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第十三話 思うに別れて



「ねえ、楓!」

 名古屋城を去る楓を追いかけて、その前に回り込む。


「ねえ、どこに行くの?」

「あんさんには関係ない」

「楓、行くとこないじゃん!」

 日向の言葉に、楓が顔を顰める。


「ある。だからもうーー」

 予想してなかった言葉に、その続きが聞きたくなくて。


「楓、うちに来て、お願い」

 楓の手をつかんで、振り払われないように、力を込めて、日向は前だけを見て進んだ。


「歩きづらい」

「離しても、どこにも行かない?」

 少しの沈黙の後、楓はため息とともに、少しの間なら、と呟いた。


 ついたのは、日向の実家の、朝日奈家。


「ただいま」

 そう言って跨いだ敷地の灯りは、ついていない。

 いま、病院は閉まっていて、母の蘭花も、父の慶次も、いない。

 日向はその理由を必死に考えないようにする。


「いま、父さんも母さんも忙しいみたい! 楓、ここ自由につかってよ! お風呂も着いてるし!」

 無駄に明るく話す日向は、母の蘭花の経営する病院の離れの、客室に、楓を案内した。

 楓は何も言わないで、客室に入ると、畳んであった布団の上に座り、鎖鎌を置いた。


「数日、ここを借りる」

 ゆっくりと髪をほどいた楓が、大事そうに金色の簪を、大事そうに枕元に置いた。

 三つの菊の描かれた金色の簪は、うす暗い部屋でも、光って見えた。


 ああ、いま、簪に嫉妬した。

 楓が、どんなものより大切に扱うその金の簪に。


「ねえ楓、その金の簪を、なんでそんなに大切にするの?」

 楓は、簪を見て小さく微笑んだ。

「大切な人にもらったからや」


 ズキッ 胸に、小さな針がささった。


「だれ?」

「……思い出せへん」

「は?」

 目を見開いた日向に、楓は無感情の声で答える。


「お前には関係ない」

 その言葉に、傷ついた。

 まだ、"そんな"程度の存在だったんだって。


 日向は楓の前にちょこんと座って、両手を床について前のめりになる。

 無理矢理作った笑顔で、妙に明るい声で。


「ねえ楓、いつかわたしにご褒美に簪を贈ってよ」

「話の脈略がなさすぎていやや」

「わたし、楓に簪を贈ったでしょ? わたしも、楓から欲しい」

「図々しい」

「いまにはじまったことじゃないでしょ?」


 日向は、楓とこれからの約束をしたかった。

 別に簪が欲しかったわけじゃない。

 楓との繋がりがほしかった。

 離れようとする楓の記憶に残りたかった。

 

 楓との "これから"が、まだたくさん欲しかっただけ。


「はっ だいたい、あんさん、簪をさせるほどの髪があらへん」

「伸ばしたら!」

 日向はぐいっと楓に近寄った。

「伸ばしたら、くれるの?」

 楓は鬱陶しそうに、日向の顔を手で押し離した。


「わたしの気がおかしなったら、いつかな」

 日向はパァッと顔を明るくした。

 顔がうるさい、としかめる楓に、いつもの会話ができてる気がして、日向は笑った。


 少しだけ、沈黙がおりて。


 日向はぽつりとこぼした。



「ねえ、楓のそばに、いちゃだめかな」

 楓は、明らかに遊虎を見てから、もう何かを決心しているようだった。

 いや、中部州と関西州の国境を見て、名古屋についてから。

 もう、すぐにでもここから離れてもいいような、そんな眼をしてる。


「わたしは、もう名古屋でも大阪でもない、あんさんが獅子じゃないとわかったから、殺す必要もない」

「じゃあ」

 日向の言葉を、楓は遮る。


「でも、わたしにはまだやることがある」

「なにをするの? もう楓、充分頑張ったじゃん」

「言えへん」

「ねえ、ぼくも行く」

 楓の眼を見ようとしても、桜銀色のひとみは、もう日向を見ない。


「だめや、あんさんは……だめや」


 それが、楓の拒絶だって、いやでもわかった。






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