第十八話 初任務と夜の準備
裏門が見えてきたとき、ぬっと隣に影ができた。
「隼、今日もよろしくね!」
隣に並んだ隼を見上げて笑う。
「ん」
三人で門に着いたとき、そこには副班長の藤と他の二班の隊員がいた。
「こんにちは」
日向が、伺うように挨拶をする。
しかし、重い沈黙がおりただけだった。
「……」
俯かないように、自分を奮い立たせる。
これは、昨日の自分が招いた雰囲気だ。
今は無理でも、結果を出して、これから認めてもらおう。
午後一時ちょうどに楓がやってきた。
朝と同じ正装で、ハーフアップにさした金色の扇方の簪がきらりと光る。
午前に、なにか大事な会議でもあったのかな?
「いまから城下町の巡回を行います。朝日奈、四守、沖奈はわたしと来てください。他の方は副班長の藤さんとお願いします。道のりは昨日話した通りで、何かあれば通信機で連絡をお願いします」
淡々と義務的に話し、全員を見回す。
「関西州と死獅についての情報収集、四国・中国州の情報もできるだけ得てもらえたら助かります。最近は違法移民なども多くみられます。適切な対処を行い、治安維持に徹してください」
楓は日向たちを見て歩き出した。
藤たちを一度振り返って、日向は楓の隣に続いた。
昼時の城下町は、ご飯処やお茶屋への人の出入りが激しく、広い道を馬車や人力車が行きかう。
ここ中部州愛知国の首都名古屋では、名隊は国民の憧れだ。
すれ違う人々が羨望の眼差しを向けてくる。
キラキラした眼で、若草色の羽織を見つめる子どもに、日向は居心地が悪くなる。
「名隊さん、お茶を一杯どうだい」
「お団子もっていかれますか?」
店を横切る度に、笑顔で声をかけられる。
大阪国が天下統一を宣言した三週間前から、この城下町の治安は明らかに悪化した。
三週間前の大量辻斬りの事件も記憶に新しい。
違法移民が増え、中部州と関西州の国境付近はいまも緊迫な空気が流れている。
そんな中、名隊が活躍しているのを、国民はわかっていた。
もちろん、全ての人が良い印象を持ているわけではないだろう。
それでも、名隊は中部州の希望なのだ。
大阪国に蹂躙されないための。
三週間前に植民地化された四国・中国州がどのような状況なのか、まったく情報が流れてこない。
その真実こそ、四国・中国州の現状が思わしくないことがうかがえる。
情報は武器だ。
この第二次戦国時代、人が簡単に死んでいく世で、相手の情報をどれだけ握っているかで、生死が変わる。
日向は右耳についたピアス型通信機に触れる。
ここより東にある”関東州”は、その情報を武器にするため、様々な情報通信機器を開発している。
いまつけているこの通信機も数年前に関東州が開発した輸入品だ。
円滑な情報伝達によって、どれだけの人が救われたんだろう。
「いつもありがとうございます」
無表情で断りをいれる楓に、頬を紅くした若いお菓子屋の少女が、はにかんで恥ずかしそうに言う。
「お時間があるときに、よかったら来てください」
楓は無表情のまま、一つ頷いて足を進める。
一度や二度じゃない。
桜銀色の髪に、白い肌、整いすぎた容姿に、道行く人々はため息まじりに楓を見つめる。
正装を身にまとった楓は、ひと昔前まで存在した華族のようだ。
「楓……さんは、人気者ですね」
日向は往来を見ながら、よくおつかいに行っていた菓子屋を眺める。
「人は、珍しいものを目に留めるだけです」
楓の敬語に、むずがゆくなる。
隣に並ぶ日向には、楓がどれだけ人の視線を集めているのか嫌でもわかった。
楓だけじゃない、後ろに並ぶ無駄に整った顔の沖奈や、大柄で中部州では珍しい金髪にピアスだらけの隼も、新しい名隊員という新鮮さも相まって注目の的だ。
日向は好奇な視線に居心地を悪くしながら、今朝のことを思い出す。
あれから、四番隊の人を納得させる落とし前の方法を考えたが、なかなか思いつかない。
元来、日向はそこまで頭が良いわけでも、回転が速いわけでもない。
早々に楓に相談しようと決めていた。
生八つ橋のさくら味はしっかりと準備しないと。
八つ橋は、確か関西州発祥の和菓子だったから、最近はめっきり販売されなくなったんだよね……どこかに売ってるかな?
