第九話ー第一部隊ー
なんだろうこの感覚。
まるで水の中に浮いているような感じ。
身体を動かすことも声を出すこともできない。
確か緋翠達と戦って、まさかほんとに死んで……。
「まったくもう、フランてばいつまで寝てるつもり?」
目を開けるとそこには桔梗紫の目が印象的な黒紫の髪をした少女がいた。
垂れた髪を耳にかけ私の顔を覗き込んでいる。
一体この子は誰……?
というかフラン……?
誰と勘違いしてるんだろう……。
口を開こうとした時、突如頭が割れるような頭痛に見舞われ視界が暗転する。
目が覚めると私の視界には知らない天井が映っていた。
なんか奇妙な夢を見たな。
「起きたか、身体の具合はどうだ」
横から胡桃が声をかけてきた。
どうやらここはあの世ではなかったみたい。
辺りを見回すとそこは生体治療院の室内だった。
長い間ラディクシアに居るけど患者としては初めて使った。
「死んだかと思ったよ」
「妾が居るのにあの程度の傷で死ねるか」
胡桃は大層な治療をしていないとでも言うように振る舞った。
こっちはほんとに死んだかと思ってたっていうのに。
というか緋翠ってあんなに強かったんだ。
私よりも強いとは思ってたけどまさかここまで絶対的な力の差があるなんて、少しショックだなぁ。
「随分と元気そうだな。心配して損したよ」
そう言いながら緋翠が治療室に入ってきた。
「緋翠、最後のあれ何!? やっぱり私と戦ってる時手抜いてたんじゃん!」
所感だけど緋翠ならたとえアルスが相手でもどうにかなるんじゃないかな。
「そんなことないよ、実際かなりギリギリだったんだぜ。まさか迦具土神含めて全ての『加護』を使うことになるなんて思わなかったよ。あれ反動が大き過ぎて使用直後は身体が全く動かせなくなるから本当の最終奥義なんだぜ。しかも天鬼のせいで体力ほとんど使い果たしてたから使える時間も僅かだったし」
「加護?」
「そう、俺達憑依型のアジャスタには同化型が持つ特性がない代わりに適合した異形の加護が付与されるんだよ」
緋翠の話によるとこの加護ってのは大部分は私達の特性と似たようなものでその異形に由来する力を宿すものらしい。
特性と違うのは常時発動できる訳ではなく、異形解放時にのみ付与されること。
その代わりに特性よりも強力な力を使うことができると。
緋翠の加護はこんな感じ。
・朱雀:朱雀の姿をその身に宿すことで全てのステータスが大幅に上昇する。
・緋ノ指揮者:炎を意のままに生成し操作できる。
・不燃ノ命:生命活動の危機に際した場合自動で自己蘇生が行われる。ただし使用には他の加護を一つ犠牲にする必要があるが失った分の加護は時間経過と共に新たな加護を得ることができる。
・不屈ノ明王:一度きりに限り攻撃によって自身が受けた傷を無効化できる。
・迦具土神:自身の潜在能力を全解放し、知覚速度を十倍にまで引き伸ばすことができる。実質的に自分以外の世界の時間が止まったような感覚になる。しかし、無呼吸運動のように身体に無理を強いる為、反動がかなり大きく出る。
うん、なんかもう驚きを通り越して呆れるね。
同化型とはそもそも住む世界が違っているらしい。
こんなの一体誰が勝てるっていうの。
「まったく、師匠も意地悪だよね。私達がどう頑張っても勝てないってわかった上で緋翠達と戦わせるなんて。憑依型は憑依型同士で戦ってほしいよね」
「そうか? 鏑木長官は思慮深い方だし、何か意図があってこの組み合わせにしたと思うんだけどな」
意図ねー、もし強敵と戦うっていう経験を積ませたかったってだけならまだ時期尚早だったと思うんだけどな。
