第〇話 二筋の光明
一九〇〇年 三月
大阪国の四国・中国州への侵略戦争は一ヶ月で終わった。
死獅が民を喰いちぎり、紅い軍隊が緑の地を赤く染めた。
州都山口国の下関にて、四国・中国州が大阪国の植民地となる『下関条約』が結ばれた。
時は、その『下関条約』が結ばれる一日前。
「東へ」
一筋の紅の流れる白い手が、二人の少年の額に触れる。
「片人様のもとへ行くのです」
一言ひとこと、少年たちの脳裏に刻むように白い手の女性は囁く。
「いやです! ぼくはずっと姉様のそばにいます」
「おれも! 姉様を守ります!」
少年たちが、額に当てられた細く、白い手のひらを掴む。
遠くで、怒号と叫び声が聞こえる。
少年の肩がびくりと跳ねた。
追手はもうすぐそこまで来ている。
「姉様も、一緒に逃げましょう!」
「そうです! それがおれの、守人の役目なんです、姉様のそばにいさせてください!」
必死に嘆願する少年たちを、翠の瞳が優しく見守る。
「東へ、片人様のもとへ行くのです」
もう一度、少年たちの瞳を見つめて囁く。
のせた手のひらで、宝物を扱うかのように大切そうに二人の額を撫でる。
「生きなさい」
白い手の女性は優しく微笑んだ。
はっと息を吞む二人の少年は、女性から目が離せない。
「時が来るまで忘れなさい」
女性の紅い血が、手のひらを伝って、二人の少年の額に流れる。
少年たちはゆっくりと目を閉じた。
女性は少年たちの手をとり、隠し扉の向こうへ連れていく。
「東へ、片人様のもとへ行くのです」
もう一度、人形のように目を閉じている少年たちに囁く。
隠し扉の向こうは、東へ繋がる荒野が続いている。
女性は、荒野を真っ直ぐ見つめ、遥か彼方の東の地を思い、深く息を吸った。
「必ず、生きなさい」
唯一の希望を求めて。
少年たちの背中を押す。
ゆるり、と揺れた少年たちは、ゆっくりと目を開け、真っ直ぐ走り出した。
わき目も振らず、振り返ることもなく、東へ向かって走り続けた。
すぐに、小さくなった背中は見えなくなった。
「お願い、生きて」
紅い血のついた両手を合わせて、祈るように組んだ。
女性は深く息を吐くと、隠し扉を閉めた。
悲鳴と建物の崩れ落ちる音、金属のぶつかり合う音がどんどんと大きくなる。
女性は翠色の羽織を肩にかけ、部屋の際奥にしまっていた本を持った。
近づいてくる足音、扉を蹴破る音。
「どこや!」
グァルルルッ
獣のような呻き声とともに、男たちの低い声が部屋に響く。
「わたくしはここです」
本を抱えて、男たちの前に歩み寄る。
三匹の死獅が女性を囲み、紅の軍服の男たちが構える。
「隊長、間違いありません」
白衣を着た男が、女性を見て頷いた。
「やっと見つけたわ、あれはどこや」
男の荒い声に、女性は目を伏せ、翠の皮で装丁された本を掲げた。
「『忘れ形見』もここにあります」
その分厚い本を、白衣の男が奪い取り、目を輝かせた。
「本物です!」
紅い軍衣を羽織った男は、ふっと口の端を上げた。
「任務完了や」
紅いピアスが、部屋の照明に光る。
「これにて、四国・中国州の戦略戦争の終了だ」
女性の白い腕が、黒い縄で縛られる。
「王が所望や、しっかり働いてもらうで」
女性は俯くこともなく、振り向くこともなく、真っ直ぐ前を見つめた。
必ず、生きなさい。
翠の眼は少しも陰ることなく、託した希望をただ信じた。
翌日、全国に『大阪国家天下統一』が声明された。
【我々大阪国家は、未開拓地を除く六つの全州を大阪国家の配下におくことを宣言する。
これに逆らう州は武力にて制圧する。】
その日、第二次戦国時代が始まった。




