第三〇話 大隊戦闘部七番隊隊長 火神暁
「お前らは、何番隊や? 殺った相手は、上に報告せなあかんねん」
つり目がちな夕日色の瞳が、日向を見下す。
赤毛に赤い目は、生粋の大阪国民の証だ。
「きみが、死獅を操っているのか」
日向は、キッと睨みながら、すぐにでも動けるように構え直した。
「せや、まあ、ほぼ気が狂って暴走しちまったけど……お前には、新しい死獅の相手になってもらうわ」
はっとして、日向は、暁の背後で共喰いをしている死獅を見た。
「させない!」
死獅を止めるために走り出した瞬間、
「邪魔すんな」
ガッ
「うっ」
暁の片手の大剣に、吹き飛ばされた。
力の強さが、有り得ない。
筋肉がしっかりとついた身体は、一般の少年よりは小さかった。
小さな身体から生まれる暁の力は、異常だった。
即座に立ち上がって、死獅のもとへ走るが、
「くっそ弱いやないか、女みてーな身体して、こんなんで名隊はやってけてんのか、阿呆くさ」
暁はつまらなさそうにそうつぶやいて、日向を簡単に叩き潰す。
「ほんま、つまらんわ、おれの相手やない、おい! 箔!」
「はぁい」
隼がいた方向から、箔と呼ばれた明るい青年の声が聞こえた。
「死獅が喰い終わった。さっさと観察しろ」
「はぁい」
ガッ 嫌な音がして、誰かが倒れる音がした。
「隼!」
日向が振り返った瞬間、暁に腕をつかまれた。
「お前は、こいつの相手や」
そのとき、目の前に飛び込んできた光景に、日向は息をするのを忘れた。
ゴォオオオオオオッ
死獅の叫びが、雨の中轟いた。
「三つ……」
目の前には、血を流しながら呻く、三つ頭の死獅がいた。
一回り大きくなった躰から歪に生えた三つの頭は、気が狂ったようにいろんな方向を向いて呻いている。
「はぁ、なるほどぉ、細胞を似せて作った死獅を共食いさせると、三つ頭にもなるんですね、今回のは、まぁ成功と言っても良いですかねぇ」
赤い傘を差した青年が、眼鏡の底の紅い眼を細めて感嘆した。箔だ。
暁の二回り背の高く、赤茶髪のくせ毛をしている箔は、軍服よりも白衣の似合う雰囲気のある男だった。
そして、その軍服は、血で染まっていた。
「隼は!」
「ん? 暁たいちょー、まだ殺ってなかったんですかぁ?」
箔が、日向をチラッと見て小首をかしげる。
「ここで死獅を暴れさせた方がええやろ、この前、下っ端連中を使い物にならんようにしたんは誰や」
「えへへ、許してくださいよぉ、じゃ、この子には、ここでたくさん暴れてもらいます」
箔は目を細めて、死獅を見つめた。
「は、隼は、どうしたんだ!」
「ん? 彼? もう終わったよ?」
チラッと日向を見た箔は、つまらなさそうに言い捨てる。
はっと息をのむ。
あの隼が、やられた?
……そんなわけない。
「噓をつくな!」
「はいはい、集中してね、貴重な研究時間だから」
パンパンッと手を叩く箔に、怒りがこみ上げる。
「人を殺して、化け物をつくって、研究だと?」
黒刀を握る手に力がこもる。
「大阪国は、腐りすぎてる!」
ギロッと箔を睨む。
箔は、そんな日向の言葉すら聞いていない。
カッと熱くなる頭を、冷たい雨が冷ましていく。
いま、この状況は絶望的だ。
進化した死獅に、大隊の隊長と隊員、この三人を一人で相手しなくてはいけない。
日向は、進化した躰に悲鳴のような喚き声を上げる死獅から距離をとりながら、右耳のピアスの通信を入れる。
「楓! 四、五班がやられた、隼も! 進化した死獅と、隊長、隊員の三人がこっちにいる! 応援を頼む!」
―― ……すぐには無理だ、少し耐えろ ――
「じゃあ! 阿修羅の許可を」
―― ……許可する。絶対に暴走するな ――
「わかったよ!」
楓の通信の先から、悲鳴が聞こえた。
雨で音が聞き取りにくい。少し離れた場所の藤さんたちは、大丈夫なのだろうか。
「まずは、三つ頭くんの戦闘力を見ましょうか」
箔が軍服の内から拳ほどの大きさの赤い石をだした。
血の石!
突然、死獅はピクリッと動きを止めて、そして、箔の前にひれ伏した。
「三人分を合わせても【戌】の死獅は制御可能ですか」
嬉しそうに頷く箔。
死獅が、あんな風に操れるのか。
初めて、死獅が従う姿を見た日向は驚愕した。
死獅が、まるで本当に犬のようだ。
ギャアアアアアアッ
悲鳴のような喚き声を上げて突撃してくる死獅を間一髪でよける。
速さが尋常じゃない。
そして、動きが不規則すぎて、全く読めない。
血走った眼が六つ、全方向を向いていて、開いた口からは血が滴り落ちている。
本当に狂っている。
「やばい」
こんなの、人間が、叶うわけがない。
日向のいまの実力じゃ、完全に喰われる。
日向が無理なら、阿修羅を……。
一瞬、身体が固まった。
死んだ死獅を思い出して、三つ頭になった死獅を見て。
酷く心が冷めてしまった。
自分は違うんだと、言い聞かせた。
自分は、死獅ではない。
でも、人間でもない……のかもしれない。
「うーん、すぐ終わっちゃうかなぁ」
箔のつぶやきに、思考が現実に引き戻された。
死獅とか、人間とか、そんなこと、どうでもいいか。
「ぼくは、きみみたいな外道な研究者が、大嫌いなんだ。きちがい研究者は、一人で足りてる」
いまは、目の前の死獅を倒して、大隊を倒して、仲間を救うのが最優先だ。
そのために、できることをするだけだ。
どうせ、自分が何であろうと、わたしは朝日奈日向でしかないんだから。
「暁隊ちょー、この三つ子ちゃん、持って帰ってええですか」
「ええで、そこのガキでどれだけ動けるかちゃんと確認しぃや」
「はぁい」
何を言ってるんだ、死獅を持ち帰る?