アルスとの戦いもそうだったけど実力がかけ離れ過ぎて自分の成長は全く感じれなかった。
ハードルは高くし過ぎると下を潜るしかなくなるからね。
「そういえば瑠奈と陽葵は? 病室にいるのは私だけみたいだけど」
「天鬼の亡骸を見て素直に降参してくれたからね。流石に戦意喪失した相手に手を下すほど人でなしじゃないよ」
「殺すな! まだ生きてるわ!」
二人はさっきまで居たみたいだけど、次の試合を見届けるために戻ったらしい。
そういうことなら私も戻りますか。
身体に異常も無いみたいだし。
何よりもう一人の憑依型である白夜がどんな戦い方をするのかが気になる。
「緋翠って白夜と戦ったことあるの?」
「一回だけな。憑依型のアジャスタは珍しいからってデータの収集のために手合わせするように言われて」
「どうだった?」
「率直に言って別格だったよ。異形の力はもちろんだけど、元々の戦闘センスがとてつもなく高いって感じだったね、うん」
やっぱり白夜がEVEの中で一番強いって私の予想は合ってたみたい。
「何その反応」
「まぁ、うん。実際に白夜の戦いを見ればわかるよ」
一体なんなんだろう。
そんな反応になるくらい強いのかな。
「白夜の持ってる加護はどんな感じなの?」
「それも実際の戦いを見てから説明するわ。言葉だけで表すのにはあまりに俺の語彙力が足りないから」
なんだか見るのが不安になってきたね。
観覧デッキに着くと第一部隊と第三部隊の映像が映し出されていた。
こんな感じで私達の戦いも映ってたんだ。
「天鬼、身体の方は大丈夫なの?」
「なんの問題もないよ。それより今どういう状況?」
「なんというかツッコミどころが多過ぎて何から説明したら良いのかわからない。まだ試合が始まってから間もないのに既に第三部隊は壊滅状態になってる。開始と同時に白夜の姿が変わったと思ったら次の瞬間にはもう強襲をかけてるし、それで第三部隊は阿鼻叫喚。取り残された静月と紫音も白夜を止めようと追いかけ始めるしの地獄絵図だよ。もう何が何だか」
瑠奈の説明を聞いて実際に映像に目をやるとギャグかとツッコみたくなるような光景が広がっていた。
「ねぇ、あれって本当にあの白夜? まるで別人に見えるんだけど」
「悪魔にでも身体を乗っ取られたんじゃない?」
戦場からは嬉々として相手を蹂躙しにかかる白夜の姿があった。
「オラどしたぁ! ゴミ虫みたく逃げ回るだけじゃあ一生かかってもこの俺は倒せねぇぞ!」
「白夜! 良い加減止まりなさい!」
「これじゃあ何の訓練にもならないだろ!」
「るせぇ! お前らもとっとと加勢しろ!」
白夜の止まない攻撃に戦場は混沌を極めている。
あんなリーダーでよく今まで部隊として成り立ってたな。
あんな必死な顔して声出してる静月と紫音は初めて見たよ。
今までこの二人は常に冷静で落ち着いてるイメージだったのに。
そのイメージが一気に崩れる音がした。
というかいつもの気だるそうにしてるあの白夜は一体どこに行ったんだ。
「ごめん、実際に見たらもっとわからなくなったからとりあえず加護の説明をお願い」
「これを言葉で説明するのは無理だっただろ? 白夜があんなになったのも加護の影響なんだよ」
ほら見ろと言わんばかりに緋翠はため息を吐き自身が知っている情報を共有しだす。
白夜の適合した異形は白虎。
緋翠と同じく異形解放と共に加護が付与される。
緋翠の知る限りでは白夜の加護はこんな感じらしい。
・白虎:白虎の姿をその身に宿すことで全てのステータスが大幅に上昇する。
・天帝:少し未来の戦況を見通すことができる。
・闘之鬼:憑依状態の継続時間に比例して攻撃の威力が上昇する。
