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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第三十一話 ゆるりと変わりゆく



 阿修羅と暁の力は、互角だった。


 阿修羅の理性を失った無駄の多い攻撃に、全身の体力の追いつかない王の血の力を借りた暁の力は拮抗した。



「まるで、死獅や……」

 暁は、そう呟いて、ハッと阿修羅を見上げる。

 スンッと臭いを嗅いで、目を見開く。


「お前、死獅か!」

 瞬時に、距離をとった暁は、奥歯を三回噛む。


 ジジッ

「おい、箔、おれの相手、こいつ死獅や、持ち帰るで」

―― ええ! ほんまですかぁ、ぼくのデータにないですよ! ――


「ほんまや、こいつ、『彼岸花(ひがんばな)の種』の匂いするで! たぶん特異態や、キチガイやけど、力はある」

―― すぐ行きます! ――


「はよこい、あの薬ないと、こいつは持ち帰れん」

 阿修羅は一瞬で間合いを詰める。


「くそ!」

 一瞬反応の遅れた暁は、大剣を投げた。

 グサッ

 腹に大剣が刺さっても、表情すら変えない阿修羅に、暁の顔色が変わる。


 黒刀を、ナイフのように振り下ろそうとする阿修羅に、死を覚悟した暁。


 そのとき、阿修羅の動きが止まった。


「……遅いわ、箔」

「あっぶなかったですねぇ!」

 茶色の眼を細めて、両手を交差させた箔がわざとらしく驚いた顔をつくる。


「いやぁね、この子に死獅を止める毒が効かなかったから、ぼくも焦ったんですよ」

 箔の指と腕にはまっている無数の輪には、漆黒の鉄糸が繋がっている。


「うるさいわ、そいつ連れて、さっさと撤退するで」

「この子、本当に特別なんだね、暁隊長をここまでできるって、王が知ったら喜ぶよ」

 うふふんっと嬉しそうに微笑む箔に、暁は阿修羅に刺した大剣を引き抜いた。


「さっきの三つ子ちゃんたちを殺したのは許せないけど、この子でチャラにしてあげる」

 阿修羅は、全身をまとった鉄糸を引きちぎろうと、身じろぐ。


「あーあー、ダメだよ、肉が裂けちゃう、大人しくしててね」

 黒い鉄糸に全身を捉えられた阿修羅を、押さえつける箔の横で、暁が自分の腕をかばうようにつかんだ。


「くそ、まだ血はうまく扱えん」

「あんまり無理すると、死獅になっちゃうから、気をつけてくださいねぇ」

「ああ、わかっとる、そいつを気絶させて、帰るで」

「はいはい、もぅ、人使い荒いですねぇ」


 阿修羅の後ろ首に、短剣を刺そうとした箔が、気配を察知して、無表情で雨の中に短剣を投げた。

「う!」

 隼の苦しむ声が響く。

「まだ生きてたんですかぁ」

 片頬を膨らませた箔は、腰からもう一本の短剣を投げようとしたとき、

 パァンッ

「いった」

 短剣が宙を舞った。


「あっちの応援に行ってたら、こんなことに……なんとも、許し難いね」

 沖奈が、藍色の銃を構えながら、雨の中ゆっくりと近づいてきた。


「四班と五班は全滅、一班と三班は半壊、そっちも相当やってくれるね……まあ、そんなのはどうでもいいんだ」

「誰ぇ、くっそむかつくねんけど」

「人のものを勝手に持ち帰ろうとする阿呆には、しっかりとお灸を据えないといけないね」

 藍色の髪をかきあげて、沖奈はキッと箔を睨む。


「ぶっ殺す」

 パァンッ パァンッ パァンッ


「ちっ」

 阿修羅を陰に、銃弾から逃れながら、箔は背後で指示を出している暁に叫ぶ。


「おい、暁! さっさと逃げるぞ!」

「そんな雑魚、片付けえや、こっちは、他の奴らと連絡とれんねん」


「それは、わたしが片付けたからですよ」

 暁は、目を見開いた。

 首元にかざされた鎖鎌に。


「わたしの部下を、返してもらいましょうか」

 桜銀色の髪が、雨に濡れて、静かに光った。


「……誰や」

 暁の問いに答えず、楓はひどく冷めた眼で、大鎌をかざした。


「今回の目的は?」

「お前、何者や」

「……名隊の偵察と、新型の死獅の研究」

 (はく)が素直に答える。


「おい、箔!」

「作戦は半分成功、半分失敗、ぼくらは撤退するよ、逃がしてくれない?」

 両手を上げて、降参の意を示す箔に、暁が歯噛みする。


「それは無理だ」

「それは……残念です!」

 その瞬間、箔が球を投げた。

 ピカァッ


「くっ」

 閃光玉に、目がくらんだ瞬間、箔と暁がその場を去る。

 プツンッ

 阿修羅を纏っていた鉄糸が切れる音が響いた。


「くそがぁ!」

 箔の低い声がして、二つの足音が遠のいた。

 光に慣れ、沖奈が再び眼を開けた時、鎖に縛られた阿修羅が、地面に転がっていた。


