらもこちらで気品漂う出立ちで執事の仕事が板に付いている。
と言うかこの喋り方と声、この男アルスと一緒にいたフードの男だ。
こっちもアジャスタだったのか。
「控えろ、デルタ。手荒な真似をしたのはこちら側だ、今の彼女の発言はもっともだよ」
ヴィーネが制止するとデルタは大人しく引っ込んだ。
すごいなこの子。今一瞬だったけど、とんでもないオーラを発していた。
「うちの者が失礼した。もちろん今すぐに俺達を信用しろなんて言うつもりはないよ、未遂とはいえ俺達は過去に瑠奈さんを殺そうとしてしまった訳だしね」
「陽葵、一旦この人達の話を聞いてあげて」
ある程度の事情は知っているのか瑠奈が陽葵を宥めるように言った。
この言葉を聞いて陽葵も少し気を落ち着かせ、ヴィーネの話を聞く流れになった。
「ありがとう。これから俺達が何者なのか、ここで何をしているのかを包み隠さず話そう。その上で信用できないと思ったなら断ってくれても構わない」
ヴィーネ曰く、ここは地上で暴れている異形から人々を守るシェルター的役割を果たすと同時に私達と同じく神樹、主に異形のことに関して研究を進めているらしい。
「俺達の目的は神樹の果実によって姿を変えられてしまった全ての異形を人間に戻すことだ」
「異形を人間に戻すって、そんな事が可能なの!?」
「まだ完全には実現してないけど、不可能ではないと思っている。例えばこの街にいる魔人達は皆んな元は異形だったんだよ」
そんなまさか……。
嫌だ、そんな事考えたくない……。
「じゃあ私達は今まで人を殺して回ってたって事……」
人を救う為にして来た事が結果的に人を殺める事になってたなんて。
自分に対する嫌悪感と罪悪感が膨れ上がる。
「厳密にはわからない。この街にいる魔人は皆等しく人間の頃の記憶が無い。だからひょっとしたら俺達のやってる事は異形を人間に戻すものじゃなくて異形を人間化するものなのかも知れない。俺達の研究でもそこはまだ検証段階なんだ。ただ俺達にとって異形は保護対象なんだ。そんな中でアルスから異形を狩っている連中がいるって報告を受けてね」
人間の頃の記憶がない、私達と同じだ。
私達アジャスタはこの姿になる前、自分の過去に関する記憶が一切ない。
名前も出身地も親の顔すら思い出せない、だからこの名前も皆んな師匠に付けてもらった。
「その保護対象を殺して回ってる連中がいれば敵視するのも当然ね。私達と遭遇した時にアルスが攻撃を仕掛けた理由も同じかしら」
「左様です。当初は貴方方をグリークへと勧誘するつもりでしたが、アルスからそちらの天鬼様と陽葵様が以前ナーテル内部で異形を殺していたとの報告を受け、勧誘は断念しノアへの侵入阻止するためにあのような行動をとりました。戦闘は可能な限り避けるようにと申し付けられていましたが、ノアの住民を危険に晒すことは我が神もお望みにはなりません故」
まぁ、そうなるよね。
この人達にとっての保護対象を殺して回ってる連中が自分達の領地に侵入しようとしたら排除するのが普通。
逆の立場だったら私だって間違いないくそうしてる。
……ちょっと待って。
「私達が異形を殺してるところを見たって!?」
私達がアルスにあったのはあの時が初めてなのに、一体いつ。
「ええ、私共とお会いするより数日程前にナーテル外郭区域にて鬼型の異形と戦っているところに遭遇したと報告を受けました。心当たりありませんか?」
中央区域に行く数日前ってことは外郭区域の最終調査かな。
「……もしかして、あの調査で私の気配探知が阻害されたのってアルスのせいだったり?」
「それですね。アルスは自身に向けられたスキルの効果を一つ無効化するスキルを有しています。おそらく天鬼様が発動しようとした気配探知の範囲内にアルスが居たのでしょう」
自身に向けられたスキルの効果の無効化か。
陽葵の仮説とは少しズレてたね。
ってことは私達と戦った時私と陽葵の攻撃が全然通用しなかったのはアルスが私達の攻撃を受ける度にスキルの向かう先を変えてたってことなのかな。
もしそうなら戦闘のセンスがずば抜け過ぎてるよ。
「というか、勧誘って?」
「私達は地上でも問題なく活動できる戦力を欲しています。私共はヴィーネ様の命を受け地上で異形の保護を行うと同時に戦力の収集、もといヴィーネ様の御意向に沿う人材を探しておりました」
「だから神に選ばれし者って言ってたのか」
うーん、紛らわしっ!
おかげでこっちはアルセリアなんて存在しない集団を警戒する羽目になっちゃったじゃん!
「見ての通りコイツは変人でね。何かと俺を神だなんだって持ち上げるんだよ。よくわからない言い回しをすることも多いから多分それだね、まぁそこはスルーしてもらって構わないよ」
「何を仰いますか。ヴィーネ様の素晴らしさを世に広めることは私の最重要任務ですよ」
なんだろう、すごい胃もたれするくらいキャラが濃いなこの男。
とりあえず一発くらいぶん殴りたい。
「あの建物といい、銅像といい、てっきりアルセリアが絡んでるものと思ったよ」
「銅像?」
おっとヴィーネのこの反応、まさかの銅像は無関係なの?
と思ったら後ろのデルタが目を逸らした。
これもお前の仕業かい!
