第二十話ー緊急事態ー
「天鬼、起きて!」
気持ちよく寝てると陽葵の声で夢から引っ張り上げられた。
なんだか迫真気味の声だったけど、何かあったのかな。
眠たい目を擦るながら目を開けるとあたりはまだ薄っすら暗い、朝を迎える前の世界だった。
まだ起きるには早い時間だと思うけど、陽葵ってこんなに早起きだったっけ。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「瑠奈がいないの!」
陽葵の発言に私は耳を疑った。
流石の瑠奈もこの状況下で一人で外に出る程の自由人ではない。
「下に降りたとかでもないの?」
「最初は私も水でも飲みに行ったのかなって思ってたけど、瑠奈の布団にこんなものが」
陽葵から差し出されたのは一枚の紙切れだった。
灯りがある方へと行き、見てみるとそこには何者からのメッセージが書かれていた。
『お仲間はお預かりしました。本日、装備を整え執政宮にお越しください』
これって瑠奈が誘拐されたってことだよね。
装備を整えって、相手の意図が全く読めない。
まさか私達がここに来てる事がバレてるなんて。
というか、どうやってこの場所を特定したの。
監視カメラらしきものも見かけなかったし、誰かにつけられてた気配も感じなかった。
「瑠奈が捕まってる以上行かないって選択肢は無いけど、これって絶対に罠だよね」
「こうなった以上従うしかないわよ。歯向かって瑠奈にもしもの事があったら……」
敵陣に潜入して瑠奈の救出をしに行きたいけど、向こうの勢力も建物の内部構造も分からないからそれは厳しい。
時間に猶予があればそこの情報収集から始めるけど、そんな暇を向こうがくれる訳もない。
指示通り正面からぶつかって行くしかない。
「そうと決まったら装備を整えましょう。夜明けと同時に出発、瑠奈は必ず取り戻す」
「それじゃあ私は緋翠達を叩き起こしてくる。陽葵は店長さんに上手い事言って少しの間ここを開けるって伝えておいて」
私は隣の部屋で寝ている緋翠達を起こし、事情を説明してすぐに装備を整えさせた。
説明した時に緋翠から「なんで同じ部屋なのに連れ去られる時に気付かなかったんだよ」って言われたけどそんなの私達が聞きたい。
ナーテルの調査中も泊まりがけだったけど、その時は少しの物音でも飛び上がったほど。
なのに今日は全く気が付かなかった。
こんな事今までなかったのに。
各々が準備を終えた頃、丁度日が登り始めた。
「よし、行こう」
昨日あれだけ賑やかだった街がまだ静寂に包まれる。
人気の無い大通りを抜けて街の中心部へと向かうと、そこには塀に囲まれた建物があった。
ラディクシアとは全く違う、和の雰囲気を彷彿とさせるような装飾が施された建物。
様相が左右対称にっていて、独特な重厚感が漂っている。
建物正面に着くと私達を歓迎すると言わんばかりに重たい門がゆっくりと開いていく。
中に入ると一つの人影が私達を出迎えた。
「お待ちしておりました。我が君の命を受け本日は私ザイクが皆様の案内をさせていただきます」
黒髪の中に人を魅了する様なバイオレットの瞳、高身長に落ち着きのあるその声も相まって品位の高さを感じる。
おそらく龍人の適合か、頭に一対の角を生やし背後には大きな尻尾が見える。
「瑠奈はどこ。無事なんでしょうね」
陽葵が口角を下げてザイクに問う。
その表情には仲間を連れ去られた怒りと瑠奈の安否を確かめたいという不安が映っている。
「ご安心ください。瑠奈様には最大限丁寧に対応させていただいております。皆様が私共の指示に従っていただけるようでしたら身の安全は保証いたします」
ザイクはまるで招待した客人を相手にするかのように振る舞った。
「アンタ達の目的は一体なんなんだ」
矢継ぎ早に雷華が疑問を投げかけた。
「それは我が君が直接お話ししたいとの事なので、私の口から申し上げる事はできません。皆様にはまず我が君にお目通りいただく前にご案内すべき場所がございます故、そちらへお連れいたします。その後改めて我が君にお引き合わせいたします。差し当たり、皆様には御人方ずつこの水晶に触れていただきます」
「これは?」
「皆様を転送させるためのゲートです」
そう言ってザイクが差し出したのは金の装飾が施された機械のようにも思える水晶、とりあえず言う通りに従うしかないよね。
どこか既視感を感じるのか気のせいかな。
水晶に触れると眩い光に包まれ、目を開けるとそこには水と緑が豊かで竹林や岩山が特徴的な自然の光景が広がっていた。
「なるほど、そういうことね」
周りから人の気配が消えたのを感じて周りを見るとそこにみんなの姿は無く、私一人が孤立していた。
『これから皆様には私達と戦っていただきます。既にこちらの人員は配置済みです。皆様のうち誰か一人でも勝利されれば瑠奈様は即座に解放いたします。ではご武運を』
どこからか聞こえてきたザイクの声が途切れたのと同時に視界の先に一つの人影が浮かび上がった。
それは一ヶ月前に見た人影。
黒に染まった一本の角を紫がかった髪から覗かせた長身の男。
