第十四話 朝の中の宵
「龍ちゃん、待ってたよ! もうすぐであいつを殺すところだった!」
昨夜、織田を殺すと言った遊虎に、「それはダメ!」と言って楓を、追いかけたんだ。
明日絶対にまた名古屋城の最上階に来ないと、織田を殺す、という遊虎の無茶苦茶な言葉に、日向は朝から名古屋城に来ていた。
部屋の中は人払いされて、最上階には日向と遊虎以外いない。
名古屋城の周りには、いろんな肌の色や髪やひとみの色をした黒い軍服の人々が、巡回をしている。
日向は黒い軍服を身にまとった遊虎を見て、小さく一息ついた。
「龍ちゃん、"六道"って知ってる?」
遊虎は窓の外を眺めながら、歌うように聞いてくる。
落ち着くことなく動き回る遊虎は、本当に虎のようだ。
「えっと、よくわかんない」
「人が死んだら生まれ変わるといわれる世界のこと。人のもつ業でもあるけん。天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道」
遊虎はたんたんと言う。
「六道のうち、天界道、人間道、修羅道を"三善道"って言ってね、"善い"道を示すって言われるの」
遊虎の灰色の眼が細められる。
「それで、畜生道、餓鬼道、地獄道を三悪道っていうの、意味わかるでしょ?」
なんとなく、わかってきた。
「"おれたち"は、それぞれ、それを背負わされてるの」
薄暗い眼で、遊虎は、首元のあざを指差す。
「おれは、地獄道。いちばん悪いやつ」
ニッと笑った遊虎の顔は、笑ってなかった。
「龍ちゃんは、修羅道。阿修羅がいるでしょ? 龍ちゃんのなかに。おれには"地獄"がいるの」
「なんで、ぼくたちのなかに、そんなのがいるの?」
「おれたちのなかに強力なそれがあるのは、血……いや、魂のせいだよ。おれたちの祖先は、あの帝のもってた六道をそれぞれ、入れられたんだ」
遊虎の言ってることが、うまくわからない。
「入れられた? ぼくの父さんや母さんが?」
「数百年前、この日本大陸に、六人の六師外道が現れた。その六師外道は、帝の六道の魂を切り取って入れた存在だったんだ」
「そんなことができるの?」
そう聞いて、いままで何度も人を超えた不思議なことが起きていたことを思い出す。
そっか、できるんだ。
「六師外道の子孫が、おれたちなんだ。ずっと前の帝の六道を背負って、勝手に産み落とされて、家畜のように管理されて、もう必要ないから、三悪道の地獄と畜生のおれたちは殺される」
笑えないよね、そう言う遊虎は頬杖をついて日向を見つめる。
「ちょっとは思い出した? 龍ちゃんの過去」
日向は首を横に振って、指を組んで俯く。
自分の中にある阿修羅が、遠い昔の帝の一部なんて、本当に、よくわからない。
変な感覚だ。
「おれは地獄を支配する、地獄道の神様さ。だから、三日前に簡単に雑魚たちの戦争を終わらせられたの」
遊虎はもう六道の話に飽きたようで、机の下の足をぶらぶらしながら話を変える。
日向も、これ以上、この話をいまはしたくなかった。
なんだか、気分が良くなかった。
「ねえ遊虎。遊虎が戦争を終わらせたのはわかったよ。でも、じゃあ、みんなは? 名隊のみんなはいまどこにいるの?」
隼は、どこにいるんだろう。
柴波さんは、緑は、青は、いまどうしてるんだろ。
遊虎は、無事だよ、肩をすくめる。まったく興味がないみたいだ。
「会いたい」
遊虎の目をまっすぐ見ても、笑った遊虎はなにも返さない。
「ねえ日向、これからの話をしよう。おれは、日向に提案したいんだ。おれの”黒菊軍”の仲間になるか、どうか。拒否なんてできないと思うけど」
長机の前で向かい合った日向と遊虎。
トントン、と日向に、集中して、と指で卓上をたたく。
「そもそも、黒菊軍って、なんなんだい?」
「黒い菊の呪いをうけたおれの復讐のための軍。おれの統治してた”九州”が本部になるね。いまは九州、中部州を統治してる」
名隊の一番隊長の織田を捕らえた遊虎は、実質、中部州をおさえたようなものだ。
この土地の王は、いま、遊虎なんだ。
「これから……遊虎は、その黒菊軍で、どうするの?」
昨晩、天下統一をすると言った遊虎。
目の前で楽しそうに日向の髪をいじる遊虎に、日向は聞く。
遊虎は日向の問いに嬉しそうに前のめりになった。
「これからやることは三つ。
一つ目に、仲間を増やすけん。名隊は傘下にいれる。織田は……いまのところ地下牢獄に入れてあるよ」