任務中だけど、いいかな、と迷いながら楓を見上げた。
「ねえ、楓……さん」
楓は前を見たまま歩き続ける。たぶん、続けていいだろうと判断して日向は言葉を繋げる。
「今朝、四番隊の人に、昨日の訓練場でのことを、落とし前つけてくれって言われたんです」
ぴたっと楓の足が止まった。
背後の沖奈と隼が瞬時に武器を構えた。
楓が手を上げて制す。
「大丈夫です」
再び何事もなく歩き出す楓に、二人はすぐに武器をしまって続く。
……怒らせたかな。
見上げた楓の表情は何も映していない。
「……それで、どうしたんですか?」
「えっと、その場では何も思いつかなかったので、今夜、責任をとって満足のいくまで頑張るって、ちゃんと落とし前をつけにいく、って誠意をもって伝えました」
楓がピクリと片眉を上げた。楓のまとう空気が一気に零度になった気がする。
「……もしかして、だめだった? ですか?」
肩を縮こませてる日向には、楓は眉間にしわを寄せた。
「何を思って、そう言ったんですか?」
「え、何を思うって? そのままの意味だよ、誠意をみせないと、殺されそうだったんだ、です」
敬語を忘れ忘れ口にする。
楓は眉間のしわをより深くして、ため息をついた。
部屋の外で、任務中に見せるには珍しいくらい感情が出ている。
「ほかに、何か言ったり、言われたりしましたか?」
「えーっと、ああ、帰り際に、生八つ橋のさくら味が好きだって言ってました、ひっ!」
楓の空気が氷点下十度ほどになった。
「え、楓、もしかしてぼく、なにかやらかしちゃった?」
楓はまっすぐ前を睨んで何も言わない。
「えーっと……とにかく、その人を満足させて、できれば四番隊の全員が納得するような落とし前をつけたいんだ。任務の後、和菓子屋さんにも行かないといけないから、あまり時間がなくて、だから楓さんに相談したんですけど……」
しなくてはいけないことをあげていく日向に、無表情に戻った楓は、目を伏せてため息をつく。
「何人でしたか?」
「朝に襲ってきた人ですよね? 一人ですよ、黒に近い深緑の髪と目で、隼くらい背が高かったです、大太刀を使ってました」
斜め上を見ながら、好奇心と見定めるような厳しいつり目がちな瞳を思い出す。
沖奈とは違う意味で日向を人と思っていないような、一時の暇つぶしの玩具を見るような眼だった。子どものような好奇心と気まぐれで、気に入らないものはすぐに処分してしまうような、そんな眼。
長い前髪をかきあげて、昼下がりの灰色の雲が広がり始めた空を睨む楓。
「……菓子はいらない、お前はなにもするな。任務後、部屋で話す」
日向だけに聞こえる声で言葉を崩した楓は、すぐにいつもの無表情に戻った。
「……はい」
一件の盗難の対処と違法移民に関する苦情の聞き取り、中部州の国境の噂などを聞いて、初任務が終わった。
そのまま寮へ直帰して、楓の部屋に入った瞬間、苛立ちを隠さない楓に、左側の襖の盗聴防止部屋に投げ込まれた。
「わ!」
転ばないように体勢を整える日向を睨みながら、後ろ手で鍵を閉めた楓は羽織を座椅子に投げかけて、奥のベッドに腰かけた。
「ほんま……面倒くさい」
正装のシャツのボタンを開けながら、ベッドに上半身を倒した。
こんなに崩した態度の楓を見るのは初めてだった。
「……ごめんなさい」
日向は楓に近づいて、反省を示してその前に正座する。
楓の苛立ち具合と、この崩れた態度から察するに、相当面倒くさい案件に巻き込んでしまったようだ。