「アルス」
今回は前いたフードの男は同伴してないみたい。
無機質な感じは前と変わらない。
アルスはこちらをしっかりと見据え刀を構えた。
「まさかこんな形でリベンジできるなんて。私はラッキーだね」
アルスの発する闘気に全身が身震いする。
私も負けじと日輪を発動し刀を構える。
お互いの闘気がぶつかり合い空気がピリつくのを感じる。
静寂に包まれた空間を切り裂くようにお互いが地面を蹴り刀を交えた。
よし、前とは違って今度はちゃんと太刀筋が見える。
「以前の其方とは別人というわけか」
「この一ヶ月強くなるために訓練を重ねてきたからね」
自然が作り出す複雑な地形を利用して縦横無尽に駆け回る。
魔素循環のおかげで機動力も飛躍的に上がっていく。
赫式単刀術――『桜嵐』
死角からアルスの懐に飛び込み刀を振るったけど見事なまでに刀身で受け止められた。
そりゃ一筋縄にはいかないよね。
それならばともう一段階ギアを上げる。
四方八方からアルスに斬撃の雨を降り注がせる。
私の猛攻でアルスは身動きが取れなくなってる。
赫式単刀術――『緋扇』
機動力で翻弄しながら振るった刃は確かにアルスの身体へと吸い込まれていった。
が、刀を受けたはずのアルスの身体には傷一つついていなかった。
やっぱり効かないよね。
陽葵の立てた仮説だと完全にアルスの意識の外にある攻撃しか通らないらしいし。
今回は私一人だから陽動作戦もできないし、どうしようかな。
……ひとつ試してみようかな。
強めていった攻めの手を止めてアルスから大きく距離をとった。
そんな私を逃さまいとアルスが後ろを追ってきた。
そのまま竹林の中へとアルスを連れていった。
赫式単刀術――『彼岸花』
アルスに向かって無数の斬撃を飛ばした。
と言ってもアルスに認知されてる攻撃は通用しないからあんまり意味は無いけど、私の狙いは別のところにある。
何事もなかったかのように斬撃を受け切ったアルスだったが、その顔からは血が垂れ落ちていた。
よし、狙い通り。
さっき竹林に入った時に即席で作った竹槍、斬撃をデコイにして投げたのがアルスの顔を掠めた。
この攻撃を受けてアルスが若干笑みを浮かべた気がした。
次の瞬間アルスの動きが明らかに変わった。
今まで本気じゃなかったんかい!
太刀筋がより一層鋭くなり、少しでも隙を見せれば確実にそこを突いてくる。
これはかなりまずい。
正直剣の腕はそこまで離れていないけど、スキルの存在が厄介過ぎる。
「あんたのスキル、認知した攻撃の無効化でしょ」
「降参するか?」
答えは教えてくれないか。
「ご冗談」
瑠奈を見捨てて帰れるわけないでしょ。
なんとかしてこの男に勝たないと。
私は即座に装備を刀から双剣に切り替え、再びアルスから距離をとった。
さっきの攻撃を警戒してかアルスは辺り一帯の竹林を一掃した。
視界が開けて障害物も無くなった。
流石にこのまま正面からやり合っても勝てないのは私でも理解できる。
アルスのスキルがある以上障害物の多い環境に身を置くことは必須条件。
周囲を見まわし、今度は密林地帯へと足を踏み入れた。
赫式単刀術――『枝垂れ桜』
木の影から攻撃を仕掛けてみるけど、当然アルスには通用しない。
徐々にアルスの剣速も加速していき、後手に回ってきた。
ダメージも疲労もだんだんと蓄積してきてる。
それが原因かアルスの攻撃を受けきれずに吹き飛ばされ、そのまま大樹に叩きつけられた。
弱った獲物を狩ろうとアルスが刀を振り上げたその瞬間。
「っ!?」
アルスが刀を振り下ろすより前に私の剣がアルスの右腕を切り落とした。
双剣に持ち替えた後アルスに剣を弾かれた時にわざと一本だけ思いっ切り頭上に投げておいた。
その落下地点に上手いこと誘導出来た、と言っても成功するなんて微塵も思ってなかったけど。
気を引くくらいは出来ると思ってたけど、まさか当たるなんて。
今日の私はやっぱりツイてるみたい。
何が起きたか分からずに混乱してる様子のアルス。
そこに生じた隙を見逃さずに落ちてきた剣を拾い上げる。
アルスのスキルが発動するよりも早く私の刃が届きアルスに致命傷を与えた。
「見事」
相変わらずの無表情だけど、どこか満足気な表情を浮かべてその場に倒れ伏し光の粒子に包まれ消えていった。
『お疲れ様でした。これにて天鬼様の試練は終了です。他の方々の試練が終了し次第こちらへと転送しますので暫しの間お待ちください』
私を労う様なザイクの声が虚空から響いた。
思い出した。あの水晶ラディクシアにある仮想訓練場に行く時に使う装置に付いてたやつだ。
て事はここは仮想空間なのか。
ここまで来ると本当に向こうの意図が読めない。
命の危険がない状況下で私達を戦わせて。
乗り込んで来た敵陣にするもてなしじゃないよ。
なんだったらラディクシアでの訓練の方が身の危険を感じるくらい。
『お待たせいたしました。試練の全工程が終了しましたので、これより皆様をこちらへと転送いたします』
ザイクの声と共に私の体は光の粒子に包まれ、徐々に視界が霞んでいった。




