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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第十七話 沖奈との昼食 戦学の食堂にて



授業が終わり、いつも通り、一つ上の学年の教室へ向かう。

いつもと違うのは、すれ違う学制たちにじろじろと見られることだ。


廊下には授業を終えた学制が教室からぞろぞろと出てきている。

学制の少なくなった教室を見て、いつもの灰色の髪を無意識に探して、はっとする。


ああ、いつもと違うのは、もう、司がここにいないってことだ。


忘れてた。



足が、身体が勝手に動くんだから、しょうがない。

日向は俯きかけて、手首についた御守りを撫でて、顔を上げた。


司も今頃、慣れない環境で頑張ってるはずだ。

ぼくも、頑張ろう。


一年後に、出世して、胸を張って会うんだ。

たくさん給料を稼いで、いままでもらったたくさんのものを倍でかえすんだ。

もう、うじうじするのは、やめよう。


パァンッと頰を叩いて、大股で食堂に向かう。


生きるために、いま、出来ることをするんだ。

考えないといけないことはたくさんある。


例えば、今夜、四番隊の人が納得できるような、落とし前をつける方法とか。


はぁー……





たくさんの視線を受けながら食堂に入る。


食堂の隅のテーブルできしめん食べていると、ふと、隣に影ができた。


「やあ、目立ってるね」

「……来ないでよ」

「ひどいなぁ」

 隣に座る沖奈を横目で見ながら、きしめんをすする。


「ピアスの穴開けたんだ! おれがあけたかったのに」

「ちょ、食べてる時に引っ張らないでよ!」

 日向の右耳を無遠慮に引っ張って、ピアス型通信機をじっと見る。


「これ、良いのつけてるね、東北州あたりの輸入品?」

 ピアスの金具部分をくるくると回して、日向の耳たぶを見ながら言う。


「人の話聞いてる?」

「これ、四守のだろ?」

 聞いていない。


「そうだけど、なんでわかったの?」

「日向、装飾品とか興味なさそうだし、ピアスの穴ないのにこんな良いのもってるわけないだろ」

 なんだかんだ日向のことをわかっているような言い方に、普通だったら嬉しくなるのに、沖奈に言われると、気持ち悪さが勝る。


「隼がくれたんだ、絶対これ高いよね、いま輸入の関税とかすごい高くなってるから、よけいに」

「んー……まあ、ものは良いから高いだろうけど、関税とかは大丈夫じゃないかな」

「なんで?」

 沖奈と普通の会話ができていることに驚く。


「あいつ、たぶん東北州の出身だろうから」

「は?」

 くるっと沖奈を振り向く。

 沖奈は耳たぶから手を離さないから、引っ張られた耳がちょっと痛い。


「え、隼は名隊員だよ? 他州出身の人が入れるの?」

 きょとんとする日向に、沖奈はピアスをいじりながら頷く。

「日向は、頭がちょっと残念なんだよね。相部屋の副隊長さんは、中部州の出身に見える?」

 存在が残念な沖奈に言われたくはない。


「……そういえば……でも、なんで隼が東北州の出身だなんて思うの? たしかに、目の色とかきれいだし、顔も堀が深いというか、ちょっと中部州ぽくはないけど」

「日向でもそうわかるくらい、中部州っぽくないでしょ?」

「ぼくでも、って言い方、バカにしてるよね?」

「バカにはしてないよ、頭がちょっと残念だなって思ってるだけ」

 沖奈はピアスの金具を前後に動かしたりして穴をじっと見てる。自分のきしめんへの興味はどこかへいってしまったようだ。


「ねえ、ぼくの耳なんだけど、勝手に触らないでよ」

 きしめんをすすりながら、横目で睨む。


「ピアスの穴は、皮膚の回復として、薬を使った時に塞いだりしないのかな、一部だけを意識して傷を残すこととかできるんだろうか……刺青をいれた死獅が薬をつかってもそれが残っていたから、いや、でもあの時の薬の質はかなり低かったし……いや、そもそも日向と普通の死獅を比べることがおかしいのか。日向は個体として比較対象なんて存在しないのか、いや、でもまず死獅と……」

 相変わらず人の話を聞かない沖奈。

 懐からメモ帳を取り出して、ぶつぶつと呟きながら細かく整った字を書いていく。

 真剣な表情の横顔は、口元のほくろがやけに艶っぽい印象を与えて、中身を知らなかったら普通に容姿の良い優等生だ。


「東北州の出身って聞いて、なんとも思わないの?」

 満足いくまで耳を引っ張って、メモを書いた沖奈は唐突に話を戻した。

 もう、ツッコむまい。


「まあ、隼がどこの州の出身だろうと、なにも変わらないからね。あ、でも関税分はピアスの値段がマシになったのは、ちょっとホッとする」

 沖奈は、ふーんと、日向の横顔を見て頬杖をついた。


「日向はさ、副隊長が関西州の出身だってわかった時、どう思ったの?」

「耳の次は、思考の研究?」

 きしめん定食についてきたえび天むすをほおばりながら、沖奈を見る。沖奈といたら、四六時中質問攻めの生活になりそうだ。

 よくやく自分ののびのびのきしめんに箸をつけた沖奈は、肩をすくめた。


「日向の全部に興味があるのには違いないよ。でも、関西州の出身って、もろに警戒対象だろ? 一緒にいて不快感とか、不信感とかないのかい?」

「沖奈、気持ち悪い。でも、それを言うなら、ぼくの方が何倍も警戒対象だと思うけどね……それに、沖奈は現場にいたんだから知ってるでしょ、ぼくが初めて楓に会った時、楓に命を救われたんだ。いまだって、責任を負ってくれてる」

