第三十二話 臥薪嘗胆 火神暁
中部州への偵察を終え、大阪国に戻ってきた暁は、すぐに報告書の制作に取り掛かった。
報告書を手に、大阪城の敷地内の『諜報部』の事務所で報告を行った。
「――それから、名隊に、死獅の可能性の高い隊員を発見しました。わたしが『王の血』を使っても互角にやりあえるほどの強さです」
今回の任務の結果と、最後に戦った死獅の様子を『諜報部』に報告する。
すると諜報部の一人が、席を立った。
数分後に戻ってきた諜報員に、暁は緘口令をしかれたうえで、ある場所へ案内された。
「……ここは」
「王が、特異態の死獅について、特徴などについて詳しく聞きたいとのことです」
紅い髪の諜報員が、大阪城の天守閣へ案内する。
まじか……いきなり王に謁見できるって……まさか。
コンコンッ
「『大阪本部直属部隊』戦闘部七番隊長、火神暁が参りました」
「入れ」
地を這うような低い声に、小さく息を吸って、暁は自分を落ち着かせる。
「失礼します」
薄暗い部屋に、褐色の肌の男が一人、執務机の前に座っていた。
深紅の髪を後ろに流した男の紅い眼が、暁を射抜く。
空気が一気に薄くなったかのように、暁は呼吸がしずらくなった。
「ほ、報告致します。わたくし暁が対峙した特異態の死獅は、推定十三歳ほどの小柄な男、武器は黒い太刀の一本、黒髪に黒い瞳、両目尻に小さなホクロがありました」
緊張しながら、事前に書いていた報告書を読み上げる。
「戦闘の途中、なんらかのきっかけで豹変し、死獅のような力を発揮しました。大剣で腹を刺しても痛みを感じないようでした」
すると、ふっと、まるで笑うように息を吐く音が聞こえてきた。
びくっと前を向くと、頬杖をついていた王の口元が緩んでいた。
暁は、初めて王の笑みを見た。
「やっと、見つけたか」
紅い双眸が、細められる。その眼は、暁を通して、どこか遠くを懐かしむようだった。
暁は王の眼に、上手く呼吸ができない。
「よくやった、火神と言ったな」
「はい」
暁は、硬直した体のまま、なんとか頷く。
「褒賞として、『種』と武器の血を与えよう」
「ありがとうございます!」
身体が、喜びに震える。
「それから、諜報部の一番隊をお前につける」
「え」
暁は目を見開いた。
諜報部の一番隊といったら、この大阪国で最も機密情報を扱う、国の脳だ。
王の薄い唇がゆるりと弧を描く。
「必ず、その男を“生きて”俺のもとに連れてこい」
王から直々の命を受けた暁は、一瞬の間をあけて、最敬礼をした。
「はい! 必ずや!」
大阪城を後にした暁は、一人、日の落ちた道を歩く。
どうやってここまできたのか記憶があやふやなほど緊張していた。
数週間前までは、ただの隊員だった自分が、死に物狂いでつかんだ戦闘部七番隊長。
そして、数回目の任務で見つけた特異態の死獅が、“王のお気に入り”の可能性が高かった。
気持ちが悪くなるほどの、大出世だ。
まるで、なにか見えざる者が自分を導いているかのように思えて、暁は鳥肌がたった。
“王のお気に入り”は、稀にいる。
王の血に驚くほど順応し、自我を保ったまま特異的な能力を発揮する存在。
戦闘能力以外にも、治癒力や想像もつかない力を持った者もいるという噂を聞いたことがある。
数週間前にも、四国・中国州から、一人の女が連れてこられたという話を聞いた。
“お気に入り”は、どの隊長よりも優遇され、王の力を増す大阪国の繁栄の鍵と言われている。
「ほんま……やるしかないな」
薄暗い道を歩きながら、詰めていた息をゆっくりと吐く。
数週間前から住み始めた、いままでの十倍以上の大きな家に帰ってくる。
戦闘部七番隊長の給料は驚くほど多い。
大きくも、空っぽな家に、一人で帰ってくる。
静かな部屋に、暁は俯く。
昔、まだ大隊に入る前の生活が、ふと脳裏をすぎる。
慕っていた、いまは亡き人を思い出し、唇を噛みしめた。
「おれは、ちっさくても、汚くても、あんたのもとにいたかったんや」
狭く、汚い共同部屋で道場の同志と共に寝食を共にしてきた暁には、ここは広すぎた。
静かで、綺麗で、寂しすぎた。
地下に降りて、三重の鍵を開ける。
「……あいつ」
戦闘時を思い出す暁の脳裏には、一人の男が焼き付いている。
桜銀色の髪の男。
どこかで見たような、あのいけ好かない雰囲気。
暁の勘はよく当たる。
自室の棚に敷き詰められた資料を漁る。
その大半を埋めるのは、二年前に中部州との間でおきた戦争の記録だ。
「豪さん」
四番隊長の芹沢豪が、大隊の裏切り者に殺された事件。
「絶対に、仇をとってやる」
何度も見た、資料に載っている、元大隊の戦闘部三〇番隊の男。
人相書きと、そこに記載された少ない基本情報を見る。
十五歳で徴兵された男は、鎖鎌を扱う。
「六花泉……」
資料をぐしゃりと握る。
芹沢を暗殺後、姿を消した男の情報は、驚くほどにない。
まるで、何者かに隠されているかのように……。
今回、諜報部一番隊の指揮をとれることになったからには、必ずこの男を見つけだしてやる。
そして……
「絶対に、おれが殺してやる」
雨が打ちつける窓を睨み、暁は赤い軍衣を羽織った。
「おれが、これを着ている限り」