遊びのきまりごとを語るように、さらっと言ってのける遊虎。
「仲間?」
「おれたちと同じ、子孫の仲間っちゃ。手始めに関東州と協定をむすんで、”情報”を手に入れる」
遊虎は、時折、思い出したように知らない方言をつかう。
「仲間が増えたら、二つ目に、緋毀を殺して大阪を倒す」
はっと息をのんだ。
この点では、遊虎の目標と、日向の目標は変わらない。
「ここまで言ったこと。日向一人じゃできない。”元”名隊でもできない。おれの”黒菊軍”がないとできない」
日向は、目をふせた。
「もし、ぼくが仲間になったら、大阪を倒したとき、翠を助けることはできる?」
「懐かしいねぇ、うん、仲間は多い方がいいし、できるよ。おれ強いから」
遊虎は、楽しそうに首を左右に傾けながら頷く。
なんだか、遊びの予定を立てているような口調だ。
「最後、三つ目に、邪魔するやつらをぜーんぶ潰して、天下統一。おれの目標は単純だよ」
日向は、何も言えない。
日向は、遊虎の実力を知らない。
ただ、数日前に見た、中部州と関西州の国境の、黒く焼け焦げた地を見ただけ。
でも、目の前のたった一人の少年が、それをできると言うのなら、できてしまうのだろう、と思ってしまった。
「龍ちゃんは、おれと一緒に世界を変えてくれるでしょ?」
前のめりになった遊虎が、卓上においた日向の手をとる。
「だって、おれたちは、生まれたときから一緒に育った、"家族"だもん」
黒髪に薄紫のまざった前髪のあいだから見える虎の様な瞳に、日向はやはり、何も言えなかった。
黒菊軍が、名隊をおさえて、いま愛知国を支配下においていることはわかった。
もう、名隊は機能してない。
「龍ちゃん、おれは、龍ちゃんの望みを知ってるよ。龍ちゃんは”過去”を思い出したいでしょ?」
日向ははっと息をのんで、うなずいた。
「龍ちゃんの両眼尻にかけられた”二つ”の呪いを解くんだ。そしたら、記憶は戻るし、本来の力も出せる。これは翠でもできないけど、おれならできる」
「え! 本当!? 呪いを解いてほしい!」
「そのかわり、龍ちゃんは、おれになにをしてくれる?」
「え……」
「物事は、常に相互に働き合ってるんだよ、龍ちゃん。おれは龍ちゃん一人じゃできないことができる。大阪を潰すこと、呪いを解くこと、中部州を守ること」
遊虎の言いたいことが、まだ分からない。
「ねえ、龍ちゃん、おれがそれら全てをしてあげるかわりに、龍ちゃんは二つ、おれに約束して」
灰色のまざった黒い眼が、日向を捉える。
「おれと一生の契りを交わして、おれのものになること。そして、一緒に天下統一をすること」
その眼が、ひどく真剣で、そのひとみに込められた熱と、その熱の意味を、正しく理解してしまって。
目を、そらした。
「少し、時間がほしいんだ」
遊虎は、ひとつうなずいた。
「おれ、そんな長くは待てないよ」
笑った眼を、まっすぐ見れなくて、日向は部屋を出るために立ち上がった。
部屋の扉へ向かって歩き出す。
「一個、龍ちゃんに言い忘れていたことがあったんだ。おれ、昨日、あの桜銀髪のやつに一つの任務をあげたんだ」
トントンと指で机をたたく。
「蒸気機関車で、東北の”餓鬼”の子孫に、黒菊軍に入るよう協力を要請しにいけって」
「え?」
「あいつは、はい、とうなずいた。部下の、四守家の男も、先に東北へ向かってるからね」
「隼が、東北に帰ってるの?」
うん、とうなずいた遊虎は、でも、と首を横に振った。
「龍ちゃん。龍ちゃんは、行っちゃだめ。龍ちゃんは、”餓鬼”とは相性が悪いから。関東の”人間”に会ってもらうの。これからの中部州を守るためにね」
日向は明日もまた同じ時間に名古屋城の最上階へ来ることを約束し、一人帰宅する。
夜も更けた、家への帰り道、街には、黒い軍服を着た”黒菊軍”の隊員だけが街を巡回していた。
店は閉まり、街は静かで、ひどく、寂しくなった。
日向は夜の道を歩きながら、すれちがう黒い軍服を横目に、下唇を噛んだ。
遊虎は、日向の過去を戻せると言う。
大阪を、緋毀を倒すことができると言う。
いま、統治している中部州を守ることができると言う。
でも、その先の未来を、日向は想像することができなかった。
”一生の契り”とは、つまり、遊虎と生涯をともにするということだ。
それに、天下統一を目指すと言う遊虎に、日向はうなずけないでいた。
「楓、どうしよう……」
十五話は、7/30 20時に投稿します