 

 そうだ、楓は冷たいし、ぼくを避けてるけど、命を救ってくれて、いまも救ってくれているんだ。


 つまらなさそうな顔の沖奈に笑ってやる。


「口は悪いとは思うよ……でも、感謝こそするけど、不快感なんてないよ。ぼくは、楓と対等な友だちになるのが目標なんだ」

「……ふぅん」

 楓の話に興味をなくしたのか、沖奈はえび天むすをもぐもぐとほおばった。


「今週の日曜日、どの研究からしてみたい? まずは今後の実践のためにも、傷の回復速度の試験? それとも、やっぱり暴走を防ぐために”発動条件”を一通り調べてみようか? ああ、『血の石』がなんで効かなかったのかも知りたいね。でも、一度大暴走させて、どこまで体力が持つのか、威力があるのかも測ってみたい。ああ! あの副隊長の持ってた黒い液体は絶対に何か突き止めたい……時間が足りない」

 勝手に話しだし、メモを取り出す沖奈を睨む。


「ぼく、沖奈のこと許してないんだよ」

 きょとんとする沖奈に、腹が立ってきた。


「まず、出会ったばっかりの夜に、部屋に勝手に入って、その……変な薬を盛ったりしたでしょ」

 口ごもる日向に、面白そうに笑う沖奈。

「へえ、わかったんだ」

「楓が、そう言ってたんだ……って、本当に盛ってたんだ。沖奈、本当に気持ち悪いよ」

「ひどいな」

「ひどいのは、そっちでしょ」

 日向は椅子を少し離して、じろりと睨む。


「それに、昨日も、きみのせいで、暴走したし……」

 日向は俯き気味に言う。


「ぼくは、周りのみんなを傷つけたくないのに」

「日向は面白いなあ。それは、包丁でモノを切らないと言ってるようなものだよ」

 面白がるように話す沖奈を、日向はキッと睨む。

「違う、ぼくは包丁で切るべきモノを切りたいんだ。食べ物を切りたいんだ……人を切りたいわけじゃない」


「ふぅん、なるほど。でも、暴走したのは、おれのせいじゃないよね?」

 笑ってるのに、その言葉にはどこか譲らない力がある。

「……」

「日向のせいだよね、人を傷つけるのも、制御できないのも」

 日向は自分の責任に眼を背けた。


 それが本当だから、何も言えなくなった。

 沖奈は厳しい。


 わかってる。

 沖奈せいじゃない。

 自分が、唯の人でないから、力があるから、制御できないから、暴走するんだ。


 きっと、沖奈がいても、いなくても、いつか自分は暴走して傷つけたくない人を傷つけてしまう。



「わかってるよ、でも……苦しいんだ……」

 俯いて、絞るような声で言う。

 沖奈は、そんな日向の目尻の菊のあざに触れた。


「……日向は特別だよ。力がある。それは、一歩間違えれば国を滅ぼすかもしれない。だから、それを調べて、制御しないといけない。そして、日向が役に立つ、特別だってわからせないといけない」

 くるりとあざを撫でる。

「……」


「そのために、おれがいるんだ」


 人差し指で顎を上げられ、視線を上げた時、そこにあったのはいつものギラギラした瞳じゃない、初めて日向を人間として見る、そんな瞳だった。

 日向は、息を飲んだ。


「ねえ、なんで沖奈はそこまでしてくれるの?」


 楓は利用するため、隼は癒しを求めて、それぞれに理由があって、日向に向き合ってくれる。求めてくれる。

 沖奈は、なぜこんなに日向に、阿修羅に執着するのか。


 沖奈の手をつかんで顔から手を離させた。


 沖奈は、考えるように斜め上を見ると、ふっと笑った。

 初めてみる人間らしい優しい眼と、そこに潜む隠しきれない静かな寂寥に日向は見入った。


「おれにとって、死獅は、夢なんだ」

 囁くようにこぼされた言葉が、嘘とは思えなかった。


 日向は、つかんでいたその手を離した。


「沖奈のことは、まだ許せないし、怖いけど……沖奈の言葉は、信じるよ。楓や月桂さんがついてくれるなら研究の約束も、ちゃんと守る」

 沖奈から目を逸らして、そう言う。なんだか恥ずかしくなる。

 沖奈が眼を見開く。

 そして、ふっと笑った。


「やっぱり、日向は特別だ」

 嬉しそうに笑う沖奈に、なんだかいつもより警戒心が役立たなかった。



 きしめんを食べ終えて、二人は一緒に集合場所の裏門へ向かった。

 午後からの初任務が始まる。


 気を引き締めていこう。





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