「そんなこと、させない」
日向は、黒刀で親指を斬る。
その血を、両目尻のあざに塗った。
いつもの脳裏に浮かぶ映像のような残像のようなものを廻り、そして、ふと浮かび上がる言葉を唇にのせる。
「【阿修羅螺】」
ザッ
一帯に、阿修羅の殺気が満ちた。
「うっ」
「なんや」
暁と箔が殺気を感知した声が聞こえた。
研究で、阿修羅に成る時間が増え、何度も試してきた。
少しの間なら、理性も保てる。
早く、終わらせよう。
ゆっくりと殺気が、雨に流れるように弱まってきた。
「行けっ」
箔の指示に、死獅が、奇声を上げて走り出す。
こんな死獅を、これからも作るのか、その人だったものは、どうなるんだ。
「許さない」
日向は、地面を蹴った。
死獅は、グォオオオッ と呻ると、一気に間合いを詰めた。
その動きを見極める。
速い、けど、
ザァアアアンッ
一瞬だった。
真っ二つになった死獅が、地面に転がった。
血を浴びて、真っ赤になった日向は、転がった亡骸に咲いた赤い花を見て、一つ息を吐いた。
「ああああ! ぼくの三つ子ちゃんが!」
絶叫に顔を向けると、箔が頭をかきむしって眼鏡を外した。
「なんで! ただの雑魚のガキに!」
打って変わって低い声で絶叫する箔に、暁がため息をつく。
「なんや、簡単にやられてもうたやんか」
ああ、何か頭まわらなくなってきた。
「あと、二人」
「マジで許せん! ぶっ殺す!」
箔が赤い短剣を両手に握る。
「殺ってええけど、ちょっと落ち着け」
箔が走り出した瞬間、
「ぐっ」
箔の腕にナイフが刺さった。
「隼!」
「ん」
脇腹から血を流した隼が、箔を引きつけた。
日向はうなずいて、暁に向かう。
「お前を倒す!」
黒刀と、少年の紅い大剣が重なった。
「えらい、やるやないか」
苦笑交じりに日向を睨む暁は、夕日色の瞳を向ける。
すごい、阿修羅と、やりあえるんだ。
ガッ ガガッ
雨の中、黒刀と紅い大剣の交わる鈍い音が響く。
「力はやばいけど、技術もない、見かけ倒しか」
強すぎる。
暁の剣が、目の前に振り下ろされる。
死ぬ。
―― 生きろ ――
身体が勝手に動いた。
黒刀を振り下ろして、後方に飛ぶ。
目の前がどんどん薄らんできた。
日向の眼に、三つの焔が燃えた。
ザァアッ
さっきとは比べ物にならないほどの殺気が満ちる。
そろそろ、理性が、もたない……。
思考がどんどん薄れていく……
あれ、ここどこだっけ。
死獅を倒さなきゃ……
ん? なんで。
目の前に、ころがる犬のよう化物の亡骸を踏みつける。
なにを、してるんだっけ。
「おいおい、相当イカレてんな」
両手に真っ赤な大剣を握った暁は、口の端を上げた。
「だが、生憎、おれの周りはイカレたやつしかいねえ、お前みたいなんは、もう慣れとんねん」
「あ、ちょっと、そいつには敵わないので、暁隊ちょー、ここは任せましたぁ」
箔は、隼を追って、スッと雨の闇に消えた。
「いくで」
ガァッ ゴォッ
重い攻撃が、鈍い音を雨の中に響かせる。
阿修羅が口をニヤリと上げる。
暁の顔が、焦りで歪む。
「ほんま、なんや、お前っ」
歯を食いしばって、重い攻撃をなんとか流して、攻撃を仕掛けるが、阿修羅には効いていない。
「くそ、こいつ……」
歯噛みした暁は、覚悟を決めた目をした。
「まだ、身体に馴染んどらんが」
暁は、距離をとると、片手の平を大剣で切りつけた。
ザッ
大剣の刃から柄の全体に、自分の血をこすりつけた。
「畜生の【午】の血を、与えよ」
そう呟いた瞬間、暁の身体を、激痛が走った。
「うっ」
身体中の血液が沸騰したように熱が駆け抜け、暁の両腕の細胞が活性化した。
ズッと血管が浮かび上がり、筋肉が倍増した。
死獅の身体強化が、腕だけにあらわれる。
暁はふっと笑った。
「これが、王の血の力か」
死獅は、血に喰われ、理性を失ったもの。
力をコントロールできれば、その血は、最強の武器になり得る。
阿修羅もニヤリと笑った。
「あいつの血か」
「せや」
雨の中、再び金属の交わる鈍い音が響く。