「副隊長……ありがとうございます」

「これが、あっちに渡るほうが面倒なだけです」

 阿修羅は、ずっと言葉でない声を発し、うめいている。


「月桂さんからの指示です。すぐに撤退しますよ」

「以前、副隊長に譲っていただいた、黒い液体を分析したんです」

「……」

「これを、どこで手に入れたんですか」

「いま、話すことではないでしょう」

「複製は不可能でした。数に限りがありますよね、いま、ここで阿修羅にこれを使ったら……残りは、いくつですか?」


「……一つです」

「この様子の阿修羅は、もう、戻りません」

 研究時に、理性の戻れる限界を見極めた沖奈が、ひどく冷たい表情で話す。

 鎖の中で、ひどく、獣のように暴れて、呻き続ける阿修羅。


「以前に、巨大死獅と対峙したとき、司と呼ばれる青年が飲ませていた液体も、これですね。彼は、阿修羅を見極めて、これを与えていた」

 沖奈は、黒い液体を眺め、そして、楓を睨んだ。


「彼は、いま、どこにいるんですか?」

 地を這うような凍てつく声。

 いままで見たこともないような沖奈の眼に、楓は首を横に振る。


「わたしも、探しています。わたしが探りをいれた途端、消えました。彼は、阿修羅のほぼ全てを知っているはずです」

「……探します」

 沖奈はそう言って、深く息を吐いた。


「今回、投与するのは、お互いがもっている半分ずつ、というのはどうでしょう? おれは、手元からこれがなくなるのが、心底嫌なんです」

「次に必要になったときに、わたしが使えないのは困ります」

「そしたら、おれがずっと日向のそばにいるようにしましょう」

 楓はため息をついて、胸元から黒い液体を取り出した。


「投与量を間違える恐れがあります。わたしのを使います」

 阿修羅の口を開け、そこに黒い液体を流す。


 日向の身体が冷たくなり、死を迎えたかのように青白くなる。


 楓がこれを見るのは三度目だった。

 鎌で繋いだ鎖を冷たい日向からほどいた。


「これ、本当になんなんでしょうね」

 沖奈が興味深そうに懐中時計で変化の時間を調べながら、日向を見つめる。

 深いため息をついた楓は、再び、血の気が戻る日向を見て、その頬を軽くたたいた。


「うぅ」

 腹を血で真っ赤にした日向が顔をしかめた。


「沖奈さん、日向に回復薬を」

「はい」

 沖奈が、意識の戻った日向の口に回復薬を流す。

 研究室での実験の時のように、身体が治っていく。

 しかし、

「遅い」

 沖奈が顔をしかめた。


「明らかに、回復速度が遅くなってる」

 日向のまだ少し冷たい身体に触れて、触診をする沖奈の顔に陰がさす。


「……これのせいか」

 黒い液体を見て、沖奈がつぶやく。

 楓は、目を伏せて何も言わない。



 二ヶ月前、司に黒い液体を渡されたときに言われたことを楓は思い出す。

―― 「これは、最後の最後の手段にしてほしい」 ――

―― 「これは……日向の命を削るからだ……」 ――


 命を削られ、深手を負った日向は、ゆっくりと眼を開けた。


 いつもなら、すでに消えているはずの傷は、まだ残ったままだ。

 司は、あの時、日向は死獅ではないと主張した。

 その真偽はわからないまま、司は姿を消した。


―― 「日向は……このまま阿修羅を使えば、近いうちに死にます」 ――

 司は、以前、確かにそう言った。

 阿修羅は、日向の命を削ることで現れ、止めるのにもまた、命を削るから。

 実際に、目の前で、身体を蝕まれている少年を見つめ、楓は無意識に懐に手をあてた。

 司に渡された、小さな布袋は常に持ち歩いている。


―― 「薬を飲んでも、暴走が止まらなかったり……心臓に異変があったとき、これを使ってください」 ――


 この布袋の中に入っていたものは、唯人が持ってはいけないものだった。

 もつはずのないものだった。


 そして、これを使うことになるのは、そう遠くない未来だろう。



「ぅ……ん、あれ?」

 呻きながら、意識の戻った日向が、きょろきょろと視線をさまよわせる。

 そして、楓を見つけて、ヘラッと笑った。


「今日は、鎖にぐるぐる巻きにされてない」

 実験で何度も簀巻きにされた日向は、ニッと嬉しそうに笑った。

 その無邪気すぎる笑顔に、無性に腹が立った。


「沖奈さん、四守の応急手当をしてきてください」

「はぁ!?」

「いいから」

 沖奈は全力で不満をあらわにしながらも、副隊長命令に従って、離れた場所で脇腹を抑えて倒れている隼のもとへ歩いていった。


 肘を使って、上体を起こそうとする日向のもとにしゃがみ、楓はその目尻のあざを思いっきり押してやった。

