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【09】秘宝


 “何もない町”には、外周区、農園区、居住区の三つの区画がある。

 このうちの外周区は文字通り、町の外周を取り巻く区画である。

 ここは一見すると何の変哲もない廃墟の町並みが広がっているだけだ。

 しかし、この町のゴブリンたちにとっては、自分たちの生活空間である農園区と居住区を外から見えなくする外壁であり、侵入者を撃退する防衛線でもあった。

 路地はゴブリンたちによる過剰な増改築により迷路化しており、地図なしで奥へ進む事は難しい。

 町を訪れたばかりの流れのゴブリンや人間の犯罪者などが住み着いている事がある。

 この外周区で発見された冒険者は、ただちに警備隊の兵隊ゴブリンによって排除され、肥やしに混ぜこまれる。

 次に農園区は外周区よりひとつ町の内側にあった。

 町並みの一部を解体して作られた畑が並んでいる。作物はゴブリンたちの主食でありゴブ酒の原料ともなる暗黒芋と、ゴブ葉巻の材料となる幽霊草などだ。

 家畜の厩舎や湿った廃屋の地下室を利用した茸類の栽培場もここにある。

 排泄物や生ごみを貯めた肥溜め槽もあり冒険者の死体は身ぐるみをはがされたあと、ここに沈められる。

 なお、この農園区を整備したときに出た瓦礫は外周区を迷路化する際の増改築に使用された。

 そして、最後の居住区は町の中央にある。ここではゴブリンの三部族及び狼たちが入り乱れて生活している。

 その中央広場での事だった。

「流石、コボルトね。仕事が丁寧で早いわ」

 ゴモリーは手に持った銅板を眺めながら満足げに頷く。

 彼女の傍らでコボルトのフントが上機嫌な様子で鼻を鳴らした。

「恐れ入ります。鑑定士の目を欺く細かい工夫もいろいろと施してあります」

 今回フントは、あの凶悪なドワーフたちとの戦いあとにゴモリーから頼まれていた物を、数人の仲間と共にこの“何もない町”へと運んで来たところだった。

 ゴモリーの持っている銅板がそれである。

 銅板は古めかしい宝箱に納められており、全部で十数枚はあった。

「姫よ。これは何じゃ?」

 ギンマナとネログロが、彼女のうしろから銅板を興味深げに覗き込んでいる。

 銅板の表面には円形の溝が整然と並んでおり、そこには昔この近隣で使われていた硬貨と同じ紋様が刻まれている。

「これは、贋金(にせがね)の原版よ。これをロジェ辺境王の秘宝という事にして、冒険者たちに見つけさせる。探し物が見つかってしまえば、もう奴らはこの町に興味を示さない」