・神仙:憑依時に生成された核さえ砕かれない限り如何なる傷を負おうとも即座に再生させることができる。
うん、もうこれ異形以上に化け物じゃん。
こんなのどうやったって勝てないでしょ。
緋翠も大概だったけど白夜は特に戦闘特化の加護って感じがする。
「世の中って本当に理不尽だよね」
瑠奈の発言に雷華と椿含め私達四人は大きく頷いた。
もう神樹の調査は白夜と緋翠だけで良いんじゃ。
その時突如として訓練場全体が揺れ始める。
「あ……。」
え、緋翠さん? 何その反応。
透かさず師匠がマイクを握った。
『そこまで!』
戦闘中止の放送があったのにもかかわらず振動は止む気配がしない。
「はぁ、回収班は出動準備を。胡桃は即刻訓練場に向かってくれ」
「まったく、面倒を増やしおって。慎二、長であるお主の責じゃ! 彼奴のことしっかり教育しておけ!」
嘘じゃん……。
師匠は普段ほとんど感情を表に出さないのにその表情から明らかな苦慮が読み取れる。
この状況の原因は言わずもがな、その場にいる全員の視線が白夜に集まる。
「陽葵、あの場にいる白夜以外に最大硬度のシールドを張っておいてくれ。できる限り多く」
「あ、はい」
ここまで来るとこの先の展開なんて容易に想像がつく。
「行くぜ三下共! 『――獄天』」
訓練場全体が眩い光に包まれたと思った刹那、大陸全土を揺らすような衝撃が生じた。
土煙が晴れるとそこに広がっていた光景はこの世のものとは思えないものだった。
あったはずの廃墟の山は跡形もなく消え去り、更地と化していた。
その場にいたメンバーはというと全員が致命傷を負っていたけどかろうじて息はしてるみたい。
回収班が到着し早急に胡桃のもとへと運んでいく。
当の白夜はというと相手部隊の殲滅を確認してから白虎の憑依を解いた。
「陽葵、よくあの攻撃防げたね」
「私も驚いてる。ここまでの硬度で構築できるなんて思ってなかったよ」
見ると陽葵がシールドを張っていた箇所は多少衝撃を免れた形跡があった。
『白夜、この後俺の執務室まで来るように』
まぁ、そうなりますよね。
師匠も大変なんだな……。
「まったく、相変わらす白夜は加減ってやつを知らないみたいだな」
「もしかして緋翠あれを喰らったことがあるの?」
「ああ、加護二個も持っていかれたよ。まぁ、その時は仮想訓練場での戦闘だったから、実際には加護は消えなかったけどな」
うわぁ……。
暴走機関車にも程があるでしょ。
「その時はどうやって白夜を止めたの? あの調子だと緋翠の手持ちの加護全部消費するまで白夜は攻撃を止めないんじゃ」
「あー、仮想訓練装置が限界を迎えてな。だいぶ前に機械が一台故障した事故があっただろ?あれの原因が白夜のあの技なんだよ」
絶句なんだけど。そんなのもはや生物兵器でしょ。
「今日の訓練はここまでにする。陽葵、静月と紫音のところまで行って二人にも私の執務室まで来るように伝えてくれ」
「わかりました」
師匠は眉間を押さえてから自身の執務室へと向かった。
それに続いて陽葵も治療院の方へと消えていった。
「ねぇ緋翠、あの白夜って本当に私達が知ってる白夜なの?」
「うーん、微妙なところかな。憑依型の異形解放って自分の身体に異形を宿す行為だから異形の自我に引っ張られ過ぎるとああなるんだよ。かく言う俺も朱雀を身体に降ろしてる時は少しだけ好戦的になっちゃうんだよね。だから天鬼との戦闘でも天鬼の全身全霊を試すような戦い方をしたんだ」
「そういうことなんだ」
扱える力が強大な分、制御する側の力量が試されるのね。
白夜の力にドン引きしつつ、自分はああはなるまいと固く胸に誓った。