「デルタ、後でじっくり話を聞かせてもらうよ」
ヴィーネの発した圧にたじたじになって弁解していたが、ヴィーネはそんな言い訳は耳に入れてない様子。
もうこの男の対応に慣れてるんだろうな。
「もうひとつ聞いても良いかしら。同盟って話だけれど、あなた達が私達を信用する理由は何?」
今までの話で嘘をついている様子もなかったし、私はグリークを信用しても良いんじゃないかって思う。
周りを見ても皆んな同じ意見みたい。
ただグリーク側からすると私達を信用するソースがない。
何せグリーク目線では私達は保護対象を殺して回る連中なんだし。
そんな危ない連中を街に入れて、さらに同盟関係を提案するなんてあまりにもリスキー過ぎる。
「俺のこの眼は少し特殊でね、『先見の魔眼』っ言って少し先の未来を見ることができるんだ。と言っても見れるのは俺の周りに起こる事象だけだけどね。この眼で見て君達に危険性がないことが分かったからこの街への侵入も許可した。そして瑠奈さんのじゃなしを聞いて同盟の話を持ちかけたんだ」
またぶっ壊れスキルが出てきたよ。
もうほんと、嫌になっちゃう。
周りが優秀なのはありがたいことだけど、優秀過ぎると自分の無力さを痛感しちゃって少し凹むよね。
「と言っても完全に信用していた訳じゃなかったよ。でも門番からの報告で危険性は限りなくゼロに近いって報告を受けたからね」
門番?
一体何のことだろう。
その時背後から扉が叩かれる音が部屋に響いた。
「ヴィーネ失礼するよ。報告した子達はどうだったかい?」
「噂をすれば何とやらだね。今ちょうどその話をしてるんだ」
そういってこの部屋に入ってきたのは少しガタイのいい中年の女性。
「ミウ、ヴィーネ様の御前ですよ。身の程を弁えなさい」
「店長さん!?」
どういうこと!?
店長さんが門番だったってこと!?
状況の整理が全く追いつかないんですけど。
「この様子だと試練は合格したって事かね」
「あぁ、これから同盟の話をするところだよ。それでどうかな? 少しは俺達の事を信用してくれたかな?」
私はこの人達を信用しても良いと思うけど、陽葵はまだ決めあぐねてるみたい。
状況は理解してるけど、瑠奈を傷つけられた事がどうも引っ掛かってるらしい。
「陽葵、私はこの人達を信用しても良いと思うよ。仲間を傷付けちゃったのはお互い様なんだし。勘違いから始まった争いだったんだから、間違いを認め合えたんなら過去のことは水に流しても良いんじゃないかな。人は誰しも間違いを犯すけど、それを正すことだってできるでしょ? それに、私は陽葵のおかげでこうして五体満足でいれてるよ」
「そうね……最後にひとつだけ、あなた方のことを敵だと思い込んでこれまで度重なる無礼を働いたこと謝罪いたします」
ここまでのやり取りで信用に足る相手だと思い陽葵の言葉を皮切りに皆今までの態度を詫びた。
もし同盟を結ぶなら両者対等じゃないといけないからね。
「良いって、君達の対応は当然のものと思っているから。それじゃあここから具体的な同盟の話をしよう。君達も知っての通り地上には凶暴性の高い異形が多く、地上に送り出せる人員は限られてくる。うちはそこが弱くてね、まともに戦える戦闘員は俺を含めて六名しか居ないんだ。だからうちの研究データを提供する代わりに戦力を提供してもらいたいんだ」
えっ、たったの六名?
そんなはずない、だってこの街にはアジャスタがかなりの数いるじゃん。
アルスくらいの戦力となると難しいだろうけど、地上で少しの間活動するくらいなら何の問題もないんじゃ。
「先日この街を見て回りましたが魔人もかなりの数居るみたいですし、戦力は充分過ぎるくらい揃ってるのでは?」
私の疑問を緋翠が代弁したけど、ヴィーネさんは険しい色の表情を浮かべていた。
どういうことなの。
アジャスタは例外なく何らかの固有スキルを持ってる。
それだけでも戦力としては充分だと思うけど。
「異形から魔人になった者は戦力としては期待できない。何せ運動能力が人間より少し高いくらいでその他は普通の人間と大差ないからね。まともに戦えるのはグリークにいる魔人だけなんだよ」
「それはこの街の魔素濃度が薄いからそう見えるだけでは? この魔素濃度ではスキルもまともに作用しないでしょうし」
「魔素、俺達の言う瘴気の事かな。確かにこの街は瘴気が薄いから瘴気を媒体にしているスキルはうまく作用しないだろう。でもそういうことじゃないんだ。異形から魔人になった者にはスキルが宿っていないんだよ」
スキルが無いって。そんなことが起こり得るの。
この姿はうちにスキルが宿ってる証だと思ってたんだけど。
異形からアジャスタになるっていうのは私達の適合とは性質とは異なるってことかな。
「なるほど、そこで私達の出番って訳ですね」
「その通り、聞いた感じ君達の研究は俺達ほど進んでいないようだったからね。戦力を提供してもらえるならこちらも持ち得る情報を余す事なく提供しよう。こんな感じで同盟を結べば両者メリットが大きいと思う」
確かに、神樹から最も近い場所での研究データがあれば私達の今後の身の振り方もかなり明確になる。
断る手はないと思うけど、こういった類の話は師匠に話を通したいところ。
「一旦持ち帰って検討させていただいてもよろしいでしょうか。私達だけでは判断いたしかねますので、上司に確認の上返答させていただきたく存じます」
「ああ、もちろんだ。ザイク、彼女達を地上まで送っていってくれ」
「御意」