「よりにもよって、あいつとは」
ため息まじりにつぶやく。
「知り合いなの?」
楓は上体を起こして、目の前の日向を見下した。
「四番隊の隊長や、柴波友禅、ほんまに面倒くさいやつや」
「隊長だったんだ」
日向を簡単に殺せる実力があるんだ。隊長で間違いない。
剣をさばいたときに痺れるほどの力があったことを思い出し、手のひらを眺めた。
正座をした日向を、楓は頬杖をついて睨んだ。
「あんさん、自分があいつに何言ったかわかってるか?」
「え? 謝りに行くってことは伝えたよ?」
しばしの沈黙と、深いため息。
「……あんさんは、閨に誘ったんや」
「……はい?」
頬杖をついていた手を額にあてた楓を、目を見開いて見上げる。
「え、は? ははは、なんでそうなるの?」
乾いた笑いがでるくらいには、理解できない。
「あんさんの言い方が悪い、悪すぎる、ほんま……阿呆が」
指の間から見える苛立たしげな眼が日向に刺さる。
「む、むりむりむりむり! ぼ、ぼく、絶対に無理だよ! え、だって、この場合、男同士でしょ? ぼく、そういうのよくわからないし、いや、笑えなさすぎる冗談でしょ」
顔を真っ青にして、両手と顔を勢いよく振る日向に、冷たい眼をする楓。
「あんさんがそれを言うか」
冷めた目で、御守りを見ながら鼻を鳴らす楓の声がより温度を下げる。
「……それだけやない、あいつは、わたしを所望したんや」
「……はい?」
言葉が理解できなかった。
「えーっと、楓を所望したってことは、えっと、あの人が、楓と……ぐへっ!」
「気持ちの悪い想像をするな」
頭を勢いよくはたかれて、危ない想像をしかけた日向は、やっと意味を理解できて叫ばないように両手で口を覆った。
「なななな、なんなの? 名隊はみんな男色なのっ!?」
目を見開いて、楓を見上げてなんとか声を抑える。
沖奈に、四番隊の隊長まで、なんなのだろう、ここはそういう人が集まるのだろうか。
「阿呆」
ギロッと睨まれて、日向は眼をそらす。
「ぼ、ぼくは、そういう男色とかはよくわからないけど……そんな偏見とかないから」
楓を気遣ってぼそりと言うと、パシィンッ と勢いよく頭をはたかれた。
「いて」
「わたしは違う、阿呆」
ギロリと再度睨まれて、日向は少しほっとする。
これで、女とばれない間は大丈夫だね。
まあ、万が一ばれたとしてもこんな冷めた楓が自分に男女の情や好意をいだくわけがないだろうし。
友情なら大歓迎だけど。
明らかにほっとした日向に、苛立った楓が、日向の目尻のあざをぐいっと加減なく押す。
「ほんま、むかつくな、わたしがあんさんをどうこうするとでも思ったんか?」
「い、痛い痛い! 思ってないよ! ぼくなんかより、もっと綺麗だったり、かっこよかったりする人はたくさんいるから、楓なら選り取り見取りだろ!」
手から逃れるように腕をバタバタさせて背中を反らす日向から、楓はゆるりと手を離した。
「なんでそこにかっこいいが入るんや」
「それに、楓は無欲そうだしね」
肩をすくめた日向を睨む楓。
「あんさんに言われると、なんか腹立つわ」
ため息をついて、また頬杖をついた楓に、日向は改めて姿勢を正す。
「でも、なんで、楓をその、所望してるってわかったの?」
楓なんて言葉は一つもなかった。
「あんさんの頭は何のためについてるんや、菓子でわかるやろ」
「あ、生八つ橋のさくら味!」