 菊のあざは、いつもより心なしか大きく、血管のようにドクドクと波打っていた。

「いた!」

 肘の力が抜けたのか、ガクッと倒れそうになる日向の頭に手をあてた。


「楓?」

 日向が、目を丸くして楓を見上げた。

 普段、人と接触することを毛嫌いする楓が、雨で濡れた日向の頭を支えているのだ。


「暴走するな、とわたしは言いましたよね」

「……ごめんなさい」

 口の中の苦さを無視できない日向は、しゅんっと眉を下げて、口をゆがませた。


「謝るくらいなら、暴走するな」

「でも、楓が止めてくれるでしょ?」

 眉を下げたまま、青白い顔で笑ってみせる日向に、腹が立つ。

 上体を起こすことすら難しいのに、無理に笑おうとする日向に、心底腹が立つ。

 いくら突き放しても、まとわりついて、信頼を寄せてくる日向に、どうしようもなくイラつく。

 それでも……。


「二度は言わない。お前の責任は、わたしの責任になる」

 真っ直ぐ日向と眼を合わせる楓の桜銀色の瞳は、真剣さを帯びていた。

 日向は、笑みを固めて、ごくりと唾をのみこんだ。


 楓は、その眼を何度も見たことがあった。


 「捨てないで」と、懇願するような焦りと寂しさと、少しの諦めを含んだ、日向が隠そうとしても隠し切れない不安の眼だ。

 この眼が、楓は心底嫌いだった。


「今回、お前は阿修羅になり、暴走し、死獅を殲滅し、大隊の隊長とやりあった」

 日向は、楓の眼から逃げずに、震えながら次の言葉を待った。


「お前が動かなければ、四守は死んでいた。大隊の撤退まで時間がかかり、暴走した死獅によって、被害はもっと甚大だっただろう」


「え?」


 楓は、日向の頭を支えていた手に力を入れて、上体をしっかりと起こさせた。

 真正面から眼を合わせる。

 日向の眼は、困惑の色を浮かべている。


「日向、お前は五番隊を守った、よくやった」


 真っ直ぐ見つめ合って、真っ直ぐ届いた言葉に、日向はあっけにとられた。

 ぽかんとする日向から、すっと眼をそらして、楓は続けた。


「お前が今回したことは、わたしの利になる」


―― 「楓さん、あなたは日向の責任を負って、その存在価値を名隊で認められたら、あなたの立場も少しは良くなる」 ――


 司の言葉を思い出したからかもしれない。

 いつもだったら、楓はわざわざこんな言葉をかけることはない。


 眼をそらした楓の胸に、ぽすん、と重みが増した。


「おい」

 楓の胸に顔をうずめ、身体をあずけた日向は、ゆっくりと手を動かして、日向を引きはがそうとしている楓の手に、手をかさねた。

 いつもは冷たい楓の手が、今はずいぶんと温かく感じる。


 ビクッと手を引こうとする楓の手を、力のない手で包み込む。


「かえで……」

 日向は、ゆっくりと顔を上げて、楓を見上げた。

 楓は、ハッと息をのんだ。


「わたし、生きてて、良いんだね」


 眉を下げて、嬉しそうに笑う日向。

 その細められた大きな瞳からあふれ出した雫が、ゆっくりと頬をつたった。


 初めて見た日向の涙に、楓は目を見開いた。


 自分の手を包む手のひらは小さく、預けられた身体は軽く、細い。

 こんな小さな身体で、色んなものを抱えて、押しつぶされそうになっても、必死に抵抗して、必死にあがいて、生きようとしている。


 どれだけ距離を置こうとしても、いくらでも近づいてくる。

 何があっても、ヘラッと笑おうとする。


「楓、ありがとう」


 救われたような眩しい笑顔で自分を見上げる姿に、楓は息をするのを忘れた。


 自分の手を包んでいた手のひらの力は失われて、目の前の少女のような少年は、糸が切れたかのように意識を手放した。


 再び、胸元にぽすり、と倒れてきた小さな体を、引きはがすまで、時間がかかった。

 少しずつ体温の戻ってきた日向の肩をつかみ、楓は目を伏せた。


「……やめろ」

 そんな顔でわたしを見るのは。


「わたしは、お前を使い潰すだけや」

 これ以上、近づくな。


 わたしは、いつか終わるお前の命を、利用しているだけや。



 戻ってきた沖奈に日向を預け、月桂のもとへ早足で向かう。


 さっき見た、日向の眩しい笑顔が、ふと脳裏に浮かぶ。

 ずくり、と胸に感じた痛みは、とうの昔に消えたはずの罪悪感の欠片。



「かなり派手にやられたね」

 月桂が黒いタートルネックの首元に手を当て、赤茶色の眼を細めた。

「ええ」

 重い曇天を睨み、楓は長い息を吐いた。


 いつの間にか、雨はやんでいた。




 黒い液体の数は、残り一本。










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