 ゴモリーの答えにキキが横から疑問を投げ掛ける。

「でも、お姫さま。こんなもので、本当に欲深い冒険者が納得してくれるの?」

「大丈夫。なぜなら、これこそが“一国を滅ぼす武器”であり“巨万の富”であり“権力の象徴”だからよ」

「精巧な贋金は一国の経済を破綻させかねない。そして、この原版があれば富をいくらでも産み出せる。更に富は権力の象徴でもある」

 ドグロがゴモリーの言葉を補足した。

 すると、いつの間にか広場に集まっていた野次馬ゴブリンたちから「おおーっ」というどよめきが沸き起こる。

 そのざわめきが収まったあとに、ゴモリーは再び口を開く。 

「この宝箱の在処を示す地図の偽造は、ドグロ司祭に頼んだわ」

「細工は流々よ」

 ドグロが肩をゆらす。

 地図は、この廃墟に元々遺されていた物に、ドグロ司祭が秘宝のありかを示す印と文言を書き込んだ。

 インクも当時のもので、ドグロ司祭は昔この一帯で使われていた古語にも精通している。

 腕の良い鑑定士でも見破るのは困難だろう。

「ガマトー」

「はっ」

「この銅板の入った宝箱を地図の場所に置いて来て。外周区北の寺院あとの隠し部屋よ」

 外周区には、まだ冒険者に知られていない隠し部屋や秘密の通路がいくつかある。

 そこを秘宝のありかとして利用しようというのだ。

「承知しました」

 ガマトーは部下たちと共に銅板の宝箱を荷車に乗せた。

「わたしは、南にある人間たちの町へと出向いて、古道具屋に地図を売りつけて来るわ」

 実はゴモリーは、これまでにも何度か偵察に人間たちの町へと足を運んだ事はあった。

 大抵は何の断りもなく黙って行くものだから、その度に他のゴブリンたちは不安な思いをしていた。

 案の定、ココが声をあげる。

「姫さま」

「ココ。なあに?」

「私もお連れください」

「あなたが来ても町の中に入れないでしょ?」

「それでも側付きとして族長をひとりで敵の渦中へと向かわせる訳にはいきません」

 ココは断固とした調子で言った。

「安心して……人間どもは、わたしを殺せない(・・・・・・・・)」

「でも……」

 いつになくしつこく食いさがるココの態度に、ゴモリーは「ふう」と溜め息を吐き、 

「じゃあ、あなたは町の外で待っていて」

 ココの不安に曇っていた表情が、ぱっと明るくなる。

「ありがとうございます。姫さま」 

「じゃあ、準備をなさい」

 こうしてゴモリーは、ココと一緒に南にある人間たちの町へと向かった。




 港町のハーフェンは“呪われた荒野”から南の海岸線沿いに所在する。カルドヴァス王国第二の都市として栄えていた。

 この町の冒険者ギルドには、港に集まる積み荷の護衛の依頼(クエスト)が集まるため、かなり活発である。

 ただし“呪われた荒野”にある“何もない町”とヴァンパイアロードの地下迷宮のふたつのダンジョンがあるにも関わらず、探索専門の冒険者はあまり訪れない。

 ヴァンパイアロードの地下迷宮は、よほどの腕利きでも生きて帰るのが難しく、“何もない町”は本当に何もないと思われていたからだ。

 しかし、いつごろからかロジェ辺境王の秘宝の噂が流れ始めたころから事情が少しずつ変わり初めていた――。




 古道具屋の鑑定士クルー・ボッターはその日、店を閉めようとした。

 店内の奥にあるカウンター内の椅子から「よっこらせ」と腰を浮かせ、表の入り口を施錠しようとする。

 すると、黄昏時の陽射しと共に小柄な客が息を切らせてすべり込んできた。

「何だてめえ……今日はもう店じまいなんだよ……」

「ごめんなさい」

 その声を発した相手は、まごう事なき美少女であった。

 軟らかな金髪に絹のような白い肌。長いまつげを瞬かせクルーの事をじっと見詰めるその瞳は宝石のような青だった。

「な、何だ……買いか? 売りか?」

 クルーは思わず生唾を飲み込んだ。

 歳の頃は十代半ばといったところか……。

 白い清楚な服装に赤いケープをまとっている。

「……売りです。どうしても、お金が今日中に欲しくて……」

 少し迷ったあとクルーはカウンターに向けて顎をしゃくる。

「来な」

 少女とクルーは店の奥へと移動し、カウンターを挟んで向かいあった。

「……で。品物はなんだ?」

「これです」

 少女はポーチから一枚の巻物(スクロール)を取り出した。封蝋を施された帯で止めてある。封蝋はロジェ辺境王がかつて使用していた印が押されている。

「こういった古い巻物(スクロール)なんかも売れるって聞いて……」

「ああ。価値のある物ならな……」

 そう言って封蝋を丁寧に外して開く。

 どうやらそれは地図のようだ。西方古語の文面が隅に記載されており印がついている。

 クルーは鑑定用の単眼鏡で、その紙面にをなぞるように観察する。

 クルーはこの手の品は扱っていないので、正直に言ってしまえば真贋は良くわからない。

 普段なら手紙を突き返して店を追い出すところだったが、少女の美貌がそうはさせてくれなかった。

「これをどこで?」

「うちの納屋です。売れるものがもうこんなのしかなくて……」

「君はこれが何なのか知っているのか?」

 少女は首を横に振る。

「……それで、この巻物(スクロール)は……」

「二十ゴールドが精々だなあ」

 少女の顔が曇る。

 クルーは鼻を鳴らしてカウンターに二枚の硬貨を投げ置く。

「いや。単なる町の地図だよこれ。これが宝の地図なら、千ゴールドは越えただろうけどね」

「そんな……それじゃ全然、お金が……」

 クルーはカウンターから身を乗りだし、うつむく少女の顔を覗き込む。

「お金がないのォ?」

「はい……今日中に千ゴールド」

「なら、おじさんと、どう?」

「な……何がですか?」

「一回だけ。ね? 君みたいな娘なら二千……いや、三千は出しても良いけどねェ」

「いやっ……」

 少女は短い悲鳴をあげてカウンターの貨幣を掴み取り、店の外へ駆け出して行った。

 そのうしろ姿を見送りながらクルーは、ポリポリと頭を掻いて舌打ちをひとつ。

 そして、遺された地図に目線をやると……。

「……こうしちゃいられん!」

 クルーは素早く店を閉めると冒険者の溜まり場となっている酒場へと手紙を持って向かった。

 もちろん、巻物(スクロール)の買い手を探すためだ。




「あの人間……絶対に宝の地図だって気がついていたでしょ……。それがたったの二十ゴールドって! 本当に汚い! 人間は汚い!」 

 せっかく、偽の地図を売った金でココや“何もない町”のみんなにお土産を買って帰ろうと思っていたのにあてがはずれた。

 ゴモリーはクルーの店を出たあと、ぷりぷりと怒りながら夕暮れ時の通りを大股で闊歩(かっぽ)する。

 すると港の方角からバタバタと駆けて来る衛兵たちの一団とすれ違う。

「何かあったのかしら……」

 過ぎ去って行く、そのうしろ姿を見送りながらゴモリーは首を捻った。

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