「言わんでええ」
そっか、関西州発祥は、関西州出身で桜色の髪をした楓をさしてたんだ。
遊び心のある詩人みたいな人だなと頭の隅で思いながら、背筋を伸ばして楓を見つめる。
「楓を巻き込んでごめん」
「ほんまや、本気であんさんを相手させようかと思ったくらいや」
「んなっ! それだけは本当に勘弁してください!」
頭を勢いよく下げた日向に、楓はため息をつく。
「でも、絶対に楓にそんな、えっと、柴波さんの相手をさせるようなことはさせないよ! ぼくが責任とるから!」
バッと顔を上げて必死に考える。
「当たり前や」
「え、えっと、でも、こういうときはどうすればいいんだろう、お菓子も買ってきてないし、なんも準備できてないし」
「……ほんま、面倒ごと増やしまくるな、あんさんは」
焦る日向に、前髪をかきあげた楓は、部屋の一辺の壁を睨んだ。
「うっ 本当にごめんなさい……ぼくにできることあるかな? 何をすればいいかな?」
「……今夜、八時や、わたしも行く。あんさんは何もするな、許可だすまで口を開くな」
「え、でも、それじゃあ楓が……」
「阿呆、もうええ、準備するから、はよ出ていき」
ゆるりと立ち上がった楓に、日向も立ち上がってずいっと近寄る。
「ぼ、ぼくも手伝うよ! 楓の役に立てるならなんでもする!」
楓は触れるのを嫌うから、近づきすぎないように気をつけて、拳を握りしめて見上げる。
「……その迂闊な言葉選びをやめ、あんさんにできることは、口を閉じてこれ以上問題を起こさんことや」
冷たい眼で見下され、部屋の鍵を開ける楓。
「……はい。あ、ご飯は? 部屋に送ってもらって一緒に食べない?」
「あんさんと食べるくらいなら食べへん」
「……ぼくが食堂に行くから、ご飯は食べてよ」
「いらん、はよ出ていき」
冷めた目に睨まれて、日向は眉を下げて大人しく部屋をでた。
すぐに閉められた扉に、また一つ楓に仕事を増やしてしまったことにため息をつく。
隼と沖奈との夕食を済ませ、隼とともに風呂を済ませて日向は部屋に戻った。
楓は盗聴防止部屋にいるようで、部屋の電気は消えていた。
窓から見える空は、もう闇に星を輝かせている。
コンコンッ と左側の襖を叩く。
「なんや」
着物姿の楓がすぐに現れた。
盗聴防止部屋なのに、こっちの音は聞こえるんだ。
「食堂でおにぎりもらってきたんだけど、食べる?」
「いらん」
「……そっか」
一蹴されて、眉を下げた日向の浴衣姿を見て楓が眉をひそめた。
「あんさん、髪を乾かして、はよ着物に着替え」
浴衣じゃダメなんだ、危ない。
日向が頷くのを見て、楓はすぐに扉を閉めた。
おにぎりは……明日の朝ごはんにしよう。
そう心の中でつぶやいて、日向は部屋に戻った。
午後八時の十分前になると、楓が盗聴防止部屋からでてきた。
日向は、一番のお気に入りの薄灰色に黒い渦巻模様の描かれた着物を着た。
司にもらったもので、小柄な日向でも少しは大人っぽくなる。
着物は腹に布などを巻いて寸胴にするから、女性らしさのでてきた体型を隠すのにちょうど良い。
日向の着物に、楓は冷たい視線を送る。
「なんか変かな?」
「いや、これを持て、絶対に落とすな、許可なく人に渡すな。あいつの前では許可なく話すな」
ノートが三冊ほど入る厚みのある木箱を渡された。
こくりと頷いて、緊張でこわばる身体を動かして、日向は、楓の後ろに続いて四番隊の隊長の住む一階の大部屋に向かった。




